397 / 697
第三幕
僕には判断が付かない
しおりを挟む
<ベルリンの壁>が崩れ、<ソビエト社会主義共和国連邦>が消滅し、<東西冷戦>が事実上終結して数十年の時間が過ぎても、昨今のロシアの強硬な姿勢もあってか、ロシア人に対する必ずしも好意的とは言えない感情は、確かに西側諸国の人間達の中に残っている。
世代を超えても、親から何度も何度も悪感情を説かれてきたりすれば、そのままを自身の価値観として取り入れてしまうことも、珍しくない。
僕達が巻き込まれた<事件>を担当したミラノの警官は、調書を作りながら、
「俺の祖父さんは、イワン共になぶり殺しにされた。奴らは戦場で孤立した俺の祖父さんを、ハンティングのごとく体の端から撃ち抜いて、『死なせたら負け』という賭けをしてたんだ。奴らは人間じゃない。悪魔だ。悪魔はこの地球から消え失せろ」
などと、セルゲイに対して延々と恨み言を口にしていた。他にも、彼に同調してくる警官もいた。
だけど、彼の言ってることが本当だという証拠はどこにもない。何しろ彼は、
「俺の親父の枕元に祖父さんが立って、自分が死んだ時の話をしてくれたんだ」
と言っていたし。
僕は吸血鬼で、今の人間の常識だとオカルトの中だけの存在だけど、そんな僕でもいわゆる<幽霊>には遭遇したことはない。ううん、実際には、
<その地に焼き付いた強い思念の残滓>
なら感じ取れたりもするんだけど、そういうものも必ずしも正確な情報を伝えてくれるわけじゃない。なぜなら、
『その時点での非常に強い思念が焼き付いてる』
状態だから、その<思念>そのものがただの思い込みだったり妄執に過ぎなかったりという可能性を排除することは事実上不可能だから。
『肉親の夢枕に立つ』
という話にしても、それが実際に起こることかどうかについては僕は断言できないにしても、そこで告げられたことが事実か否かを判定することは、何らかの客観的事実と照らし合わせない限り不可能だからね。
なのに、人間というのは、根拠のない話でも、それが自分にとって信じるに値するものであれば事実だと思い込んでしまう癖がある。
今回のことも、そういうものの一種である可能性は極めて高い。
加えて、彼の祖父を殺害したのが事実ソ連兵だったとしても、そのソ連兵が<ロシア人>だったかどうかは分からないし、しかも、当時、同盟を結んでいたはずのドイツ軍は、自分達が撤退する際に、イタリア軍を<囮>に使ったこともあったそうだ。
つまり、殺害したのはソ連兵だったかもしれなくても、それはドイツ軍に囮に使われた結果だった可能性も否定できない。
戦争で祖父を亡くした事実には哀悼の意を表すけど、彼のロシア人への感情が果たして正当なものかどうかは、僕には判断が付かないな。
世代を超えても、親から何度も何度も悪感情を説かれてきたりすれば、そのままを自身の価値観として取り入れてしまうことも、珍しくない。
僕達が巻き込まれた<事件>を担当したミラノの警官は、調書を作りながら、
「俺の祖父さんは、イワン共になぶり殺しにされた。奴らは戦場で孤立した俺の祖父さんを、ハンティングのごとく体の端から撃ち抜いて、『死なせたら負け』という賭けをしてたんだ。奴らは人間じゃない。悪魔だ。悪魔はこの地球から消え失せろ」
などと、セルゲイに対して延々と恨み言を口にしていた。他にも、彼に同調してくる警官もいた。
だけど、彼の言ってることが本当だという証拠はどこにもない。何しろ彼は、
「俺の親父の枕元に祖父さんが立って、自分が死んだ時の話をしてくれたんだ」
と言っていたし。
僕は吸血鬼で、今の人間の常識だとオカルトの中だけの存在だけど、そんな僕でもいわゆる<幽霊>には遭遇したことはない。ううん、実際には、
<その地に焼き付いた強い思念の残滓>
なら感じ取れたりもするんだけど、そういうものも必ずしも正確な情報を伝えてくれるわけじゃない。なぜなら、
『その時点での非常に強い思念が焼き付いてる』
状態だから、その<思念>そのものがただの思い込みだったり妄執に過ぎなかったりという可能性を排除することは事実上不可能だから。
『肉親の夢枕に立つ』
という話にしても、それが実際に起こることかどうかについては僕は断言できないにしても、そこで告げられたことが事実か否かを判定することは、何らかの客観的事実と照らし合わせない限り不可能だからね。
なのに、人間というのは、根拠のない話でも、それが自分にとって信じるに値するものであれば事実だと思い込んでしまう癖がある。
今回のことも、そういうものの一種である可能性は極めて高い。
加えて、彼の祖父を殺害したのが事実ソ連兵だったとしても、そのソ連兵が<ロシア人>だったかどうかは分からないし、しかも、当時、同盟を結んでいたはずのドイツ軍は、自分達が撤退する際に、イタリア軍を<囮>に使ったこともあったそうだ。
つまり、殺害したのはソ連兵だったかもしれなくても、それはドイツ軍に囮に使われた結果だった可能性も否定できない。
戦争で祖父を亡くした事実には哀悼の意を表すけど、彼のロシア人への感情が果たして正当なものかどうかは、僕には判断が付かないな。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます(Ver.02)
京衛武百十
ファンタジー
俺の名は錬是(れんぜ)。開拓や開発に適した惑星を探す惑星ハンターだ。
だが、宇宙船の故障である未開の惑星に不時着。宇宙船の頭脳体でもあるメイトギアのエレクシアYM10と共にサバイバル生活をすることになった。
と言っても、メイトギアのエレクシアYM10がいれば身の回りの世話は完璧にしてくれるし食料だってエレクシアが確保してくれるしで、存外、快適な生活をしてる。
しかもこの惑星、どうやらかつて人間がいたらしく、その成れの果てなのか何なのか、やけに人間っぽいクリーチャーが多数生息してたんだ。
地球人以外の知的生命体、しかも人類らしいものがいた惑星となれば歴史に残る大発見なんだが、いかんせん帰る当てもない俺は、そこのクリーチャー達と仲良くなることで残りの人生を楽しむことにしたのだった。
筆者より。
なろうで連載中の「未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます」に若干の手直しを加えたVer.02として連載します。
なお、連載も長くなりましたが、第五章の「幸せ」までで錬是を主人公とした物語自体はいったん完結しています。それ以降は<錬是視点の別の物語>と捉えていただいても間違いではないでしょう。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あやかし蔵の管理人
朝比奈 和
キャラ文芸
主人公、小日向 蒼真(こひなた そうま)は高校1年生になったばかり。
親が突然海外に転勤になった関係で、祖母の知り合いの家に居候することになった。
居候相手は有名な小説家で、土地持ちの結月 清人(ゆづき きよと)さん。
人見知りな俺が、普通に会話できるほど優しそうな人だ。
ただ、この居候先の結月邸には、あやかしの世界とつながっている蔵があって―――。
蔵の扉から出入りするあやかしたちとの、ほのぼのしつつちょっと変わった日常のお話。
2018年 8月。あやかし蔵の管理人 書籍発売しました!
※登場妖怪は伝承にアレンジを加えてありますので、ご了承ください。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる