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第5話 置いていかないで

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だいぶ歩いてきただろうか。
幸い、まだ夕日は落ちていない。

だが、周りは木々や茂みが増えてきており、いつの間にか草原というより林か森という表現に近いような環境になってきた。

「このまま、何処にもたどり着かなかったら野宿になりますね」
京極さんについ弱音を言ってしまった。

「俺は平気だが、お前は大丈夫か?野宿になるのも、このまま歩き続けるのもきついだろ」
その通りなので、何も言えず、私は黙ってしまう。

京極さんは何か考え込んだあと、私を近くの木の根もとまで連れていった。

「お前はここで休んでろ。俺がこの辺りだけ見回ってくる」
「え?」

京極さんは木の根もとに私を座らせると、しゃがんで鞄の中をごそごそとし、中に入っていたおそらく健康補助食品であるスティック状のクッキーとペットボトルの水を手渡した。

「これでも食ってろよ」
京極さんは鞄を私の隣に置くと、立ち上がって歩き出す。

京極さんが行ってしまう。

「待ってください。京極さんも休んで食べましょうよ。」
「……」

「置いていかないでください……」
「……」

京極さんは私をじっと見つめたあと、戻ってきた。
良かった。京極さんが行ってしまわなくて。

「京極さん?」

私の隣に座るのかと思いきや、しゃがんでまた鞄をごそごそし始めた。

「これを持ってろ」
手渡されたのは、ヘアスプレーだった。

「え?」
もしかして私、寝癖ついてた?そのためのもの?と思い、髪を確認する。
髪を撫でつけながら、そんなにみっともなかったかなと考えていると、

「万が一、敵が来たらこれを使って逃げろ。目潰しに使える」
と京極さんが言った。

「え……ぇえ?!」

そういう用途ですか!?

「それとも、こっちのほうがいいか?」
京極さんの手には、黒くて四角いものがある。どこかでみたことがある。

「えっと、それは髭剃りですか?」

「違う。……スタンガンだ」

……スタンガン?あの電気がバチバチってなるやつ?

「ええええ!!そんなものまで入ってたんですか?!」

「いや、これは俺のだ。いつも持ち歩いているものだが、ポケットに入ったままだった」

「いっ、いつもですか?!」

「ああ。こっちは扱いがちょっとコツがいる。威力はあるが、もし敵に奪われてしまうとやっかいだ。お前に持たせるのは……」

「こっちのスプレーでいいです……」

京極さんはどうしても、一人で行ってしまうらしい。

「ヤンキーを辞めたのにそんなもの持ってるなんて、元ヤンも大変そうですね」

私がしょんぼりすると、京極さんは私の手を握り、優しく語りかけてくる。

「必ず戻ってくるから心配するな。今までだいぶ歩いたが何もなかった。恐らく今日はここで野宿になるだろう。野外で眠るのも体力をつかう。寒かったら、鞄から何か出して着込んでろよ」

「はい……」

「野宿するにも、この辺が安全か確かめる必要があるだろ。確かめたら、すぐ戻る」

「どうせ、この辺も何もありませんよ……」

「念には念をだ」

京極さんは鞄から自分の黒いジャケットを出し、それを着る。

「いい子で待ってろよ」

京極さんは私の頭をくしゃくしゃに撫でて、歩いていった。

私は京極さんの背中を見えなくなるまで、じっと見送った。
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