剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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志願者と従属奴隷

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 模擬戦を終えた4人は、ウィルの踏み付けで気を失ったデビットが目覚めるまでの間、普段よりも異様に賑わっているギルドの休憩スペースで雑談をしていた。

「ンクッ......ンクッ......プハッー!! いやあ、二人があそこまで強いとは思いもよらなかったわ。ロイ君もまだ若いのにデビットと、そこそこ対等に戦えていたみたいだしすごいわねー!!」

 サラはお酒を豪快に煽ると軽快な声色で、先ほど行われた模擬戦の感想を語り出す。横で静かに酒で口を潤していたダレンも、サラの感想に頷く。

「ウィルさんの強さは、ゴールドランクやもっと上でも通用するんじゃないかな。ロイ君も自分の武器の利点を活かした戦術を、上手く活用できていたようだね」

 現役ゴールドランクのギルドマンに褒められたロイは、嬉しそうなニヤけ顔を手で押さえながら口を開く。

「えへへ......僕なんてまだまだですよ。ねっ先生!?」

 ロイは謙遜してはいるものの、ウィルへのアピールは忘れることなく行う。そんなロイの頭に手刀を落とした後に、今回の模擬戦の反省点を述べ始める。

「嬉しそうにしてるが、本来はあそこにサラの援護が入る。今回の戦い方では命がいくらあっても足りないぞ」

「うへぇ......ごめんなさぃ......」

 ウィルの指摘にロイは肩を落とす。その光景を眺めていたサラとダレンは、微笑ましそうにロイ達を眺めていた。不思議に思ったウィルが二人にその事を問いかける。

「何故こちらを見てニヤついているんだ?」

 ウィルの問いに酔いが回り始めているサラは、「いやぁ?」と前置きをしながら浮ついた口調で語り始める。

「厳しいことを言っている様だけど、あなた相当ロイ君が大事なのね~......って」

「俺たちには師匠と呼べる人はいないからあれだけど......なんだかウィルさんとロイ君って、親子みたいなんだよね」

「そうそれ!!」

 ダレンの例えに興奮した様に、テーブルを手で叩きながら立ち上がる。その行動にロイは驚き目を見開く。一方のロイは呆れたふうな目で、興奮しているサラを眺めていた。

「やっぱりウィルさんは良い人なのよ!! 見た目は完全に近寄ったら殺すぞっ......って感じなのに、言葉の節々に優しさがあるのよ!!」

「おいサラ流石に失礼だ。すまないウィルさん、サラは酒癖が悪くて時々こうなってしまうんだ」

 ダレンは今にも暴れ出しそうなサラを押さえながら、申し訳なさそうな顔でウィルに謝罪をする。しかしウィルは特段気にした様子もなく聞き流す。

 そんなウィルの態度にこれ以上はまずいと思ったのか、ダレンはサラを背負ってギルドを後にしようとした。その時ギルドの扉が勢い良く開いて複数人の騎士がギルドへ入って来た。

「王国の優秀なギルドマン諸君、此方に注目願う!! 私は王国騎士団第三支援部隊《おうこくきしだんだいさんしえんぶたい》のアルベルトである!!」

 手元のロール紙に目を落としながら、アルベルトと名乗る男は、異様なほどギルド内に響き渡る大声を発する。

「この度ゴールドランク以上限定で、重要指名手配者【虎牙の剣鬼】の討伐隊を編成することが決定した。それに際し志願者の募集を開始する!!」

 そう言うとアルベルトの後ろで待機していた、数人の騎士団と思われる者達が何やら準備をし始めた。手際よくギルドの空いたスペースへテーブルや、その他の用具をセットし終えると、またアルベルトが異様なほどの大声で説明を開始する。

「さあ、志願する勇敢な冒険者の諸君は、ここに用意された契約用《けいやくよう》の水晶に触れてもらい、国と一時的な【従属契約《じゅうぞくけいやく》】を行う!!」

 従属契約という単語に周囲がざわつく。ロイは周りを見渡しながら何故、皆がざわついているのかウィルに尋ねる。

「先生、従属契約《じゅうぞくけいやく》ってなんなんですか?」

「......一時的にではあるが、王国の正当な【従属奴隷】になるということだ」

「え!?」

 ウィルの説明を聞いたロイは、驚愕で体が硬直してしまった。

【従属奴隷《じゅうぞくどれい》】これは“王国”と【従属契約《じゅうぞくけいやく》】をしたもの達への蔑称である。実際は奴隷ではなくあくまでも、契約主と契約者を対等する為に縛る仕組みである。

 そこにはいくつかのルールがあり......

1.契約主と契約者は契約内容を遵守しなければならない。また違反の罰則を決めること。

2.契約主は契約者に、契約内容に対する同意を取らなければならない。

3.契約主又は契約者のいずれかが、一方的に不利益を被る場合、正式な手続きを踏むことで契約を破棄する事が出来る。

4.契約主又は契約者は【ルール3】に抵触しない場合は契約の破棄はできず、契約内容の遂行のみを条件に契約が終了となる。

 これらのルールは多くの場合、両者に対等な立場を強制する役目を果たすが、国が主導して行う場合はその限りではない。

「簡単に言うと契約の処理は王国が行うから、王国との契約時はルールなんて無いようなものってことね。実質的に契約者の自由は王国に握られる。奴隷ってのはそういう意味ね」

 いつの間にかダレンの背から降りて、怪訝な顔つきをしているサラが、ロイに説明をする。その説明にロイは不満を漏らす。

「そんな......それじゃあ契約者だけ危険な目に遭わされることも......」

 たまたまロイの近くで発言を聞いていた知らない顔のギルドマンが、険しい表情で語りだす。

「確かにあり得なくはない。実際に過去の人魔大戦《じんまたいせん》では、物資を盗み集団で敵前逃亡を企てた者達を、契約で無理やり戦地に向かわせた事がある」

「ああ、こりゃあ何か裏があるぜ?」

 アルベルトが志願者を募ってしばらく経つが、一向に誰も志願しないのを確認すると、あからさまなため息を吐いて話出す。

「今回の依頼はこれまでに出された、指名手配者討伐任務と異なり、非常に危険度が高いものだ。確かに【従属契約《じゅうぞくけいやく》】をする事への抵抗はあるだろう。しかし今回は絶対に失敗する事はできない!!」

 アルベルトは下を向きながら手を固く握り、そして再度顔を勢いよく上げると熱弁する。

「虎牙の剣鬼は我々の同士だけでなく、この国に長らく貢献してきた者たち......そして罪の無い者達も数多く殺されたのだ!!」

「我々は決してこの虐殺者を決して逃すわけにはいかないのだ!! どうか我々に力を貸してくれ!!」

 そう言いながらアルベルトは頭を下げる姿を見て、冒険者ギルドにいた者達の困惑は深まる。それはウィル達も例外では無かった。

「うーん、どうする?」

「そうねぇ......元々志願するつもりきたけれど、ランクの制限だったり従属契約だったり、きな臭いのよねぇ」

 ダレンとサラは乗り気だった最初と打って変わって、微妙な雰囲気を出している。そんな二人を横目に、ウィルはただ考えに耽っている。

 そしてロイは......

「サラさん、ダレンさん。ごめんなさい」

「ロイ君?」「どうしたの?」

 ロイは二人に謝罪すると、一歩前に踏み出し大きく息を吸い込むと、大きな声で宣言する。

「ロイ・カルウェズ。虎牙の剣鬼討伐隊に志願します!!」

「ロイ君!?」「ちょっと!?」

 ロイの宣言にサラやダレンだけでなく、周囲にいたギルドマン達も驚愕の声を上げる。

「君は......まだ若い様だが、ギルドランクは要件に達しているか? 志願してくれるのは助かるが、要件を満たさない者は同行を許可できないのだ」

「うっ、それは......」

「勇気を出して申し出てくれたことには感謝する。だがすまない。これは決まりなのだ」

 アルベルトの発言に、ロイは苦虫を潰した様な表情をする。そしてその表情からゴールドランクでは無い事を察したアルベルトは、申し訳なさそうに志願のを断る。

「......ああっもう、わかったわ!! ゴールドランク冒険者サラ・ゲイティス。そして同じくゴールドランク冒険者ダレン・コックスとデビット・アンダーソンは、今回の討伐任務に志願するわ!!」

「おお!! それは本当か!!」

 サラの志願を聞いたアルベルトは、先ほどまでと違い安心した様な表情を浮かべる。対してサラによって、勝手に志願を出されたダレンは非難の声を上げる。

「サラ、正気か!?」

「しょうがないじゃない!! ロイ君だけだと受けられないんだし、それに私たちはもう討伐任務を目的に、マルチパーティーを組んじゃってるから、ロイ君が志願した時点で受ける以外の道はないのよ」

 サラは若干ヤケになって言葉を捲し立てる。ダレンは頭を抱え考える。しかし多くの同業者がいる手前、一度宣言した事を撤回すると自分達のパーティーの名誉に関わる為、ついにはこの状況を受け入れることにした。

「はぁ......わかったよ。ウィルさんとロイ君を加えた、【竜《ドラゴン》の息吹《ブレス》】パーティーリーダー。ダレン・コックスの名の下に任務へ志願します」


 こうして4名と意識不明者1名は、正式に討伐隊への編入が決まる。

 そして同時にロイは旅の目的でもあり念願の、父ユーゴ・カルウェズの仇を討つ権利を手にした。
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