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弥生の章
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わたしは貴憲の瞳ををおずおずと見た。声が震えているのが自分でも判る。
「……わたしの、せい?」
「ちが…う…」
貴憲は小さく首を横に振り続ける。
(逃げて、僕なんか放り出して逃げてくれ)
顔を上げると富樫がにたにたと笑っていた。
「弥生ちゃんが俺と会ってくれてたらこんな目に遭わずに済んだんだよな。木村」
「ちが…!」
(違う! そんなことを言ったら藤島さんが困るじゃないか)
「何なら今からでもいいぜ」
(ダメだ、絶対にそんなことはさせない)
「俺たちを呼び捨てにしたお詫びにつき合って貰っちゃおうかな」
(頼む、逃げてくれ…)
野中と品野がすぐ後ろで嬉しそうに言った。素早く周りを見たが廊下に人影はない。
「誰もいないみたいだね」
品野が意地悪く言った。
それには答えz。わたしはゆっくりと貴憲を壁に寄りかからせる。そっと手を放すと貴憲は壁を伝ってずるずると床に腰を落とし、わたしを見上げながら、腫れ上がり歪む唇に笑みを浮かべた。。
「お願いです、藤島……さん、早く、帰ってください」
わたしは答えない。貴憲は意を決したのか、苦しげに言った。
「……弥生、早く…」
「ありがとう。よくできました」
わたしは貴憲に微笑んだ。
「何だ! おまえら、デキてんのかぁ」
貴憲をめがけていきなり跳んできた足をわたしは左手で止めて、抱えた。そのまま持ち上げる。
「な……?」
足の持ち主の富樫が驚いていた。
「は、放せ」
勝手なことを言う富樫にわたしは小さく笑った。
背後から近寄ってくる野中が射程距離に入ったので富樫の足を放り捨て、回し蹴りを野中の脇腹に打ちつけた。野中と富樫が同時に廊下の床に倒れ落ちる。しりもちしかダメージを受けていない富樫は慌てて立ち上がった。
わたしは貴憲を背にしてふたりを交互に見た。愕然としているふたり。まだまだ序の口なんだけれど。
「そいつの骨は、折ってない」
エビのように体を曲げて苦しがる野中を見下ろして言った。
「肝臓、直撃したから苦しがってるけど。でも、次は、折る。……砕いてもいいけど」
「ば、バカにするな!」
品野が袖を掴んできたのでわたしは腕をまわして払おうとしたが、遠くに走ってくる教師の姿を見つけた。
「先生だ」
わたしが小声で呟くと富樫と品野は慌てて野中を支えながら反対方向に走っていった。
「どうしたんだ」
息せき切って走ってきた教師は担任ではない。地理の教師だった。
「木村くんが怪我をしたから送っていくんです」
わたしは教師をじっと見つめた。教師は軽く咳払いをして貴憲を見るとぎょっとした。
「何だ、その怪我は、どうしたんだ?」
「階段から、落ちたんです」
貴憲はうわごとのように言った。教師は不思議そうな顔をしたが、そうか、とだけ言ってわたしを見た。この教師の視線は普段から気持ち悪い。
「じゃ、失礼します」
わたしは屈んで貴憲の腕を肩にまわし、立たせると再び下駄箱を目指した。早く学校から出たかった。
「弥生…」
小さな声で貴憲が呟いた。
「何?」
返事はなかった。気を失ったようだ。
もう、どうでもいい。わたしは貴憲を両手で抱え上げて下駄箱まで走った。
途中、数人の生徒とすれ違い、驚異の眼差しを向けられたけど無視して走った。
やっと下駄箱に着き、貴憲の靴を履き替えさせて鞄と貴憲をどう運ぶか考えたところで懐かしい声がした。
「弥生」
透ちゃんだった。夢かと思った。
「透ちゃん、どうして?」
震えた声に透ちゃんはちょっと赤くなり、鼻の下を指で擦りながら笑った。
「遅いから、迎えに来た。そいつは?」
「同じクラスの木村貴憲くん。怪我したから連れて帰るの。手伝ってくれる?」
「ああ。ひどい怪我だな」
「うん」
透ちゃんが背を向けてしゃがんだので、わたしは貴憲を抱えて背中に乗せた。よっしゃ、と気合いを入れて透ちゃんが立ち上がる。ちょっとよろけたけど、一生懸命な透ちゃんはやっぱり素敵だ。
校門まで来てわたしは思い出した。立ち止まったわたしを透ちゃんが振り返った。
「忘れ物、しちゃった」
「そっか、じゃ、俺、こいつ連れて先に行くよ。すぐ来るんだろ?」
「うん、すぐ行く。ごめんね」
「気にすんな」
透ちゃんは背中の貴憲を揺すりあげて笑ってくれた。優しい透ちゃん、大好きだよ。わたしはキスしたい気持ちを抑えて背を向けると校庭に向かって走った。
眼鏡を探しに。
校舎の脇で練習しているブラスバンドの横を駆け抜け、体育館に続く渡り廊下を横切り、校庭に出た。三年生のいない運動部が部活をしている。
校庭にある「階段」は校舎沿いにくるりと回り込んだ先にあった。高等部の校舎に続く通路になる。人影もなく、なるほど、リンチには最適の場所だ。
わたしは地面を見渡した。
銀縁の眼鏡。クラブハウスの壁の傍にそれは落ちていた。踏まれたのか原型を留めていないようだ。レンズは砕け散ってフレームだけが残っていた。
わたしは急いで拾い上げて胸のポケットにそっとしまい込んだ。
「へぇっ、わざわざそんなもん、拾いに来たんだ。やっぱりあいつとつき合ってんのか」
振り返るとさっきの三人が立っていた。
「……わたしの、せい?」
「ちが…う…」
貴憲は小さく首を横に振り続ける。
(逃げて、僕なんか放り出して逃げてくれ)
顔を上げると富樫がにたにたと笑っていた。
「弥生ちゃんが俺と会ってくれてたらこんな目に遭わずに済んだんだよな。木村」
「ちが…!」
(違う! そんなことを言ったら藤島さんが困るじゃないか)
「何なら今からでもいいぜ」
(ダメだ、絶対にそんなことはさせない)
「俺たちを呼び捨てにしたお詫びにつき合って貰っちゃおうかな」
(頼む、逃げてくれ…)
野中と品野がすぐ後ろで嬉しそうに言った。素早く周りを見たが廊下に人影はない。
「誰もいないみたいだね」
品野が意地悪く言った。
それには答えz。わたしはゆっくりと貴憲を壁に寄りかからせる。そっと手を放すと貴憲は壁を伝ってずるずると床に腰を落とし、わたしを見上げながら、腫れ上がり歪む唇に笑みを浮かべた。。
「お願いです、藤島……さん、早く、帰ってください」
わたしは答えない。貴憲は意を決したのか、苦しげに言った。
「……弥生、早く…」
「ありがとう。よくできました」
わたしは貴憲に微笑んだ。
「何だ! おまえら、デキてんのかぁ」
貴憲をめがけていきなり跳んできた足をわたしは左手で止めて、抱えた。そのまま持ち上げる。
「な……?」
足の持ち主の富樫が驚いていた。
「は、放せ」
勝手なことを言う富樫にわたしは小さく笑った。
背後から近寄ってくる野中が射程距離に入ったので富樫の足を放り捨て、回し蹴りを野中の脇腹に打ちつけた。野中と富樫が同時に廊下の床に倒れ落ちる。しりもちしかダメージを受けていない富樫は慌てて立ち上がった。
わたしは貴憲を背にしてふたりを交互に見た。愕然としているふたり。まだまだ序の口なんだけれど。
「そいつの骨は、折ってない」
エビのように体を曲げて苦しがる野中を見下ろして言った。
「肝臓、直撃したから苦しがってるけど。でも、次は、折る。……砕いてもいいけど」
「ば、バカにするな!」
品野が袖を掴んできたのでわたしは腕をまわして払おうとしたが、遠くに走ってくる教師の姿を見つけた。
「先生だ」
わたしが小声で呟くと富樫と品野は慌てて野中を支えながら反対方向に走っていった。
「どうしたんだ」
息せき切って走ってきた教師は担任ではない。地理の教師だった。
「木村くんが怪我をしたから送っていくんです」
わたしは教師をじっと見つめた。教師は軽く咳払いをして貴憲を見るとぎょっとした。
「何だ、その怪我は、どうしたんだ?」
「階段から、落ちたんです」
貴憲はうわごとのように言った。教師は不思議そうな顔をしたが、そうか、とだけ言ってわたしを見た。この教師の視線は普段から気持ち悪い。
「じゃ、失礼します」
わたしは屈んで貴憲の腕を肩にまわし、立たせると再び下駄箱を目指した。早く学校から出たかった。
「弥生…」
小さな声で貴憲が呟いた。
「何?」
返事はなかった。気を失ったようだ。
もう、どうでもいい。わたしは貴憲を両手で抱え上げて下駄箱まで走った。
途中、数人の生徒とすれ違い、驚異の眼差しを向けられたけど無視して走った。
やっと下駄箱に着き、貴憲の靴を履き替えさせて鞄と貴憲をどう運ぶか考えたところで懐かしい声がした。
「弥生」
透ちゃんだった。夢かと思った。
「透ちゃん、どうして?」
震えた声に透ちゃんはちょっと赤くなり、鼻の下を指で擦りながら笑った。
「遅いから、迎えに来た。そいつは?」
「同じクラスの木村貴憲くん。怪我したから連れて帰るの。手伝ってくれる?」
「ああ。ひどい怪我だな」
「うん」
透ちゃんが背を向けてしゃがんだので、わたしは貴憲を抱えて背中に乗せた。よっしゃ、と気合いを入れて透ちゃんが立ち上がる。ちょっとよろけたけど、一生懸命な透ちゃんはやっぱり素敵だ。
校門まで来てわたしは思い出した。立ち止まったわたしを透ちゃんが振り返った。
「忘れ物、しちゃった」
「そっか、じゃ、俺、こいつ連れて先に行くよ。すぐ来るんだろ?」
「うん、すぐ行く。ごめんね」
「気にすんな」
透ちゃんは背中の貴憲を揺すりあげて笑ってくれた。優しい透ちゃん、大好きだよ。わたしはキスしたい気持ちを抑えて背を向けると校庭に向かって走った。
眼鏡を探しに。
校舎の脇で練習しているブラスバンドの横を駆け抜け、体育館に続く渡り廊下を横切り、校庭に出た。三年生のいない運動部が部活をしている。
校庭にある「階段」は校舎沿いにくるりと回り込んだ先にあった。高等部の校舎に続く通路になる。人影もなく、なるほど、リンチには最適の場所だ。
わたしは地面を見渡した。
銀縁の眼鏡。クラブハウスの壁の傍にそれは落ちていた。踏まれたのか原型を留めていないようだ。レンズは砕け散ってフレームだけが残っていた。
わたしは急いで拾い上げて胸のポケットにそっとしまい込んだ。
「へぇっ、わざわざそんなもん、拾いに来たんだ。やっぱりあいつとつき合ってんのか」
振り返るとさっきの三人が立っていた。
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