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第12話(後篇):交差
しおりを挟む偽妹(ぎもうと)
―憎い男に身体を開かれていく―
■第12話(後篇):交差
――フミの部屋
最近は持って帰るのが面倒になったのか、
フミに預けておくことがしばしばあった。
それに、ミカにサトシとのことを「兄妹」と偽っていたことが
今さらのように甦ってきた。
「お兄ちゃんのPCだよ・・・」
「相変わらず仲いいね~」
ミカの言葉にギクリとした。
サトシとのことが当たり前になってしまっていた。
手早くお茶の用意を済ませて、奥の部屋に急いだ。
「動画でも観る?」
「うんうん!」
ミカはPCが得意ではなかった。
フミも本来はそうだったが、サトシが傍らで操作しているのを見たり、
彼が何気なく教えたりして、簡単な操作を覚えてしまった。
「バラエティがいい?お笑いとか?」
「いいね、いいね~」
フミは動画に助けられて、お互い笑いながら時間を過した。
「フミの部屋って何だか不思議な香りがするね」
「そうかな」
今、ふたりで食べているクッキーもお茶も、
香りが広がるようなものではなかった。
部屋に芳香剤を置いているわけでもない。
他人の家の匂いというものかもしれなかった。
(・・・まさか・・・)
フミは小さく気付いたことがあった。
ふたりは小さなテーブルに向かい合わせに座っていたが、
フミの近くにゴミ箱があった。
可燃ゴミの日は翌日で、
今日は一番ゴミが溜まっている日だった。
しかも、寝室兼リビングのこの部屋は、
何度もサトシとの行為に耽っている場所でもあった。
思えば、ゴミ箱に捨てられているのは
サトシがこぼした精液やフミの愛液を拭き取ったものが多かった。
「あはは・・・あんまり私、キレイ好きじゃないから・・・」
「そう?充分キレイ好きだと思うけど・・・
そういう意味じゃなくて、嗅いだことのない匂い・・・」
まるで秘密を探られているようだった。
フミは内心焦ったが、ミカの言葉から
精液の香りを知らないことが幸いした。
何かを伏せて話している様子もなかった。
「それよりさ、ミカは誰かと付き合ったりしないの?」
「ええっ!?いきなりだねー」
フミは話題を変えようと、思い切ったことを訊いてみた。
ミカの反応にちょっと引っかかるものがあった。
「塾にいい感じの人がいるの?」
「あはは・・・フミって勘がいいね・・・」
それは別の高校の男子らしい。
真面目な人らしく、数回しか会話したことが無いという。
「塾が終わると、ちょっとだけ彼と一緒に帰れるんだ・・・」
教えてくれたミカは恥ずかしそうだった。
(・・・・・・・・・)
ミカの顔を見ていると、胸が痛くなった。
(・・・わたしにそんな純粋さが残ってるだろうか・・・)
その問い掛けはゾッとするほど冷たかった。
「それでね・・・」
それからのミカの話は、フミにとって遠い過去のことのように思えた。
・・・彼と目が合った・・・
・・・手をつないでみたい・・・
そんなことを恥ずかしそうに話すミカはキラキラしていた。
それを聞いているフミは顔で微笑みながら、内心では冷めてしまっていた。
(・・・そんな程度で・・・)
心に浮かんでくる言葉は、ほとんどが意識に阻まれて外に出ない。
自然に浮かんでくる言葉は残酷だった。
フミは向こうに見えるミカのことが幼く思えて仕方なかった。
しかし、身の回りを振り返ってみると、
ゾッとするほど黒い闇のなかにいるような気がしていた。
「あ・・・もうこんな時間・・・」
ミカが家に帰る時間が迫っていた。
「また一緒に遊ぼうね!」
フミは部屋のドアを開け放って、ミカを見送った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――その日の夜
ミカの訪れに、フミは自分の生活空間に
言い表しようのない違和感があった。
見慣れていたはずの自分の部屋も、
所々に初めて見るような錯覚を感じた。
ミカが帰って、フミはいつものように家事をこなしていった。
夕食までの時間、机に向かっていても、違和感はなかなか消えなかった。
・・・リンランリーン♪
インターホンの呼び鈴に、頭では歓迎したくないのに心はふわついた。
「どうした?」
玄関で出迎えたフミの顔を見て、
サトシは気付いたらしい。
「・・・何でもないから・・・」
呟くように言って、突っ立ったまま動かなかった。
そんな彼女を見て、彼は軽く溜息をつきながらキッチンに向かった。
・・・カチャ・・・
フミはサトシがお茶の用意をしている背中を見た。
それがあまりにも馴染んだ光景だった。
「・・・今日ね、ミカが遊びに来たの・・・」
「後にしろよ・・・」
「あの子のこと、キライ」
自分で言っておいて、心が熱くなってくる。
「後にしろって・・・まずはお茶でも飲もう」
「わたしどうしたらいいか分からない・・・」
サトシは思わず目を向けた。
「おい、どこ行くんだよ」
いつもならあのテーブルにふたり座って過すはずが、
今夜はそうしなかった。
「・・・・・・・・・」
サトシはフミをすぐ見つけたが、意味が分からなかった。
彼女は空のバスタブに座り込んでいた。
「来ないで・・・」
そんな言葉を無視して、
彼もバスタブに入ってきた。
「話してみろよ・・・」
ふたりも入ると狭い。
フミは後ろから抱きかかえられるような格好になった。
少しひんやりしたバスタブの感触が
サトシの温もりに変わる。
「あのね・・・」
フミは少しずつ、ミカとのことを話し始めた・・・。
最初は仲の良い友達のはずだったのに、
フミだけが変わってしまったように感じていること。
自然にミカを非難する言葉が浮かんできてしまうこと。
ミカが純粋に思えて、それに嫉妬していること。
「ずっと友達と一緒の道は歩けねぇよ」
「分かってる、分かってるの・・・そんなこと」
「わたし、いつの間にこんな嫌な女になったんだろう」
「そんなこと言うな。その子が純粋?ふざけんなよ」
「純粋なの!わたしとはぜんぜん違うの!」
「それはお前の幻想だろ」
「その子のこと、学校でしか会わねぇんだろ」
「知ったふうなこと言わないで」
「お互いそうだろうが。その子だってお前のこと何も分かってねぇよ」
「そ、それはそうだけど・・・」
「フミはもう大人なんだよ。オレと同じ、オレみたいなクソ大人なんだよ」
「何よそれ・・・」
「大人なんて本当は何も無いんだよ。しょっちゅう嫌なこと浮かんでくるし、
オレの心なんて勝手でマジ醜いよ。それでもオレはオレだ」
「何よそれ!」
「オレはイイと思ったことを信じるね」
「お前も心のぜんぶを人に言わないだろ、そうしてるのはお前自身だろ、
値打ちがあるのは、どうしたいか決めてるお前自身だろ」
「・・・・・・・・・」
思わず、サトシの目を見た。
怒っていたが真剣な目をしていた。
「何かあったら揺さぶられて当然だろ、ごはん食べて、ちゃんと寝ろ。
頭が起きてきたとき、どうしたいか、それが一番冷静なお前だろ」
「年上だからって、いい気にならないで」
「関係ねぇよ、お前だから言ってんだろうが」
「・・・・・・・・・」
フミは独りで考えることが当然だと思っていた。
それは今でもそうであることに変わりない。
ただ、誰かの考えを訊いて考えることもできる。
今、すぐ傍にいる男は身も心も際どいところまで入ってきた。
「トイレ借りるぞ・・・」
そう言ってサトシは立ち上がった。
バスルームの隣りにあるトイレに出ていった。
フミもそれにつられて、何となく付いて行く。
「付いてくんな」
フミはトイレの前でドアを閉められた。
「・・・・・・・・・」
サトシに色々言われた言葉が頭にこだましていた。
意識がぼんやりとして、何もする気が起こらなかった。
・・・バサッ・・・
フミはベッドに倒れ込んだ。
「今夜はもう帰るぞ」
「ヤダ」
「何か観るか?」
「ヤダ」
「お前、いい加減にしろよ」
「ヤダ!」
・・・ギシ・・・
サトシがベッドに腰掛けてきた。
「ヤダ・・・サトシなんてキライ」
「お前ふざけんなよ」
「・・・キスぐらいしてくれてもいいじゃないですか!!」
サトシが背を向けたままで、急にフミを振り返った。
ふたりの顔が近づいた・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――朝
フミが目を覚ますと、
サトシが目の前でシャツに袖を通し、ネクタイを締めていた。
「・・・あ・・・」
フミは初めてサトシと一夜を過したのが分かった。
・・・いつの間にか眠っていたようだった。
「あ!それわたしのパン・・・」
サトシはすっかり支度を済ませたようで、
テーブルに座ってチョコデニッシュをかじり始めた。
「まだ、時間あるから寝てろ・・・」
ちょっと笑いながら、視線を向けた。
フミは急に恥ずかしくなって顔を隠す。
・・・バタン・・・
素っ気無く彼は出掛けていった。
(・・・・・・・・・)
フミは人差し指で唇をなぞった。
昨夜のことが鮮明に甦ってくる。
「・・・ふふ・・・」
(つづく)
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