キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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忘れ去りし記憶 6

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 真っ直ぐに光めがけて走り出した楓だったが、突如目の前に大きな壁が立ちはだかった。

「きゃんっ」

 思い切り頭から突っ込んで、弾き飛ばされてごろごろと転がる。

 再びもっと草塗れになって起き上がれば、秋弦の前には人の姿をした如月が立ちはだかっていた。

「如月っ!」

 邪魔をするなと叫んだが、楓のいるこちら側と秋弦のいるあちら側は葛葉の妖術で遮られているため、声は届かないようだ。

「おまえ、照葉のお殿さまだろう? 何しに来た」

「……おまえも、神使か?」

「そうだ。如月だ。楓の許嫁いいなずけだ!」

――い、許嫁っ!?

 初耳の習慣に、楓は飛び上がった。


◇◆◇


 楓を葛葉に連れ去られた後、照葉城へ戻った秋弦に、右近左近は草餅がすべての鍵ではないかと告げた。

 秋弦が最後に食べた草餅は、麓の村から届けられた供物ではなく、楓に強請られた葛葉が手ずから作ったものだったらしい。

『葛葉さまの草餅を食べたのが原因ではないかと思うのです』
『葛葉さまの力で、お殿さまの言った言葉が言霊になったのではないかと思うんです』

 そう言われて、秋弦は食べかけの草餅を握ったまま母に会ったとき、自分が何を言ったのかと思い出した。

「何も覚えていない、全部忘れてしまったと言った」

『うわー』
『そのまんまだ』

 右近左近は、秋弦自身の言霊が秋弦の記憶を奪ったのだから、それを取り戻すのにも秋弦自身の言霊が必要だと言う。

 床の間に残っていた楓の作った草餅を確かめた右近左近は、葛葉なら一個で足りるが楓の場合は全部平らげなくてはならないだろうとげんなりした顔で断言した。

『お殿さま、草餅好きだったと思うけど……』
『でも、いっぺんに十個とか……』

 重箱の一段に半分ほど残っている草餅は軽く十個はあった。

「どこまでやれるかわからないが……必要なら食べるだけだ」

 考えただけでも胸やけがしそうだったが、これまでも五個は一度に食べたことがある。
 だったら、十個でもいけないこともないだろうと、思った。

『ええっと……まずは奥医師に連絡だね』
『あらかじめ飲む薬とかあるかもしれないし』

 苦い茶と奥医師処方の苦い腹薬を横にさっそく食べ始めた秋弦だったが、七個目にさしかかったあたりで苦しくなってきた。

『ちょっと休憩したほうがいいかも』
『具合悪くて迎えに行けなくなるかも』

「これで思い出せたら幸運だな」

 夜が明けるまでに食べ切れば大丈夫だろうと言う二人の言葉を信じて少し横になった秋弦は、うつらうつらしているうちに懐かしい夢を見た。
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