剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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意地の悪い令嬢と間抜け顔の小鬼

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「シニアさんが......あの騎士団長様!?」

 朦朧としていた意識が、一気に現実へと引き戻される。僕の反応を楽しそうに微笑むシニアさん......ディアナ騎士団長様は一度レヴィルさんに目配せをすると、レヴィルさんが持っていた紙の束を僕に渡してくる。

「レヴィルさん。これは......?」

「これはウィルさんに関する調査記録です。不明な点が多く、詳しいことは分かりませんでした」

 レヴィルさんが僕の手元に置かれた書類について説明をしていると、ディアナ騎士団長様が入口の近くに置かれ椅子へ腰を落とすし事の顛末を語った。

「ウィルさんは貴方と我々の同胞、そして”虎牙の剣鬼”を斬り伏せると、一切の痕跡を残さず姿をくらませてしまいました」

「そうですか......」

 僕は手元に置かれた資料に目を向ける。今の僕はきっと、レヴィルさんの言った通り、弱弱しい顔をしているのだと自分でも分かる。そんな情けない自分に嫌気がさす気持ちを隠すように、僕はレヴィルさんの方を向き口を開く。

「レヴィルさん。さっき僕が泣いている暇はないと言っていましたが......」

 そんな僕の質問にレヴィルさんは、深く頭を頷けると初めて会った時と同じ凛とした顔で返答する。

「ええ、確かにそう言いました」

「それってどういう......」

「ロイさんには酷かもしれませんが、ウィルさんの捜索協力をお願いしたいのです」

 レヴィルさんはまっすぐ僕の目を見つめた後に、今度はサラさん達へ目を向けると退出を促した。サラさん達はその促しを素直に受け入れ、そそくさと部屋から退出する。

「さて、これで心置きなく機密情報を話せますね」

 そう言うディアナ騎士団長様は、可憐な笑みを浮かべていた。しかし僕はディアナ騎士団長様の顔を静かに眺めるが、その目はまったく笑っていないように感じられた。まるで感情がこもっておらず、底冷えするその目に僕は見覚えがあった。

......先生だ。先生は興味のないことに相対したとき、一切の感情を向けず反応も希薄だった。そしてそんな物事に対して向ける目はまるで......死人のようでディアナ騎士団長様の目も、そんな先生に酷似しているように感じた。

「さあ、どこから話しましょうか......そうだ。まずは”虎牙の剣鬼”とあなたロイさんの親である、ユーゴ・カルウェズについて話しましょう。」

「ディアナ騎士団長様。僕の親を殺したのは、やはり先生が......」

 僕の質問にディアナ騎士団長様は眉を顰め、手を前に突き出すと僕の発言を制止する。

「ロイさん、そんなかたぐるしい呼び方はよしてください。今までのようにシニアと呼ぶか、ディアナと呼んでください」

「じゃあ、ディアナさんで......」

 そんな僕の言葉に満足いったのか、ディアナさんは一瞬だけ微笑むと咳ばらいをし話を戻す。

 「さん付けもいらないんですが......まあいいでしょう。ウィルさんが貴方の親を殺したことについてですが、魔力鑑定《まりょくかんてい》の結果から彼が犯人であることは確定的です」

「そう、ですか......」

 僕は目を閉じると、瞼の裏に先生との旅の思い出が浮かび上がる。たった数か月の短い旅路。たしかに学びはあったし成長もした。だけど......

(自分の父さんを殺されてるというに......僕は、先生を恨み切ることが出来ない......そういえば父さんも、先生も僕は甘いって言ってたっけ......)

 僕が黙りこんで悲しんでいると思ったのか、横で聞いていたレヴィルさんが心配そうな声色で話しかけてくる。

「ロイさん大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。ディアナさん、話を続けてください」

 僕の言葉にディアナさんは、軽く頷くと話を再開した。

「ウィルさんはここ一ヶ月の間、王国内での目撃情報が一切なく何処かへ潜伏している可能性があります。そこでロイさんには、ウィルさんの行きそうなところを教えていただきたいんです」

 そこまで言うとディアナさんは一度椅子から立ちあがり、そばに来ると僕の手元に置かれた資料をめくった。

「これはウィルさんが目撃された最後の場所です。場所は法国の北貿易砦周辺の開拓村。そこで一か月ほど前に、ウィルさんの特徴と酷似した人物が目撃されています」

「北貿易砦......」

「ロイ様、どうかしましたか?」

 僕の様子に気づいたレヴィルさんは僕の肩に手を乗せると、優しく問いかけてきた。

「もしかしたら、先生は法国に向かったのかも......」

「それはありえません。わけあって法国は現在、法国出身者以外は受け入れしていません。例外的に王国騎士団は入国できますが......それに貿易砦以外の侵入経路は、生身の人間一人で行くのは困難です」

 ディアナさんは首を横に振って否定するが、僕は先生が法国出身であることを知っていた。それに......

「きっと先生は虎牙流の、先生が育った道場へ向かうはずです」

 先生の偽物に斬られ、意識が朦朧になって倒れながらも僕は話を聞いていた。

「意識がはっきりしていたわけではありませんが、あの偽物と先生が話し合っていたのを聞いたんです。先生と偽物は同門だって......そして、ほかの同門生は何者かによって殺されたことも......」

 僕の話を黙って聞いていた二人は、険しい表情をしながらお互いの顔を見合った。そしてレヴィルさんは懐からメモ帳を取り出し、ディアナさんは僕の顔をまっすぐ見つめ質問をしてきた。

「その話が本当だとしたら、重要な手掛かりになります。ロイさんありがとうございます」
 
 そういってディアナさんはレヴィルさんへ目配せをすると、メモ用紙に何かを書き記していたレヴィルも立ち上がり部屋から退出しようとする。そんな二人を見た僕は、体にむち打ち起き上がると大声で叫んだ。

「待ってください!!」

「どうかしましたか?」

 一度大きく息を吸い込み覚悟を決めた僕は、振り返って静かに眺めるディアナさんへ叫ぶ。

「僕を先生の捜索に同行させてください!!」

「ええ、そのつもりですよ?」

「無理なことを言っていることは僕にも......え?」

「何を驚いているのですか? ロイさんが行くことは初めから決まっています。もしイヤだと言っても、無理やり連れていく予定でしたので手間が省けてよかったです」

 きっと今の僕を鏡で見たら、すごい間抜けな顔をしているんじゃないだろうか。そう思えるほどにディアナさんの回答は予想外であった。そしてディアナさんの横で、顔を隠しながら笑っているレヴィルさんを見て僕はあることを察する。

「ディアナさん......やっぱりあなたは意地悪です!!」

「フフッ今更ですか? これから騎士団員として私達と働くというのに、これでは先が思いやられますね」

 そういうとディアナさんは軽く手を上げそのまま部屋を出て、それに追随するようにレヴィルさんも退出した。そして静寂に包まれた部屋の中で、僕は今日の出来事を整理するために記憶を呼び起こす。そしてあることに気が付いた......

「......ちょっとまって今、騎士団員として働くって言いました!?」

 やはりディアナさんは意地悪だ!! そんな僕の叫びは部屋の中にむなしく響き渡り、何事かと心配し部屋へ戻ってきたサラさん達が頭を抱える僕を見て、ひと悶着あったがそれはまた別の話。
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