20 / 31
弥生の章
20
しおりを挟む
呆気にとられた貴憲は一瞬の間を置いて笑った。
「よかった」
「?」
「僕はまた、友達やめるって言われてしまうのかと思いました」
どきん、と胸がなった気がする。
「貴憲」
「僕は平気です。気にしないでください」
「気にするよ」
ドアが開いて、百合香が入ってきた。
「弥生はすごく気にするし、わたしもちょっと気にする」
「百合香」
百合香はにやりと笑って髪の毛を掻き上げた。
「知ってた? これは弥生の友達である、あんたのために切ったの」
「百合香!」
貴憲は息を飲んで自分を指す百合香の指先を見つめた。
「これであの三人は二度とあんたに手を出せない。わたしがやらなきゃ弥生がやってた。あの三人は間違いなく退学、ううん、病院行きの上、退学だったね」
「弥生…」
「わたしは、あんたのどこを弥生が気に入ったのかよくわかんないけど、気に入っちゃったのは仕方ないから協力するの。OK?」
OKじゃない!
わたしが叫ぶ前に百合香は人差し指でわたしの口元を指した。黙れ、ということだ。
「だから、」
愕然として見上げる貴憲の顔を覗き込んで百合香は続けた。貴憲にはちゃんと聞こえているのだろうか。
「あんたが変な遠慮したら倍以上手間がかかるし、怪我なんかされたら弥生が悲しむことになるから素直に頼るように。全力で守るから」
腰に手を当てて百合香が微笑んだ。
かなり回りくどい言い方だったけど、百合香なりに貴憲の負担を減らそうとしてくれているようだ。
「ま、それでもダメだったら潔く一緒に痛い目を見ることになるけど。わかった? わかったら返事!」
「は、はい」
「よろしい。じゃ、ノート持ってくる。数学の宿題が出たんだ。教えてね」
満足げに頷くと百合香はわたしに微笑んで部屋から出ていった。
貴憲はぼーっとしていたが、ドアが閉まる音で我に返ってからわたしを見て、目が合うと慌てて俯いた。
「その、百合香さんも…強いんですか?」
「強い? ああ、百合香もずっと一緒に道場に通っているから、同じくらいかな。どっちが強いかはわかんないけど、百合香のほうかもね。反射神経と腕力は確実に百合香の方が上だもん」
「透さんは?」
「透ちゃんは普通。足はすっごく速いんだけど道場には行ってないから。行ってたら少しは安心なんだけどね」
「は?」
そうだよね。貴憲には透ちゃんがオトコに狙われてるなんて想像もつかないことだろう。
「わたしと百合香はね、透ちゃんを守るって決めてるの」
「……守るって…」
「一緒にいたら判ると思うけど、透ちゃんってすっごくもてるんだ」
「はあ…確かに素敵なお兄さんですから」
「そうじゃなくて、ううん、そうなんだけどいつも狙われてるの。先輩とか、後輩にもあったんだけど…」
どうせ隠せない。わたしは意を決して言うことにした。
「男の子に狙われちゃうの」
「……」
案の定、貴憲は目が点になった。確かに貴憲には縁がない世界だ。
「それって…」
「今までは同じクラスの中岡田先輩が一緒にいて守るのを手伝ってくれてたの。だけど、高等部になったらクラスが別になっちゃうかもしれないでしょ。そしたら今までより大変になると思う」
再びドアが開いて、百合香が音も立てずに入ってきた。黙ってベッドに座り、教科書を開く。
貴憲も黙ったまま、わたしを見た。
「こんな話、信じられないかな」
貴憲は首を横に振った。
「助けてくれる?」
頷いて貴憲は言った。
「はい」
「敵が増えるよ~」
百合香が笑った。
いつも思うんだけど、どうして百合香はこんな時に楽しそうに笑えるんだろう。
「え?」
「オンナの嫉妬も恐いけどオトコの嫉妬の方が陰湿なんだよね~」
「そうなんですか?」
「小学校の時から透ちゃんに近付いたヤツはみーんな仲間はずれにされちゃってたもん。変な協定組んじゃって、ばっかみたい。ま、こっちは判りやすくて助かったけど」
そう。おかげでデリケートな透ちゃんは小学校の時、登校拒否になりかけたのだ。
「そんな…」
「今は竜之介がいるから大丈夫だけど」
「りゅう…」
「中岡田竜之介。そのうち紹介するよ。さて、と。数学教えてくれる? 貴憲って学年一、二なんだって?」
「はぁ。でも藤島さんだって…」
「百合香。わたしは百合香っていうの。弥生と同じでそう呼ばないと返事しない。OK?」
すごくつらそうな顔で貴憲はわたしを見た。
わたしはちょっとだけ同情してあげたけど、顔には出さないようにして自分のノートを開いた。
「よかった」
「?」
「僕はまた、友達やめるって言われてしまうのかと思いました」
どきん、と胸がなった気がする。
「貴憲」
「僕は平気です。気にしないでください」
「気にするよ」
ドアが開いて、百合香が入ってきた。
「弥生はすごく気にするし、わたしもちょっと気にする」
「百合香」
百合香はにやりと笑って髪の毛を掻き上げた。
「知ってた? これは弥生の友達である、あんたのために切ったの」
「百合香!」
貴憲は息を飲んで自分を指す百合香の指先を見つめた。
「これであの三人は二度とあんたに手を出せない。わたしがやらなきゃ弥生がやってた。あの三人は間違いなく退学、ううん、病院行きの上、退学だったね」
「弥生…」
「わたしは、あんたのどこを弥生が気に入ったのかよくわかんないけど、気に入っちゃったのは仕方ないから協力するの。OK?」
OKじゃない!
わたしが叫ぶ前に百合香は人差し指でわたしの口元を指した。黙れ、ということだ。
「だから、」
愕然として見上げる貴憲の顔を覗き込んで百合香は続けた。貴憲にはちゃんと聞こえているのだろうか。
「あんたが変な遠慮したら倍以上手間がかかるし、怪我なんかされたら弥生が悲しむことになるから素直に頼るように。全力で守るから」
腰に手を当てて百合香が微笑んだ。
かなり回りくどい言い方だったけど、百合香なりに貴憲の負担を減らそうとしてくれているようだ。
「ま、それでもダメだったら潔く一緒に痛い目を見ることになるけど。わかった? わかったら返事!」
「は、はい」
「よろしい。じゃ、ノート持ってくる。数学の宿題が出たんだ。教えてね」
満足げに頷くと百合香はわたしに微笑んで部屋から出ていった。
貴憲はぼーっとしていたが、ドアが閉まる音で我に返ってからわたしを見て、目が合うと慌てて俯いた。
「その、百合香さんも…強いんですか?」
「強い? ああ、百合香もずっと一緒に道場に通っているから、同じくらいかな。どっちが強いかはわかんないけど、百合香のほうかもね。反射神経と腕力は確実に百合香の方が上だもん」
「透さんは?」
「透ちゃんは普通。足はすっごく速いんだけど道場には行ってないから。行ってたら少しは安心なんだけどね」
「は?」
そうだよね。貴憲には透ちゃんがオトコに狙われてるなんて想像もつかないことだろう。
「わたしと百合香はね、透ちゃんを守るって決めてるの」
「……守るって…」
「一緒にいたら判ると思うけど、透ちゃんってすっごくもてるんだ」
「はあ…確かに素敵なお兄さんですから」
「そうじゃなくて、ううん、そうなんだけどいつも狙われてるの。先輩とか、後輩にもあったんだけど…」
どうせ隠せない。わたしは意を決して言うことにした。
「男の子に狙われちゃうの」
「……」
案の定、貴憲は目が点になった。確かに貴憲には縁がない世界だ。
「それって…」
「今までは同じクラスの中岡田先輩が一緒にいて守るのを手伝ってくれてたの。だけど、高等部になったらクラスが別になっちゃうかもしれないでしょ。そしたら今までより大変になると思う」
再びドアが開いて、百合香が音も立てずに入ってきた。黙ってベッドに座り、教科書を開く。
貴憲も黙ったまま、わたしを見た。
「こんな話、信じられないかな」
貴憲は首を横に振った。
「助けてくれる?」
頷いて貴憲は言った。
「はい」
「敵が増えるよ~」
百合香が笑った。
いつも思うんだけど、どうして百合香はこんな時に楽しそうに笑えるんだろう。
「え?」
「オンナの嫉妬も恐いけどオトコの嫉妬の方が陰湿なんだよね~」
「そうなんですか?」
「小学校の時から透ちゃんに近付いたヤツはみーんな仲間はずれにされちゃってたもん。変な協定組んじゃって、ばっかみたい。ま、こっちは判りやすくて助かったけど」
そう。おかげでデリケートな透ちゃんは小学校の時、登校拒否になりかけたのだ。
「そんな…」
「今は竜之介がいるから大丈夫だけど」
「りゅう…」
「中岡田竜之介。そのうち紹介するよ。さて、と。数学教えてくれる? 貴憲って学年一、二なんだって?」
「はぁ。でも藤島さんだって…」
「百合香。わたしは百合香っていうの。弥生と同じでそう呼ばないと返事しない。OK?」
すごくつらそうな顔で貴憲はわたしを見た。
わたしはちょっとだけ同情してあげたけど、顔には出さないようにして自分のノートを開いた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
心の交差。
ゆーり。
ライト文芸
―――どうしてお前は・・・結黄賊でもないのに、そんなに俺の味方をするようになったんだろうな。
―――お前が俺の味方をしてくれるって言うんなら・・・俺も、伊達の味方でいなくちゃいけなくなるじゃんよ。
ある一人の少女に恋心を抱いていた少年、結人は、少女を追いかけ立川の高校へと進学した。
ここから桃色の生活が始まることにドキドキしていた主人公だったが、高校生になった途端に様々な事件が結人の周りに襲いかかる。
恋のライバルとも言える一見普通の優しそうな少年が現れたり、中学時代に遊びで作ったカラーセクト“結黄賊”が悪い噂を流され最悪なことに巻き込まれたり、
大切なチームである仲間が内部でも外部でも抗争を起こし、仲間の心がバラバラになりチーム崩壊へと陥ったり――――
そこから生まれる裏切りや別れ、涙や絆を描く少年たちの熱い青春物語がここに始まる。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
パパLOVE
卯月青澄
ライト文芸
高校1年生の西島香澄。
小学2年生の時に両親が突然離婚し、父は姿を消してしまった。
香澄は母を少しでも楽をさせてあげたくて部活はせずにバイトをして家計を助けていた。
香澄はパパが大好きでずっと会いたかった。
パパがいなくなってからずっとパパを探していた。
9年間ずっとパパを探していた。
そんな香澄の前に、突然現れる父親。
そして香澄の生活は一変する。
全ての謎が解けた時…きっとあなたは涙する。
☆わたしの作品に目を留めてくださり、誠にありがとうございます。
この作品は登場人物それぞれがみんな主役で全てが繋がることにより話が完成すると思っています。
最後まで読んで頂けたなら、この言葉の意味をわかってもらえるんじゃないかと感じております。
1ページ目から読んで頂く楽しみ方があるのはもちろんですが、私的には「三枝快斗」篇から読んでもらえると、また違った楽しみ方が出来ると思います。
よろしければ最後までお付き合い頂けたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる