上 下
374 / 697
第三幕

入国手続き

しおりを挟む
深夜十一時を過ぎた頃、ジョージア側の国境付近で一時停車。車掌がパスポートを集めに来た。それを渡すと、出国スタンプを押してから返却される。乗客はただそれを待つだけだ。陸路で国境を超えることになる国ならではかな。

僕もセルゲイも何度も経験してることだから、本でも読みつつ落ち着いて待つ。悠里ユーリ安和アンナはまだ眠ってた。眠れる時に寝るのは、長旅のコツだろう。

乗客の数もそれほど多くなかったこともあり、三十分と掛からずパスポートが返ってきて、発車。日付が変わって、アルメニアとの国境を越え、再び停車。ビザ申請が必要な乗客から手続きが始まる。ビザ申請は別途手続きが必要なので、列車を下ろされることになるけど、僕達はその必要がなかったことでやはり部屋で待っていた。

すると悠里が目を覚まして、

「着いたの?」

と尋ねてくる。

「いや、入国手続きのための停車だよ。もう少しかかるかな」

僕がそう言った時に、ドアがノックされた。車掌だった。女性だ。

やや鋭い目つきのその女性は、僕達のパスポートをチェック。今回のために新たに用意したものだったけど、ジョージアに入国する際にアゼルバイジャン側から入ったことで記録があり、おそらくそのページを見たんだろう。一瞬、さらに目つきが鋭くなった。

先にも言ったけど、アルメニアは現在進行形でアゼルバイジャンと紛争を抱えているからというのもあるんだろうね。

だけど、セルゲイの顔を見て、改めてパスポートを見て、

「あなた、もしかして、セルゲイ博士? 動物学者の」

と尋ねてきた。セルゲイも、別に隠すようなことでもなかったから、

「はい。研究旅行の途中に、子供達と一緒に祖父の墓に参るために来ました」

正直に答える。彼にとっては本当に研究旅行だったからね。すると、車掌の女性は、

「やっぱり! 息子があなたの大ファンなの! あなたが監修した絵本がお気に入りなのよ。サインをもらってもいいかしら!?」

それまでの鋭い目つきから一転、確かに<子煩悩な母親>という表情になって、ハンカチを出してきた。それにサインしてほしいということらしい。

「喜んで」

セルゲイも気前良く応じる。そしてこういう時のためにいつもポケットに忍ばせているサインペンを出し、慣れた手つきでハンカチにサインをし、彼女に渡した。

「ああ、これでミハイルも喜ぶわ♡ あなたと同じ名ね、ミハイル」

僕のパスポートを見ながら、彼女は笑顔でそう言った。確かに、僕の名前は、ロシアやその周辺の国では<ミハイル>と発音するのが普通だからね。

「そうですか。それはよかった」

僕も調子を合わせて応えると、

「アルメニアへようこそ♡」

満面の笑顔で歓迎してくれたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘灯の思いつき短編集

甘灯
キャラ文芸
 作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)                              ※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

あったかミルフィーのお宿

紫堂あねや
キャラ文芸
シロネコ族のミルフィーと無口でちょっぴり意地悪なヒト族のロウェットが経営する『あったかミルフィーのお宿』。 恋愛、夢、友達、家族……様々な理由で訪れる動物や人間のお客様の想いに応える物*一話完結

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

処理中です...