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ほんもののつがい、にせもののつがい 20
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楓のぺたりと伏せられた耳や萎れた尻尾、潤んだ金の瞳を思い出せば、欲望ではないもので胸も頭もあっという間にいっぱいになった。
欲を満たすことへの渇望よりも、失うかもしれない恐怖のほうが勝る。
手触りのいい、白い毛並みが二度と手に入らないかもしれないと思うと、今すぐ探しに駆け出したくなる。
春之助から、楓が伊奈利山へ帰ってしまったと聞かされたとき、秋弦はすぐにでも山を下りようとしたが、狼どもの餌食になりたいのかと更姫に言われ、不承不承踏みとどまった。
元々、伊奈利山へ行く予定だったのだし、そこへ行けば会えるのだからと、無理やり納得したのだ。
何かを手にする喜びよりも、何かを失うことに怯えるのは臆病者だとわかっていても、楓がいなくては眠ることもできない。
「どけ」
霞が晴れ、痺れの取れた腕で更姫を押しのけて、秋弦は脇差を握ったまま立ち上がると部屋の隅へと移動した。
「白狐に操を立てるというのか?」
馬鹿にしたように笑う更姫は、四つん這いの姿勢で秋弦に近付こうとする。
秋弦は、すらりと脇差を抜き放ち、その鼻先に突き付けた。
「それ以上寄れば、斬る」
更姫は冷えた輝きを見下ろし、しばらくじっとしていたが、揺るぎない切っ先に秋弦の本気を見て取ったらしく、ふっと息を吐いて引き下がった。
それを見て、秋弦も刀を収めた。
「やせ我慢は身体によくないぞ?」
「一時の欲望に流された後のほうが、怖い」
「眠れぬほど、白狐が恋しいか」
更姫に嘘を吐いても意味はないと、秋弦は頷いた。
「ああ、そうだ」
「何がそんなにいいのだ? 狼でもなければ、人でもないというのに。つがいになると言う口約束だけだろう? しかも……私が探ったところによれば……忘れているのではないか」
破ったところで、何の問題もないはずだと言われたが、秋弦にとって楓との約束は大事なものだ。
たとえ忘れていたとしても、その約束のお陰で、楓は会いに来てくれたのだから。
「約束は、約束だ」
「白狐が偽りを言っているかもしれないではないか」
「楓が嘘を吐いていれば、すぐにわかる」
欲を満たすことへの渇望よりも、失うかもしれない恐怖のほうが勝る。
手触りのいい、白い毛並みが二度と手に入らないかもしれないと思うと、今すぐ探しに駆け出したくなる。
春之助から、楓が伊奈利山へ帰ってしまったと聞かされたとき、秋弦はすぐにでも山を下りようとしたが、狼どもの餌食になりたいのかと更姫に言われ、不承不承踏みとどまった。
元々、伊奈利山へ行く予定だったのだし、そこへ行けば会えるのだからと、無理やり納得したのだ。
何かを手にする喜びよりも、何かを失うことに怯えるのは臆病者だとわかっていても、楓がいなくては眠ることもできない。
「どけ」
霞が晴れ、痺れの取れた腕で更姫を押しのけて、秋弦は脇差を握ったまま立ち上がると部屋の隅へと移動した。
「白狐に操を立てるというのか?」
馬鹿にしたように笑う更姫は、四つん這いの姿勢で秋弦に近付こうとする。
秋弦は、すらりと脇差を抜き放ち、その鼻先に突き付けた。
「それ以上寄れば、斬る」
更姫は冷えた輝きを見下ろし、しばらくじっとしていたが、揺るぎない切っ先に秋弦の本気を見て取ったらしく、ふっと息を吐いて引き下がった。
それを見て、秋弦も刀を収めた。
「やせ我慢は身体によくないぞ?」
「一時の欲望に流された後のほうが、怖い」
「眠れぬほど、白狐が恋しいか」
更姫に嘘を吐いても意味はないと、秋弦は頷いた。
「ああ、そうだ」
「何がそんなにいいのだ? 狼でもなければ、人でもないというのに。つがいになると言う口約束だけだろう? しかも……私が探ったところによれば……忘れているのではないか」
破ったところで、何の問題もないはずだと言われたが、秋弦にとって楓との約束は大事なものだ。
たとえ忘れていたとしても、その約束のお陰で、楓は会いに来てくれたのだから。
「約束は、約束だ」
「白狐が偽りを言っているかもしれないではないか」
「楓が嘘を吐いていれば、すぐにわかる」
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