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90話 いやだなあ、いぢめる?

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 廃兵院の慰問コンサートの下準備から戻ると、執務室でエイブルさんが俺の帰りを待っていた。ひよこはルイスの代わりに医務室でお仕事中のようだ。皆がひよこ魔法が使えるようになったとは言え、ひよこの癒しパワーは別格だもんな。

「王様が呼んでる?」
「はい。……あの、昨日の報告、義雄様は行ってませんよね?」
「あっ! もしかしてエイブルさん、報告に行った?」
「行ってません……その、忘れてました」
「え?」

 あっちゃ~、おそらくひよこ親衛隊あたりから話が流れたか。だけど、エイブルさんが報告を忘れるとかありえないよな。内容が内容なだけに王様も気が気じゃないはずだ。にもかかわらず誰も報告に来ないもんだから、ついにしびれを切らして動いたってあたりだろう。

「義雄様のそばにいると普通じゃない事が普通に起こるので、どこらへんで報告すべきかの判断基準がおかしくなったようです」
「ええっ! 俺のせい?」
「と、とにかく急いだ方がいいです! ここは私に任して義雄様はお早く!」
「わ、わかった。じゃあ早速……なんでエイブルさん行かないの?」

 フラグっぽい事言ってるけど、サラッと逃げてるよね?

「もう! 私が行ったらどうせお父様はぐちぐちと話が長くなるんですから!」

 むう、娘にとっての父親って……俺はこうはなるまいまい。ひよこに『おとうさん、ウザァ』なんて言われたらショックでバルス唱えるわ。

「しょうがない、ちょっと行ってくる」
「義雄様、ガンバ!」

 ガンバじゃないよ。まあ、「ガンバー」を唱えられても足取りの重さは変わりそうにないけど。



 勝手知ったる王様の私室。ここに来るまで誰何すいかされる事もなくほぼ顔パスだよ。近所の商店街を歩いているようで、これでいいのかと逆に心配になるわ。いっそのこと転送ポータルを設置……やめよう。大霊廟に入り浸られるのがオチだ。

「え~、お呼びとのことでまかり越しましてございますですよ」
「ん?義雄殿だけか? エイブルは……逃げたか」
「逃げました」
「たまに説教しようとするとこれだ。勘がいいのは母親似……」
「あ、あの~、今日はどのような……」
「どのようなではない! 呼ばれた理由はわかっておるのだろう?」

 うへえ、理由って、半分はとばっちりですよね。エイブルさんを呼んでも来ないから、俺を呼べば付いてくるだろうって考えてたでしょう?

「え、あ~、メイド隊全員、魔法を覚えました」
「サラッと言うか! 近衛から報告を受けたとき、わしは腰が抜けたぞ! 玉座から滑り落ちそうになったわ!」
「すいません」
「しかも、今度は廃兵院に顔を出しているそうだな? 一体何を企んでおる? 言えん事なのか?」
「あ、王様に隠し事とかする気はないですよ。ホント」
「報告はせんがなあ」
「いやだなあ、いぢめる?」
「別にいぢめておらんわ! で、今度は何だ?」

 隠し事はしないが素直に答えないのは仕様ですけどねー。

「そうですねえ、廃兵院の閉鎖。ですかね」
「な?」

 あ、王様がずっこけた。

「何を言っておるのだ! あそこにいる者は皆、国に功のあった英雄だぞ!おろそかに扱ってよい者など一人もおらん! そのような者たちの居場所を奪うというのか!?」
「全員、退院させます。で、希望者はうちに来てもらいます」
「全員……退院か? 追い出すのではなく」
「全員です」

 俺と王様は暫く向き合ったまま一言も交わさなかった。おそらく俺の意図を推し量っているのだろう。先に口を開いたのは王様だった。

「……そういう事なら、こちらも十分な便宜を図ろう。廃兵院に割いている予算を削減出来れば、こちらとしても助かる」

 助かる? 変な事を言うなあ、203高地のマテリアルを納めた事で財政が潤ったんじゃないの?

「助かるーーとはどういう事でしょう? 言葉の流れからいくと財政難みたいにも聞こえますが」
「言葉の通りだ。義雄殿から貰ったマテリアルな、買い手がつかんのだよ」
「マテリアルが売れない?」
「うむ」

 時価総額が国家予算を超える量を物納して大臣が卒倒したはずなんだが? 金にならん? なんで?

「義雄殿、売る相手がおらんというより、売れる相手がおらんのだよ」



「国内需要は十分満たされた。魔道具、インフラ整備、マテリアルの需要は大きい。だが、国外に出せんのだ」
「つまり、外貨が獲得できない。ということですか?」

「その通り。大量のマテリアルだ。どの国、どの商人でも喉から手が出るほどに欲しかろう。買い手はいくらでもいる。しかし取引額が大きければ大きいほど、相手は考える。『どこからこの商品はきたのだろう?』とな」

 商人は貪欲だ。いずれファドリシアの存在に行き着く。その情報がやがて他国の知る事となった時、ファドリシアに価値を見出す。

「戦略的価値を見出した他国の動向ーー攻める理由を与えかねませんね」
「うむ」

 今までファドリシアは辺境の貧乏国、攻める価値など無いに等しかった。だが、そうも言っていられなくなる。地下資源を巡り外国の介入を受け紛争状態に陥ったアフリカ諸国、言いがかりをつけられ軍事介入された産油国。辿る道は見えている。

「さらに言えば、マテリアルは戦略物資だ。何に使う?」
「兵器ーー武器や防具の生産ですか……売れば売るほど他国の軍事力の強化を手助けすることになりますか……」
「ああ、そういう訳で、金にならんのだ」

 これはマテリアルに限ったことではない。目に見える物を売れば目立つ。ならば目に見えないものを売るか……

「これは、カレーの勇者様の全国展開を早急に進めなきゃ行けないなあ」
「義雄殿……さすがにカレー屋の売上程度で国家予算は賄えんぞ」

 呆れたような、残念そうな目で俺を見る王様。誰がそんなことするか!

「まあ任せてもらいましょうか。話はこんなところですかねえ?」
「ん、ああ、最後に一つ、聞いておきたい事があってな……」
「なんです?」

「エイブルの『初めて』を……」

 背中全体にブワッと汗が噴き出した。とっさにバックステップをかまし退路をーー背にした扉の方から「カチャリ」と鳴る音に振り向けば、王妃様が後ろ手に鍵を! いつのまに!!

「面白くなりそうな、いえ、大切な話は夫婦揃ってうかがうべきよね?」

 だああああああぁっ、この王妃ヒト絶対愉快犯だ! 



「お帰りなさい。義雄様」
「おとうさん、おかえり~」
「ただいま……」

 戻るなり、イヤミの一つも言いたいところだったのだが、ひよこを抱えて出迎えるエイブルさん……ぐう、あざといぃ。ひよこ天然バリャーの前では文句も言いづらいんだよなぁ。普段俺がやってる事をそっくり返されたわけだ。

「どうでした?」
「かいつまんで言えば、報告して、怒られて、報告して、了解とって、聞かされて、仕事が増えて、回り込まれて、逃げ道絶たれた」
「すいません。何言ってるか全然わかりません」

 そうだろね、なんか素直に言いたくないんよ。すんげー疲れたよ。特に最後のやつで。

「……まずは魔法が使えるようになったって、報告して怒られた」
「仕方がないですよ。私、思うんです。義雄様にとっては今度の事も、単なる通過点過ぎないんじゃないんでしょうか」

 通過点か……ここでやっている事がいずれ大きな結果へと繋がる小さな布石になれば良いと思う。

「で、次は廃兵院の件を報告して了解とった」
「慰問……コンサートでしたっけ? 今日は廃兵院にアーティファクトを設置されたそうですが、その事ですか?」
「いや、あれは仕込みだよ。本番は二週間後かな、大霊廟でも、並行して準備を進める」
「仕込み、ですか」

「次が財政が厳しいって聞かされて、どうにかする事になったよ」
「え?」
「マテリアルが売れないそうだ。とんだぬか喜びをさせてしまったよ。この先、ファドリシアには頑張ってもらわなきゃならないからね、こっちでなんとかするさ」
「……義雄様、仕事が増えてません? ブラックでしたっけ? 悪化してません?」
「ああっ!」

 だよなぁ、これじゃ納期前の修羅場だよ。増える仕事に足りない人材。で、並列進行する案件……舌の根も乾かないうちにこれだよ。前世以来の抜け切らない社畜根性はもしかして呪いじゃなかろうか……

「すまない……いつも苦労をかけるな」
「大事を成す時は必ず山場というものがあります。超えなければならない時には頼ってください。その為に私たちがいます」
「うん、ここが一つの踏ん張りどころだという感触はあるんだ。その……頼っていいかな?」
「はい!」

「ところで、最後の回り込まれてーーですか? 何ですか?」
「エイブルさんの「初めて」発言の件で、王様に詰め寄られて王妃様に挟撃された。二人への説明が一番めんどくさかったよ……」

 王様の勘違いを解けば解いたで、エイブルさんの初めての魔法が俺にかけられた事に嫉妬した王様から、張り合うようにエイブルさんの子供時代からの初めて自慢を延々と聞かされた。王妃様からは次の初めては何かしら♪ などとニヨニヨされたし。

「王妃様、状況楽しんでるよね」
「母がすいません……」
「あはは……」



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