583 / 697
第五幕
吸血鬼となった現在の自分自身の感覚
しおりを挟む
「くそっ……くそっ……くそっ……!」
シャワーを浴びている間も、イゴールはそうやって自身の中に湧き上がってくる感情を口にしていた。自分でもそれをどうしていいのか分からないんだろうな。人間だった時の記憶を基にして湧き上がってくる感情なのに、吸血鬼となった現在の自分自身の感覚と完全には結びついてこなくて、もどかしいというのもあるんだと思う。そうじゃなければ今すぐここを飛び出して、オレーナを死なせたテロリスト達に報復しに行くだろうからね。
結局、二十分ほどそうして懊悩した上で彼はバスローブをまとって出てきた。
「じゃ、次は僕が入るね」
告げて、入れ替わりに僕がバスルームに入る。安和と二人きりにするのは危険だと感じるかもしれないけど、眷属として吸血鬼になったばかりの彼じゃ、安和には到底及ばない。吸血鬼としての能力を上手く使えるようになるためには経験が必要なんだ。それこそ、赤ん坊が徐々に自分の体の使い方を理解していくみたいにね。
だから現状のイゴールは、生身では、
『世界最強と称される人間を膂力で圧倒できる程度』
なんだ。それだけでも人間には十分に脅威だとしても、残念ながら安和の足元にも及ばない。赤ん坊が健康な五歳児に力では勝てないみたいな感じかな。
その上で、念のため部屋の気配には意識を向けておく。すると、
「ちょっとは落ち着いた?」
安和が彼に話し掛けるのが聞こえてくる。
「……」
それに対しては応えなかったイゴールだけど、安和には彼から発せられている感情の匂いが分かるから、いくらかマシになっているのは察せられる。だからこそ、
「私は、テロリストなんて助ける必要なんてなかったと思ってる」
敢えて正直な気持ちを口にした。イゴールを眷属化したことについて完全には納得できていないんだ。でも、安和ならそう思うだろうなというのは僕にも分かっていた。分かっていた上で彼を眷属にしたんだ。
『せっかくの機会だから』
というのもあったからね。安和にもそれは伝わってる。伝わってるから、
「だけど、パパの眷属になったあんたをどうにかしようとか思ってない。私がそんなことをしたってパパは喜ばないしね」
そう言ってくれる。するとイゴールは、
「……なんだよ。俺のことなんてどうにでもできるっていう口ぶりだな……何様だってんだよ……?」
さすがに気に障ったらしいけど、それに対しても安和は、
「なに? 私に勝てるとでも思ってんの? それくらい、今のあんたでも分かると思うんだけど?」
告げた。ゆらり、と安和の中に力が立ち上がるのが分かる。
「……!」
瞬間、イゴールがギョッとなる気配が伝わってきたのだった。
シャワーを浴びている間も、イゴールはそうやって自身の中に湧き上がってくる感情を口にしていた。自分でもそれをどうしていいのか分からないんだろうな。人間だった時の記憶を基にして湧き上がってくる感情なのに、吸血鬼となった現在の自分自身の感覚と完全には結びついてこなくて、もどかしいというのもあるんだと思う。そうじゃなければ今すぐここを飛び出して、オレーナを死なせたテロリスト達に報復しに行くだろうからね。
結局、二十分ほどそうして懊悩した上で彼はバスローブをまとって出てきた。
「じゃ、次は僕が入るね」
告げて、入れ替わりに僕がバスルームに入る。安和と二人きりにするのは危険だと感じるかもしれないけど、眷属として吸血鬼になったばかりの彼じゃ、安和には到底及ばない。吸血鬼としての能力を上手く使えるようになるためには経験が必要なんだ。それこそ、赤ん坊が徐々に自分の体の使い方を理解していくみたいにね。
だから現状のイゴールは、生身では、
『世界最強と称される人間を膂力で圧倒できる程度』
なんだ。それだけでも人間には十分に脅威だとしても、残念ながら安和の足元にも及ばない。赤ん坊が健康な五歳児に力では勝てないみたいな感じかな。
その上で、念のため部屋の気配には意識を向けておく。すると、
「ちょっとは落ち着いた?」
安和が彼に話し掛けるのが聞こえてくる。
「……」
それに対しては応えなかったイゴールだけど、安和には彼から発せられている感情の匂いが分かるから、いくらかマシになっているのは察せられる。だからこそ、
「私は、テロリストなんて助ける必要なんてなかったと思ってる」
敢えて正直な気持ちを口にした。イゴールを眷属化したことについて完全には納得できていないんだ。でも、安和ならそう思うだろうなというのは僕にも分かっていた。分かっていた上で彼を眷属にしたんだ。
『せっかくの機会だから』
というのもあったからね。安和にもそれは伝わってる。伝わってるから、
「だけど、パパの眷属になったあんたをどうにかしようとか思ってない。私がそんなことをしたってパパは喜ばないしね」
そう言ってくれる。するとイゴールは、
「……なんだよ。俺のことなんてどうにでもできるっていう口ぶりだな……何様だってんだよ……?」
さすがに気に障ったらしいけど、それに対しても安和は、
「なに? 私に勝てるとでも思ってんの? それくらい、今のあんたでも分かると思うんだけど?」
告げた。ゆらり、と安和の中に力が立ち上がるのが分かる。
「……!」
瞬間、イゴールがギョッとなる気配が伝わってきたのだった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
はじまりはいつもラブオール
フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。
高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。
ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。
主人公たちの高校部活動青春ものです。
日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、
卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。
pixivにも投稿しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
毒小町、宮中にめぐり逢ふ
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。
生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。
しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。
冷たい舌
菱沼あゆ
キャラ文芸
青龍神社の娘、透子は、生まれ落ちたその瞬間から、『龍神の巫女』と定められた娘。
だが、龍神など信じない母、潤子の陰謀で見合いをする羽目になる。
潤子が、働きもせず、愛車のランボルギーニ カウンタックを乗り回す娘に不安を覚えていたからだ。
その見合いを、透子の幼なじみの龍造寺の双子、和尚と忠尚が妨害しようとするが。
透子には見合いよりも気にかかっていることがあった。
それは、何処までも自分を追いかけてくる、あの紅い月――。
下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……
未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます(Ver.02)
京衛武百十
ファンタジー
俺の名は錬是(れんぜ)。開拓や開発に適した惑星を探す惑星ハンターだ。
だが、宇宙船の故障である未開の惑星に不時着。宇宙船の頭脳体でもあるメイトギアのエレクシアYM10と共にサバイバル生活をすることになった。
と言っても、メイトギアのエレクシアYM10がいれば身の回りの世話は完璧にしてくれるし食料だってエレクシアが確保してくれるしで、存外、快適な生活をしてる。
しかもこの惑星、どうやらかつて人間がいたらしく、その成れの果てなのか何なのか、やけに人間っぽいクリーチャーが多数生息してたんだ。
地球人以外の知的生命体、しかも人類らしいものがいた惑星となれば歴史に残る大発見なんだが、いかんせん帰る当てもない俺は、そこのクリーチャー達と仲良くなることで残りの人生を楽しむことにしたのだった。
筆者より。
なろうで連載中の「未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます」に若干の手直しを加えたVer.02として連載します。
なお、連載も長くなりましたが、第五章の「幸せ」までで錬是を主人公とした物語自体はいったん完結しています。それ以降は<錬是視点の別の物語>と捉えていただいても間違いではないでしょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる