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お殿さまのおしのび 4
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「でも、昼間はキツネ色じゃなく、お天道様の色だね。お天道様がよく見える方が、仕事がはかどるって、父ちゃんが言っていた!」
「せっかくの美しいものを隠しておくのはもったいないと申しているようですよ、兄上」
春之助の言葉に、要約しすぎだと顔をしかめたものの、にこにこ笑う子供を前にして、頑なに被衣をしているのも決まりが悪い。
「そうか。では、この被衣はそなたの母にやろう。仕立て直せば十分着られるはずだ」
秋弦の被衣は薄布ではなく、普通の小袖を代用しているから、十分着物として使えるものだった。
「えっ! そ、そそそ、そんな畏れ多い……」
秋弦は、えいっとばかりに被衣を取ると青ざめる母親に押し付けて、スタスタと歩き出した。
通りのあちらこちらから向けられる視線が突き刺さる。
幼い頃に城で経験したような、憎しみや蔑みの込められた視線ではなかったが、やっぱり心地がいいものではない。
一直線に参道を抜け、どこかで駕籠を捕まえて城へ戻ろうと視線を巡らせた先に、ふと小さな屋台を見つけた。
屋台は、ようやく読めるていどの文字で「くさもち」と書いた暖簾をぶら下げており、年の頃は十七、八くらいと見える娘が店番をしていた。
――来た時にはなかったはずだが、見落としたのだろうか?
小伊奈利神社には毎回立ち寄っているが、そもそも草餅屋には初めてお目にかかる。
秋弦は、引き寄せられるようにして、ふらりと足を向けた。
「兄上。まだ食べる気ですか?」
春之助の呆れた声も無視し、実に素朴な様子で皿にぽつんとひとつだけ残っている草餅を見つめる。
ふわりと香るヨモギ独特の匂いに微かに餡の甘い匂いが入り混じって食欲をそそる。
「ひとつ、貰おう」
秋弦が小粒銀を差し出すと、俯いていた娘がパッと顔を上げた。
艶やかな黒髪を垂髪にした娘は、ハッとするほど美しかった。
大きな黒目がちの瞳。ぽってりした紅でも塗っているような赤い唇。可愛らしい小さな鼻。
つい、不躾にもマジマジと見入ってしまう。
娘はそんな秋弦を見上げると、ポッと白い頬を赤く染めた。
「あの……どうぞ」
おずおずと差し出された皿から草餅を取り上げようとしたとき、目の前の娘の頭にあるはずのないものが見えた。
「せっかくの美しいものを隠しておくのはもったいないと申しているようですよ、兄上」
春之助の言葉に、要約しすぎだと顔をしかめたものの、にこにこ笑う子供を前にして、頑なに被衣をしているのも決まりが悪い。
「そうか。では、この被衣はそなたの母にやろう。仕立て直せば十分着られるはずだ」
秋弦の被衣は薄布ではなく、普通の小袖を代用しているから、十分着物として使えるものだった。
「えっ! そ、そそそ、そんな畏れ多い……」
秋弦は、えいっとばかりに被衣を取ると青ざめる母親に押し付けて、スタスタと歩き出した。
通りのあちらこちらから向けられる視線が突き刺さる。
幼い頃に城で経験したような、憎しみや蔑みの込められた視線ではなかったが、やっぱり心地がいいものではない。
一直線に参道を抜け、どこかで駕籠を捕まえて城へ戻ろうと視線を巡らせた先に、ふと小さな屋台を見つけた。
屋台は、ようやく読めるていどの文字で「くさもち」と書いた暖簾をぶら下げており、年の頃は十七、八くらいと見える娘が店番をしていた。
――来た時にはなかったはずだが、見落としたのだろうか?
小伊奈利神社には毎回立ち寄っているが、そもそも草餅屋には初めてお目にかかる。
秋弦は、引き寄せられるようにして、ふらりと足を向けた。
「兄上。まだ食べる気ですか?」
春之助の呆れた声も無視し、実に素朴な様子で皿にぽつんとひとつだけ残っている草餅を見つめる。
ふわりと香るヨモギ独特の匂いに微かに餡の甘い匂いが入り混じって食欲をそそる。
「ひとつ、貰おう」
秋弦が小粒銀を差し出すと、俯いていた娘がパッと顔を上げた。
艶やかな黒髪を垂髪にした娘は、ハッとするほど美しかった。
大きな黒目がちの瞳。ぽってりした紅でも塗っているような赤い唇。可愛らしい小さな鼻。
つい、不躾にもマジマジと見入ってしまう。
娘はそんな秋弦を見上げると、ポッと白い頬を赤く染めた。
「あの……どうぞ」
おずおずと差し出された皿から草餅を取り上げようとしたとき、目の前の娘の頭にあるはずのないものが見えた。
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