キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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きつねの嫁入り 4

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 秋弦はそれから先、まさに地獄のような苦しみを味わった。

 酒を酌み交わしたり、家臣一同からの祝いの言葉を貰ったり。
 妖艶な狐の舞を見たり、音曲を聞いたり。
 新任の祐筆が趣味で描いたと言う白狐姿の楓を抱いた秋弦の見事な錦絵を貰ったりして、ようやく床に辿り着いたのは丑三つ時だった。

「長かった……疲れただろう? 楓」

「少し……秋弦さまこそ、お疲れではありませんか?」

「いや。美しい楓を見ているだけで疲れなど吹き飛ぶ」

「嬉しい……秋弦さま」

「楓……」

 白襦袢姿の楓と向き合って、ようやく……と手を取ったとき、「ポポンッ」と鼓の音がした。
 思わず刀掛けに置いた脇差に手が伸びても仕方ないだろう。

「おめでとうございます、お殿さま」
「おめでとうございます、奥方さま」

 青白い鬼火が行灯に飛び込み、眩く部屋を照らす。
 下段に、水干姿の少年が二匹、深々とひれ伏していた。

「右近……左近……」

 つい、声に恨みが籠る。

「刀は抜かないでください。長居はしませんので」
「葛葉様からの祝いの品を届けに来ただけですので」

 差し出されたのは、小さな重箱だ。
 美しい螺鈿細工の施された蓋を開ければ、中には草餅がぎっしり詰まっていた。

「母さまの草餅です」

「そのようだな」

 右近左近は、顔をしかめた秋弦に「ご安心を」「ご安心を」「適当に作ったそうですので」「ほどよく手を抜いたそうですので」と、秋弦が記憶を失ったときのようなことにはならないと保証した。

「葛葉さまより、伝言です」
「伝言というより、命令です」

「さっさと子を作れとのことです」
「たくさん作れとのことです」

 秋弦がわかったと頷くと、ふっと行灯の火が消える瞬間、囁きが聞こえた。

「言霊にはききませんが」
「子種にはききます」

 楓と二人顔を見合わせて、草餅をひとつ取り上げる。

「試してみるか?」

「ぜひ」

 いつものように半分にして食べるとヨモギのいい香りが広がる。

 あっという間に食べ切った楓が、物欲しそうな顔をするのを見て、秋弦は重箱を遠ざけた。

「……まさか、草餅が欲しいのか?」

「いいえ……秋弦さまが欲しいです」

 楓はぺろりと秋弦の唇を舐めて押し倒し、押しに押されて押し倒された秋弦は、つがい以外では味わえない悦びに包まれて、楓を食らい尽くした。
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