上 下
222 / 697
第二幕

洸の日常 その6

しおりを挟む
そういうミハエルの助けもあり、あきらの学校生活は、洸のまったく預かり知らないところでファン同士のいざこざもありつつも、概ね無事に過ごすことができた。

大学時代には、少しだけ精神的にも成長した洸自身が誰に対しても愛想を振りまくことを控え、格好も、元々決して派手ないでたちではなかったものの、より一層地味なそれにして、注目されないように心掛けるようにもなった。

これにより大学生活の方は、高校時代よりも落ち着いた……

と言いたいところだけれど、いくらかはマシになったものの、それでも高校時代から彼を追っかけていた女性を中心にやはり彼の周りには常に女性の姿があった。

となれば当然、やっかみも受ける。

それらを一身に浴び、洸は言った。

「どうしてみんな仲良くできないんだろう……」

それは、まだ精神年齢そのものは小学生と大差ない彼の素朴な疑問だっただろう。

家に帰ると、さくらがそんな彼を抱き締めて、

「そうね……洸の疑問も当然だと思う。だけど世の中っていうのは、自分の思い通りにはいかないのが普通なの……

私は、洸の望みのすべてを叶えてあげることはできない。できないけど、嫌なこと、辛いこと、悲しいことがあれば私がこうやって受け止める。

だから洸……辛い時は『辛い』って言って……

悲しい時には『悲しい』って言って……

あの日、あなたと出逢った時に、私はあなたの感情のすべてを受け止めることを決めたの……

あなたの存在のすべてを受け止めることを決めたの……

この思い通りにならない世界で、私達だけはあなたの味方……

あなたは私の子供なんだから……

愛してる、洸……」

さくらの言葉は、口先だけのものじゃなかった。

子供が思春期に差し掛かって不安定になったのを見計らって帳尻を合わせようとするかのように<物分りのいい親>を演じるのではなく、彼がまだ言葉も喋れなかった時からずっと、彼の声に耳を傾け、視線を受け止め、気持ちを受け止めてきた彼女だからこそ、その言葉が口先だけのものじゃないことが、嘘がないことが、洸にも分かった。

大人にだってあるはずだ。それまではロクに話も聞かなかった相手が突然<物分りのいい人>なったところで、とても信じられないということが。

その言葉の裏に何があるのかを勘繰ってしまうということが。

『子供は無条件に親を信頼する』

など、それこそ、

『異世界に転生すれば必ずチート能力をもらえて無双できる』

というくらいの、空想の産物でしかない。

親子関係といえど<人間関係>なのだ。まともに人間関係を築こうとしない相手を信頼してくれるような都合のいい相手は滅多にいない。

さくらやアオはその辺りを丁寧に真摯に築いてきた。

その結果が洸を癒してくれている。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘灯の思いつき短編集

甘灯
キャラ文芸
 作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)                              ※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

宵風通り おもひで食堂

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
瑠璃色の空に辺りが包まれた宵の頃。 風のささやきに振り向いた先の通りに、人知れずそっと、その店はあるという。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます(Ver.02)

京衛武百十
ファンタジー
俺の名は錬是(れんぜ)。開拓や開発に適した惑星を探す惑星ハンターだ。 だが、宇宙船の故障である未開の惑星に不時着。宇宙船の頭脳体でもあるメイトギアのエレクシアYM10と共にサバイバル生活をすることになった。 と言っても、メイトギアのエレクシアYM10がいれば身の回りの世話は完璧にしてくれるし食料だってエレクシアが確保してくれるしで、存外、快適な生活をしてる。 しかもこの惑星、どうやらかつて人間がいたらしく、その成れの果てなのか何なのか、やけに人間っぽいクリーチャーが多数生息してたんだ。 地球人以外の知的生命体、しかも人類らしいものがいた惑星となれば歴史に残る大発見なんだが、いかんせん帰る当てもない俺は、そこのクリーチャー達と仲良くなることで残りの人生を楽しむことにしたのだった。     筆者より。 なろうで連載中の「未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます」に若干の手直しを加えたVer.02として連載します。 なお、連載も長くなりましたが、第五章の「幸せ」までで錬是を主人公とした物語自体はいったん完結しています。それ以降は<錬是視点の別の物語>と捉えていただいても間違いではないでしょう。

処理中です...