多忙な天使たち

ゆるりこ

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弥生の章

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 二人に挟まれたかたちで、野中は脇腹を押さえている。まだ痛みが取れないのだろう。
 けれど今度は三人とも手には凶器を持っていた。富樫は木刀、品野はナイフ、そして野中は竹刀だ。カッターナイフからナイフに昇格したらしい。そもそもどうして学校にナイフが必要なのだろうか。

「ラッキーだったな、俺たち。まさかここで弥生ちゃんに会えるなんてなぁ」
「さっきは、よくもやってくれたよな。今度は油断しないからな」
「おとなしくしてたら怪我はさせないよ」

 全く、男ってのは思考パターンが一直線なんだから。結局それなのか。小さく溜息をついてわたしは辺りを見回した。

「誰もいないったら」

 壁を背にしたわたしの肩に富樫が木刀をのせ、髪を木刀で掻き上げた。

「何で木村なんか相手にするんだ? 俺の方がいいだろう?」

 貴憲とこいつを比べる理由はないし、答える価値のない問いに、答える気はない。わたしは視線を落としたまま、立っていた。

「おい、答えろよ」

 顎を掴まれ、顔を向けさせられた。富樫は舐めるような視線でうっとりとわたしを見ている。

「しっかし、ほんとに綺麗だなぁ。人形みたいだ」
「おい、そこ、何やってんだ!」

 突然の予期しなかった声に、三人は慌てて周りを探した。やはり周囲に人影はない。

「うえ、だよ」

 わたしは目線で教えてあげた。

「あそこ、生徒会室」

 富樫は二階の窓を仰ぎ見て舌打ちした。窓から顔を出していた人はもういなかった。
 三人がどうする? と顔を見合わせていると今度は地上から声がした。

「おまえら、何やってんだよ」

 生徒会長の水野聖だった。
 彼は顔で当選したんじゃないかと噂されるくらいの美形だ。
 昨日の秋月くんといい勝負かもしれない。といっても全くタイプが違う。水野さんは色白で色素が薄い感じの薄幸の美少年だった。でも見た目とは違って社交的でスポーツ万能なんだと同じクラスの子が言ってたっけ。

「木刀なんか持って…何のつもりだよ?」
「別に」

 富樫は気まずそうに顔を背けた。

「バレー部、練習はいいのか? レギュラーなんだろう?」
「…今から行くよ。おい、行こうぜ」

 三人は渋々と立ち去っていった。わたしはふたつの鞄を両手で胸の所に抱え、水野さんを見上げた。
 このひとが上から覗いてたりしなければさっさとケリをつけられたのに。

「何があったの? それ、誰の鞄?」

 彼はさっきと全く違う、優しい声で訊いてきた。低くも高くもない、この顔にぴったりの声だ。

「いえ、何も。これはクラスメイトの鞄です」

 この程度で彼らを許すわけにはいかない。事を公にして処分なんかさせてたまるか。

「何もって…囲まれてたじゃない」

 わたしは面倒くさくなって曖昧に微笑んだ。水野さんは赤くなって目を反らした。

「ありがとうございました。失礼します」
「待ってよ、藤島弥生…さん」

 珍しく百合香と間違われずに、少し驚いて振り返ったわたしに水野さんはにっこりと微笑んだ。

「やっと、面と向かって会話するチャンスがきたんだ。聞いてくれないかな」

 一歩一歩ゆっくりと水野さんはわたしに近づいてきた。

「…何ですか?」
「その、そうだな。こういうことははっきり言ったほうがいいよね」

 無言で見上げるわたしをまっすぐに見つめながら水野さんは言った。

「君が好きです。僕とつき合って貰えませんか」

 風がわたしの髪を掻き上げるように流れていった。水野さんの柔らかそうな髪も揺れた。だけど、わたしの心はちっとも揺れなかった。ため息をつき、答えを返す。

「わたし、好きなひとがいるんです」
「え?」

 水野さんは驚いたのか、目を見開いた。ここで驚くっていうことはこんな反応を予期していなかったってことだろうか。

「好きなひと…って、つき合ってるの?」

 わたしは首を横に振った。

「片思いですから」
「片想い…君が?」

 小さく笑われてわたしは首を傾げた。

「ああ、ごめん、君みたいなひとが片想いだなんて、信じられなくって。相手はどんなひと? もしかして三年の中岡田さん?」

 わたしは首を横に振った。

「……まいったな。ふられちゃったか」
「では、」

 頭を下げて行こうとすると、水野さんは慌てて言った。

「あ、ねえ、僕が入る余地、少しもない?」
「…余地、ですか?」
「そう、片想いのままでいいからさ、つき合ってみない? とりあえず、さ」
「いえ、わたし、片想いで手一杯なんです。さようなら」

 水野さんが何か言いかけたが、もう二度と呼び止められないようにわたしは全力疾走で駆け出した。
 途中で校舎の周りをジョギングしている陸上部の部員達を牛蒡抜きして少しだけすっきりした。彼らがすごい勢いで抜き返そうと追いかけてきたのは判っていたけどわたしが校門を出る前には追いつけなかった。校門を抜けてもわたしはスピードを緩めず、透ちゃんの姿を追う。追いついたのは家まであと300㍍の地点だった。

「透ちゃん、ごめん」
「おう、間に合ったな。こいつ、さっきから弥生のことずっと呼んでるぜ」
「……うん」
「誰にやられたんだ?」
「知らない。保健室に運ばれてたの」
「そうか、最近、悪いヤツが増えてきたからな。おまえも気をつけろよ」
「うん、ありがとう」

 透ちゃんの背中の貴憲の目には涙が浮かんでいた。わたしは指でそっとそれを拭った。

「居間のソファでいいか?」
「うん」

 透ちゃんは居間のソファに貴憲をそっと下ろした。母はお茶会で留守だった。

「こいつ、熱があるんじゃねーかな。汗がすごいんだ」
「え?」

 慌てて額に手を当てると、驚くほどに熱かった。


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