上 下
526 / 697
第五幕

俺を売り飛ばすつもりだろ……!

しおりを挟む
それでも、以前にもストリートチルドレンを人間が運営する組織に保護してもらったことがあるように、<出会い>がその人間の在り方を変えることは実際にある。マデュー達の場合は、

<悪辣な兵士に出会ってしまったことで最悪の結末を迎えた事例>

と言えるだろうな。だけど、すべての事例がマデュー達のそれのような悲しい結末に終わるとは限らない。事実、以前に保護されたストリートチルドレンはその後に学校に通い今はエンジニアを目指して勉強しているそうだ。それまでは、ただ犯罪者として生きていくしか道を選びようがなかったのに。

だから、

「君は私達とこうして出会ったことで、新しい可能性が示された。一つはこのまま罪を重ねて生きる道。もう一つは様々なことを学んで自ら生き方を探す道。どちらを選ぶかは君次第だ」

セルゲイはスマホを取り出して電話をかけ始めた。相手は、ムジカのような子供を保護し、新たな生き方の可能性を自ら作り出すチャンスをもたらしてくれる民間組織だ。この国にもそういう組織は存在する。

けれど、ムジカは、

「そんなこと言って、俺を売り飛ばすつもりだろ……!」

青い顔をしたまま、震えた声でそう言った。精一杯の虚勢だったんだろうな。それに、確かに子供を攫って<商品>に換えてしまう組織もまた、この国にも存在する。

ムジカの懸念も当然だ。

そして彼はセルゲイの手を振りほどいて、逃げ去ってしまった。

これに対して安和アンナは、

「あんな奴、助けてやる必要ないでしょ」

と、忌々し気に口にした。だけど安和は自分のそれがいかに矛盾しているかに気付いていない。前の国で人身売買組織に憤っていたにも拘わらず今回は人身売買組織に攫われてしまうような立場の子供に対してそう吐き捨てるのは、

『自分が気に入らない対象をただ嫌悪し、そんな自分の感情を一方的にぶつけていい』

と考えているだけだということをね。

だけどそれ自体、まだまだ経験が浅く物事を客観的に見ることができてないがゆえの浅慮でしかないから、かつての僕と同じ道を安和も歩いているだけに過ぎないけどね。

なにより、

「姫、あなたがそのようにお考えなのを、私は悲しく思います」

セルゲイが言うと、

「違っ…! 私は……!」

安和は慌てて取り繕おうとした。相変わらずセルゲイに対しては弱いよね。けれど上手い言い訳を思いつかなかったのか、

「……」

悲し気に俯いてしまった。そんな彼女をセルゲイは、

「姫、幼いあなたが自身の感情と上手く付き合えないのは当然です。そうやって経験を重ねていくことが大事なのです」

穏やかに諭してくれる。

「……うん……」

それに対して安和も、気まずそうにはしながらも頷いてくれたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘灯の思いつき短編集

甘灯
キャラ文芸
 作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)                              ※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

宵風通り おもひで食堂

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
瑠璃色の空に辺りが包まれた宵の頃。 風のささやきに振り向いた先の通りに、人知れずそっと、その店はあるという。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】神様と縁結び~え、神様って女子高生?~

愛早さくら
キャラ文芸
「私はあなたの神様です」 突然訪ねてきた見覚えのない女子高生が、俺にそんなことを言い始めた。 それ以降、何を言っているのかさあっぱり意味が分からないまま、俺は自称神様に振り回されることになる。 普通のサラリーマン・咲真と自称神様な女子高生・幸凪のちょっと変わった日常と交流のお話。 「誰もがみんな誰かの神様なのです」 「それって意味違うくない?」

声劇台本置き場

ツムギ
キャラ文芸
望本(もちもと)ツムギが作成したフリーの声劇台本を投稿する場所になります。使用報告は要りませんが、使用の際には、作者の名前を出して頂けたら嬉しいです。 台本は人数ごとで分けました。比率は男:女の順で記載しています。キャラクターの性別を変更しなければ、演じる方の声は男女問いません。詳細は本編内の上部に記載しており、登場人物、上演時間、あらすじなどを記載してあります。 詳しい注意事項に付きましては、【ご利用の際について】を一読して頂ければと思います。(書いてる内容は正直変わりません)

陰の行者が参る!

書仙凡人
キャラ文芸
三上幸太郎、24歳。この物語の主人公である。 筋金入りのアホの子じゃった子供時代、こ奴はしてはならぬ事をして疫病神に憑りつかれた。 それ以降、こ奴の周りになぜか陰の気が集まり、不幸が襲い掛かる人生となったのじゃ。 見かねた疫病神は、陰の気を祓う為、幸太郎に呪術を授けた。 そして、幸太郎の不幸改善する呪術行脚が始まったのである。

処理中です...