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弥生の章
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「百合香……」
「保健室? 我が家? どっちにする?」
保健室には連れて行きたくなかった。
「うちね。じゃ、鞄持ってきて」
え?
百合香はわたしが答える前にすたすたと歩き出した。言葉に詰まる男子たちを見ることもなく教室から出ていこうとする。
「藤島」
わたしと同時に百合香は面倒くさげに振り返った。丸刈りの山下君が臆しながら続けた。
「その、よかったら俺が運ぼうか?」
百合香はちらりとわたしを見た。
どうする?と心に聞こえた。
あんたの貴憲をこいつに任せてもいいの?
わたしは試すように心の中で「いいよ」と答えてみた。
「じゃ、お願いしてもいいかな」
百合香はにっこりと笑って貴憲を山下君の背中に託した。
聞こえるの?
心臓がどきどきと動き出した。
聞こえていたの?
呼吸が苦しい。いつから? 最初から?
立ち竦むわたしの肩を百合香が軽くたたいて耳元で囁いた。
「全部ってわけじゃないよ」
百合香は笑って言った。
「ときどき、聞こえるの。昔からね」
「じゃ、じゃあ…」
「弥生がヘンな遠慮しなかったら以心伝心でもっと楽だったんだけどね」
わたしはいつだってオープンにしてたのに、と百合香が心の中で呟いた。
弥生に見られても全然平気だったのに。
呆然とするわたしを振り返って、百合香はにやりと笑って見せた。
「弥生がいやなら今までのままでもいいけど。で、山下君にはどこまで送っていただくの?」
貴憲を背中に、山下君は困った顔でわたしたちの指示を待っていた。
「あ、ごめんなさい。その、靴箱まで、いいかな?」
「うん、わかった」
付いて行こうとするわたしに百合香が言った。
「弥生はお呼びがかかってるんじゃないの?佐久間から」
「あ、そうだった」
「あいつはしつこいから、さっさと行って、さっさと切り上げて来るに限るよ。愛想は必要ないからね」
百合香は真顔で続けた。
「貴憲はちゃんと届ける。透ちゃんに連絡するから、ママと来てくれるよ」
「ありがとう」
わたしは山下君の背中にいる貴憲を覗き込んだ。
汗ばんだ額に張り付いた短い前髪をそっと掻上げる。ごめんね、貴憲。
「じゃ、山下君、行こうか。あ、鞄…」
百合香が優しく微笑んだ先には顔を真っ赤にした島田君が鞄を胸に抱えていた。
「その、これは俺が持っていくよ」
「ありがとう」
いつの間にか教科書を詰め込んだ貴憲の鞄を手にした島田君他二名を従えて百合香は教室を後にした。残された男の子たちは恨めしそうな顔でそれを見送っている。
「ついていこうか?弥生」
睦月ちゃんが小声で言ってくれた。大丈夫、と言いかけたわたしの心に遠くから声が届く。……たまには甘えたら?
百合香は振り返らずに右手の親指を立てていた。
「うん…頼んでも、いいかな」
睦月ちゃんはすごく嬉しそうな表情になって三度、頷いた。
「佐久間のヤツ、何の用で弥生を呼んだのかな」
「…さあ。私語をしていたからかも」
「そんなの、みんなしてたよ」
ほっぺたを膨らませて睦月ちゃんは窓の外を見た。
校庭が見える。四時限目が体育のクラスが何人か集まっていた。
「あの中に、いるの?」
睦月ちゃんが慌てて顔を上げた。
「睦月ちゃんの、好きな人だよ」
「…うん」
「どのひと?」
「あの、背が高いひとの隣にいるひと」
「ふーん」
「ふふ」
「なに?」
「ちょっと、安心した」
「どうして?」
「だって、弥生ってばどうでもよさそうなんだもん」
「え?」
「興味なさそうってこと」
睦月ちゃんがそう言ったとき、校庭にいる人たちが何人かこっちを見て指さした。それにつられてみんながこちらを見る。
「何かあるのかな?」
わたしが周りを見ながら呟くと同時に睦月ちゃんが笑い出した。
「弥生はにぶいんだ」
「百合香にも、言われたよ。それ」
校庭を見るのをやめて歩き出したわたしを追って睦月ちゃんは走ってきた。
「佐久間の用ってなんだろうね」
「さあ?」
「百合香ちゃんのこと、知ってる?」
わたしは黙ったまま、睦月ちゃんの目を見た。
「ふたりとも、強いね」
「まあね」
睦月ちゃんは階段で、ちょっと驚いてから、笑った。
「普通はね、こんなときは、そんなことないよ、とか言うんだよ」
「そう?」
「そうだよ」
ふふ、とわたしは笑った。
「でも、本当だから仕方がない」
「弥生ってば」
睦月ちゃんもふふ、と笑った。
「保健室? 我が家? どっちにする?」
保健室には連れて行きたくなかった。
「うちね。じゃ、鞄持ってきて」
え?
百合香はわたしが答える前にすたすたと歩き出した。言葉に詰まる男子たちを見ることもなく教室から出ていこうとする。
「藤島」
わたしと同時に百合香は面倒くさげに振り返った。丸刈りの山下君が臆しながら続けた。
「その、よかったら俺が運ぼうか?」
百合香はちらりとわたしを見た。
どうする?と心に聞こえた。
あんたの貴憲をこいつに任せてもいいの?
わたしは試すように心の中で「いいよ」と答えてみた。
「じゃ、お願いしてもいいかな」
百合香はにっこりと笑って貴憲を山下君の背中に託した。
聞こえるの?
心臓がどきどきと動き出した。
聞こえていたの?
呼吸が苦しい。いつから? 最初から?
立ち竦むわたしの肩を百合香が軽くたたいて耳元で囁いた。
「全部ってわけじゃないよ」
百合香は笑って言った。
「ときどき、聞こえるの。昔からね」
「じゃ、じゃあ…」
「弥生がヘンな遠慮しなかったら以心伝心でもっと楽だったんだけどね」
わたしはいつだってオープンにしてたのに、と百合香が心の中で呟いた。
弥生に見られても全然平気だったのに。
呆然とするわたしを振り返って、百合香はにやりと笑って見せた。
「弥生がいやなら今までのままでもいいけど。で、山下君にはどこまで送っていただくの?」
貴憲を背中に、山下君は困った顔でわたしたちの指示を待っていた。
「あ、ごめんなさい。その、靴箱まで、いいかな?」
「うん、わかった」
付いて行こうとするわたしに百合香が言った。
「弥生はお呼びがかかってるんじゃないの?佐久間から」
「あ、そうだった」
「あいつはしつこいから、さっさと行って、さっさと切り上げて来るに限るよ。愛想は必要ないからね」
百合香は真顔で続けた。
「貴憲はちゃんと届ける。透ちゃんに連絡するから、ママと来てくれるよ」
「ありがとう」
わたしは山下君の背中にいる貴憲を覗き込んだ。
汗ばんだ額に張り付いた短い前髪をそっと掻上げる。ごめんね、貴憲。
「じゃ、山下君、行こうか。あ、鞄…」
百合香が優しく微笑んだ先には顔を真っ赤にした島田君が鞄を胸に抱えていた。
「その、これは俺が持っていくよ」
「ありがとう」
いつの間にか教科書を詰め込んだ貴憲の鞄を手にした島田君他二名を従えて百合香は教室を後にした。残された男の子たちは恨めしそうな顔でそれを見送っている。
「ついていこうか?弥生」
睦月ちゃんが小声で言ってくれた。大丈夫、と言いかけたわたしの心に遠くから声が届く。……たまには甘えたら?
百合香は振り返らずに右手の親指を立てていた。
「うん…頼んでも、いいかな」
睦月ちゃんはすごく嬉しそうな表情になって三度、頷いた。
「佐久間のヤツ、何の用で弥生を呼んだのかな」
「…さあ。私語をしていたからかも」
「そんなの、みんなしてたよ」
ほっぺたを膨らませて睦月ちゃんは窓の外を見た。
校庭が見える。四時限目が体育のクラスが何人か集まっていた。
「あの中に、いるの?」
睦月ちゃんが慌てて顔を上げた。
「睦月ちゃんの、好きな人だよ」
「…うん」
「どのひと?」
「あの、背が高いひとの隣にいるひと」
「ふーん」
「ふふ」
「なに?」
「ちょっと、安心した」
「どうして?」
「だって、弥生ってばどうでもよさそうなんだもん」
「え?」
「興味なさそうってこと」
睦月ちゃんがそう言ったとき、校庭にいる人たちが何人かこっちを見て指さした。それにつられてみんながこちらを見る。
「何かあるのかな?」
わたしが周りを見ながら呟くと同時に睦月ちゃんが笑い出した。
「弥生はにぶいんだ」
「百合香にも、言われたよ。それ」
校庭を見るのをやめて歩き出したわたしを追って睦月ちゃんは走ってきた。
「佐久間の用ってなんだろうね」
「さあ?」
「百合香ちゃんのこと、知ってる?」
わたしは黙ったまま、睦月ちゃんの目を見た。
「ふたりとも、強いね」
「まあね」
睦月ちゃんは階段で、ちょっと驚いてから、笑った。
「普通はね、こんなときは、そんなことないよ、とか言うんだよ」
「そう?」
「そうだよ」
ふふ、とわたしは笑った。
「でも、本当だから仕方がない」
「弥生ってば」
睦月ちゃんもふふ、と笑った。
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