剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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豪胆な幻術

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ざわ… 
     ざわ…

聞いたか?あの剣神流の門下生が大勢殺されたらしい

剣神流って言ったら、王国騎士団の団長の流派だろ? そりゃあ…騎士団に喧嘩売るようなもんだぞ

ざわ…
      ざわ…

今度は〇〇の街で辻斬りが出たらしい

結構近いじゃないのさ怖いねぇ…国は一体何やってるんだい

ざわ… 
       ざわ…

 とある酒場にて一人の男が酒を飲んでいた。

「数年前の魔族の侵略といい…最近多発してる魔法使い襲撃事件といい…物騒になってきましたね?」

 男の目に立つ酒場の店主は少し気を使うように話し出す。

「今まで表沙汰になっていない事が、大っぴらになっただけだ。 対して変わってねえよ」

 男はそんなことお構いなしに酒を飲みながら話す。

「それでも素人さん達からしたら、いきなり物騒な事件が多発して不安が高まってきていますよ。 それが原因なのかはわかりませんが…最近ではそれらに乗じて法を犯す者も増えてきたみたいです」

「まあ、そこら辺は国の仕事だ。俺たち武人には関係ねえな」

 男は全く気にする様子もない。 そんな酒場の店主は男に対して煽るように

「関係ないですか? 最近はその武人を狙った犯行も多い。 旦那はここじゃあ名のしれた剣豪だ。 もしかしたら狙われるかもしれないんですよ?」

そんな問いに対しても、やはり男は表情を崩さず淡々と答える。

「それこそ俺にはどうでもいいことだ。 俺のとこに来たら斬る… それだけだ」

「はぁー… やっぱ剣豪は考えが違いますね? でも旦那はウチの太客だ。 旦那が来なくなればそれだけで売上がガタ落ちしてしまいますから、気をつけてくださいね?」

「ははっ!! 結局は金か?」

 男は初めて表情を崩し笑う。そんないつもの豪胆な姿に酒場の店主は安堵し軽口をこぼす。

「こちとら商いなものでね。金勘定は大事ですよ」

「気分が悪くなってきたから今日は帰るか…金はここに置いとくぞ」

「ちょっと旦那、冗談ですって~!!ちゃんと明日も旦那の酒準備しときますから来てくださいよ~!!」

 男は金をテーブルに置くといつもの様に、手を振りなが酒場を後にした。

「…」カツ…カツ…

 夏の夜風が男の肌を撫でる。そんな季節の趣を感じながら男はただ無言であるき続ける。

 男が進む場所には次第に人が少なくなり、最終的に人どころか動物の気配、先程までの風も感じない。 そんな死の雰囲気すら発する不気味な廃墟へ足を進めていた。

「…ここらへんは数年前の魔族侵略で廃墟になった地区だ。今でも幽霊が出るだの、魔族の呪いだのとくだらん噂が絶えない場所だ」

 男は一人、廃墟の夜道で語りだす。 傍から見たら完全に不審者のそれである。

 しかし男はそんなことはお構いなしに語り続ける。 そこには自分以外の人間など居るはずはないのだが…

「そのおかげでここは人が全く寄り付かない。 お誂え向きな場所だ。」

 廃墟となる前は人で賑わっていた広場跡で男は立ち止まると、自らの後方にある廃墟の闇へ視線を向ける。

「いつから気づいていた?」

 闇の中から若い男の声が聞こえてくる。その声に男は自らの身体を真っ二つにされるような感覚を覚えた。

「あんなに熱烈な視線を向けられたら誰だって気がつく。 出来れば野郎じゃなく、きれいな女性だったら文句はなかったんだがな?」

 男は冗談交じりに、そしてそれが普通だとこともなげに話すが、若い男…ウィルが師を殺して以降己の存在を気取られたことは一度もなかった。

「お前も【眼】の領域にあるのだな」

「眼だぁ? よくそんな古いことを知ってやがるな。 今の若いもんは勤勉なのか、めんどくさがりなのかよくわからんな」

 ウィルは己の剣に手をかけると、男が片手を前に出し制止してくる。

「まあ待て!! 時間なら腐る程あるだろう、まずは剣士の礼儀に則り名乗らせてもらおう!!」

 男は豪快に剣を抜くと

「俺の名はユーゴ!! 堅豪流の師範だ!!」

「お前は最近巷を騒がせている辻斬りだな?!」

 男…ユーゴの名乗りを聞き、ウィルも剣を抜き上段に構えながら名乗る。

 堅豪流。たしか何でもありの流派だったか? そんな中でも特に目を引く特徴は、その常軌を逸した筋力鍛錬だ。

 この男の身体を観察するが、力勝負に持ち込まれたらまずオレでは太刀打ちが出来ないだろうとハッキリとわかる筋肉… 少し厄介だな。

「オレの名はウィル。流派は持っていない」

「流派がないだと…?その構えは虎牙流だろう。まさか破門にされたか?」

「元となっているのが虎牙流というだけだ」

「なるほどな!! だがあそこの爺さんに剣を教わっていたと言うなら、これまで聞いた噂もあながち間違いではなさそうだな」

「お前がどんな噂を聞いているかは知らないが、お前もこれからその噂の一部になる」

「はっ!! やってみろ!!我が剛剣の前には貴様の鈍らなどひとえに風の前の塵に同じだ!!」

 そう言うとユーゴは一気にウィルとの距離を詰める。その速度はユーゴの巨体が一瞬残像を残し瞬間移動したと錯覚するほどだった。

「フンッ!!」

 ユーゴの剣がウィルに迫る。 しかし剣がウィルへと接触する寸前に姿が消える、それと同時に男の腹部に痛みが走る。

しかし…

「はははっ!!その程度の斬撃では俺を斬り伏せることはかなわんぞ!!」

 ウィルが放った斬撃は半ば弾かれるようにユーゴの身体を離れた。

 そして斬った瞬間、ある違和感を感じた。まるで岩を打つかのような感覚、そして打った後何かに包まれるような…

「これは身体強化魔法か?」

「おうよ!!俺の流派は魔法だろうがスキルだろうが、強くなれるなら何でも使う!!」

「潔く邪道を往くか…そういうの嫌いではない」

 ユーゴはウィルの言葉を聞き、豪快に笑う。

「気があうな!! どうだ今からでも酒を飲み交わすか? バロックって酒場何だが、そこ特製の酒がコレまたうまくてな!!」

「断る。酒は好かん」

「はははっ!! 斬撃が生っちょろい訳だ!! 酒も呑めん鼻垂れが放つ斬撃など…『ブンッ』おわっ!?」

「ちっ!」

「話てるときくらい大人しくせんか!? 全く最近の若者は…」

「これは遊びではない。殺し合いだ」

「そうか? 俺にはじゃれ合い程度に思っていたんだがな? まるで俺の息子を相手取っている気分だぞ」

 ユーゴは立ち会ってから一度も焦る様子は見せない、事実ユーゴは余裕すら感じさせる身のこなしでウィルの斬撃を躱していた。

 ウィルの放つ剣技はユーゴに触れられない。まるではじめから当てる気がないように技が外れる。

「どうした!! 遊びではないとは口だけか?」

 そんなウィルに対してユーゴは煽るように言いながらその剛剣を振るった。

 その瞬間…

「がはっ!?」

 ユーゴの脇腹にウィルの剣が直撃した!!

「幻術か…自らの動きを一瞬遅らせて見せることでタイミングをずらしていたな?」

「...!? よく気がついたじゃないか!!」

「はじめて表情を変えたな… どうやら当たりのようだ。 それに幻術を使っている間はズレのタイミングを悟らせないために攻撃できないんだろ? この程度の幻術、一度バレたら武術家には通用しないからな」

「その通りだ!! しかし幻術がバレようとお前の剣が通用しないことに変わりはないぞ!!」

「くだらん虚勢をはるな。もう気がついているはずだオレの剣はお前の命に届くと」

「それはどういう…強化の精度が下がっている…?」

「俺は最初からお前に技を当てる気はなかった。オレが狙っていたのはお前が纏うその魔力だ」

 ウィルは剣を当てた瞬間ある違和感を覚えた。本来の身体強化魔法は自身の身体の中で完結させる代物だ。 これは体外で行うと魔力の流れが阻害され魔法がうまく発動できなくなる可能性があるためである。

 ウィルが覚えた違和感の正体、それはユーゴが身体強化の際の魔力操作を体外で行っていることで表面化した魔力そのものであった。 

 本職の魔法使いならばちょっとやそっとの阻害にも対応できるだろう、しかし武人とはいえ本職ほどの練度も知識もない者がそれを行えば…

「ほころびが生じるのは自明の理」

 一筋の閃光がユーゴの胴体を一直線に通り抜ける。

「自らの剣に魔力を通して俺の魔法を阻害したのか…ああ、クソ…ここで終いか…」

 そう言い残し分かたれた2つの身体は動かなくなった。

「…もし最後まで魔法だけに頼らずに己が磨いた剣で戦っていたら負けていたのは俺だったろう。 やはりお前も、師と同じく死んでいたのだな」

.
.
.
.

ざわ…
    ざわ…

聞いたか?ユーゴさんが…

ああ あの廃墟で無惨な姿で見つかったらしい

ざわ…
     ざわ…

やっぱり呪いだよ!!

もうあんな場所壊しちまえば良いんだ!!

ざわ…
      ざわ…


ある酒場で男が酒を飲んでいた

「いやぁ…最近物騒ですね…」

 男の前に立つ酒場の店主が寂しそうに話す。
それに対し男は不味そうに顔を歪めながら黙って酒を呑む。

「最近ね…ウチの常連が殺されたんですよ。皆んなは呪いだ何だと言ってますがね? 私はわかるんです。あれはきっと誰かに殺されたんだって…」

「自分の子供を残して一人で逝くなんてね…酷いことだよ…」

 男はただ黙って話を聞きながら不味そうに酒を呑む。

「お客さん。美味しくなかったら無理して飲まんでも良いんですよ? それはもともと常連客だけが好んで飲んでたものですから、あとは棄てるだけの代物ですし…」

「いや…もう少しこの酒を頂けるか?」

「はぁ…お客さんも物好きですね。」

 結局男は残っていた酒瓶をすべて空けると、代金をテーブルに置き「美味かった」そう言いうと店を出ていった。以降その客が店に来ることは無かったという。
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