愛しのアリシア

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
47 / 804
ロボットメイド、アリシアの愉快な日常

5日目 アリシア、忍者になる

しおりを挟む
アリシアを破壊する為に屋敷内に侵入した二人は、しかしアリシアを見付けることが出来なかった。探知した信号では確かにそこにいる筈のアリシアの姿が無い。

「おい、ロボットがいないぞ!?」

「いや、信号は確かに…」

そう答えたもう一人の男は、最後まで喋ることが出来なかった。糸が切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ち、動かなくなる。残ったもう一人の男も、一言も発することが出来ずにその場に昏倒。その二人の影から、もう一つの人影が現れた。アリシアだ。

その顔からはあの明るい笑顔が消え去り、まさに作り物にしか見えない無表情な顔で、倒れ伏した二人を見下ろしていた。そしてすぐさま男達が持っていたショットガンを拾い、銃口を自分のスカートの辺りに向けて撃つ。しかし散弾は全てスカートの表面で受け止められ、ビー玉のように床を転がった。その直後、屋敷の照明がすべて消えた。彼らの仲間が屋敷のシステムに侵入し、消したのだ。

「……」

しかし彼女はそれを全く意にも介していないようだった。むしろ自分がショットガンを撃ったことを合図に照明が消されたことを確信したかのように、闇の中に沈んだその顔に、僅かな笑みさえ浮かべたのである。なお、至近距離からの対物ライフル弾でさえ貫通出来ない彼女のボディに、点の貫通力よりも面の打撃力を重視したスラッグ弾など、それこそビー玉をぶつけられたのと大差なかった。表面の第一層で全ての衝撃は吸収され、穴を穿つことさえ出来ない。

それからアリシアは自身のスカート部に設けられたポケットから何かを取り出し、俯せにした男達の手足に巻き付ける。結索バンドだった。それで背中側に両手と両足を繋ぎ合わせ、逆エビ反りの格好にして、二人を同時に軽々と担ぎ上げた。それを自分の待機室に並べ、再びそこを出た瞬間、彼女の姿が消える。彼らが使っていたような光学迷彩ではない。凄まじい速度で移動したのだ。しかしどこへ?

一方、アリシア2305-HHSを撃った二人組の一人が、リビングに侵入。もう一人の男の姿はなかった。恐らく手分けして千堂を探しているのだろう。そしてリビングに侵入した男も、アリシアが倒した男達と同じように突然その場に昏倒。

代わりに立っていたのは、やはりアリシアだった。彼女が、男達の呼吸のタイミングを見計らって一撃を加え、失神させていたのだ。その男も先の二人と同じように拘束して武装解除し、それを自らの待機室に整然と並べ、また部屋を出る。

元より戦闘のプロフェッショナルとなった彼女にとって、生身のテロリストの小隊など敵ではなかった。さっきの男の片割れが千堂に書斎に侵入すると完璧なストーキングにより物音一つ立てることなく死角から接近し、同じように昏倒させ、拘束し、武装解除し、待機室へと運び込む。並べられた男達の様子はさながら魚市場の魚のようですらある。

千堂の捜索に加わったのであろうオウルと自らを呼称していた男も、寝室に侵入したところをやはり昏倒させられた。これで残るはあと一人。庭に止められた自動車に乗っているキングのみ。

しかし、キングが乗っているであろう自動車はまだ光学迷彩により目で見ることは出来なかった。だが、アリシアにはそんなことは大した問題ではなかった。光学迷彩は非常に厄介な装備ではあるが、決して万能ではない。可視光線もそれ以外の紫外線や赤外線も欺くとはいえ、音は消せない。そしてどんな電子機器であろうと、電源が入っていれば、ごく僅かだが必ず音を発している。ましてや電気自動車ともなれば消費電力も大きく、動いていなくても音も大きい。彼女の聴覚センサーには十分すぎる情報量だった。

彼らのショットガンを手にしたアリシアがその自動車に忍び寄り、タイヤがあるであろう辺りと、制御系と思しき音がする辺りを連続して撃った。タイヤが破裂し、制御系が破壊され自動車が完全に沈黙したことを確認したアリシアは、最後の一人の気配を探った。

なのに自動車に乗っていた筈の男の気配がない。自分が自動車を撃った直後にそこから飛び出した気配は感じていたのだが、それより先の気配がないのだ。人間なら呼吸や心音ですぐに分かる。自分がショットガンで自動車を撃つまではその音も捉えていた。

どうやら音響迷彩も装備していたのだろう。自らが発する心音や呼吸音を検知しそれを打ち消す音をわざと発生させて限りなく無音に近付けるという装備だ。とは言えそれも不規則な動きが発生させる音には対応しきれない為、息を殺して潜んでいる時にしか使えないものだが。そして、自分の音を消すことは出来ても、周囲の音まで消すことは出来ない。

「あ! あ! あ!!」

突然、アリシアがまるで信号音のような声を発した。それぞれ周波数の違う三種類の音を出し、何かを探った。それに遅れることコンマ数秒で、植込みの脇にいた目に見えないそれを捕えていた。

瞬間、そいつの手と思しき辺りから何かが放たれた。極細のワイヤーが繋がった端子のようなものだった。レイバーギアを操作したあれと同じものだ。

いくらスタンドアローンを実現したロボットでも、物理的にシステムに侵入されれば乗っ取られることはある。男が使っていたのは、触覚センサーからシステムに侵入し乗っ取る為の装置だった。闇の市場にしか出回らない違法な装置だ。

アリシアはすんでのところでそれを躱し、男の体を掴んで振り回す。

「お前、戦闘用の…?」

キングと呼称していた男も、最後まで言葉を発することは出来なかった。他の五人と同じように昏倒させられて、拘束されて、武装解除された。しかしその言葉は、彼らがアリシアを一般仕様のアリシアシリーズと誤認していたことを物語っていた。

行政に届け出られた正式な書類には、彼女が要人警護仕様であることは記載されている。だがそれは、警備上の機密として秘匿し、公には一般仕様として公表されることが認められていた。JAPAN-2ジャパンセカンド内でも、開発部や上層部は当然、彼女が要人警護仕様であることは承知している。ただ、総務部などに対しては一般仕様のアリシア2234-HHC(ホームヘルパー・キューティ)をベースとした、次期モデルの試作品の一つとして届けられていたが。これで、情報が漏れたルートは絞られるだろう。

ところで、アリシアの信号についてだが、彼女を破壊する為に探していた二人組が探知していたのは確かに彼女のものである。本当は戦闘モードに切り替わった時点でその信号を切ることも出来たものを逆手に取り、かつロボットの姿を探す為に正面から下しか見ない人間の心理を突いて天井に張り付いていたのだ。また、自らにショットガンを放ったのは、それが彼らの作戦の進捗状況を示す為の合図だと考えたからである。一発なら破壊成功。射撃音がしなかったり二発以上なら失敗。別のプランに変更するといったことが決められていたのだった。だから念の為、同時に信号も切った。その時点では既に屋敷のシステムは彼らに乗っ取られ、メイトギアの発する信号により位置を把握、通報も出来ないようにされていたのだろう。照明を消したのは人間である千堂をパニックに陥れ動きを封じる為であると思われる。

あと、キングを捕えた際にアリシアが発した声だが、理屈としては単純なものである。蝙蝠などが使うエコーロケーションと同じものだ。周波数の異なる音を出したのは、それぞれの音の反響の違いを探知することでより正確に位置や形状を把握する為であった。実はこれは、彼女の本来の仕様ではない。要人警護用のアリシアシリーズにすら実装されている機能ではなかった。夜間の戦闘や光学迷彩を利用する敵の存在が当たり前のように想定されるランドギアから戦闘データを引き継いだ時に学習した方法であった。

そう、相手が彼女でさえなければ彼らの作戦は、たとえ一般仕様のアリシア2234-HHCではなく普通のアリシア2234-LMNであったとしても、多少のプラン変更で対処出来ていた可能性が高かったということだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

夜空に瞬く星に向かって

松由 実行
SF
 地球人が星間航行を手に入れて数百年。地球は否も応も無く、汎銀河戦争に巻き込まれていた。しかしそれは地球政府とその軍隊の話だ。銀河を股にかけて活躍する民間の船乗り達にはそんなことは関係ない。金を払ってくれるなら、非同盟国にだって荷物を運ぶ。しかし時にはヤバイ仕事が転がり込むこともある。  船を失くした地球人パイロット、マサシに怪しげな依頼が舞い込む。「私たちの星を救って欲しい。」  従軍経験も無ければ、ウデに覚えも無い、誰かから頼られるような英雄的行動をした覚えも無い。そもそも今、自分の船さえ無い。あまりに胡散臭い話だったが、報酬額に釣られてついついその話に乗ってしまった・・・ 第一章 危険に見合った報酬 第二章 インターミッション ~ Dancing with Moonlight 第三章 キュメルニア・ローレライ (Cjumelneer Loreley) 第四章 ベイシティ・ブルース (Bay City Blues) 第五章 インターミッション ~ミスラのだいぼうけん 第六章 泥沼のプリンセス ※本作品は「小説家になろう」にも投稿しております。

強制ハーレムな世界で元囚人の彼は今日もマイペースです。

きゅりおす
SF
ハーレム主人公は元囚人?!ハーレム風SFアクション開幕! 突如として男性の殆どが消滅する事件が発生。 そんな人口ピラミッド崩壊な世界で女子生徒が待ち望んでいる中、現れる男子生徒、ハーレムの予感(?) 異色すぎる主人公が周りを巻き込みこの世界を駆ける!

フューマン

nandemoE
SF
フューマンとは未来と人間を掛け合わせたアンドロイドの造語です。 主人公は離婚等を原因に安楽死を選択した38歳の中年男性。 死んだつもりが目を覚ますと35年後の世界、体は38歳のまま。 目の前には自分より年上になった息子がいました。 そして主人公が眠っている間に生まれた、既に成人した孫もいます。 息子の傍らには美しい女性型フューマン、世の中は配偶者を必要としない世界になっていました。 しかし、息子と孫の関係はあまり上手くいっていませんでした。 主人公は二人の関係を修復するため、再び生きることを決心しました。 ある日、浦島太郎状態の主人公に息子が配偶者としてのフューマン購入を持ちかけます。 興味本位でフューマンを見に行く主人公でしたが、そこで15歳年下の女性と運命的な出会いを果たし、交際を始めます。 またその一方で、主人公は既に年老いた親友や元妻などとも邂逅を果たします。 幼少期から常に目で追い掛けていた元妻ではない、特別な存在とも。 様々な人間との関わりを経て、主人公はかつて安楽死を選択した自分を悔いるようになります。 女性との交際も順調に進んでいましたが、ある時、偶然にも孫に遭遇します。 女性と孫は、かつて交際していた恋人同士でした。 そしてその望まぬ別れの原因となったのが主人公の息子でした。 いきさつを知り、主人公は身を引くことを女性と孫へ伝えました。 そしてそのことを息子にも伝えます。息子は主人公から言われ、二人を祝福する言葉を並べます。 こうして女性と孫は再び恋人同士となりました。 しかしその頃から、女性の周りで妙な出来事が続くようになります。 そしてその妙な出来事の黒幕は、主人公の息子であるようにしか思えない状況です。 本心では二人を祝福していないのではと、孫の息子に対する疑念は増幅していきます。 そして次第にエスカレートしていく不自然な出来事に追い詰められた女性は、とうとう自殺を試みてしまいます。 主人公は孫と協力して何とか女性の自殺を食い止めますが、その事件を受けて孫が暴発し、とうとう息子と正面からぶつかりあってしまいます。

春空VRオンライン ~島から出ない採取生産職ののんびり体験記~

滝川 海老郎
SF
新作のフルダイブVRMMOが発売になる。 最初の舞台は「チュートリ島」という小島で正式リリースまではこの島で過ごすことになっていた。 島で釣りをしたり、スライム狩りをしたり、探険したり、干物のアルバイトをしたり、宝探しトレジャーハントをしたり、のんびり、のほほんと、過ごしていく。

【完結】無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!ー新たなる王室編ー

愚者 (フール)
恋愛
無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます! 幼女編、こちらの続編となります。 家族の罪により王から臣下に下った代わりに、他国に暮らしていた母の違う兄がに入れ替わり玉座に座る。 新たな王族たちが、この国エテルネルにやって来た。 その後に、もと王族と荒れ地へ行った家族はどうなるのか? 離れて暮らすプリムローズとは、どんな関係になるのかー。 そんな彼女の成長過程を、ゆっくりお楽しみ下さい。 ☆この小説だけでも、十分に理解できる様にしております。 全75話 全容を知りたい方は、先に書かれた小説をお読み下さると有り難いです。 前編は幼女編、全91話になります。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

最強幼女は惰眠を求む! 〜神々のお節介で幼女になったが、悠々自適な自堕落ライフを送りたい〜

フウ
ファンタジー
※30話あたりで、タイトルにあるお節介があります。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー これは、最強な幼女が気の赴くままに自堕落ライフを手に入を手に入れる物語。 「……そこまでテンプレ守らなくていいんだよ!?」 絶叫から始まる異世界暗躍! レッツ裏世界の頂点へ!! 異世界に召喚されながらも神様達の思い込みから巻き込まれた事が発覚、お詫びにユニークスキルを授けて貰ったのだが… 「このスキル、チートすぎじゃないですか?」 ちょろ神様が力を込めすぎた結果ユニークスキルは、神の域へ昇格していた!! これは、そんな公式チートスキルを駆使し異世界で成り上が……らない!? 「圧倒的な力で復讐を成し遂げる?メンド臭いんで結構です。 そんな事なら怠惰に毎日を過ごす為に金の力で裏から世界を支配します!」 そんな唐突に発想が飛躍した主人公が裏から世界を牛耳る物語です。 ※やっぱり成り上がってるじゃねぇか。 と思われたそこの方……そこは見なかった事にした下さい。 この小説は「小説家になろう」 「カクヨム」でも公開しております。 上記サイトでは完結済みです。 上記サイトでの総PV1000万越え!

処理中です...