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第五幕
俺が成功させてたら
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ホテルに戻って部屋で寛ぐと、
「オレーナ……」
ソファに座っていたイゴールが両手で顔を覆って妹の名を口にしながら、突然、涙を流し始めた。
一息吐いたことで、逆に自分の気持ちと向き合えてしまったんだろう。眷属化したことによる鎮静作用さえ上回ってしまったんだ。
「なんであいつがあんな死に方をしなきゃならないんだ……? 俺が成功させてたらオレーナは死なずに済んだのか……?」
と口にする。当然の疑問かもしれないかもしれないけど、僕は告げる。
「僕は君とオレーナが暮らしていた村で、君の仲間達が口にしていたことを聞いてしまったよ。彼らはオレーナが成功したことに気を良くして、君が釈放されたらオレーナと同じように再びテロを行わせるつもりだった。だからきっと、君が成功させていたとしてもオレーナにも同じことをさせていただろうね」
それはあくまでただの推論だけど、実際にオレーナを死なせた者達のことだ。ほぼ間違いないと思う。
「彼らにとって君もオレーナも、テロのための道具でしかないんだよ」
僕がそう言うと、
「ギリッッ!!」
とイゴールが歯を鳴らした。同時に彼の全身から<憎悪の匂い>が立ち上る。だけどそれに対しては安和が、
「でもあんたはあいつらを仲間だと思ってたんでしょ? で、あいつらの言いなりになってテロを起こそうとした。結局はあんたが招いたことじゃん」
指摘する。あまりに辛辣と言えば辛辣なそれではあっても、事実であることは間違いない。
「うるせえ……」
吐き捨てるように口にしたイゴールだけど、強く刺さってしまったのは分かる。<憎悪の匂い>に<戸惑いの匂い>が混じったからだ。そして、<強い後悔の匂い>も。
そうだ。安和に言われるまでもなく、そのことは今のイゴール自身が誰よりも分かっている。人間だった時には自分を客観視できなくて、安和の言葉が刺さることさえなかったかもしれない。あの頃の彼からすれば、それこそ、
<狂人の戯言>
だったかもしれないな。自分達こそが正しくて、自分達こそが真実が見えてて、自分達こそが冷静に物事を捉えられていたと思っていただろうからね。そんな人間に何を言っても届かないのも、僕は散々見てきた。
だけど、僕の眷属となって吸血鬼になったイゴールでも、憎悪に囚われてしまうことがないとは言えない。ダンピールであるエンディミオンがそうだったように。
そんなことにならないようにするのも、彼を眷属にした僕の責任なんだ。それを負いたくない人間が何をしてきたかを知っているからこそ。
「オレーナ……」
ソファに座っていたイゴールが両手で顔を覆って妹の名を口にしながら、突然、涙を流し始めた。
一息吐いたことで、逆に自分の気持ちと向き合えてしまったんだろう。眷属化したことによる鎮静作用さえ上回ってしまったんだ。
「なんであいつがあんな死に方をしなきゃならないんだ……? 俺が成功させてたらオレーナは死なずに済んだのか……?」
と口にする。当然の疑問かもしれないかもしれないけど、僕は告げる。
「僕は君とオレーナが暮らしていた村で、君の仲間達が口にしていたことを聞いてしまったよ。彼らはオレーナが成功したことに気を良くして、君が釈放されたらオレーナと同じように再びテロを行わせるつもりだった。だからきっと、君が成功させていたとしてもオレーナにも同じことをさせていただろうね」
それはあくまでただの推論だけど、実際にオレーナを死なせた者達のことだ。ほぼ間違いないと思う。
「彼らにとって君もオレーナも、テロのための道具でしかないんだよ」
僕がそう言うと、
「ギリッッ!!」
とイゴールが歯を鳴らした。同時に彼の全身から<憎悪の匂い>が立ち上る。だけどそれに対しては安和が、
「でもあんたはあいつらを仲間だと思ってたんでしょ? で、あいつらの言いなりになってテロを起こそうとした。結局はあんたが招いたことじゃん」
指摘する。あまりに辛辣と言えば辛辣なそれではあっても、事実であることは間違いない。
「うるせえ……」
吐き捨てるように口にしたイゴールだけど、強く刺さってしまったのは分かる。<憎悪の匂い>に<戸惑いの匂い>が混じったからだ。そして、<強い後悔の匂い>も。
そうだ。安和に言われるまでもなく、そのことは今のイゴール自身が誰よりも分かっている。人間だった時には自分を客観視できなくて、安和の言葉が刺さることさえなかったかもしれない。あの頃の彼からすれば、それこそ、
<狂人の戯言>
だったかもしれないな。自分達こそが正しくて、自分達こそが真実が見えてて、自分達こそが冷静に物事を捉えられていたと思っていただろうからね。そんな人間に何を言っても届かないのも、僕は散々見てきた。
だけど、僕の眷属となって吸血鬼になったイゴールでも、憎悪に囚われてしまうことがないとは言えない。ダンピールであるエンディミオンがそうだったように。
そんなことにならないようにするのも、彼を眷属にした僕の責任なんだ。それを負いたくない人間が何をしてきたかを知っているからこそ。
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