想いが恋に変わるとき

唯純 楽

文字の大きさ
上 下
1 / 13

1.

しおりを挟む
「ジジ。何をしているのかな?」
 
 ルーベンスの広い王城の片隅。
 美しい薔薇の咲き乱れる庭園で、一心不乱に地面を掘り起こしていたジジは、突然降って来た声に、硬直した。
 このルーベンスの王城で、ジェレーヌを愛称のジジで呼ぶ男性は、一人しかいない。
 その声で、ジジの胸を震わせることが出来る人物も、一人しかいない。

「どう見ても、花泥棒にしか見えないんだけど……侍女を辞めて、庭師に転身したのかな?」

 そんなわけはないと分かっているだろうに、いちいち確認するのは、意地悪だ。
 
 ジジは、額に滲む汗を拭い、泥まみれの手もそのままに立ち上がって振り返ると、侍女として身に付けている、控えめな笑みで応えた。

「おはようございます、ウィリアム様」

 虫も殺さぬような愛想笑いを浮かべてジジを見下ろしていたのは、ルーベンス国王トリスタンの右腕である護衛騎士のウィリアム・レガール。濃い褐色の髪と冬空の色をした瞳、優しげな顔立ちと柔らかな物腰で、城の侍女たちの人気を集めている人物。

 そして、ジジの心の平穏を、いともたやすく乱す人。
 
 ジジは、どうして自分はいつまでも、叶うはずのない想いに囚われているのだろうと思いながら、ウィリアムを見上げた。
 誰にでも向ける優しい笑みが、自分だけに向けられていると、勘違いしそうになる自分が嫌になる。

「おはよう、ジジ。それで、何をしているか説明してくれるかな?」

 何で、『ジジ』なの。
 だから、いつ人に聞かれるかわからない場所で、馴れ馴れしく愛称で呼ばないで、と内心毒吐きながら、ジジは事情を説明する。

「ヴァレリア様が散歩出来ないので、お部屋で咲かせようかと……」

 ジジの主であるルーベンス王妃のヴァレリアは臨月を迎え、歩くのも一苦労な状態で、しかも過保護な夫の監視もあって、なかなか外へ出ることが叶わない。
 そのため、折角綺麗に咲いている薔薇も、切り花でしか楽しめない日々を送っていた。
 ヴァレリアの夫でルーベンス国王であるトリスタンが、王妃のためにと作った薔薇園は、ヴァレリアのお気に入りの場所だ。
 初めての出産を前に、心細くなっているだろうヴァレリアの気分を少しでも上向きにできればと、切り花ではなく、鉢植えにして部屋へ持って行けば、少しでも長く、咲き乱れる様子を楽しんで貰えるのではないかと、思ったのだ。

「なるほど。でも、そういう仕事は庭師に頼んだらいいんじゃないかな?」

 そんなことは言われなくともわかっている。
 わかっているが、出来ないから自分でやっているのだと、ジジはウィリアムを睨んだ。

「さっき、そこで庭師を見かけたから……」

 直ぐさま呼びつけようとしたウィリアムに、ジジは飛び上がった。
 
「い、いいっ! 止めてっ!」
 
 思わずその腕にしがみついたジジは、ウィリアムが灰色の目をすっと細めるのを見て、ビクリと身体を震わせる。

「ジジ。一体、どういうことなのか、話を聞かせて貰おうか」

 嫌だとはとても言えそうにない雰囲気に、ジジは泣きたくなった。

「まさか、言えないなんて言わないだろう?」
 
 微笑みながらの駄目押しに、残酷なまでの友人としての気遣いに、ジジはズキリと響く胸の痛みを隠す様に俯いて、自分がすっかり、恋に堕ちることになってしまった出来事を思い出し、心の中で呟いた。

 『ウィリアム様なんて、大嫌い』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

優等生と劣等生

和希
恋愛
片桐冬夜と遠坂愛莉のラブストーリー

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

今夜、元婚約者の結婚式をぶち壊しに行きます

結城芙由奈 
恋愛
【今夜は元婚約者と友人のめでたい結婚式なので、盛大に祝ってあげましょう】 交際期間5年を経て、半年後にゴールインするはずだった私と彼。それなのに遠距離恋愛になった途端彼は私の友人と浮気をし、友人は妊娠。結果捨てられた私の元へ、図々しくも結婚式の招待状が届けられた。面白い…そんなに私に祝ってもらいたいのなら、盛大に祝ってやろうじゃないの。そして私は結婚式場へと向かった。 ※他サイトでも投稿中 ※苦手な短編ですがお読みいただけると幸いです

妹に婚約者を奪われたので、田舎暮らしを始めます

tartan321
恋愛
最後の結末は?????? 本編は完結いたしました。お読み頂きましてありがとうございます。一度完結といたします。これからは、後日談を書いていきます。

恋人に捨てられた私のそれから

能登原あめ
恋愛
* R15、シリアスです。センシティブな内容を含みますのでタグにご注意下さい。  伯爵令嬢のカトリオーナは、恋人ジョン・ジョーに子どもを授かったことを伝えた。  婚約はしていなかったけど、もうすぐ女学校も卒業。  恋人は年上で貿易会社の社長をしていて、このまま結婚するものだと思っていたから。 「俺の子のはずはない」  恋人はとても冷たい眼差しを向けてくる。 「ジョン・ジョー、信じて。あなたの子なの」  だけどカトリオーナは捨てられた――。 * およそ8話程度 * Canva様で作成した表紙を使用しております。 * コメント欄のネタバレ配慮してませんので、お気をつけください。 * 別名義で投稿したお話の加筆修正版です。

(完結)姉と浮気する王太子様ー1回、私が死んでみせましょう

青空一夏
恋愛
姉と浮気する旦那様、私、ちょっと死んでみます。 これブラックコメディです。 ゆるふわ設定。 最初だけ悲しい→結末はほんわか 画像はPixabayからの フリー画像を使用させていただいています。

【完結】好きでもない婚約者に酔いしれながら「別れよう」と言われた

佐倉えび
恋愛
「別れよう、アルヤ」 輝かしい金の髪をかきあげながら、ゴットロープは酔いしれたように呟く―― 私とゴットロープ様が対等だったことなどない―― *なろう様に掲載中のヒロイン視点の短編にヒーロー視点(R15)を加筆しています。 *表紙の美麗イラストは寿司Knight様に頂きました。ありがとうございます。

離婚しようですって?

宮野 楓
恋愛
十年、結婚生活を続けてきた二人。ある時から旦那が浮気をしている事を知っていた。だが知らぬふりで夫婦として過ごしてきたが、ある日、旦那は告げた。「離婚しよう」

処理中です...