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第五幕
探し物はこれかな?
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路地から飛び出してきたムジカがセルゲイにぶつかりそうになったけど、ムジカの体は完全に宙を泳いでた。セルゲイが躱したんだ。
「え……?」
絶対にぶつかると思ってたであろうタイミングで躱されて、ムジカが唖然とした表情になる。その上で、セルゲイが彼の服を掴んで支えた。
「スリか? だが、相手が悪かったね」
穏やかな表情で言われて、今度はギョッとなる。
「クソッ!」
毒吐きながら自分のズボンのポケットに手を入れたムジカだったけれど、
「え? あれ…!?」
ポケットを探りながら困惑。そんな彼にさらにセルゲイが、
「探し物はこれかな?」
いつの間にか手にしていた小さな折り畳みナイフを、周囲からは見えにくいように掌に隠すようにしつつもムジカに示す。
「あ……っ!」
声を詰まらせる彼に、
「このくらいのことができないと、スリとしてはやっていけないね。諦めた方がいい」
笑顔のセルゲイが告げるけど、吸血鬼である僕の目でさえかろうじて捉えられただけの動きを人間ができるわけがないから、これはある種の<ブラフ>だね。『これで彼が諦めてくれたら御の字』くらいの気持ちを込めた。
するとムジカは腰が抜けたようにその場に座り込んでしまった。青ざめた表情で、絶望をにじませて。これで自分が警察に突き出されるんだろうと感じたんだと思う。
確かに警察に突き出してもよかったんだけど、実はここの警察は、この程度の少年犯罪にはまったく熱心じゃなくて、メチャクチャに暴力を振るった上で司法手続きさえ取らずに放りだしたりするんだ。だけど、そんなことで足を洗う非行少年はむしろ少ない。痛い目を見せられたその時には泣いて許しを請うて反省の言葉も口にするけど、そんなことで改心できるような環境じゃないんだよ。ムジカのような立場の子供は、犯罪に手を染めなければ生きていくことさえままならないんだから。
暴力に屈したように見えても、結局はその場だけで、傷が癒える頃にはより一層、社会への憎しみを募らせたりしている。日本で一時的な反抗心を拗らせただけの非行少年とは、背景が違うんだ。
だから、この社会そのものが変わらない限り、ムジカが犯罪を犯さずに済むようにはならないだろうな。
だけど、『社会を変える』のもあくまで人間自身がするべきこと。僕達吸血鬼が<素晴らしい社会>を提供したって、そこに住む人間達の意識が変わらないと、
『狡い人間が得をする』
状況は変わらない。どんなに整った仕組みを作っても、それを運用する者が狡ければ元の木阿弥なんだ。
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