想いが恋に変わるとき

唯純 楽

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 ジジは、モリーが出て行ってしまってから、暫くの間、じっと立ち尽くしていたが、いつまでもこうしているわけにはいかないと、そろそろと、ウィリアムに近づいた。
 手を伸ばし、その柔らかな髪に触れようとしたところで、がしっと手を掴まれる。

「モリーっ!……って? ん?」

 思い切り掴まれた手を引かれ、ジジはよろめくようにして、倒れ込む。
 受け止めたのは、引っぱったウィリアムで、半ばその膝の上に乗り上げるような形となったジジは、あまりの密着具合に、固まった。

「……ジジ?」

 何を、言えばいいのかわからなかった。
 胸の中に溜まって、淀んでいたものは、ミアとの旅で、ちゃんと綺麗に流れ去ってしまったはずだった。
 それなのに、冬空色の瞳を見ただけで、あっという間に、また、胸を満たし、息が苦しくなる。
 
 聞きたいことはいっぱいあって、言いたいことも、いっぱいあった。
 でも、どれも、口にしてはいけないと分かっている。
 何かを期待してもいけないと、分かっている。

 分かっているのに、じわじわと、目の縁が熱くなる。
 泣きたくないのに、泣きそうだ。

「ジジ」

 だから、呼ばないで。
 そう思うのに、ウィリアムは優しく、慈しむように、呼ぶのだ。

「ジジ……」

 何で、そんなに嬉しそうなの。
 
 ジジは、堪え切れないというように、笑みを零すウィリアムが憎たらしくなる。

「……ジジ」
 
 ウィリアムが額を合わせるから、鼻が触れ合いそうになる。
 顔を引こうと思ったら、ちゃんと結いあげていた髪を解いてしまった大きな手が、逃さないとばかりにジジの小さな頭を抑えつける。
 甘い匂いは、お酒の匂い。
 ちょっぴり苦い味も、お酒の味だ。
 ウィリアムは絶対に、酔っているに違いなく、絶対に、正気じゃないに違いない。
 それでも、ジジをジジだとわかっている。
 だから、ジジは重ねられた唇を、受け入れた。

 最初は柔らかく唇を食んでいたキスが、どんどん深くなり、あっという間に濃厚なものへ変わる。
 促されるようにして、開いた唇の合間から、柔らかくて温かいものが口の中に入って来た時は、さすがにビクリと身体を震わせたが、背筋を辿る大きな手が宥めるように何度も行き来すれば、力が抜け、為すがままになってしまう。
 息が出来ないと喘ぎながら、このままだと、溶けてなくなってしまいそう、と思い始めた頃、ウィリアムは漸く、ジジを解放した。 

「……ずっと、こうしたかった」

 再び額を合わせて呟くと、ウィリアムは少し屈みこむようにして、ジジの首筋に噛みつく様なキスをする。
 そのキスが、どんどん下へ、開かれた襟元からその奥へと続くのに、ジジはさすがにマズイと思い始めた。

「う、ウィリアム様?」

 上ずった声で呼びかければ、「ん? 何か言った?」とあからさまな嘘でかわされる。
 こういう時に、一体どうすれば上手く、相手を傷つけずに押し止められるのだろうと、ジジが必死で考えている間に、ウィリアムはあっという間にジジの上着の前を寛げて、柔らかい膨らみの上を軽く吸う。
 ジジが思わず「あっ」と短い叫びを上げれば、くすりと笑ってその長い指で、下着を押し下げてしまう。
 
 ひんやりとした空気に晒され、女性らしい膨らみを得てから、初めて男性の目に晒されたジジの豊かな胸は、持ち主の気持ちに反し、まるで目の前にいる人に、差し出すかのように、ツンとその頂きを尖らせている。
 
 ウィリアムの手が、柔らかなジジの胸に添えられると、肌が粟立つ。
 夫婦や恋人が、睦み合う意味を知らないわけではなかったが、それが自分の身に起きるとは考えたこともなかった。
 
 ジジは、柔らかさを味わうように自分の胸に触れる大きな手と、そこから与えられる不思議な感覚に身悶えする。
 不安定な身体は、ウィリアムの思うがままだ。
 旅装のまま、スカートの下に乗馬用の下穿きを着けていたはずなのに、いつの間にかひんやりした空気が素足に触れている。
 それどころか、温かなものが太股を撫でている。

 じんわりと、身体の一番奥深くから溢れだすものを感じ、ジジが身じろぎすれば、勘付いたように、ウィリアムが太股に触れていた手を一気に奥へと推し進める。
 潤っている場所をその指先が掠めただけで、ジジは大きく震えた。

「あっ」

 ジジの反応を見て、ウィリアムはその指で、濡れた秘所を確かめるように上下に動かす。
 何故濡れてるのかも、あけすけな友人たちの会話から知っていたが、まさか自分がそうなるとは思わなかった。
 ジジは、恥ずかしさと、あまりの気持ち良さに、甘い声を漏らし、震えることしか出来ない。

「ジジ、可愛い」

 耳朶を食まれ、くぼみを舐められると背筋に痺れるような感覚が走る。
 
「ひ、やぁっ!」

 仰け反るジジを待ちかねていたかのように、布越しに触れていた指が蜜が溢れる場所へと侵入する。 

「う、んっ! んんっ!」

 沈められた一本の指でさえ、ジジにとっては異物だ。
 隘路を分け入るものに慄き、だが、その先に生まれる微かな官能の予感に、震える。
 微かな水音が聞こえ初め、恐怖と一方的に与えられる快感に、押し流されてしまいそうになったとき、頬を上気させ、蕩け切ったジジを見下ろして、ウィリアムが呟いた。

「……綺麗だ、ジジ」

 その言葉を聞いた瞬間、ジジは冷水を浴びせかけられたように、我に返った。
 好きだ、でもなく、愛している、でもなく、ただ、ジジの美しさを称賛する言葉は、ウィリアムの想いを告げる言葉ではなく、誰でも口にすることの出来るもの。
 誰を相手にしても言えるもの。
 
「い、や……」

 掠れた声で呟いて、首を振る。
 身を屈めたウィリアムの吐息が、これ以上柔らかな膨らみの上に落ちてしまわぬように、力なく肩を押せば、くすりと笑われた。
 酷い、と思った途端、力を取り戻した腕で、ウィリアムを押しやったジジは、甘く蕩けるような表情を浮かべた頬を叩いていた。

「いやっ!」

 ウィリアムが、ハッとしたように身を引いた隙に、襟元をかき合わせ、その膝から滑り下りた。
 悲しくて、恥ずかしくて、消えてしまいたくなるほど、情けなかった。
 いとも簡単に、何もかも差し出してしまいそうになる自分が、怖かった。
 モリーが閉めた扉を開けて、飛び出そうとしたジジだったが、背後から伸びてきた手が、物凄い勢いで扉を閉め、再びジジを捕らえた。

「待って、ジジっ!」 

 キツく抱きすくめられ、扉から引き剥がされる。
 そのまま、店の一番奥へ運ばれて、背後は壁の、逃げ場のない椅子の上に下ろされた。
 目の前には、怖いくらい真剣な顔をしたウィリアムが跪いている。

 ジジは、床に落ちている先程まで自分が身に着けていたものを見やり、カッと頬が熱くなった。
 下穿きも、それどころか下着も身に着けていない。

 恥ずかしすぎる、どうかもう止めて、と叫び出したいくらいだったが、ジジを見上げるウィリアムの瞳には、先程までの甘さも危険な妖しい光もなく、甘い色もなく、酔いから醒めているのがわかった。

「……ごめん」

 何なの。
 何に対する謝罪なの、とジジは固く両手を組み合せて身構える。
 気の迷いだとか、酔った勢いだとか、誰でもよかったのだとか言われたら、泣いてしまいそうだ。

 ウィリアムは、怯えるジジの腕を掴む力を少しだけ緩めたが、逃すつもりはないようだ。
 暫く黙り込んでいたが、いつまでもそうしていても仕方ないと思ったのだろう。

「夢かと、思った」

 言い訳に聞こえると思うけど、と前置きしてから、ウィリアムは一息に話した。

「ジジは、ローレンヌに帰ったと聞かされていて、ここにはいないはずだから、都合のいい夢だと思った。本当は、ずっと、抱き締めて、全部俺の物にしたくて、離したくなくて、ルーベンスから出られないように、他の男のところなんかに行けないようにしたかったから、夢でもいいから、そうしてしまえたらと思って……」

 ウィリアムはそこまで口にしてしまってから、不意に言い淀み、俯いて、小さな声で呟いた。

「……ずっと、嫌われるのが、怖かった」

 酒場での一件で、ウィリアムは、ジジが男性に対して距離を保とうとするのは、噂のようにお高く止まっているからではなく、怖がっているからだと知って、自分の言動を深く反省した。
 出来るだけ、ジジが警戒しないように、怯えさせないようにと、友人の関係を壊さないよう、慎重に振る舞おうと決めた。
 出来るだけ、強引にならないように、そっと囲って、ジジの心を押し潰したりしないように、我慢した。
 少しずつ、ちゃんと手順を踏んで、ジジの心が解れるまで時間を掛けて行くつもりだった。
 それは、少しずつ功を奏していたはずだった。
 そう言い募ったウィリアムは、茫然としているジジの膝に顔を埋めるようにして呻く。

「それなのに、何にも言わずにいなくなるなんて」
 
 迷惑だというのなら、せめて、そうだと言って欲しかった。
 ローレンヌへ帰るなら、別れの挨拶くらい、して欲しかった。
 そう訴えたウィリアムは、再び、怒ったような表情でジジを見上げて問い詰める。 

「ジジ。どうして、何も言ってくれなかったんだ? 俺は、そんなに、頼りない? 俺は、ジジにとって、友人ですらない存在なのか? ミルファーレン殿の方がよくて、俺のことはどうでも……」

 何で、そんなことを言うの。

 ジジは、ぎゅっと引き結んでいた唇を解き、ずっと言えずにいたことを口にした。

「だって……ずっと、ミア様が好きなんでしょう?」

 ウィリアムは、驚いたように灰色の瞳を見開いて、その頬をやや赤くして、もごもごと言い訳する。

「え、いや、その、確かに、そのう……」

「いつも、ミア様のことを見ていて、いつも、ミア様のために力を尽くして、ミア様のために、自分の気持ちを言わずにいて、ミア様のことをずっと想って……」

 ウィリアムが、どれ程ミアのために心を砕いていたか、どれ程恋焦がれていたか、ウィリアムのことを見ていたジジが、誰よりも知っている。
 その気持ちは、今も無くなっていないはずで、だから……。

「だから今も、ミア様のお茶が、美味しいと感じるのでしょう?」

 ジジの淹れたお茶を飲むたびに、ウィリアムは首を傾げる。
 まるで、飲みたいお茶は違うというように。
 まるで、それでは不足だというように。
 まるで、そうじゃないと、否定するように。
 どんなに頑張っても、それは、変わらなかった。
 結局、ウィリアムは『ミアの』お茶を美味しいと言った。
 その味を、その想いを、忘れられないというように。
 それでも、ジジを想っているというのなら、それは別の感情だとしか思えない。 
 ウィリアムは忘れたと思っている想いは、まだ、残っている。

 ジジは、泣きそうになるのを堪え、精いっぱい、侍女らしく、控えめに、あくまでも上品に、微笑んだ。

「ウィリアム様。同じローレンヌの出身でも、私は、身分もない、何の取り柄もない、ただの侍女です。いくら頑張っても、ミア様と同じお茶は淹れられない。私は……ミア様の代わりになんか、なれないわ」

 言ってしまえば、すっきりするはずだった。
 ずっと押し込めていた気持ちは、吐き出してしまえば、すっきりするはずだった。
 でも、ジジは、そんな予想に反して、大声で泣いてしまいそうだった。
 今にも決壊しそうな涙を、いつまで堪えられるかわからない。
 ジジは、泣くのを我慢するように、大きく目を見開いて、ウィリアムを見下ろす。

 ウィリアムは、ジジと目が合うと、明らかに狼狽した様子で視線を彷徨わせ、それから、押し殺した声で、苦しそうに告白した。

「俺は……確かに、ミルファーレン殿のことが、好きだった。ローレンヌで出会った時から、凛とした強さと優しさに憧れて、そんなミルファーレン殿の心を占める男が羨ましかった。苦しんでいる様子を見ていられなくて、支えてあげたいと思って、ルーベンスに来れば、一緒に過ごす時間が長くなれば、その気持ちが揺らぐかもしれないと、浅ましいことも考えた。深く知れば知るほど、魅かれて行くのを止められなくて、騎士として保っていた距離も、理性も、全部擲ってしまえたらと思った。でも……」

 優しいウィリアムだから、ミアの幸せを一番に思い、だから、想いを伝えることすらしなかったのだと、ジジにも分かる。
 ミアもまた、優しいから、ウィリアムの気持ちを知ってしまったら、友人としてすら頼りにしなくなったことだろう。

 それでも、今なら、言えるのではないか、と、ジジは思う。
 今なら、ミアもきっと、ウィリアムの好意を受け入れることはないだろうが、それを迷惑に思ったり、にべもなく撥ねのけたりはしないだろう。

「今なら……言えるのではないの?」

 ジジの言葉に、ウィリアムは泣きそうな顔をした。 
 
「ジジ……言えないよ。好きでもないのに、嘘は言えない」

「だって……」

「ミルファーレン殿に、恋をしていたことは認めるよ。報われない恋へのヤケ酒に、ジジを付き合わせた。でも、ミルファーレン殿が駄目だから、ジジを代わりにしようなんて、思っていないよ。二人は、全然、別の人間だ。それに、ミルファーレン殿に抱いていた気持ちと、ジジに抱いている気持ちは、似ているようで、全然違う」

 ウィリアムは、ジジを真っ直ぐに見上げて、あの甘い笑みを浮かべる。

「ミルファーレン殿の前では、俺はいつも陛下の護衛騎士だった。それ以外の姿を、見せようと思わなかったし、見せたくもなかった。でも、ジジの前では、俺は、俺のままでいられる。護衛騎士の俺も、家族といる時の俺も、リリーの店にいる俺も、どれか一つの俺じゃなくて、全部を知って、それで……好きになってくれたらいいと、思うんだ」

 そうは言うものの、やはり出来れば、あまり格好悪いところは見せたくない。
 だが、どういうわけか、ジジにはいつも格好悪いところばかりを見られていると、ウィリアムはぼやいた。

「今も結局そうなんだけど……。ジジ。俺が今、好きなのは、ジジだよ」

「嘘」

 即答したジジに、ウィリアムは目を見開き、困ったような、情けない顔で苦笑する。

「嘘、って言われてもね……」

「……いっつも……首を、傾げるじゃない」

 ジジは、溢れて来た涙が頬を伝うのを感じながら、ウィリアムを睨んで、堪えに堪えていたものを爆発させた。

「私が淹れたお茶を飲む時、いつも、首を傾げるじゃない! ミア様のものと比べて、美味しくないって言うみたいに。いつもいつも、私が淹れたのだと当てて、そのくせ、私のお茶を、美味しいって、一度も言ったことないくせにっ!」

 ウィリアムは、ジジの癇癪に驚いた様子で、目を丸くしていたが、呆けたように呟く。

「お茶……?」

「ミア様を好きだから、ミア様のお茶が美味しいって感じるのっ! 私のお茶が美味しくないのは、私のことをミア様より好きじゃないってことで、だからっ……私がどんなに頑張ったって……一度も、美味しいって言ってくれなかったっ! 私の方がいいって、言ってくれなかった! ウィリアム様なんて……ウィリアム様なんて、大っっ……!」

 ジジの叫びは、ウィリアムによって強引に打ち消された。
 さっきとは違い、しょっぱくて、塩辛くて、全然甘くないキスが、ジジの嗚咽を呑みこむ。
 宥めるように、優しくジジの唇を解し、しゃくり上げる声も呑み込んで、ウィリアムは掠れた声で囁く。

「……本心は違うってわかっていても、嫌いと言われると落ち込む」

「違くな……」

 本心だと、ジジは言い返そうとするが、ウィリアムはその言葉を再び唇で封じ、先を続けさせない。
 先程までとは違う、優しく、加減しながら続けられるキスに、ジジの涙も嗚咽も徐々に治まって行く。
 ウィリアムは、ジジが大人しくなったのを見計らって、その身体を抱き上げて自らが椅子に座ると、自分の膝の上にジジを座らせた。
 涙の名残で濡れたジジの頬を優しく拭いながら、ウィリアムは懲りもせず、またしてもジジと額を突き合わせて、重大な秘密を打ち明けるように囁く。

「ジジのお茶は、いつも不思議な味がするんだ」

 それって、美味しくないということなの。
 
 ジジが目を瞬けば、すぐ間近にある灰色の瞳に笑みが浮かぶ。

「ずっと、何故なのかわからなかったけど……この間、ジジが手掛かりをくれた」

 ウィリアムの母と姉を訪ねたときのことを思い出し、ジジが頷けば、ウィリアムはじっと見つめて来る。

「ジジのお茶は、ミルファーレン殿が淹れるお茶より、甘く感じるんだ。同じ茶葉なのに、何でだろうと、凄く不思議だった」

 意地の悪いことを仕掛けて来るウィリアムの唇に、堪え切れない笑みが浮かぶ。
 
「ねぇ、ジジ。飲む方だけじゃなくて、淹れる方の気持ちも、味を変えるんじゃないかな?」

 ジジは、逃れられない、と思った。
 ウィリアムは、何もかも、お見通しだ。
 自分が、ウィリアムに想いを寄せていることも、知っている。

 ジジが何も言えない内に、ウィリアムの唇が答えを拾う。
 そして、大きな手は、懲りもせずにジジの豊かな胸のあたりを彷徨っている。
 もう一方の手も、無防備なジジのスカートの裾を捲り上げ、柔らかな太股を伝っている。

 ちゃんと手順を踏むと言ったのは、嘘なの。

 ジジの心の内の抗議の声が聞こえたのか、ウィリアムは申し訳程度に唇を離すと、キスの合間に言い訳した。

「ちゃんと順番通りにしているよ。俺の家族に紹介したし、マリア殿にはジジと結婚したいと言ったし、ジジの家族にも手紙を出した。ヴァレリア様とトリスタン陛下にも許可は貰っているし、いつジジが結婚したくなってもいいように、いついかなる時でも儀式を行うよう、司祭の友人に賄賂も渡し済み。ああ、もちろん、礼拝堂は王城のを遣わせて貰うつもり。殆ど使われていないから、いつでも空いている。それに、披露宴をしたくなった場合に備えて、雰囲気の良さそうな場所を下見してある。新居へ引っ越すのは、王子がもうちょっと大きくなるまで待って貰わないといけないけれど、既に手付け金を払って、仮押さえしてあるし、家具や家財道具は、おいおい揃えればいいかな、と」
 
 有能すぎる国王の右腕は、既に準備万端のようだ。
 ジジは、自分の知らぬ間に、すっかり出来あがっていた包囲網に驚きつつ、それでも、込み上げて来る嬉しいと言う気持ちを誤魔化せなかった。

 そして、そんな気持ちは、ウィリアムの悪戯にも寛大な気分にさせる。

 ローレンヌの習慣では、結婚前の男女はこんなことをしない。
 ルーベンスの習慣では、きっと、戯れのうち。

 ウィリアムの手を払いのけようかどうしようかと、迷うジジの耳に落ちたのは、狙った獲物は逃さない、若くて凶暴な、でも、酷く優しく甘い狼の声。

「……好きだよ、ジジ。だから……俺の、お嫁さんになって」

 その一言は、ジジの砦を呆気なく突き崩した。
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