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第五幕

ダメだよ。そんなに近付いたら

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『セルゲイは僕のお父さんだ』

僕がそう告げた瞬間、彼の目に鋭いものが光った。そして自分のズボンのポケットに手を突っ込んでナイフを取り出す。昨日、セルゲイが取り上げた後、彼が逃げ出す時にポケットに戻しておいたものだ。こんな粗末な小さなナイフでも、彼にとっては<身を守るための大切な武器>だし、おそらくそうそう新たに買うこともできなかっただろうからね。

そのナイフを僕に突き付けて、

「金を出せ! 金がなければお前の着てるものとか持ってるものとか全部よこせ! でないと刺すぞ!」

精一杯、彼なりに凄んでるつもりなんだろうけど、相手の力を読み取れない者に勝機はない。彼のしていることはただの茶番で、<ごっこ遊び>にしか過ぎないんだよ。しかも、相手によっては自分の命を差し出すことにもなりかねない、危険なごっこ遊びだ。

相手が僕だから加減してもらえるというだけで。

「無駄だよ。そんなものじゃ僕を脅すことはできない。僕どころか、あの二人さえ怯えさせることもできないね」

そう言いながら僕はセルゲイの方に視線を向けた。その彼の傍には四歳くらいの幼児が二人。悠里ユーリ安和アンナだ。

「え……?」

ムジカが唖然とする。ついさっきまではセルゲイしかいなかったのに。幼児が急に姿を現したからだ。僕が彼の認識を誘導して、気配を消してる二人を知覚できるようにしたんだよ。

「ふざけんなっ!!」

『ナイフを使っても、わずか四歳くらいの幼児を怯えさせることさえできない』

と僕に言われたことを『馬鹿にされた』と感じたんだろうな。ムジカは激昂してより一層、ナイフを近付けてきた。けれど僕はやっぱり平然としたまま、

「ダメだよ。そんなに近付いたら」

言いながら彼の手からナイフを奪い取った。彼が握り直そうとした瞬間に手を伸ばして刃をつまんで抜き取ったんだ。

「あ…あれ……っ!?」

手にしていたはずのナイフの感触がなくなったことに気付いた彼が、辺りを見回し始める。落としたと思ったんだろう。そんな彼に、

「探し物はこれかな?」

昨日のセルゲイと同じことを口にしつつ、刃をつまんだナイフを彼に向ってかざして見せた。

「な……あ……っ!?」

またしてもまったく知覚できないうちにナイフが奪われていたことに、彼は激しく動揺する。そして、

「な…なんなんだよ! なんなんだよお前ら……っ!?」

他にどう言っていいのか分からなくて、そんな言い方になったんだろうな。だから僕は、

「君じゃ絶対に勝てない相手だよ。僕達がその気になれば、君は自分が死んだことにも気付けないうちに命を落とすことになるだろうね」

告げたのだった。

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