キツネつきのお殿さま

山寺のひみつ 3

「あっちの国には、姫さんがいたんだっけ？」

「よその国のことなんか知るもんか」

「でも、もしも本当に縁談だったとしても、大奥さまのこともあるし、続けてよその国からってのはどうなんだろうねぇ……」

「あたしが働き始めたときには、もう大奥さまは二の丸に移っていらしたけど、昔は仲のよいお二人だったんだろう？」

「それはもう、こっちがあてられるくらいさ。今更言ったところで仕方ないけど、なんで、ああなっちまったんだか……」

　二人はそろって「はぁ」と溜息を吐いた。

　秋弦の母お光が銀嶺の国出身で、秋弦がその容姿を色濃く受け継いでしまったため、現在隠居している秋弦の父は家臣に求められるまま、嫌々側室を娶らなくてはならなくなったらしい。

　そのことがきっかけで、大殿さまは秋弦の母から絶縁を言い渡され、亡くなるまで顔を合わせることもできなかったのだと、二人はしんみりした様子で語った。

　そんな両親を見て育った秋弦は、きっとつらかったに違いない。

　秋弦が自分の容姿を好きになれないのは、異形と言われて傷つくからだけでなく、照葉の人間みたいな容姿だったなら、色んな事件や悲劇は起きなかったと思っているからかもしれない。

　楓としては、十年前に秋弦がお揃いだと言ってくれたことがとても嬉しかったのだが、秋弦にとってキツネ色にまつわる思い出は、辛く悲しいものなのだろう。

　楓は、しょんぼりと尻尾を垂らした。

「まぁ、よその国の出だろうとなんだろうと、いい奥さまなら文句はないさ。でも、お殿さまは、来る者拒まずで優しいし、初心だからねぇ。悪い女に引っ掛かりやしないかと心配だよ。楓が人間だったら、ばっちりなんだろうけど……性悪女狐にお殿さまが食われちまわないよう、しっかり見張っててやっておくれよ？」

　頼んだよ、とポンポンと背中を叩かれて、楓は大きく頷いた。

　頷いた拍子にうっかり飴を呑み込んでしまったが、そんなことを気にしている場合ではない。一大事だと、飛ぶように城内を走り抜け、一目散に門へと向かった。

　本物の人間の娘のほうが、いろんな具合がいいのだと右近左近は言っていた気がする。
　お姫さまだろうと何だろうと、秋弦を渡すわけにはいかない。

　秋弦は楓の『つがい』（仮）なのだ。他の女とつがうなど、他の女に子種を注ぐなど、絶対に絶対に、許せない。

　――浮気、許すまじ！