愛しのアリシア

京衛武百十

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ロボットメイド、アリシアの優雅な日常

アリシア、本来の姿を取り戻す

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その後数日して、GJKトラスト社のサポートセンターにアリシア2234-LMN用のパーツが届いたと千堂に連絡が。そこでさっそく、半日オフの日にサポートセンターに戻り、パーツの交換が行われた。そのついでに各パーツのすり合わせを兼ねた、ちょっとしたアトラクションが行われることに。サポートセンターに併設されたロボット用のテストスペースで、千堂アリシアとアレキサンドロのフローリアM9との模擬戦闘が行われることになったのである。

本当は別に必要はないのだが、パーツのすり合わせを確実に行い当たりを出しておくことでより高いパフォーマンスを出せるようにしておこうという配慮だ。

「模擬戦闘って、何が行われるんですか?」

体育館のようなスペースの真ん中で向かい合うアリシアとフローリアM9を見ながら、廣芝ひろしばが何処か不安そうな声色で聞いてきた。

「そうか、君はまだメイトギアやレイバーギアの模擬戦闘を見たことがないのか」

千堂が、いつも通りの穏やかな口調で廣芝に語り掛けた。

JAPAN-2ジャパンセカンド社の社員研修には各開発部での商品テストの様子などの見学も含まれるが、そこでは基本的に標準仕様のそれらのテストしか見ることがない。要人警護用のメイトギアや、警備用、警察用、軍用のレイバーギア用のテストを見ることが出来るのは、開発部の人間と上層部の人間だけなのだった。だからまだ開発部に配属された経験のない廣芝は見たことがなかったのである。ちなみに他の三人は開発部での研修期間中に見ている。

「私もこれまでにアリシアシリーズとフローリアM9の模擬戦闘は何度も見てきているが、今日のは一段と興奮しているよ。素晴らしいものを見せてもらいたい!」

千堂らの隣で、自身のフローリアM9を見守っていたアレキサンドロも声を上げた。顔が上気し、興奮しているのが分かる。彼自身、格闘技の心得があり若い頃は大会にも出たことのある経験者なので、こういうのには目が無いのだ。

「それではこれより、アリシア2234とフローリアM9による模擬戦闘を始めます」

サポートセンターのスタッフがそうアナウンスし、アリシアとフローリアM9がスッと身構えた。アリシアは、自然な感じで立ったまま左足を後ろに引いて半身になり、右手を胸の高さ、左手を腰の高さに置いた。どちらの手も開いた状態だった。対してフローリアM9は左足を前に出して両手を軽く握って胸の高さに構え、若干腰を落とした形になり、体を少し揺らし始めた。軍用格闘術によく見られる姿だった。

「始めっ!」

開始の掛け声と共に、フローリアM9が動いた。スッと間合いを詰め、拳が届く距離に入り込み、左のジャブを繰り出した。それを、アリシアが右手を添えるようにして受け流す。フローリアM9はすかさず拳を引き戻し、再度ジャブを繰り出した。すると今度はアリシアの右手が翻り、フローリアM9の左腕を捕らえた。しかしフローリアM9も腕を回すように動かしてそれを振りほどく。それと同時に右の拳をアリシアの顔面目掛けて放った。それを頭を左に傾けて躱したアリシアの首に、右手首を返したフローリアM9の指が絡みつく。そのままアリシアの頭を押さえ付けて下げさせ、今度は右の膝がアリシアの顔面を狙う。

しかしアリシアはそれに自身の左手を添えて軌道を逸らし、かつフローリアM9のバランスを崩させた。さらに空振りした右の膝の裏に自らの右手を滑り込ませ、それを回すようにすると、重量九十キロを軽く超えるフローリアM9の体がまるで風に吹かれた紙のようにふわりと宙に浮かび上がった。膝を振り上げた力の向きを逸らしバランスを崩させたところにアリシアがさらに自分の力を加えたのだ。

宙に浮かび上がって踏ん張りが効かなくなったフローリアM9の体をアリシアの左手が押すと、今度は打ち出されたかのようにフローリアM9の体が数メートル先へと飛ばされた。

「何だと!?」

飛ばされつつも辛うじてその場に着地したフローリアM9だったが、それを見たアレキサンドロは思わず声を上げていた。まるで手品でも見せられたかのように、信じられないという顔をしていた。

「今のは何だ千堂!? 彼女は何をしたんだ!?」

そう訊かれても、千堂自身は、体はある程度鍛えていても格闘技の心得がないから、彼にも何が起こったのかよく分からなかった。アリシアシリーズには元々、格闘技の達人の技術がインプットされてはいる。だからこの辺りのことは、開発者である獅子倉ししくらでないと分からないかも知れないが、ひょっとすると獅子倉でさえ分からないかも知れない。アリシアシリーズの模擬戦闘を何度も見たというアレキサンドロにも分からないということは、本来の動きではない可能性もあるからだ。

そうだ。これは、千堂アリシアだからこその動きだった。何度も戦闘をこなし戦ったことで得たノウハウを、彼女自身が活かしたことで身に着けたものなのだ。

しかしフローリアM9とて、軍用格闘術のノウハウ全てがつぎ込まれた機体である。下手に密着してはあの奇妙な動きに翻弄されると判断し、完全に打撃主体の攻撃に切り替えた。左のジャブで牽制し、右の蹴りでダメージを与えるやり方だ。が、これも距離が合わず上手くいかない。何しろ左半身を前に出すフローリアM9に対してアリシアは右半身を前に出しているから、キックボクシング等の攻撃パターンとは噛み合わないのである。

これまでの様子を見る限り、アリシアはあくまで部品を慣らすことに主眼を置き、模擬とはいえ戦闘を行うつもりが無いように思われた。

「フローリア! 格闘では埒が明かない! 銃を使え!」

アレキサンドロが声を上げると、フローリアM9が後方に飛び退き、壁に掛けられたペイント弾入りの銃を手に取った。銃とは言っても、戦闘用ロボットを相手にする為の<ハンドカノン>と呼ばれるロボット用の銃だった。これはペイント弾が入っているだけの模型だから破壊力はないが、実物は対戦車ライフル用のそれとほぼ変わらない強力な弾丸を放つ、殆ど大砲のような銃だった。その分反動も強烈で、生身の人間ではおよそ扱える代物ではない。

人間用の小火器ではいくら当たっても勝負はつかないということで、ロボット同士の模擬戦闘では<ハンドカノン>を模した銃を用いることが一般的だった。これならば、ペイントが付けばその部分が破壊されたと判定が出来る。が、フローリアM9は<ハンドカノン>を使うことが出来なかった。それを手に取り構えた時には既にアリシアが目の前にいて、フローリアM9の顎から顔面にかけてべっとりとペイントが付いていたのだった。アリシアが、フローリアM9の手にあった銃を彼女の顎に向けさせて引き金を引いたのだ。

これにはアレキサンドロも呆然とした。てっきりアリシアも銃を手に取り撃ち合いになるものと思っていたのに、彼女は銃を取る為に飛び退いたフローリアM9をそのまま追って、その隙を狙ってきたのだ。

それは、戦闘というものに対する両者の姿勢の違いが生んだ結果とも言えた。フローリアM9はあくまで自身の戦闘力を示す為に戦闘を行おうとしていたが、千堂アリシアはただ戦闘を早く終わらせることだけを考えていたのである。それでも格闘までは自身のパーツのすり合わせの為もあり付き合ったが、実戦を意識した武器を使っての戦闘を長く続けるつもりは毛頭なかったのだ。

言葉は悪いが、アレキサンドロはこの模擬戦闘をある意味ではショーのように楽しもうとしていた。だがアリシアは、本当は戦いなどしたくないのだ。今回は相手が人間ではないし模擬戦闘だからストレスは殆ど想定する必要もなかったが、それでも彼女は戦いたくはなかったのである。だから早く終わらせたかった。

無表情なアリシアの顔には、至近距離でペイント弾が破裂したことによる赤いしぶきが点々と付いていた。それはまるで返り血のようにも見えたのだった。

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