異世界人と竜の姫

アデュスタム

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第1章 フェンリル

12 拘束のシオンベール

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・・・6日目・・・

 シオンベールの人竜球が破壊されてから十六日目の不動期に入った。
昨日の幼児化期の最終日、シオンベールは体育館のようなだだっ広い部屋で一日中鳴いていた。いや、泣いていた。一人きりでどこを見るでもなくその目は宙を彷徨わせていた。
 父であるトパークス国王が声をかけても、母のルルサ王妃がやさしく微笑みかけても、功助が鼻の先を撫でても。ただ泣き続けていた。
 そして今日、身動き一つしない不動期が始まった。
シオンベールはお座りをしたまま前方の壁をじっと見つめている。ごくたまに瞬きはするが本当に身動き一つしていない。そう、巨大な黄竜の置物のように。
「…しおん…」
 功助はシオンベールを見上げながら呟いた。思った以上に声にならないことを自分で不思議に思いながら。
「…コースケ様…」
 横で心配そうなミュゼリアが悲しそうな目で功助の顔を見つめている。
「…ん? ミュゼ…」
「はい」
「俺どうしたらいいんだ…。いや何ができるんだこの俺に」
「……」
ゆっくりと目を伏せ俯くミュゼリア。
「悪い。ごめんなミュゼ」
 そう言ってミュゼリアの頭をなでる。
「…コースケ様」
 どうしていいのか功助たちにはわからない。国王は人竜球の復活方法を知っているらしいが、いまだに功助に教えてはいない。
それにルルサ王妃のあのことば。
『コーちゃん。詳しくは陛下からあるでしょうからあたしからは何も言わないわ。でも、コーちゃんあなたはこの世界の人じゃない、元の世界に戻れるように努力して。あたしたちも共力は惜しまないわ。だからあなたの魔力はあなたのもの、元の世界に戻るためのもの。わかった?』
 王妃も何か知ってるようだが何も言ってもくれず。それに功助の魔力が必要だということは話の内容からわかるがそれだけである。
「くそっ!どうすれば助けられるんだ!!」
 功助はシオンベールを見上げながら拳を握った。

 自室。
「コースケ様、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
 ソファーに座った功助にミュゼリアが暖かなお茶を淹れる。カップを手に取り香りを楽しむ。そして一口飲むと熱いお茶が食道から胃に滑り落ちていく。
「ふう…。ミュゼの入れてくれるお茶はいつもうまいな」
「ありがとうございます」
 ペコリとお辞儀をするミュゼリア。頭を上げるとニコッと微笑む。
「やっぱりミュゼの笑顔は癒されるなあ」
「んもう、コースケ様、またそんなことを」
 少し頬を赤らめやはりそっぽを向く。
「はははは。いや、本心だよ。ありがとうミュゼ」
「…はい」
 功助の目を見て頷くミュゼリア。自分にはもったいないくらいいい侍女だと功助は微笑む
  その時。
  コンコン。
 ノックする音が聞こえミュゼリアがドアに近づいた。
「は、はい。どなたさまでしょうか」
「バスティーアでございます」
 ミュゼリアが功助に振り向き許可を求めた。
「バスティーアさんが、なんだろう。ミュゼ入ってもらって」
「はい」
 ミュゼリアがドアを開けるとそこには礼儀正しく家令のバスティーアが立っていた。
「失礼いたします」
 一礼すると入室し功助の横に立つと再び一礼する。
「何でしょうかバスティーアさん」
「はい。陛下が執務室でお呼びです」
「陛下が…。なんだろ」
「私には呼んでこいとだけ」
「そうですか。ではいきます。えーとミュゼは…」
「私もお供いたします」
 と一礼をする。
 バスティーアの先導のもと二人はトパークス国王の執務室に向かう。
  コンコンコン。
乾いた音が豪華なドアに響いた。
「バスティーアでございます。コースケ様をお連れいたしました」
「うむ。入れ」
「はっ」
 閉じたままのドアに向かい一礼をするバスティーア。
「それではコースケ様。お入りください。ミュゼリアはここで待期するように」
「「はい」」
 功助とミュゼリアの声が重なった。
 そしてドアは両側に控えていた金の騎士によってゆっくりと開かれていった。
 功助一人で中に入るとドアは静かに閉まる。
「来たか」
 書類がたくさん積まれている豪華な机の向こうにはトパークス国王が羽根ペンを持ち執務を行なっていた。
「はい。及びですか」
「ああ。座ってくれ」
 といって右の方にあるソファーを指差した。そして国王も席から立つとそのソファーに向かった。
 国王が着座したのを確認すると功助もその対面に座った。
「まずは礼を言おう。シオンとよく遊んでやってくれた。感謝する」
 軽く頭を下げる国王。
「あっ、そんな。俺に頭なんか下げないでください。俺は好きでシオンと遊んだんですから」
「そうか」
 やわらかな瞳で功助を見る国王。
「それでだコースケ殿。これを見てくれ」
 テーブルの端に置いてあった羊皮紙の束を手に取り手渡してきた。
「あっ、はい」
 思わず受け取ってしまったが功助はこの世界の文字が読めないことを思い出した。
「す、すみません。俺、この世界の文字が読めないので、すみませんが読んでいただけませんか」
「ああ、そうであったな。では」
 といいながら机の端に置いてあったハンドベルを数度振った。するとドアをノックする音が聞こえ金の騎士が入ってきた。
「陛下、お呼びでしょうか」
「うむ、ミュゼリアをここに」
「はっ」
 左胸に右拳を当てた礼をして騎士は廊下に向かって声を出した。
「ミュゼリア・デルフレック。陛下がお呼びだ。入室せよ」
「は、はいっ」
 返事の声が聞こえたかと思うと金の騎士の前を通りミュゼリアが入室してきた。
「はい。ミュゼリア・デルフレックです。お呼びでしょうか陛下」
 一礼すると元気のいいミュゼリアの声が室内に響いた。
「ああ。ちょっとコースケ殿の補助をしてやってくれ」
「は?コースケ様の補助でございますか」
「ああ、そうだ」
「はい。わかりました」
 といってミュゼリアは功助の近くまで来ると
「コースケ様おまたせいたしました」
 と頭を下げた。
「カーロもういいぞ」
「はっ」
 金の騎士は敬礼をし部屋の外に出て行った。
「ミュゼ、これなんだけど。読んでくれないか」
「はい」
 手渡された羊皮紙を見てミュゼリアは眼を見開いた。そしてそのまま功助を見て、国王を見た。
「うむ」
 国王が頷くとミュゼリアも頭を下げた。
「コースケ様。ここに書かれているのは元の世界への帰還方法です」
 ミュゼリアの薄紫の瞳が功助を見つめた。
「えっ…!」
「その羊皮紙の束は我が白竜城の図書塔に保管してあったものだ。先日調べさせたら見つかった」
 ミュゼリアの持つ羊皮紙の束を見る功助。
「陛下、今読んでもらわなければなりませんか?できればこれをお借りしてゆっくりと読んでもらいたいのですが……」
「うむ、問題ない。ゆっくりとミュゼリアに読んでもらうがいい」
「ありがとうございます。じゃミュゼ、持っていてくれ」
「はい」
 そういうとミュゼリアは両手で大事そうに胸の前で抱えた。
「それではミュゼリアよ。再び外で待期していてくれ」
「はい。それでは失礼いたします」
 深く一礼をするとミュゼリアは執務室から退室した。

「それからコースケ殿」
「はい。他に何かあるのでしょうか?」
「ああ。シオンのことだ」
 頷くと功助の目をじっと見た。
「シオンの…」
「人竜球を破壊された者の末路は知っているであろう」
「はい。最期は自らを攻撃するとか」
「ああ」
悲しそうに頷く国王。
「コースケ殿はこの城に来た時に清掃の者に聞いたと言っていたな」
「人竜球の再生のことですね」
「そうだ。その方法が一つだけある。聞いてくれるか」
「はい。お聞きします」
「感謝する。その方法とは…」

 自室に戻りミュゼリアに羊皮紙の内容を読んでもらう功助。
 そして功助の顔は青ざめミュゼリアも読みながら声を震わせていた。
 読み終わるとミュゼリアは羊皮紙を握りしめ歯を食いしばっていた。
 功助は羊皮紙に書かれていた方法に悪態をつくと机に拳を叩き付けた。
 バキッという音とともに豪華で頑丈な机は真っ二つとなる。
 食後の紅茶もティーカップに入ったままカーペットに転がった。それを見つめる二人。
「そんなことできるわけないじゃないか……!!」
 拳を握り声を震わせる。
「コースケ様…」
 悲しそうな薄紫の瞳が功助を見つめていた。
「ミュゼ」
「はい」
 羊皮紙を握りしめながらミュゼリアは功助を見る。
「シオンに会いに行きたいんだけど、いいかな…」
「はい。お供いたします」
 ミュゼリアの後ろをついて歩く。何も考えられずにミュゼリアについていく。
 すれ違う人たちに挨拶をしながら功助の前を歩くミュゼリア。みんなミュゼリアを見て笑顔で挨拶を返してくれている。
 水色の髪が右に左にせわしなく動き誰にでも気軽に声をかけている。
 その水色の髪が円を描くようにふわっと持ち上がる。こちらを向いた薄紫の瞳が暗い表情の功助を写した。
「コースケ様」
「…ん?」
「姫様の許に行く前に少し外を歩きませんか?」
「えっ、ああ、いいけど」
「じゃあそこに行きましょう」
 そう言って功助の手を弾いてズンズンと歩いていく。
「おいおい、そんなに急がなくても…」
「まあまあ、そんなこと言わずに行きますよコースケ様」
 連れてこられたのはいつかに来た庭園だった。
 大きな噴水は陽の光をキラキラと反射させ、色鮮やかな花々が周囲を囲み蝶がひらひらと舞っていた。
「おう、ミュゼ嬢やないか。それにコースケはんも来たんか。ゆっくりしていきや」
「ゼフじいさん。ありがとうございます。しかしいつ見ても綺麗なお庭ですね」
「ん。そうやろそうやろ。ワシが心を込めて世話しとるんやさかいにな」
 高枝切バサミをぶんぶん振り回してガッハッハッと笑うゼフ。
「うわっ」
目の前をハサミが横ぎった。
「おっ、悪い悪い」
 ガッハッハッとまた笑うゼフ。絶対に悪いとは思ってないよなあれと功助。
 すると功助の顔をジーッと見て両の眉を微かに動かした。
「なんや、嫌なことでもあったんか。目が死んどるで」
「えっ」
 思わずゼフを見る功助。
「わ、わかるんですかゼフじいさん」
 ミュゼリアも驚きゼフを見た。
「わかるでワシにはな。だてに歳食っとらんで。なあコースケはん、何があったんや言うてみ」
 ゼフと目を合わせられない功助。
「言うてみ。悪いようにはせんでワシは。その様子やと、んー、かなり難しいことなんやな。んー、迷っとるな。んー、どうやうてるやろ」
 イシシシと不思議な笑い方をするゼフ。
「……ま、まあ……。でも……」
「ん?言いにくいことなんやなやっぱり。でもなワシに言うてみ。悪いようにはせえへんで。なんでもよう知ってるでワシは。どや?」
「そうですよコースケ様。ゼフじいさんはなんでもよく知っておられるんですよ。白竜城の生き字引と言われてるんですから」
 ミュゼが功助の腕をポンポン叩き微笑む。
「誰が生き地獄やて?」
「へっ?違いますよ!生き字引って言ったんですよ」
 ミュゼリアのツッコミにガハハと笑うゼフ。
 二人のボケツッコミに少し微笑む功助。
「…そうだな。ゼフじいさん、聞いてくれますか?」
「おう。まかせときぃや」
 ニカッと笑いその分厚い胸をドンと叩いた。

「ここがゼフじいさんの控室ですか?さすがにいろいろな道具がありますね」
 そこは大き目の物置小屋のようでそこら中にいろいろな道具が整然と置いてあった。水遣りの如雨露から修繕用のレンガやブロック、セメントのようなものまでありその他にも竹ぼうきや小さなトラクターのようなものまであった。
「まあ座ってえな。今お茶入れるわ」
「あ、おかまいなく」
 小屋を入ったところには木製のテーブルと丸太をただ切っただけのような椅子があり、功助たちはそこに座りゼフのいれてくれたお茶を飲んでいる。
「ふう。熱いお茶もええもんやろ」
「はい。とてもおいしいです。ね、コースケ様」
「ああ。とてもおいしいです」
 そっかそっかとゼフはうれしそうだ。
「で、コースケはん。話を聞こうか」
「はい」
 功助は国王から聞かされたことをゼフに話した。

----------
「感謝する。その方法とは…」
姿勢を正し国王の話に集中した。
「簡単に言えばコースケ殿の魔力をシオンの人竜球に注ぎ込むだけだ」
「は?」
 そんな簡単なことでいいのかとあっけにとられる。
「本来人竜球を復活させる方法は、生後半年未満の竜の乳児の魔力を50から100体集めて移植するのだ。この方法は過去に一度だけ行われた。その時は乳児の竜が48体必要だったと伝えられている。魔力を抜かれた乳児は全員死亡したとのことだ。そしてその儀式で助かった竜は自分のせいで竜の乳児が死んだことを知ると自ら命を絶ったという」
「……」
 魔力を抜かれ次々と死んでいった竜の乳児たち。それを知った壊れた人竜球の持ち主。
「生後半年未満の竜の乳児の魔力はとても澄んでいて移植しても拒絶反応しないのだ」
「……」
コースケ殿。そなたの魔力はとても澄んでいる。そして魔力量もかなり多い。その澄んだ魔力だからこそシオンに移植可能なのだ」
 あの掃除のおっちゃんが言ってたのはこのことだったのだと気が付いた。
「いくら魔力が澄んでいても魔力量が少なければ与えた者は死ぬ」
「そう…ですか…」
「そして」
 まだあるのかと顔に出たのだろう功助を見ると国王は苦笑した。
「死なない可能性もあるがその時には記憶がなくなる。そうだ、一切の記憶がな。習慣も言葉も何もかも」
「俺なら大丈夫かもしれないと」
「ああ、そうだ。しかし」
「しかし」
「かなりの魔力をシオンに与えることになる。魔力がなくなる可能性も無きにしも非ずだ。もしなくなれば元に戻るにはどれだけの期間かかるのかわからぬ。元に戻るのかもわからぬがな」
「そうですか。でもシオンは助かるんですよね」
「ああ」
「それなら__」
「待て。安易に答えを出さぬともよい。あの羊皮紙をミュゼリアに読んでもらい考えてくれればよい」
----------

「そうか。陛下がそんなことを言うてたんか」
 腕組みをしてゼフはふうとため息をついた。
「それでコースケはんの元の世界に帰る方法はわかったんか?」
「はい。さっき国王陛下から借りた羊皮紙をミュゼに読んでもらいました」
「ほんで、どうやったら帰れるんや」
「…はい。……俺が、…俺が最初にこの世界に来た時にいた平原で、その平原に’ある物’を突き刺して俺の魔力をつぎ込めば元の世界に帰れるらしいです」
「ふんふん。そこはもしかしてカガール平原ちゃうか。ほんで、その『ある物』っちゅうんはなんや?」
 功助は少し俯き強く目を瞑る。一呼吸おくと意を決してゼフを見て話出した。
「この世界で最初に接触した竜の牙です」
「牙?」
「はい。牙です。最初に接触したシオンの」
 少し驚くゼフ。
「そんならええやんか。牙なんてスパッと切ってもまたすぐに生えてくるんやさかいなんぼ切っても大丈夫やで」
「だめなんです」
「なんでや?」
切ったものはダメなんです。力任せに引き抜いて血がしたたっている牙でなければ」
 ゼフは驚愕に顔をゆがめた。
「な、なんやて!牙を力任せに抜く…。そんなことしたらシオン嬢ちゃんは二度と竜になれへんようになってまうやないか…」
「……はい。ミュゼからもそうだと聞きました」
「ううぅ…」
 ゼフは腕汲みをして唸っていた。
「それに」
「それに、なんやコースケはん」
「それに今のシオンは人竜球が壊れて魔力も無い状帯です。その状帯で牙を抜いたらと思うと…」
「そやな。たぶんシオン嬢ちゃんは即死するやろな…」
「だから、だから俺はどうしたら…いいんでしょう」
 功助は頭を抱えた。
「こういうことやな。人竜球に魔力をつぎ込んでシオン嬢ちゃんを助けると魔力のなくなったコースケはんは死ぬか記憶消失。そうするとコースケはんは元の世界に戻れへんと」
「はい、そうなります」
 と頷く。
「ほんで、シオン嬢ちゃんの牙をひっこ抜いて魔力をつぎ込むとコースケはんは元の世界に戻れるけどシオン嬢ちゃんは竜化できんようになって魔力もなくなってしまう。今の状帯やったら即死すると」
「はい…」
 返事をして俯いてしまう功助。
「難しい問題やなこれは」
「コースケ様も姫様も助けることってできないんでしょうかゼフじいさん」
 胸の前で手を組んでゼフを見上げるミュゼリア。
「うーむ、難しいやろなあ。でもただ一つ希望があるとすればやな…」
「コースケ殿ぉ!!どこにいるぅ!!」
 表から功助を呼ぶ声が聞こえた。
「えっ。あれは、あの声はハンスさん。だなミュゼ」
「はい。兄上の声に間違いありませんどうしたんでしょう」
 何事かとミュゼリアが小屋の外に出てハンスに声をかけた。
「兄上ぇ。コースケ様はここにいらっしゃいますよぉ」
「おっ、そうか」
 そんなやり取りが聞こえ小屋の中にハンスが入ってきた。
「コースケ殿、大変だ」
「何があったんですかハンスさん」
 功助は椅子から立ち上がりハンスに尋ねる。
 ハンスはあえてゆっくりと落ち着いた声で口を開いた。
「姫様が、シオンベール王女様が」
「シオンがどうしたんですか!」
「先ほどベルクたちによって拘束具が着けられた!」

 功助たちは周囲に悟られないようなるべくいつものようにふるまいながら城内に戻った。
 どこで誰が見ているかわからない、特にフログス伯爵の一味に感づかれないように行動した。
 周囲を警戒しながらシオンベールの部屋にたどり着くとその中に入っていく三人。
 そしてその光景を見て功助とミュゼリアは絶句した。
 太く短い足は足枷がかけられ何本もの鎖で床に固定されている。長い首は鉄製のような筒で覆われ口は開かないようにワイヤーのようなものでぐるぐる巻きにされている。
 小さな手でさえ動かないように固定され、ピョコピョコ可愛らしく動くシッポもぐるぐる巻かれワイヤーのようなもので固定されていた。
 そして、はばたき一つでその巨体を広い空へと誘う黄金の翼には恐ろしい拘束具が付けられていた。
薄い皮膜には何十本ものワイヤーが貫通しそれぞれ不規則に絡まっている。そしてその両端は床や壁、天井に固定されている。翼を動かそうとするだけでその皮膜はおそらくズタズタに破れるだろう。
「……。これじゃ、身動きひとつできないじゃないか…!」
「仕方ないのだコースケ殿」
 後ろから急に声をかけられ振り向くとそこには国王が立っていた。ルルサ王妃もその横に立ち両手で顔を覆っている。
「国王陛下…」
 功助が呟くと国王は大きく頷いた。
「フログスはまだ感づいておらぬようだ。行方知れずのヤツをおびき出しフェンリルを亡き者にするにはシオンにこうするしかなかったのだ」
「えっ、フログスが行方知れず?ハンスさん!?」
「ああ。俺もさっき聞いたとこだ。昨日の昼までは自室にいたそうだ。昼過ぎに奴隷に車を牽かせて城の外に出て行ったのも確認している。しかしその後を追っていた情報部が撒かれてしまったそうでな。それから行方知れずになったそうだ」
「そうですか。それでフログスの自室の調査はどうなんですか?」
「ああ。情報部とベルクたちが中に入り隅から隅まで調べたそうだが、フログスの野望を伺えるものは何も見つからなかったそうだ。それこそカーペットもひっぺ返したり床板もはずし湯殿もひっくり返したりしたが何もみつからなかったようだ」
「そうですか…。フログスはどこに行ったんでしょう」
「明日」
 国王がポツリと呟いた。
「明日シオンが凶暴期に入ったらおそらくフログスは動く。この城の内外を問わず警戒を密にしなければならない。ハンス・デルフレック」
「はっ」
 ハンスは左胸に右拳を当てた。
「ベルクリット・ラウディーと合流し、警戒に当たれ」
「はっ!」
 ハンスは一礼するとシオンベールの部屋から走って出て行った。
「コーちゃん、ごめんなさいね」
 ルルサ王妃が功助の前にやってきて頭を下げた。
「えっ…?」
いきなりのことで困惑する功助。
「あ、あの。なぜ俺に…?」
「陛下から聞いたわ。人竜球の復活方法と元の世界への帰還方法を教えたって」
「えっ。は、はいお聞きしました」
 少し俯くルルサ王妃。
「あなたの魔力はあなたのものよ。シオンのことは忘れて元の世界にお帰りなさい」
 と優しい笑顔を向ける王妃。
「で、でも…。俺が帰還するにはシオンの牙が必要で…」
「え、なぜシオンの牙が必要なの?」
 と怪訝な表情になる王妃。
 功助は国王の方を見る。功助を見つめ軽く頭を下げる国王。
「王妃様…。もしかして知らないのですか…」
「知らないって…」
「では俺が聞いた帰還方法をお教えします。よろしいですか国王陛下」
「うむ」
 と頷く国王。
 功助が元の世界に戻るためにはシオンベールの牙が必要なこと、そして今それをすればシオンベールは死んでしまうことを話した。
 困惑の王妃。
「え…。そ、そんな…。ミシャーノン家に伝わる異世界人帰還伝説にはそんなこと伝わってない。初めて降り立った地に魔力を注ぎ込むだけだと…。そ、そんな…竜の……、シオンの牙が必要だなんて…。あ、あなた…!?」
「お前の実家のミシャーノン家に代々伝わってきたものは偽りだったようだ。俺も図書塔で見つかった古文書を見て初めて知った。なぜ偽りがミシャーノン家に伝わったのかは不明だが。おそらく古文書に書かれていたことが真実なのだろう」
「そ、そうだったの……。わかったわ……。……ねえ……、ねえコーちゃん…」
 王妃は今度は功助の手を握ってきた。涙を流しながら。
「は、はい」
「今すぐシオンの牙を引き抜いて元の世界に帰りなさい」
「えっ!!」
「そう、そうするのが一番なんだわ。この世界とは縁もゆかりもないあなたが苦しむことはないのよ。シオンが死んでしまうのはとても悲しい。でもねコーちゃん。シオンもそれを望んでいると思うのよあたし。シオンはあたしの子よ、どうしたいかなんてわかるわ」
「で、でも…」
「ルー」
 王妃の肩にそっと手を置く国王。
「なんですかあなた」
「今シオンが死んでしまったらフログスもおびき寄せられないばかりか、フェンリルも亡き者にできない。かと言ってシオンにコースケ殿の魔力を与えてもらうわけにもいかぬ」
「ならどうしろというのですか!」
「明日。シオンの凶暴期に入った明日。必ずフログスは動く。そうしたらフェンリルも必ず現れる。そして一刻も早くフェンリルを倒しフログスを捕まえる。それからシオンの牙をコースケ殿に差し出そうではないか」
 その言葉を聞き少し俯く王妃。だがすぐに顔をあげてこう言った。
「…ええ。わかりました。そうするしかないようですねあなた」
 拘束具でがんじがらめになった愛娘シオンベールを見上げる国王と王妃。その目には何が映っているのか。
「ミュゼ……」
「はい。コースケ様」
「俺、どうしたら……」
「コースケ様……」
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