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第三幕
椿と紫音 その15
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警官は、丁寧に、でもはっきりと言い含めるように問い掛けた。
「九歳の子が夕暮れ時に一人で校区外を歩いていたというのは、どのような事情があってのことか、お聞かせ願えますか?」
すると母親は、
「……!?」
口をつぐんで視線を逸らす。さすがに咄嗟に適当な作り話は思い付かなかったんだろうな。
でも、すぐに、
「この子は、いっつもこうやって勝手に出歩く癖があるんです。何度注意しても聞かなくて……」
当たり前の顔をして嘘を吐く。
この母親は、紫音が出歩いていても、それを注意なんてしていなかった。むしろ、
「お母さんは用事で忙しいから外で遊んでて」
と言って彼を追い出そうとしてた。しかもその<用事>は、ほとんどが<夫じゃない男性との逢瀬>なんだ。
そして紫音も、今回、はっきりとそれを目撃してしまった。
「……」
だけど彼は、うなだれて何も言わない。今の自分にこの状況を打破する力がないことを想い知ってるからだろうな。
でもそれは逆に、<状況を打破する力>が自らに備わってきたと実感できるようになれば、明確な反抗を見せるようになるという意味でもある場合が少なくない。
世間ではそれを<反抗期>と呼ぶらしいね。
でも、紫音がまだ母親には反抗しないのは、『できないから』なんだと思う。
今の時点では。
でも、彼が放つ<匂い>から判断すると、将来、苛烈な反抗が始まる可能性が高い印象はある。
正直、今の時点でも<殺意>の匂いがしてるんだ。
けれど、人間にはそれは分からない。警察も、母親の対応に明らかな不法性がない限り、紫音を引き渡して今日のところは終わるしかない。
その予測どおり、保護者が迎えにきた以上は何もできることもなく、二人を帰した。
だけど、母親は、彼を自動車に乗せた途端に、
「人に迷惑掛けんなって言ってるだろ! 親に迷惑掛けんな!! ホントお前はどうしてそうなんだ!? なんでちゃんとできないんだ!? ったく、種がクソだとやっぱ子供もクソになんのかね」
本当に、聞くに堪えない罵詈雑言だった。親がそんな態度で子供が何を学べるのか、考えることもできないのかな。
さすがに僕も不穏な感覚が込み上げてくるけど、だからと言ってそれをこの母親にぶつけても問題は解決しない。あくまで僕自身の自己満足でしかないんだ。
その事実をわきまえつつ、二人が乗った自動車の後を追う。
幸い、母親は真っ直ぐ家に戻り、紫音も家に帰ることになった。
それからも、夕食を終えた彼は自室にこもってずっとゲームをしていたみたいだ。母親は、リビングでずっとスマホをいじっていた。僕達の家庭とは実に対照的な家庭。同じ家の中にいながら、完全に断絶している。
他人の家庭に口出しするのは好ましくないのは分かっていても、悲しくなる。
何のために家族になったんだろうな……
事故については、彼には接触していないということで、人身事故にはならず、あくまで単独の当て逃げとして処理されるみたいだね。
「九歳の子が夕暮れ時に一人で校区外を歩いていたというのは、どのような事情があってのことか、お聞かせ願えますか?」
すると母親は、
「……!?」
口をつぐんで視線を逸らす。さすがに咄嗟に適当な作り話は思い付かなかったんだろうな。
でも、すぐに、
「この子は、いっつもこうやって勝手に出歩く癖があるんです。何度注意しても聞かなくて……」
当たり前の顔をして嘘を吐く。
この母親は、紫音が出歩いていても、それを注意なんてしていなかった。むしろ、
「お母さんは用事で忙しいから外で遊んでて」
と言って彼を追い出そうとしてた。しかもその<用事>は、ほとんどが<夫じゃない男性との逢瀬>なんだ。
そして紫音も、今回、はっきりとそれを目撃してしまった。
「……」
だけど彼は、うなだれて何も言わない。今の自分にこの状況を打破する力がないことを想い知ってるからだろうな。
でもそれは逆に、<状況を打破する力>が自らに備わってきたと実感できるようになれば、明確な反抗を見せるようになるという意味でもある場合が少なくない。
世間ではそれを<反抗期>と呼ぶらしいね。
でも、紫音がまだ母親には反抗しないのは、『できないから』なんだと思う。
今の時点では。
でも、彼が放つ<匂い>から判断すると、将来、苛烈な反抗が始まる可能性が高い印象はある。
正直、今の時点でも<殺意>の匂いがしてるんだ。
けれど、人間にはそれは分からない。警察も、母親の対応に明らかな不法性がない限り、紫音を引き渡して今日のところは終わるしかない。
その予測どおり、保護者が迎えにきた以上は何もできることもなく、二人を帰した。
だけど、母親は、彼を自動車に乗せた途端に、
「人に迷惑掛けんなって言ってるだろ! 親に迷惑掛けんな!! ホントお前はどうしてそうなんだ!? なんでちゃんとできないんだ!? ったく、種がクソだとやっぱ子供もクソになんのかね」
本当に、聞くに堪えない罵詈雑言だった。親がそんな態度で子供が何を学べるのか、考えることもできないのかな。
さすがに僕も不穏な感覚が込み上げてくるけど、だからと言ってそれをこの母親にぶつけても問題は解決しない。あくまで僕自身の自己満足でしかないんだ。
その事実をわきまえつつ、二人が乗った自動車の後を追う。
幸い、母親は真っ直ぐ家に戻り、紫音も家に帰ることになった。
それからも、夕食を終えた彼は自室にこもってずっとゲームをしていたみたいだ。母親は、リビングでずっとスマホをいじっていた。僕達の家庭とは実に対照的な家庭。同じ家の中にいながら、完全に断絶している。
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