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86 こゆみちゃんの事情
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こゆみが3歳の頃、母親は交通事故である日突然この世を去った。
母親の思い出は、ほぼない。
父親の修一は仕事でなかなか家には戻らない。その間こゆみを預かって面倒を見てくれたのが母方の祖母カホルである。カホルは一人娘の唯一の子供であるこゆみに惜しみなく愛情を注いでくれた。
修一はこゆみが小学二年生の時に再婚し、相手の女性にはこゆみの3つ年上の息子がいた。
迎えに来た父親に祖母の家から遠い、新しいマンションに連れて行かれ、新しい母親に懐くまではと、こゆみは祖母に会うことを禁じられた。
まもなく義兄と同じ学校に転校させられ、登下校も同行され、新しく友達ができても義母にあれこれと文句を言われて周りには誰もいなくなっていった。
義兄が中学生となり、登下校を一緒にすることはなくなったが、同時に家事をさせられるようになり(花嫁修行らしい)、帰宅時間が少しでも遅れると夕食を抜かれたり(こゆみが作っているのに)、深夜まで説教をされたりするので寄り道をすることもなかった。父親は相変わらず仕事であちこち飛び回っているらしかった。
そのまま中学生になっても部活をすることもなく最低限の行事には参加させてもらったが、学校と家の往復をするだけの日々を送っていた。その頃にはもう、何かをしたいとか、どこかに行きたいとか考えることはなくなっていた。
そんな中学二年の夏に、祖母が訪ねて来た。
祖母はこゆみの記憶にあった祖母よりひと回り小さく感じた。自分が成長したからなのかと思ったが……。
──そうだ。こゆみは思い出した。
あの時、祖母に抱きしめられたことを。
どうして忘れていたのだろうか。
祖母は持ってきたスマホをこゆみに手渡し、1日に一度以上必ずメールを自分に送るようにと、義母の前で言った。
そして義母に、学費は全て自分が出すからこゆみを高校に進学させなければ、どんな手を使ってでも自分が引き取って進学させると宣言した。
こゆみはその時知ったのだが、父はともかく義母はこゆみを進学させるつもりはなかったという。どうりで進路相談も何もきてくれなかったはずだ。
高校には別に特段行きたいとは思っていなかったが、この家から出られる時間となるため頑張って勉強した。浪人していつも家にいる義兄の存在が耐えられなかったからだ。こゆみの容姿を嘲り、成績をバカにし、作った食事に文句を言い、始終命令をするくせに、時折まとわりつくような視線を向けてくる義兄とは少しでも会わないようにしたかった。
まもなくして、カホルが手配した家事代行が週に3回来てくれるようになり、塾には行けなかったがこゆみは希望する高校に合格した。しかし受験が始まる前、中学三年の秋に祖母カホルは体調を崩し入院してしまっていた。そんな状況でも受験ができたのは、用意周到なカホルがこゆみの実母の親友だったという弁護士に代理人として義母たちを見張るよう依頼してくれていたからである。
入院してすぐのカホルはまだ意識もあり、会話もできていたが、段々と眠っている時間が増えてきてこゆみが新しい制服を見せに行った時にはもう、ほとんど意識がなくなっていたのだった。
しかし、カホルは意識のある間にでき得る全ての手を打っていた。
こゆみの他に自分の親族はいない。
カホル自身の兄妹は鬼籍に入っている。
兄は幼い頃に事故で亡くなり、妹は結婚はしたが子に恵まれず、若いうちに亡くなったのだ。そしてカホルの一人娘はもういない。つまりカホルの血の繋がった人間はこゆみ以外にはいない。
娘婿とはしっかりと話をしないまま疎遠になってしまっていて、すぐに感情的になり涙を浮かべ被害者になりたがる後妻とはお話にもならないようだ。
だがどこから聞きかじったのか、カホルに結構な資産があることは知っていたようだった。
カホルの勘違いかもしれないが、可能性の一つでもある。後妻は自分の息子とこゆみを結婚させようとしているのではないか。こゆみがいずれ手にする遺産を好きにするために。後妻が自分の趣味にかなりの時間とお金を注ぎ込んでいるのはわかっていた。
万が一こゆみが義兄を愛するようになるのなら仕方のないことだが、カホルには現時点ではどう見てもそのようには感じられなかったので、遺言書を作成し全てをこゆみに譲ることにした。そしてそのための条件を細かに指定して、弁護士から後妻にある程度伝えたのだった。
後妻は学費のことなど持ち出してきたが、娘婿の収入には何ら問題がなく、むしろ数年前に始めた事業が波に乗り、かなりの収益を上げていると報告を受けている。それに伴い若い愛人の影もちらほらと見えてはいたが……。もともと子供に対する愛情が深い性質ではなかったようだが若い愛人の写真から彼が亡くした妻、カホルの娘の面影が見えてしまったためにカホルは追及をやめた。
いっそのことこゆみを養子にしてしまおうか──こゆみの受験が終わったら話し合おうと考えていたところ、突然体調を崩して入院することになってしまった。
こゆみが頻繁に見舞いに来てくれていることも感じていたが、体が動かず、目さえ開くことができない。
手を握ってくれても、頬に触れてくれても、嗚咽が聞こえても、何も返すことができなかった。
だから心の中で祈り続ける。
あぁ、
誰でもいいから、
本当にこの子の幸せを願う、
この子を愛する人に、
この子が愛する人に
この子が出会えますように──。
母親の思い出は、ほぼない。
父親の修一は仕事でなかなか家には戻らない。その間こゆみを預かって面倒を見てくれたのが母方の祖母カホルである。カホルは一人娘の唯一の子供であるこゆみに惜しみなく愛情を注いでくれた。
修一はこゆみが小学二年生の時に再婚し、相手の女性にはこゆみの3つ年上の息子がいた。
迎えに来た父親に祖母の家から遠い、新しいマンションに連れて行かれ、新しい母親に懐くまではと、こゆみは祖母に会うことを禁じられた。
まもなく義兄と同じ学校に転校させられ、登下校も同行され、新しく友達ができても義母にあれこれと文句を言われて周りには誰もいなくなっていった。
義兄が中学生となり、登下校を一緒にすることはなくなったが、同時に家事をさせられるようになり(花嫁修行らしい)、帰宅時間が少しでも遅れると夕食を抜かれたり(こゆみが作っているのに)、深夜まで説教をされたりするので寄り道をすることもなかった。父親は相変わらず仕事であちこち飛び回っているらしかった。
そのまま中学生になっても部活をすることもなく最低限の行事には参加させてもらったが、学校と家の往復をするだけの日々を送っていた。その頃にはもう、何かをしたいとか、どこかに行きたいとか考えることはなくなっていた。
そんな中学二年の夏に、祖母が訪ねて来た。
祖母はこゆみの記憶にあった祖母よりひと回り小さく感じた。自分が成長したからなのかと思ったが……。
──そうだ。こゆみは思い出した。
あの時、祖母に抱きしめられたことを。
どうして忘れていたのだろうか。
祖母は持ってきたスマホをこゆみに手渡し、1日に一度以上必ずメールを自分に送るようにと、義母の前で言った。
そして義母に、学費は全て自分が出すからこゆみを高校に進学させなければ、どんな手を使ってでも自分が引き取って進学させると宣言した。
こゆみはその時知ったのだが、父はともかく義母はこゆみを進学させるつもりはなかったという。どうりで進路相談も何もきてくれなかったはずだ。
高校には別に特段行きたいとは思っていなかったが、この家から出られる時間となるため頑張って勉強した。浪人していつも家にいる義兄の存在が耐えられなかったからだ。こゆみの容姿を嘲り、成績をバカにし、作った食事に文句を言い、始終命令をするくせに、時折まとわりつくような視線を向けてくる義兄とは少しでも会わないようにしたかった。
まもなくして、カホルが手配した家事代行が週に3回来てくれるようになり、塾には行けなかったがこゆみは希望する高校に合格した。しかし受験が始まる前、中学三年の秋に祖母カホルは体調を崩し入院してしまっていた。そんな状況でも受験ができたのは、用意周到なカホルがこゆみの実母の親友だったという弁護士に代理人として義母たちを見張るよう依頼してくれていたからである。
入院してすぐのカホルはまだ意識もあり、会話もできていたが、段々と眠っている時間が増えてきてこゆみが新しい制服を見せに行った時にはもう、ほとんど意識がなくなっていたのだった。
しかし、カホルは意識のある間にでき得る全ての手を打っていた。
こゆみの他に自分の親族はいない。
カホル自身の兄妹は鬼籍に入っている。
兄は幼い頃に事故で亡くなり、妹は結婚はしたが子に恵まれず、若いうちに亡くなったのだ。そしてカホルの一人娘はもういない。つまりカホルの血の繋がった人間はこゆみ以外にはいない。
娘婿とはしっかりと話をしないまま疎遠になってしまっていて、すぐに感情的になり涙を浮かべ被害者になりたがる後妻とはお話にもならないようだ。
だがどこから聞きかじったのか、カホルに結構な資産があることは知っていたようだった。
カホルの勘違いかもしれないが、可能性の一つでもある。後妻は自分の息子とこゆみを結婚させようとしているのではないか。こゆみがいずれ手にする遺産を好きにするために。後妻が自分の趣味にかなりの時間とお金を注ぎ込んでいるのはわかっていた。
万が一こゆみが義兄を愛するようになるのなら仕方のないことだが、カホルには現時点ではどう見てもそのようには感じられなかったので、遺言書を作成し全てをこゆみに譲ることにした。そしてそのための条件を細かに指定して、弁護士から後妻にある程度伝えたのだった。
後妻は学費のことなど持ち出してきたが、娘婿の収入には何ら問題がなく、むしろ数年前に始めた事業が波に乗り、かなりの収益を上げていると報告を受けている。それに伴い若い愛人の影もちらほらと見えてはいたが……。もともと子供に対する愛情が深い性質ではなかったようだが若い愛人の写真から彼が亡くした妻、カホルの娘の面影が見えてしまったためにカホルは追及をやめた。
いっそのことこゆみを養子にしてしまおうか──こゆみの受験が終わったら話し合おうと考えていたところ、突然体調を崩して入院することになってしまった。
こゆみが頻繁に見舞いに来てくれていることも感じていたが、体が動かず、目さえ開くことができない。
手を握ってくれても、頬に触れてくれても、嗚咽が聞こえても、何も返すことができなかった。
だから心の中で祈り続ける。
あぁ、
誰でもいいから、
本当にこの子の幸せを願う、
この子を愛する人に、
この子が愛する人に
この子が出会えますように──。
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