508 / 697
第五幕
亡くなったフィアンセの遺品
しおりを挟む
そうして死体から遺品をはぎ取っていた人間達の中にいたのが、
<マデュー>
だった。彼女は、一見すると老婆のようにも見える格好をしていたけれど、動きや匂いからすると十五歳くらいだというのは僕にはすぐに分かった。もちろん母も気付いていたけれど、特に何を言うでもなく、好きにさせていた。
確かに、今の僕なら、蟻が死んだ昆虫を解体して自分達の巣に運ぼうとしているのと同じような意味でしかないのは分かる。だから母も何も言わなかったし何もしなかったんだ。それは<余計なこと>だから。
マデュー達も当然、気配を消している僕と母には気付かず、ただ黙々と作業を行ってるだけだった。
けれどその時、マデューが小さく、
「あ…!」
と声を上げたのが分かった。その彼女の手には宝石が付いた指輪。たぶん、婚約指輪だと思う。だけど明らかに女性が着けるようなデザインの上に古い傷がついていて、
<亡くなったフィアンセの遺品>
というのをすぐに連想させられるものだった。
<亡くなったフィアンセの遺品をポケットに忍ばせ戦場に出ていた兵士>
だったのかもしれない。だけど、彼女のその反応に近くにいた老婆が気付き、指輪を見るなり、
「あんたそれ、あたしのだよ! あたしが見付けたんだ!」
そう声を上げながら掴みかかってきた。マデューが先に見付けたのは明らかなのにも拘わらず、『自分が先に見付けた』と言いがかりを付けたんだ。だけどもちろんマデューも、
「ううっ!」
唸りながら抵抗する。そこへ別の老人が走り寄ってきて、
「寄越せ!」
二人を蹴りつけた。マデューと老婆はもつれあうようにして倒れて、マデューの手から指輪が離れ、老婆がすかさずそれに手を伸ばすと、さらに別の老人がその手を足で思い切り踏みつけて。
パキッと、枯れ枝が折れるような小さな音が響いたのが僕の耳に届いてきた。老婆の指の骨が折れる音だった。加齢で骨密度が下がった骨を足で思い切り踏みつけられれば折れて当然だろうな。
「ああ…っ!」
声を上げながらも老婆が指輪を放そうとはしなかったのを、
「しつけえ!」
老人は倒れた老婆の顔に容赦のない蹴りを。
なのに母は、そんな光景を見ながらも手を出そうとはしなかった。そうだよね。蟻が昆虫の死骸を奪い合っていても人間は普通は手出ししないよね。
だけど僕はつい、動いてしまってた。老人の足が老婆の顔を捉えようとした直前に僕は足を掴んで持ち上げたんだ。すると老人はバランスを崩して転倒。
「ギャッ!!」
って悲鳴を上げたんだ。
<マデュー>
だった。彼女は、一見すると老婆のようにも見える格好をしていたけれど、動きや匂いからすると十五歳くらいだというのは僕にはすぐに分かった。もちろん母も気付いていたけれど、特に何を言うでもなく、好きにさせていた。
確かに、今の僕なら、蟻が死んだ昆虫を解体して自分達の巣に運ぼうとしているのと同じような意味でしかないのは分かる。だから母も何も言わなかったし何もしなかったんだ。それは<余計なこと>だから。
マデュー達も当然、気配を消している僕と母には気付かず、ただ黙々と作業を行ってるだけだった。
けれどその時、マデューが小さく、
「あ…!」
と声を上げたのが分かった。その彼女の手には宝石が付いた指輪。たぶん、婚約指輪だと思う。だけど明らかに女性が着けるようなデザインの上に古い傷がついていて、
<亡くなったフィアンセの遺品>
というのをすぐに連想させられるものだった。
<亡くなったフィアンセの遺品をポケットに忍ばせ戦場に出ていた兵士>
だったのかもしれない。だけど、彼女のその反応に近くにいた老婆が気付き、指輪を見るなり、
「あんたそれ、あたしのだよ! あたしが見付けたんだ!」
そう声を上げながら掴みかかってきた。マデューが先に見付けたのは明らかなのにも拘わらず、『自分が先に見付けた』と言いがかりを付けたんだ。だけどもちろんマデューも、
「ううっ!」
唸りながら抵抗する。そこへ別の老人が走り寄ってきて、
「寄越せ!」
二人を蹴りつけた。マデューと老婆はもつれあうようにして倒れて、マデューの手から指輪が離れ、老婆がすかさずそれに手を伸ばすと、さらに別の老人がその手を足で思い切り踏みつけて。
パキッと、枯れ枝が折れるような小さな音が響いたのが僕の耳に届いてきた。老婆の指の骨が折れる音だった。加齢で骨密度が下がった骨を足で思い切り踏みつけられれば折れて当然だろうな。
「ああ…っ!」
声を上げながらも老婆が指輪を放そうとはしなかったのを、
「しつけえ!」
老人は倒れた老婆の顔に容赦のない蹴りを。
なのに母は、そんな光景を見ながらも手を出そうとはしなかった。そうだよね。蟻が昆虫の死骸を奪い合っていても人間は普通は手出ししないよね。
だけど僕はつい、動いてしまってた。老人の足が老婆の顔を捉えようとした直前に僕は足を掴んで持ち上げたんだ。すると老人はバランスを崩して転倒。
「ギャッ!!」
って悲鳴を上げたんだ。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
甘灯の思いつき短編集
甘灯
キャラ文芸
作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)
※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【完結】神様と縁結び~え、神様って女子高生?~
愛早さくら
キャラ文芸
「私はあなたの神様です」
突然訪ねてきた見覚えのない女子高生が、俺にそんなことを言い始めた。
それ以降、何を言っているのかさあっぱり意味が分からないまま、俺は自称神様に振り回されることになる。
普通のサラリーマン・咲真と自称神様な女子高生・幸凪のちょっと変わった日常と交流のお話。
「誰もがみんな誰かの神様なのです」
「それって意味違うくない?」
真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。
声劇台本置き場
ツムギ
キャラ文芸
望本(もちもと)ツムギが作成したフリーの声劇台本を投稿する場所になります。使用報告は要りませんが、使用の際には、作者の名前を出して頂けたら嬉しいです。
台本は人数ごとで分けました。比率は男:女の順で記載しています。キャラクターの性別を変更しなければ、演じる方の声は男女問いません。詳細は本編内の上部に記載しており、登場人物、上演時間、あらすじなどを記載してあります。
詳しい注意事項に付きましては、【ご利用の際について】を一読して頂ければと思います。(書いてる内容は正直変わりません)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる