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(4) 花嫁の新居

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子爵家の屋敷としては、それなりに小ぶりの館は修理を必要としていた。使用人の数も限られており庭や館の有り様から資金が無いのが伺える。

アグアニエベがマルグリート令嬢の耳に囁く。


「これでは、ご不自由でしょう。私が用意しましょう!」


マルグリートは、咳をした。


「目立つ事はしないの。どうせ、長くは居ないから。」


嫁入りした花嫁は、足を入れる前から離婚するつもりです。そんな事は露知らず。式は上げてないが契約者にサインしだので、夫となった令息は、出来る限りは居心地よくしようと務めるのだが。


「私の両親が使っていた主賓室を私達の部屋に使う事になりました。両親が譲ってくれたので。」


夫婦の寝室として使えるような部屋が他に無かったのだ。父親も母親も自ら譲ってくれた。都から嫁ぐ令嬢に気を使って。だが、無表情の令嬢は断るのだ。


「結構ですわ、1人で寝るには広すぎますから。」

「え、1人?」

「はい、形だけの夫婦ですので。あそこに離れがあるわ。私が使っても良いでしょうか?」

「あそこは、屋根が破れて何年も放置しております。住むのは。」

「大丈夫、修理しますから。」

「でも、修理には時間が!」

「この人が解決します。そうでしょう、アグアニエベ様?」


横目で見られて、アグアニエベは頭を下げる。


「お姫様のご指示には従います。」


そして、令嬢が出す手を恭しく取ると2人で廃屋となっている離れへ歩み出すのだ。トーマは呆気にとられて見送る。


「何なのだろう。都の人達だから、理解出来ないのかも。上流階級の人なら有り様を見て戻ってくるさ。住めないと分かって。」


母屋に戻ったトーマは、花嫁と顔合わせする為に待ち受けていた両親に報告した。両親も同じ意見である。


「とにかく、戻って使えるように支度だけはしておこう。」


せめて、今夜だけでもと出来る限りの晩餐を準備してイトウ子爵家の者達は彼らを待つ。戻って来るのを。

だが、夜になっても姿を見せない。心配したイトウ子爵夫妻は、令息を様子を見に行かせた。真っ暗な庭をランプを手に向かうトーマ。


「何だ、音楽が聞こえてるような?そんなはずは。」


離れに付いた彼は、玄関のドアを叩いた。


「お嬢様、お嬢様?私です、イトウ子爵家のトーマです!」


すると、ドアが開いた。細い長い影が手招きするではないか。


「トーマ様?私ですよ、お嬢様の後見人のアグアニエベです。どうぞ、中へ。」


アグアニエベの後ろに見える離れの中にトーマは目を丸くした。見間違いたろうか。それは、信じられない光景だった。

廃屋の中は真昼のように明るく大きなシャンデリアが下がっていたのだ。そんな物、貧乏子爵家に有るはずが無い!


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