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「ジジ。何をしているのかな?」
ルーベンスの広い王城の片隅。
美しい薔薇の咲き乱れる庭園で、一心不乱に地面を掘り起こしていたジジは、突然降って来た声に、硬直した。
このルーベンスの王城で、ジェレーヌを愛称のジジで呼ぶ男性は、一人しかいない。
その声で、ジジの胸を震わせることが出来る人物も、一人しかいない。
「どう見ても、花泥棒にしか見えないんだけど……侍女を辞めて、庭師に転身したのかな?」
そんなわけはないと分かっているだろうに、いちいち確認するのは、意地悪だ。
ジジは、額に滲む汗を拭い、泥まみれの手もそのままに立ち上がって振り返ると、侍女として身に付けている、控えめな笑みで応えた。
「おはようございます、ウィリアム様」
虫も殺さぬような愛想笑いを浮かべてジジを見下ろしていたのは、ルーベンス国王トリスタンの右腕である護衛騎士のウィリアム・レガール。濃い褐色の髪と冬空の色をした瞳、優しげな顔立ちと柔らかな物腰で、城の侍女たちの人気を集めている人物。
そして、ジジの心の平穏を、いともたやすく乱す人。
ジジは、どうして自分はいつまでも、叶うはずのない想いに囚われているのだろうと思いながら、ウィリアムを見上げた。
誰にでも向ける優しい笑みが、自分だけに向けられていると、勘違いしそうになる自分が嫌になる。
「おはよう、ジジ。それで、何をしているか説明してくれるかな?」
何で、『ジジ』なの。
だから、いつ人に聞かれるかわからない場所で、馴れ馴れしく愛称で呼ばないで、と内心毒吐きながら、ジジは事情を説明する。
「ヴァレリア様が散歩出来ないので、お部屋で咲かせようかと……」
ジジの主であるルーベンス王妃のヴァレリアは臨月を迎え、歩くのも一苦労な状態で、しかも過保護な夫の監視もあって、なかなか外へ出ることが叶わない。
そのため、折角綺麗に咲いている薔薇も、切り花でしか楽しめない日々を送っていた。
ヴァレリアの夫でルーベンス国王であるトリスタンが、王妃のためにと作った薔薇園は、ヴァレリアのお気に入りの場所だ。
初めての出産を前に、心細くなっているだろうヴァレリアの気分を少しでも上向きにできればと、切り花ではなく、鉢植えにして部屋へ持って行けば、少しでも長く、咲き乱れる様子を楽しんで貰えるのではないかと、思ったのだ。
「なるほど。でも、そういう仕事は庭師に頼んだらいいんじゃないかな?」
そんなことは言われなくともわかっている。
わかっているが、出来ないから自分でやっているのだと、ジジはウィリアムを睨んだ。
「さっき、そこで庭師を見かけたから……」
直ぐさま呼びつけようとしたウィリアムに、ジジは飛び上がった。
「い、いいっ! 止めてっ!」
思わずその腕にしがみついたジジは、ウィリアムが灰色の目をすっと細めるのを見て、ビクリと身体を震わせる。
「ジジ。一体、どういうことなのか、話を聞かせて貰おうか」
嫌だとはとても言えそうにない雰囲気に、ジジは泣きたくなった。
「まさか、言えないなんて言わないだろう?」
微笑みながらの駄目押しに、残酷なまでの友人としての気遣いに、ジジはズキリと響く胸の痛みを隠す様に俯いて、自分がすっかり、恋に堕ちることになってしまった出来事を思い出し、心の中で呟いた。
『ウィリアム様なんて、大嫌い』
ルーベンスの広い王城の片隅。
美しい薔薇の咲き乱れる庭園で、一心不乱に地面を掘り起こしていたジジは、突然降って来た声に、硬直した。
このルーベンスの王城で、ジェレーヌを愛称のジジで呼ぶ男性は、一人しかいない。
その声で、ジジの胸を震わせることが出来る人物も、一人しかいない。
「どう見ても、花泥棒にしか見えないんだけど……侍女を辞めて、庭師に転身したのかな?」
そんなわけはないと分かっているだろうに、いちいち確認するのは、意地悪だ。
ジジは、額に滲む汗を拭い、泥まみれの手もそのままに立ち上がって振り返ると、侍女として身に付けている、控えめな笑みで応えた。
「おはようございます、ウィリアム様」
虫も殺さぬような愛想笑いを浮かべてジジを見下ろしていたのは、ルーベンス国王トリスタンの右腕である護衛騎士のウィリアム・レガール。濃い褐色の髪と冬空の色をした瞳、優しげな顔立ちと柔らかな物腰で、城の侍女たちの人気を集めている人物。
そして、ジジの心の平穏を、いともたやすく乱す人。
ジジは、どうして自分はいつまでも、叶うはずのない想いに囚われているのだろうと思いながら、ウィリアムを見上げた。
誰にでも向ける優しい笑みが、自分だけに向けられていると、勘違いしそうになる自分が嫌になる。
「おはよう、ジジ。それで、何をしているか説明してくれるかな?」
何で、『ジジ』なの。
だから、いつ人に聞かれるかわからない場所で、馴れ馴れしく愛称で呼ばないで、と内心毒吐きながら、ジジは事情を説明する。
「ヴァレリア様が散歩出来ないので、お部屋で咲かせようかと……」
ジジの主であるルーベンス王妃のヴァレリアは臨月を迎え、歩くのも一苦労な状態で、しかも過保護な夫の監視もあって、なかなか外へ出ることが叶わない。
そのため、折角綺麗に咲いている薔薇も、切り花でしか楽しめない日々を送っていた。
ヴァレリアの夫でルーベンス国王であるトリスタンが、王妃のためにと作った薔薇園は、ヴァレリアのお気に入りの場所だ。
初めての出産を前に、心細くなっているだろうヴァレリアの気分を少しでも上向きにできればと、切り花ではなく、鉢植えにして部屋へ持って行けば、少しでも長く、咲き乱れる様子を楽しんで貰えるのではないかと、思ったのだ。
「なるほど。でも、そういう仕事は庭師に頼んだらいいんじゃないかな?」
そんなことは言われなくともわかっている。
わかっているが、出来ないから自分でやっているのだと、ジジはウィリアムを睨んだ。
「さっき、そこで庭師を見かけたから……」
直ぐさま呼びつけようとしたウィリアムに、ジジは飛び上がった。
「い、いいっ! 止めてっ!」
思わずその腕にしがみついたジジは、ウィリアムが灰色の目をすっと細めるのを見て、ビクリと身体を震わせる。
「ジジ。一体、どういうことなのか、話を聞かせて貰おうか」
嫌だとはとても言えそうにない雰囲気に、ジジは泣きたくなった。
「まさか、言えないなんて言わないだろう?」
微笑みながらの駄目押しに、残酷なまでの友人としての気遣いに、ジジはズキリと響く胸の痛みを隠す様に俯いて、自分がすっかり、恋に堕ちることになってしまった出来事を思い出し、心の中で呟いた。
『ウィリアム様なんて、大嫌い』
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