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熱砂のアリシア
1日目・午後(トールハンマーの脅威)
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武装集団の統率は、完全に失われてるように見えた。それでもなお、さすがに連中の主力と思しきランドギアとそれに搭乗してる人間はまだ冷静だったようだ。先ほどの二機がやられたことを教訓としたのか、こちらに側面を向けてこない。確かに、単純な攻撃力だけならアリシア2234-LMNはランドギアから見て脅威にはならないだろう。しかしだからと言って味方が全滅してしまっては連中にとっても意味はない筈だ。
それに、アリシア2234-LMNの戦闘力を見くびっているなら、それはそれでやりようもある。奴らのロケット砲を奪い、ランドギアを撃つ。それは一機に直撃し、横倒しになった。装甲を破れないのなら、アリシア2234-LMNの器用さを使って外からハッチを開け、攻撃する事だって出来る。このタイプは、内部からロックを掛けていても、意識を失って操作ができない搭乗員を救出する為に、非常用の開放レバーがある筈なのだ。
とは言え、さすがにその狙いは見抜かれたらしく、横倒しになったランドギアも素早く身を起こしてアリシア2234-LMNを迎え撃つ。しかし、奴らのランドギアが主要武器としていた大型ガトリングガンは近接戦闘になると慣性重量が大き過ぎて機体の方が振り回される傾向があり、アリシア2234-LMNを捉えきれない。しかも機体が振り回されて排気口がこちらを向いた瞬間、CSK-305が狙い撃つ。よし、これで三機撃破。
だが、それに思わずガッツポーズをしてしまった私は、CSK-305が発した警告に、凍り付いたのだった。
「警告、警告! 敵ランドギアがリニアガンを装備しました。BAAG社製、トールハンマーと推測されます。重大な脅威です」
なに!? 馬鹿な!?
リニアガンは、威力は非常に高いが超が付く精密機械で、メンテナンスも難しく、環境の影響も受けやすく、こんな砂漠では何度も使えるものじゃない筈だった。恐らく二~三回使っただけで動作不良を起こす筈だ。しかも、べらぼうに高価なのだ。こんなゲリラ風情では到底手に入れられるシロモノじゃない。眼鏡型のモニターディスプレイでCSK-305のカメラ映像を確認すると、残った二機のランドギアが二機ともリニアガンを装備している。何故そんなものを奴らが!?
そう思った瞬間、CSK-305のスピーカーからザッという短いノイズが聞こえたのと同時に、CSK-305のボディから火花が散り、大きく揺らめいた。リニアガンが発射されたのだ。幸い直撃ではなかったが、至近距離での対戦車ライフル弾にさえ耐えるCSK-305の複合装甲が、大きく抉られていた。そう、BAAG社のトールハンマーは、CSK-305に致命的なダメージを与えられるほぼ唯一の武器と言えるものなのである。
さらにカメラ映像を見ると、奴らのランドギアの一機が、持っていたリニアガンを放り出し、また別のを装備するところだった。一発撃っただけで動作不良を起こしたのだろう。だが問題はそこじゃない。そんなものを奴らはいくつ持っているというんだ?
有り得ない状況に私が混乱していると、今度はCSK-305の右腕がもげ、地面に落ちた。
マズい!
私はそう思ったが、当のCSK-305は機械だけあってさすがに冷静だった。その間にもアリシア2234-LMNを飛び掛からせ、一機が装備していたリニアガンを破壊する。ランドギアそのものは破壊できなくても、それが携行する武器なら何とか出来るのだ。カメラ映像を、CSK-305が受信しているアリシア2234-LMNのものに切り替えると、そこには信じられない光景があった。奴らのトラックの荷台には、まだリニアガンが複数積まれていたのだ。
それを再装備しようとするランドギアから掠め取り、アリシア2234-LMNがリニアガンを構え、撃つ。一瞬、カメラ映像にノイズが走り、同時に、ランドギアのボディ中心に拳大の穴が開くのが見えた。
だが、その直後、CSK-305が火花を上げてガクンッと大きく揺れ、映像が途切れた。機能を停止した証拠だった。無意味になった眼鏡型モニターディスプレイを捨て、頭を上げて様子を見ると、奴らの最後のランドギアが崩れ落ちるのが見えた。アリシア2234-LMNがリニアガンで倒したのだ。ほぼ同時だったのだろう。
これで奴らのランドギアは全て撃破した。だがこちらも、CSK-305を失ったのだった。
本体になっていたCSK-305が機能停止したことで、アリシア2234-LMNも動きを止めていた。破壊されたわけではない筈だが、リンクが突然切れたために再検索を行っているんだろう。その隙を突き、残った連中はその場から逃走したのだった。さすがにランドギアを五機とも失っては戦闘を続けられないと判断したと思われた。
奴らの姿が完全に見えなくなったところで私は、改めてCSK-305の状態を確認してみた。無事だった左腕、両脚部分の電源は入り、それぞれのメンテナンスモードは動作したものの、CSK-305自体のメインフレームは完全に破壊され、データの呼び出しさえ出来なかった。まあそれはアリシア2234-LMNの方にも記録されている筈だから、そちらで確認すればいい事だが……
リンクが回復出来ないことで自律モードに戻ったのであろうアリシア2234-LMNが、ゆっくりと歩きながらこちらに戻ってくるのが見えた。その顔に、あの、柔和な微笑みを湛えて。
「…データは取れたか?」
問い掛ける私に、アリシア2234-LMNが応える。
「はい。CSK-305の戦闘データのコピーも正常に完了しています。ファイルを読み上げますか?」
まるで人間の秘書のように穏やかな口調で答えるアリシア2234-LMNにたまらない違和感を感じつつ、私は、
「いや、いい。ご苦労だった」
と感情をこめず応じた。
「ありがとうございます。ですが、私にも若干の損傷がありました。損傷個所の申告は必要でしょうか?」
損傷? 私が見ていた限りではそんな風には見えなかったが、ランドギアを相手にしたのだからほぼ無傷に見えてること自体が普通はありえないか。
「じゃあ、申告してくれ」
私の言葉にアリシア2234-LMNは、
「では、申告させていただきます。頭部送受信部の破損により、GPS動作不能。衛星通信動作不能。無線LAN動作不能。共にユニットの交換が必要です。民間・軍用共に通常回線の無線の送受信は可能ですが、出力不足により範囲が五十㎞に制限されています。また、表情筋モジュール動作不良により、現在の表情が固定されています」
と、淡々と答えた。なるほど確かに本来の機能からすれば若干かも知れないが、GPSや衛星通信が使えないのは困るな。それでは、十八時の規制解除後も通信出来ないということになる。これは痛い。
アリシア2234-LMNのウイッグをかき分けてみると、確かに頭頂部近くに拳大の僅かな変形があった。ランドギアとの戦闘の際、頭部を殴られたもののようだ。ランドギアに比べれば軽量ゆえに運動性では分があるが、戦闘力では比べることさえ無意味な相手にこの程度の損傷で済んだことはむしろ幸運なのだろう。
「以上で、損傷個所の申告を終了いたします。もしご指示がありましたらお気軽にお申し付けください」
ゆっくりと頭を下げるその様子にも何か違うものを感じてしまう。だが、表情が固定されてしまっているのなら、変えろと言っても意味がない。それに、アリシア2234-LMNの表情はそれがデフォルトだ。こちらが「笑うな」とでも言わない限り、これはそういう笑みを向け続ける。そこで私は、しばらくその姿を目にしたくないという気持ちもあって、
「それじゃあ、奴らが残していったものの中から、使えそうな武器や物資を回収してきてくれ」
と命じ、あれほどの戦闘の直後であっても全く疲れた様子さえ見せないその背中を見送ったのだった。
それに、アリシア2234-LMNの戦闘力を見くびっているなら、それはそれでやりようもある。奴らのロケット砲を奪い、ランドギアを撃つ。それは一機に直撃し、横倒しになった。装甲を破れないのなら、アリシア2234-LMNの器用さを使って外からハッチを開け、攻撃する事だって出来る。このタイプは、内部からロックを掛けていても、意識を失って操作ができない搭乗員を救出する為に、非常用の開放レバーがある筈なのだ。
とは言え、さすがにその狙いは見抜かれたらしく、横倒しになったランドギアも素早く身を起こしてアリシア2234-LMNを迎え撃つ。しかし、奴らのランドギアが主要武器としていた大型ガトリングガンは近接戦闘になると慣性重量が大き過ぎて機体の方が振り回される傾向があり、アリシア2234-LMNを捉えきれない。しかも機体が振り回されて排気口がこちらを向いた瞬間、CSK-305が狙い撃つ。よし、これで三機撃破。
だが、それに思わずガッツポーズをしてしまった私は、CSK-305が発した警告に、凍り付いたのだった。
「警告、警告! 敵ランドギアがリニアガンを装備しました。BAAG社製、トールハンマーと推測されます。重大な脅威です」
なに!? 馬鹿な!?
リニアガンは、威力は非常に高いが超が付く精密機械で、メンテナンスも難しく、環境の影響も受けやすく、こんな砂漠では何度も使えるものじゃない筈だった。恐らく二~三回使っただけで動作不良を起こす筈だ。しかも、べらぼうに高価なのだ。こんなゲリラ風情では到底手に入れられるシロモノじゃない。眼鏡型のモニターディスプレイでCSK-305のカメラ映像を確認すると、残った二機のランドギアが二機ともリニアガンを装備している。何故そんなものを奴らが!?
そう思った瞬間、CSK-305のスピーカーからザッという短いノイズが聞こえたのと同時に、CSK-305のボディから火花が散り、大きく揺らめいた。リニアガンが発射されたのだ。幸い直撃ではなかったが、至近距離での対戦車ライフル弾にさえ耐えるCSK-305の複合装甲が、大きく抉られていた。そう、BAAG社のトールハンマーは、CSK-305に致命的なダメージを与えられるほぼ唯一の武器と言えるものなのである。
さらにカメラ映像を見ると、奴らのランドギアの一機が、持っていたリニアガンを放り出し、また別のを装備するところだった。一発撃っただけで動作不良を起こしたのだろう。だが問題はそこじゃない。そんなものを奴らはいくつ持っているというんだ?
有り得ない状況に私が混乱していると、今度はCSK-305の右腕がもげ、地面に落ちた。
マズい!
私はそう思ったが、当のCSK-305は機械だけあってさすがに冷静だった。その間にもアリシア2234-LMNを飛び掛からせ、一機が装備していたリニアガンを破壊する。ランドギアそのものは破壊できなくても、それが携行する武器なら何とか出来るのだ。カメラ映像を、CSK-305が受信しているアリシア2234-LMNのものに切り替えると、そこには信じられない光景があった。奴らのトラックの荷台には、まだリニアガンが複数積まれていたのだ。
それを再装備しようとするランドギアから掠め取り、アリシア2234-LMNがリニアガンを構え、撃つ。一瞬、カメラ映像にノイズが走り、同時に、ランドギアのボディ中心に拳大の穴が開くのが見えた。
だが、その直後、CSK-305が火花を上げてガクンッと大きく揺れ、映像が途切れた。機能を停止した証拠だった。無意味になった眼鏡型モニターディスプレイを捨て、頭を上げて様子を見ると、奴らの最後のランドギアが崩れ落ちるのが見えた。アリシア2234-LMNがリニアガンで倒したのだ。ほぼ同時だったのだろう。
これで奴らのランドギアは全て撃破した。だがこちらも、CSK-305を失ったのだった。
本体になっていたCSK-305が機能停止したことで、アリシア2234-LMNも動きを止めていた。破壊されたわけではない筈だが、リンクが突然切れたために再検索を行っているんだろう。その隙を突き、残った連中はその場から逃走したのだった。さすがにランドギアを五機とも失っては戦闘を続けられないと判断したと思われた。
奴らの姿が完全に見えなくなったところで私は、改めてCSK-305の状態を確認してみた。無事だった左腕、両脚部分の電源は入り、それぞれのメンテナンスモードは動作したものの、CSK-305自体のメインフレームは完全に破壊され、データの呼び出しさえ出来なかった。まあそれはアリシア2234-LMNの方にも記録されている筈だから、そちらで確認すればいい事だが……
リンクが回復出来ないことで自律モードに戻ったのであろうアリシア2234-LMNが、ゆっくりと歩きながらこちらに戻ってくるのが見えた。その顔に、あの、柔和な微笑みを湛えて。
「…データは取れたか?」
問い掛ける私に、アリシア2234-LMNが応える。
「はい。CSK-305の戦闘データのコピーも正常に完了しています。ファイルを読み上げますか?」
まるで人間の秘書のように穏やかな口調で答えるアリシア2234-LMNにたまらない違和感を感じつつ、私は、
「いや、いい。ご苦労だった」
と感情をこめず応じた。
「ありがとうございます。ですが、私にも若干の損傷がありました。損傷個所の申告は必要でしょうか?」
損傷? 私が見ていた限りではそんな風には見えなかったが、ランドギアを相手にしたのだからほぼ無傷に見えてること自体が普通はありえないか。
「じゃあ、申告してくれ」
私の言葉にアリシア2234-LMNは、
「では、申告させていただきます。頭部送受信部の破損により、GPS動作不能。衛星通信動作不能。無線LAN動作不能。共にユニットの交換が必要です。民間・軍用共に通常回線の無線の送受信は可能ですが、出力不足により範囲が五十㎞に制限されています。また、表情筋モジュール動作不良により、現在の表情が固定されています」
と、淡々と答えた。なるほど確かに本来の機能からすれば若干かも知れないが、GPSや衛星通信が使えないのは困るな。それでは、十八時の規制解除後も通信出来ないということになる。これは痛い。
アリシア2234-LMNのウイッグをかき分けてみると、確かに頭頂部近くに拳大の僅かな変形があった。ランドギアとの戦闘の際、頭部を殴られたもののようだ。ランドギアに比べれば軽量ゆえに運動性では分があるが、戦闘力では比べることさえ無意味な相手にこの程度の損傷で済んだことはむしろ幸運なのだろう。
「以上で、損傷個所の申告を終了いたします。もしご指示がありましたらお気軽にお申し付けください」
ゆっくりと頭を下げるその様子にも何か違うものを感じてしまう。だが、表情が固定されてしまっているのなら、変えろと言っても意味がない。それに、アリシア2234-LMNの表情はそれがデフォルトだ。こちらが「笑うな」とでも言わない限り、これはそういう笑みを向け続ける。そこで私は、しばらくその姿を目にしたくないという気持ちもあって、
「それじゃあ、奴らが残していったものの中から、使えそうな武器や物資を回収してきてくれ」
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