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(34) 恋してたのも知らなかった

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学校の帰りにゴメス商会へ向かう。馬車から降りて商会の前に立った時、鳥肌立つ。前に来た時は、地獄へ行く事になったからだ。

緊張しながら、商会へ入る。社員に面会を求めると事務所へ話を通してくれた。


「会長が、お会いになるそうです」


アンジェラは事務所へ行きドアをノックした。


「こんにちは、ゴメスさん。」


事務所のドアを開いたゴメスにアンジェラは挨拶をする。今までとは違うゴメスの表情。どうしたのだろう。

食い入るように見つめる視線は焼けつくようにさえ感じる。こんな風に見られた事は無い。どうしてだろうと、ドキドキしながら事務所へ入った。


「元気になったんだな、良かった!」


ゴメスは、そう言ってドアを閉じる。背の高いゴメスの低いトーンの声が頭の上から聞こえた。


「はい、ありがとうございます」


と答えた瞬間だった。彼はアンジェラを抱き締める。少女は力強く暖かい腕の中へ閉じ込められたのだ。

声にならない悲鳴をアンジェラは上げた。自分が小さな生き物になった気がする。強張る身体が捕らえられる腕に力を失って溶けて行った。


(駄目だわ、ドキドキが止まらない!)


両親にさえ、抱き締められた事は無かったのに。儀式的にハグされる事は有りますけど。貴族の家に生まれて令嬢としての振る舞いを身に付けて過度なスキンシップなんかしませんから。

何時も、ゴメスは優しかった。大きな商会を経営している有能な経営者で魔法使いとしての腕は並外れている。その上に女が寄ってくる程の美貌。そんな彼が自分を求めている。なんて、幸せな事だろう。


(抱き締められるって、こういう事なのね。なんだか、ホッとするの。この人に守られてるって気がするの。)


この人に、愛情表現されている。好かれてるのが分かる。初めて、女の子で良かったと思う。こんな素敵な人から愛されるなんてと、気持ちが羽根が生えて舞い上がる。


(あん、苦しいわー。)


そんなに、きつく抱き締められたら息が苦しくなる。密着した身体から伝わる胸の鼓動。恥ずかしいけど嬉しい。


「ああ、失くしたかと思ったよ。俺のガビィ!」


側で聞こえた声に冷たい水を浴びせられかのような感覚を味わう。天国へ行ったように舞い上がってた気分が反転した。凍り付く心臓はドキドキを止めてしまっている。


(誰、その人は?ガビィって、誰なの?誰なのー?)


こんな素敵な人だから、恋人がいても不思議じゃない。だったら、どうして優しくしてくれるの。その人の代わりなの?


「悪い、嬉しくて。お前が俺の腕の中で亡くなったから、ショックだったんだ。魔法使いには戦いは付き物で慣れてるはずなのに。良かった、生き返ってくれて!」


何か言わなくてはと思って、何か言った気がするけど。何を言ったか覚えてない。いや、少しは覚えていた。気付かないふりして、フランソワを許してあげてと頼んだ。

それを、芝居を見ているように見ていたのだ。彼は、気がついてない。自分が違う女性の名前を呼んだ事を。

ピキッピッピピピピピーー。

何かの音が聞こえるけど、あれは多分、私達のハートにヒビが入る音だと思うわ。

帰るアンジェラを見送ったゴメスは、商会へ入って慌てふためいた社員に報告を受けた。


「たたたたたた、大変です。会長、倉庫が異次元になってます!」


ゴメス商会の倉庫のドアを開けると、原始時代になっていた。何故なのだ?思い当たるのは、只ひとつ。ゴメスは、怒鳴った。


「フラン、お前かーー!!」


飛んで来たフランソワは、懸命に首を横に振って否定する。アンジェラがゴメスに頼みに来てくれて罰を受けなくて済みそうなのに。どうして、やってもない罪を着せられるのか。


「ぬぐっ、がううー!(やった奴は許さない!)」


濡れ衣は晴らしてみせます。その前に鬼のようなゴメス会長の怒りを・・・








その夜、アンジェラは出かけた。たまらずにギルドへ飛びダンジョンへ入る。上階へ上階へとモンスターを退治しながら進んで行く。


(もっと、もっと、強いのは居ないの?)


必死になって戦って何もかも忘れたい。だって、初めてだったから。人を好きになるのは。幼い転がら王子と結婚するのだと言われて来たから。


「でも、気がついた時には終わってたわ。恋してる事も知らなかった!」


自分で気がついてなかった。ゴメスさんに会えるのが嬉しかったのに。あんな力のある素敵な人が優しくしてくれるのが、私だけと思ってた。どうして、自分にだけと思ったの?


「好きだったからよー!」


襲ってくるオーク達を斬り倒す名刀ファントム。主が戦いに集中できなくても関係ない。自分の務めを果たすだけ。

オーク達の骸の中に立ち、手からファントムを離してアンジェラは座り込む。大きな声で泣きじゃくった。泣く声がダンジョンに響く。


「好きなの、大好きなの。でも、別の人の物なの。私の物には、ならないの!」


好きになってる事も知らないうちに、終わってた私の初恋だった。

ピキッピッピッピピピピピピーー!

(遠くで、何かが壊れてるよな音が?私のハートが壊れる音ね。えーん!)


その頃、ダンジョンに入った冒険者たちが右往左往していた。


「何だ、これは?初心者向けの低層回なのに、熟練者用の魔物がウジャウジャじゃないか。危険だ、引くぞーー!」


ギルドには、ダンジョンの棄権者が溢れたのだった。誰かの策略か?



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