剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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甘味好きの令嬢と食い盛りの小鬼

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 ロイが鍛冶屋を後にしてから、しばらく歩いているとあたりから、独特ながらも食欲を唆る良い香りが漂ってきた。

「なんだろうこの匂い? ハーブって感じではないし、ただ焼いた様な感じでもない......」

 ロイが普段から食べ慣れた王都の貧民街では、保存や品質の観点から塩やハーブなどで味付けをするシンプルな料理が多い。しかし現在ロイの周りに漂っているのは、何かが焼ける香しさに加え、どこか海の風を感じる香ばしい匂いがしている。

「なんだかすごいお腹が空いてくるぞ......よし、朝ごはんもまだ食べてないし少し食べていこうかな?」

 ロイはこの、どこか海を感じる香ばしい匂いがする場所に足を運ぶことにした。そうと決まったら、ロイの行動は非常に早かった。先ほどの疲れを全く感じさせない、軽やかな足取りで匂いのする方角へと向かって行く。

 そうして数分歩いていると、周囲の雰囲気が一気に変化する。先ほどまでは水産業地区の様な雰囲気だったが、今は料理などを提供する店や民家が増え始める。更に辺りを歩く人々も漁師や商人などではなく、この街の住民が多くなってきた。

「うーん、匂いはここら辺なんだけどなぁ。なんか他の臭いも増えてきてわかりづらくなってきたな?」

 未だ例の匂いはするが、料理を提供する店が多くなってきた影響で、先ほどのニオイを追うのが難しくなってきた。そうして周囲を確認しながら歩いていると、ある建物の周辺で何やら、屯《たむろ》している集団を発見した。

 気になったロイは一度その集団に近寄り、何をしているのか尋ねることにした。そして屯《たむろ》している集団の、最後尾にいる女性に近づきロイは声をかける。

「あのーこれって何かやってるんですか?」

 ロイが女性に声をかけると、その女性は振り向きながら笑顔で答えてくれる。

「実は私も何をしているのか気になって見にきたのですが、どうやらここの街で人気のお魚料理のお店みたいですね」

 そう答える女性は自らの頬に手を添えながら、品のある笑みを浮かべる。ロイはその笑みを見ると、少しだけ見惚れてしまった。

(すごい綺麗な人だなぁ......王都でたまに見かける、お貴族様みたいだな)

 ボーっとするロイの姿を疑問に思った女性は、ロイの顔の前で手をかざす様に振る。

「あのー大丈夫ですか?」

「え? あっ大丈夫です。教えてくれてありがとうございます!!」

「いえ、お役に立てたのならよかったです」

 少し心配そうな表情を浮かべていた女性だったが、それに気がついたロイが気丈に振る舞うと、女性も可憐な笑みを浮かべた。

「ここにはよく来られてるんですか? えーとお名前は......あっ僕はロイと言います!!」

 ロイは一度丁寧に頭を下げて名乗ると、女性も姿勢を正し礼儀正しくお辞儀を返してきた。

「これはご丁寧に。私はシニアと申します。実は私も最近こちらに参ったばかりなので、あまり詳しくはないのです」

 どうやらシニアと名乗る可憐な女性はロイと同様、街に来たばかりだったらしい。

「あっそうだったんですね。実は自分も初めて来たので、街を見て回っていたんですよ!!」

「そうだったのですね。おや、その袋に入っているのはもしかして砥石ですか?」

 シニアはロイが持っていた袋から顔を覗かせておる石を見ると、少し興味深そうに眺めている。

「シニアさんってこういうのにお詳しいんですか?」

「職業柄といいますか......よく見かける機会が多いのですよ。それにしても質の良い砥石ですね? この砥石はどちらでご購入されたのですか?」

 見た目に似合わず、砥石に興味津々と言った様子のシニアが砥石の購入場所について尋ねてきた。鍛冶屋の老人やウィルから、口止めなどをされているわけでもないので、ロイは快く購入場所を教えることにした。

「この砥石なんですけど、実は鍛冶屋で買ったものなんです。僕が剣を教わっている先生の行きつけの場所らしくて、お使いでこの砥石を買いに行くよう頼まれてたんです」

「あら、でしたら一見さんはお断りかもしれませんね。そういった場所は、厳格な方が多いですし。少し残念です......」

 シニアは非常に残念そうな表情を浮かべ、肩を落とすが、直ぐに立ち直る。そして砥石の情報と引き換えにある情報を教えてくれる。

「ロイさんは甘いものはお好きですか? もしご興味がありましたら、先ほど見つけたらおいしいパンケーキのお店をご紹介いたしますよ?」

「はい、僕甘いの大好きです!!」

 ロイはパンケーキという単語が耳に入ると、少し興奮気味に答える。その様子を見たシニアは微笑みを浮かべた。

「わかりました。では早速ご案内.....っとその前に、ちょうどここのお店の順番が来たみたいなので、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」

「あっ急がなくても大丈夫ですよ!! 僕も何か頼もうかな」

「フフッもし宜しければ、今日はご一緒に街でも回りませんか?」

 シニアは妙に礼儀正しく背を伸ばすと、身長の低いに合わせるように片膝をつき、手を差し出す。ロイはどうするべきか悩んでいると、お店の中にいた女性店員が......

「坊や、そこは手を取ってあげるんだよ」

「え? あ、はい!!」

 ロイは女性店員に言われるがまま、タドタドしくシニアの手を取る。その様子を見たシニアはまた微笑むと、立ち上がりながら揶揄《からか》ってくる。

「フフッ初々しいですね?」

「シニアさんって見た目に反して少し意地悪ですね......」

「フフッ申し訳ありません。でも貴族にエスコートしてもらうなんて、貴重な体験でしたでしょう?」

「やっぱりお貴族様なんですね」

「あら、意外と驚かれないのですね」

 本当なら動転するほどのイタズラをした筈が、あまり驚かないロイに対してシニアは少し不服そうな顔をする。そんなシニアにロイは先日グラズハの町で起こった出来事を話す。

「実は少し前まで、レヴィルさんという騎士団所属のお貴族様と買い物とか、賭け事をしたりししていたので.....あと騎士団の皆さんに修行を付けてもらったり」

「なんか凄い状況に遭遇していますね?」

「いやー僕もどうして、ああなったのかよくわからないんですよね。えへへ」

 そう言いながらシニアは、口元を手で隠しながら上品に笑い、ロイも頭に手を当てながら笑った。

「ちょっとあんた達、いちゃつくのはいいけどさ。他の客も待ってるから、早いとこ決めとくれ」

「ご、ごめんなさい!!」

「あら、申し訳ありません。では私は、このウェズベラの魚醤焼きを一つ」

「ええっと、僕も同じの一つ!!」

 貴族にも一切怯むことのない強気な女性店員が、注文の催促をしてきたので二人は焦って注文した。

 ちなみに今回頼んだ料理は、先ほどロイが嗅いだ香ばしい匂い......人生初の“海の魚の魚醤焼き”は、ロイのお気に召したようだった。
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