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(32) 事務所で捕まえられた

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アンジェラは、学校の帰りに馬車をゴメス商会へ向かわせた。アグアニエベに頼んではいるものの、ゴメスの力を借りたいと思ったからだ。

他国の見回りから戻っていたゴメスは、商会を訪れた令嬢を特別待遇で迎えた。次期王妃になる王子の婚約者だからだ。


「これは、アンジェラ・エドウィン公爵令嬢様。いらっしゃいませ。私のゴメス商会は、お嬢様の望みの物を如何様な物でも揃える事が出来ます。何をお探しに?」
「イケメンで腕の強い勇者を売って下さらないないかしら?」


小柄な幼さの残る14歳の令嬢の言う事にゴメスは目を丸くした。そして、端正な顔立ちに笑みが浮かぶ。それは、見る者を魅了した。


「お嬢様は、冗談がお上手だ。事務所へご案内いたします。カタログで商品をお選びください。特別なお客様ですから(舐めるなよ)」


優雅にエスコートする美男子。文句の付けようが無い。さすが、女たらし。この僅かな動作だけで心臓がドキドキしてくる。


(ヤバい、危険だわ。この人ー!)


ゴメスは、アンジェラがゲームの誘いをしたと取ったようだが違いますから。本気で婚約者になる相手を買いに来ました。イライザ皇女の婚約者候補を売って下さい。

詳しい話を聞いたゴメスは事務所の椅子で笑う。


「なんだ、そうだったのか。俺は、アンジェラが隠語で誘惑したのかと思ったぞ。俺はカタログには乗ってないからな。」


カタログに乗ってたら買手が殺到したでしょう。その値段はオークションなら凄い金額になったはず。恐るべし、ゴメス商会の重鎮。


「あ、あー。会長、あー。」


変な声が聞こえきた。ソファーに座っているアンジェラは事務所の中を見回す。誰も居ない。すると、ゴメスが右手の人差し指を天井に向けた。


「警備魔法、入れてやれ!」


すると、何処かから応答する声がある。


「はい、マスター。了解しました、1名を通します。」


途端に天井からドサリと落ちて来てアンジェラは飛び上がる。


「きゃああー!」
「むー、ん。ぐえっー!」


お茶のポットやカップの乗っているテーブルを直撃する落下物をゴメスは片手で掴み空いている椅子へ放り込んだ。鮮やかな手つき。馴れている。

荷物のように扱われた落下物は椅子に伸びていた。それを眺めてアンジェラ声を上げる。


「フランソワさんー?」


グタッとしている三つ編み沢山の落下物は薄目を開いてアンジェラを見る。


「ぬあん?どろー?(何?君か?)」


ゴメスが、アンジェラに問いかけた。


「知ってるのか、こいつを?」
「ええ、ちょっとありまして。」
「へえ、ちょっとね。出不精のフランが接触したイキサツを知りたいものだ。聞かせてくれ。」
「あ、ははーい(目が怖いんですけど)」


悪魔のアグアニエベでさえ逆らえない魔力の強い魔法使い。普段は優しいのに、時々、凄みを見せてくるのだ。

震えたアンジェラを見つめる椅子に伸びているゴメス商会の代表フランソワ・カミュ。口の中でモゴモゴと言う。


「うんく、邪魔。ぼーご、嫌!(うぐっ、邪魔なんだよ。防護魔法、嫌いだ!)」


何時もなら、ゴメス商会に張られている警備の結界をスリ抜けられた。だが、行きたい場所に予想して無かった強力な魔法の持ち主が来ていたのだ。邪魔された、その者に掛けた防護魔法が自分の魔法に影響して。


(んわ、なるっ!(じゃあ、この手は使えるかな))


そして、右目をパチパチと瞬きした。アンジェラは、ビクンと仰け反る。何かの力が彼女を打ち付けたよな衝撃だ。

パキーン、パラパラー。

割れる音の後にアンジェラの身体から剥がれるように落ちて来て行く破片。そして、フランソワは口を開けてフッと息を吐くのだ。アンジェラに向けて。

見る間にアンジェラの様相が変わる。小柄な令嬢の姿が長身の女剣士へも変化したのだ。フランソワは満足そうにニッと笑った。


「パー、だらー(やっぱり、そうなんだあ)」


アンジェラ・エドウィン公爵令嬢と勇者アンジェラ・ロペスが同じだと1目で見破ったらしい。だが、無理矢理の魔術剥がしを行ったので弊害も起こる。

アンジェラは息苦しさに喘いだ。身体が音を立てて勝手に揺り動く。ガクガクと何かの力に大きく揺すぶられた。何が起こっているのか分からない。救いを求めて目の前のゴメスに両腕を伸ばす。ゴメスが叫んだ。


「フラン、彼女から魔指を離せ。アンジェラが死ぬぞ!」


立ち上がったゴメスが暴れるアンジェラの身体を捕まえて抱きすくめる。アンジェラに掛けたフランソワの魔力が暴走しているのだ。アンジェラには恐怖しかない。


「た、助けて。怖い!」
「大丈夫だ、俺が守る!」


アンジェラは全身を打ち付ける痛みに耐えられず意識を手放した。

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