多忙な天使たち

ゆるりこ

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弥生の章

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「バラ? 何? それ」

女子の一人が質問してきた。

「これだよ。水野は毎朝毎朝ご丁寧にわたしたちの下駄箱に入れててくれんの」

 百合香はわたしの手から白バラをつまみ上げてみんなの前に披露した。

「えーっ、嘘」
「やだ、先輩まで藤島さんたちのファンだったの?」

 百合香は黙って白バラを握りつぶした。女の子たちが一瞬で言葉を失う。

「昨日、弥生ははっきり断った」

 静かに言って、百合香はゆっくりと手を開いた。

「もちろんわたしにもその気は、ない」

 ばらの花びらがこぼれ落ちる。

「しんじられない、ふっちゃったの?」

 百合香がわたしに視線を送った。
 そうだね、もう限界だね。
 わたしはにっこりと笑いながら頷いた。

「興味、ないから」

 数人が甘い溜息をついた。

「うらやましいなぁ」
「わたしも一度でいいからそんな風に言ってみたいよ」
「水野さんのどこが不満なのぉ」
「うちらはね、強烈なブラコンなの。そんじょそこらの男じゃ、役不足」

 百合香がにやにや笑いながら言った。そこまで言うの? 百合香。
 しかたないからわたしも調子を合わせた。

「そうなの。透ちゃんってば、カッコよすぎちゃって」
「冗談でしょ?」
「確かに藤島先輩は格好いいけど」
「マジで本気」

 百合香の真面目くさった顔に女の子たちは一斉に笑った。驚いたことにその場の雰囲気がいきなり和やかになっている。美輪ちゃんとヒロコはいつのまにか席に戻っていた。

「じゃあ、今までの男子たちの告白はいったいなんだったの。その手紙とか」

 指さされた手紙の束を見て百合香は小声で言った。

「ここだけの話だけど、今まで戴いたお手紙は読んだことないんです」
「そう、昨日なんか、ついゴミ箱に捨てちゃったらそこを木村くんに注意されちゃって」
「そうだったの?」

 わたしはうんうんと頷いた。

「実は、木村はうちにいるの」

 軽い百合香の告白に女の子はひっくり返りそうになった。何でここでこんなことを言うの?

「わたしが拾って帰ったんだ」

 へらへらと笑いながら百合香はわたしを見た。そういう、ことか。

「保健室から出てきたあいつを、ね」
「どうして?」
「両親が家にいないって聞いたから、ほっとけなかったんだよね」
「嘘! 連れてったのは弥生の方だよ」

 突然、美輪ちゃんが叫ぶように言った。初めて呼び捨てにされた。百合香が一瞬だけ美輪ちゃんを睨みつける。
 鋭い瞳だ。たぶんこんな目で睨みつけられたことなんてないんだろう。美輪ちゃんは何も言えなくなってしまった。

「何ムキになってんの。どっちだっていいじゃん。たかだか男一匹のことで喚くんじゃないよ、お嬢様」

 百合香が凄然とした笑みを浮かべて静かに言い放った。美輪ちゃんは答えられない。沈黙の中、鐘が鳴った。

「あ、始まっちゃう、じゃね」

 そう言って教室から出ていく直前、百合香はぼそりと言った。
 あのオンナには絶対負けんじゃないよ。弥生の方がいい女なんだからね。
 わたしはにやりと笑い返した。そのままみんなの視線を跳ね返して自分の席に向かう途中、睦月ちゃんの席の前で立ち止まった。

「睦月ちゃん、さっきは助けてくれてありがとう」

 睦月ちゃんはぶんぶんと頭を振った。

「百合香ちゃんって、何か、イメージが変わったね」
「そう?」
「あの、藤島さん…」
「何?」

 睦月ちゃんはおどおどしながら視線を落とした。

「わたし…」
「大丈夫、睦月ちゃん」

 わたしは優しく肩に手を置き、耳に口を寄せて囁いた。

「手紙を入れたのを見ただけでしょ」

 睦月ちゃんが息を飲んだ。

「それを根本美輪に、報告した」

 細い肩が小刻みに震え出す。視界の端にいた美輪がわたしと睦月ちゃんを睨んでいる。わたしは静かに視線を返した。

「ずっと、見張ってたのね」
「ごめ…んね」
「いいよ。見張るくらい」

 言われたとおりにしないと苛められるんだから。

「藤島さん…わたしのこと、軽蔑した?」
「軽蔑? どうして」
「だって、わたしのせいで木村くんが」
「…莫迦なことを言わないで。いい? 木村くんは階段から落ちて怪我をしたの」
「藤島さん?」
「そんなドジなところを気に入ってるんだ。可愛いヤツよね」
「好きなの? あれは…ラブレターだったの?」
「中身は根本美輪に聞けば判ると思うけど、そんなものじゃない。そう、もしそうだったら鬼の首を取ったように言いふらすはずだし。わたしはラブレターなんか、書かない。本気の想いは直接本人に伝えるもの」

 睦月ちゃんは呆気にとられた顔でわたしを見つめた。

「もしかして、睦月ちゃん、木村くんのこと、好きなの?」
「まさか」

 睦月ちゃんは笑って首を振った。

「誰か、好きなひと、いるの?」
「うん」
「このクラス?」
「ううん、サッカー部の先輩だけど、藤島さんに夢中なんだって」
「誰が言ったの? 根本美輪?」

 睦月ちゃんは悲しげに頷いた。
 そう、そういうふうに他人の気持ちを引っかき回して面白がっていたんだ。
 ドアが開いて教師が入ってきた。
 木村くんのことは母親が電話で連絡を入れている。娘が送っていったんですけど、両親がうちにいないようでしたからうちで預かっていますと流れるような口調で話していた。

 わたしは席について便せんを出した。
 熱のこもったラブレターを書くために。

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