愛しのアリシア

京衛武百十

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ロボットメイド、アリシアの愉快な日常

3日目 アリシア、再び後輩になる

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「お帰りなさいませ。千堂様」

玄関でアリシアに出迎えられた千堂が、下げられた彼女の頭を撫でながら言った。

「ただいま。アリシア」

それはまさに娘の姿に目を細める父親の顔だった。そしてアリシアを伴ってリビングに入ると、改めて彼女の額にキスをした。彼のキスにデレデレになりながらも上着を受け取り、アリシアはメイドとしての役目を果たす。

テーブルに並べられた料理を見て、千堂は相貌を崩した。

「これは美味そうだ。さっそくいただくよ」

席に着き、箸をつける。タラに似た魚の煮付けを口に含んで味わい、感心したように言う。

「うん、美味い。ありがとう、アリシア」

彼の言葉に、アリシアも「テヘヘ♡」と笑いながらフニャフニャと体をよじった。およそロボットとは思えない仕草だった。これで頬でも染めていれば完璧なのだろうが、残念ながら彼女にそこまでの機能はなかった。それでも心もち頬が赤らんで見えるのは、人間の側の錯覚だろうか。

さすがにしばらくするとその動きは収まったが、その後も、自分が作った料理を次々と味わってくれる彼の姿を、彼女はうっとりと見詰めていた。そんな彼女の熱い視線を感じながらも千堂は、出された夕食を全てきれいに食べた。元々、彼は出されたものはきれいに食べる方だったものの、彼女の作ってくれたものは特に美味しいように感じられ、決して義務感とかではなく食べたいという気持ちのまま食べ切ることが出来たのだ。こんなことは、他ではあまりないことだった。

それもやはり、彼女が自分の為に、かつ喜んでそうしてくれてるというのが、彼に対しても影響を与えているのだろう。事実、彼は今日、家に帰るのが楽しみだったのだ。自分でも恐らくそうなるだろうと予測はしていたが、実際そうなったことに彼も少しテンションが上がるのを感じていた。

食事を終え、アリシアが淹れてくれたコーヒーを嗜みながら彼は寛いでいた。その隣には、今日もアリシアが座っている。

「私の留守中、退屈しなかったか?」

自分に体を寄せてくる彼女に、千堂は穏やかに問い掛けた。アリシアは応えた。

「はい、大丈夫です。仕事がありますから」

その言葉が嘘でないことは、留守中に彼女から送信されたデータを見れば分かる。彼女が仕事としてメイドの役目を果たしていたのは読み取れるデータだった。それが分かった上で、人間ならこういう会話をするということで、彼は敢えて訊いたのだ。

「私の留守中、何か変わったことは?」

それもデータを見れば特に何もなかったであろうことは明白だが、会話の流れとして訊き、彼女もそれに応じた。

「はい、特に問題ありません」

もちろん、彼女としても問題があってはメイドとしての沽券に係わるのだからそういうことがないように気を付けてはいた。ただこの辺りは、彼女が抱える特殊な事情を考えると何かある場合も想定しなければと彼は思っていたのだが。

しかし、留守中の彼女とアリシア2305-HHSのデータを照合すると、途中、二人、いや二機が遭遇したと思しき点があることにも彼は気付いていた。にも拘らずその際の双方のデータにも目立った変化が見られない点に彼は注目していた。昨日のデータにも、それと思しき箇所があり、その時点ではアリシア側に若干の動揺と見られる乱れがあったのが、今日のデータには見られなかったのだ。

彼女とアリシア2305-HHSの関係性を知らない者が見ると見落としてしまいそうにもなる些細な変化かも知れないそれに、彼の直感は何かを見て取ったのである。だから訊いた。

「アリシア2305-HHSとは、うまくやれてるか?」

その質問に、彼女は大きく反応した。姿勢を正し、彼を真っ直ぐに見て言った。

「はい。もう大丈夫です。私、先輩を尊敬しています。先輩を怒らせてしまったのは私が未熟だったからです。だから私、先輩に認めてもらえるようにこれからも頑張ります」

それはまるで、本当に人間のメイドのような言葉だった。自分の役目を自覚して、それを果たそうと気持ちを新たにする新人メイドの姿のようにも見えた。いや、彼女は実際にそう思ったのだろう。ただのロボットではなく、まだまだ未熟で拙い自分が一人前になる為にはたくさん学ぶべきことがあるのだと、彼女も感じているのだ。そして彼女はもう既に、それを実行し始めている。それがデータにも現れているのだと、千堂は思った。

彼は考えた。これは思ったよりも早く、アリシア2305-HHSとの同時運用する上での懸念材料が解決するかも知れないと。アリシアが、自分がロボットであることに拘り過ぎてアリシア2305-HHSとの関係をロボットとしてのそれに無理に合わせようとすることで軋轢が生じるのではないかと心配していたのだが、彼女は、敢えてロボットであることに執着せずに、彼女なりの関係性を築こうとしているのではないかと捉えたのであった。もうしばらくそれを見守るようにはした方がいいかも知れないが、そう遠くないうちに、例外項目の設定を解除した完全な状態のアリシア2305-HHSとの同時運用を試せる機会が訪れるかも知れないと感じたのだった。

その手応えを得て、自らもこのテストに対するモチベーションを新たにした千堂は、すっきりした気分のついでに体もすっきりするべく、風呂に入ろうと思い立つ。

「そうか。それを聞いて私も安心した。じゃあ安心したところで風呂に入らせてもらおうかな」

それを聞いたアリシアも、すっと立ち上がり応えた。

「ありがとうございます。お風呂の用意は出来ています。ごゆっくり今日の疲れを流してくださいませ」

彼に従いバスルームの前までついて行った彼女だったが、そこで待機の姿勢を見せた。ドアの横に壁を背にして直立し、そして頭を下げる。

本当はまだ、彼と一緒に風呂に入ったりして甘えたいという気持ちはあった。だがそこまでしなくても彼が自分のことをきちんと見てくれているという実感が彼女にもあり、だからこそ我慢出来るようになっていた。そこで満たされない気持ちは、また別なところでちゃんと補ってもらえると分かったのだ。それが気持ちの上で余裕となって表れたのである。

その様子に、千堂も感心していた。彼女は自分が思っている以上の速さで成長しているのかも知れないとも思った。平穏な日常を続けるだけならば、ひょっとしたらそれほど苦労はない気もしてきた。ただ彼女との生活を楽しめばいいのかも知れない。

そんなことを思いつつ風呂から上がった千堂がバスルームのドアを開けた時、そこにアリシア2305-HHSがいることに気付いた。屋敷のメンテナンスの為に移動中だったようだ。千堂がバスルームから出てくることに気付き、立ち止まって頭を下げる。視線を移すと、アリシアも頭を下げていた。その姿は、アリシア2305-HHSのそれと全く同じものだった。<心>を得、浮かれるあまり自分を見失ってたとも言える彼女が、完全に自分の役目を思い出したのだと感じられた。

「特殊コード、JAPAN-2-GE-KP-629912756826LISP792GI。例外項目再設定、高負荷試験運用中のアリシア2234-LMNに対する対応条件を、保安条件のみ適用を除外と改める」

千堂がそう命令を発する。

「特殊コード、JAPAN-2-GE-KP-629912756826LISP792GI。受諾しました。例外項目再設定完了。高負荷試験運用中のアリシア2234-LMNに対する対応条件を、保安条件のみ適用を除外と改めます」

アリシア2305-HHSが千堂を見ながらそう復唱し、それからアリシアの方を見、言った。

「アリシア2234-LMN。千堂様のことをよろしくお願いします」

それは、アリシア2305-HHSが、再びアリシアのことを共に千堂に仕えるメイトギアであると認識し直したことを表す言葉であった。

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