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弥生の章
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「……そうですね」
木村くんは持っていた手紙に視線を落として、思い切ったように顔を上げた。
「でも、やっぱり、捨てるなら家に帰って捨てるべきです。皆さん勇気を出して告白しているのですから」
わたしは小さく頷いた。
教室の入り口で、彼はわたしに手紙の束を渡しながら笑った。
「僕、ラブレターなんて初めて見ました。藤島さんって本当にモテるんですね」
そんなことない、と言おうとしたけど言えず、別に、とだけ呟いた。
「だけど、下駄箱を開けて手紙が入ってるなんて、どんな気分なんだろうな」
木村くんがあんまりおもしろいことを言うので、わたしはつい言ってしまった。
「今度、入れといてみる?」
「え?」
「ラブレター、じゃなくてもいいならだけど」
「藤島さんが? いいんですか?」
「いいよ。入れる側の気持ちが分かっておもしろそうだし」
「信じられないな」
「楽しみにしてて」
わたしは先に教室に入った。木村くんはクラスの男子に囲まれている。女の子たちがわたしを囲んだ。
「どうしたの、藤島さん」
「木村くんと何、話していたの?」
「これが下駄箱に入っていて…」
「バラ?」
「キッザー! 誰だろう」
「うん、百合香のには紅いのが入っていて、百合香が嫌がったから、木村くんが助けてくれたの」
女の子たちは意外そうに木村くんを見た。
「そんな風には見えないね」
「あ、そうだ、藤島さん、バレー部の先輩でさ、富樫さんって知ってる? 二年生なんだけど」
「…知らない」
美輪ちゃんの問いにわたしは首を振った。この子はしょっちゅう先輩を紹介しようとしてくる。お姉さんが二年生なので伝手を頼ってくるらしい。もう五人、今までに会って、断る言い訳もいいかげん尽きてきてしまった。いっそのこと好きなひとがいるとでも言ってみようか。
「富樫さんってさ、格好いいんだ。会ってみてくれない?」
格好いいと言われてホイホイ会う気にはなれない。
「いつ?」
「今日」
「…ごめん、今日は、駄目なんだ」
「用事?」
「うん。ごめんね」
丁度いいタイミングでチャイムが鳴り、みんな、席に着いた。わたしは鞄からレターセットを取り出してノートの上に広げた。
そう言えば、普通に、自分のために手紙を書くなんて初めてかもしれない。そうだ、今日は五時間目に体育がある。その時に木村くんの下駄箱に手紙を入れよう。授業が終わって靴箱を開け、彼はどんな顔をするだろうか。
五時間目の体育が始まる前、わたしは人がいないのを確かめてから、木村くんの下駄箱の前に立った。開けようとして、心臓がドキドキしているのに気がついた。何だか無性に封筒の中身を確かめたくなってくる。
誤字はないだろうか。変なことは書いてない…つもりだし。
わたしはもう一度周りを確かめてから、息を深く吸って木村くんの下駄箱を開け、手紙を上履きの上にそっと置いた。
バッカみたい。
ラブレターでもないのに、こんなにドキドキするなんて。男の子の下駄箱なんて透ちゃんのをいつも開けて、中に入っているラブレターをチェックしているのに。
わたしは遅れないように走って運動場に向かった。
その日の放課後、わたしは校門近くの桜の木の下で木村くんを待った。百合香はぼーっとした探偵の身元調査のために、さっさと帰ってしまった。同じ頃、教室を出て、日誌を職員室に提出してくるだけのはずなのに、木村くんはなかなか来ない。
わたしは手紙に、今日一緒に帰りましょう、と書いた。それから、今日は暖かいから駅前のお店でソフトクリームを食べませんか、とも書いた。
体育の後、着替えを終え、顔を真っ赤にして教室に入ってきた木村くんはわたしと目が合って、何度も頷いた。
わたしは指で円を作って笑った。
「遅い」
わたしは呟いた。
遅すぎる。下駄箱で上履きに履き替えてから職員室に向かって歩き出した。校庭の裏がざわめいている。教師が数人、職員室から飛び出して走って行く。彼らの思考の断片がわたしの胸に突き刺さった。
(何で木村が?)
木村くん?
心臓が、どきん、と鳴り、背中を冷たいものが走り抜けた。
わたしは廊下の窓に掌を当てて目を閉じ、いつも学校では閉じている扉を全開にした。
ざわめいている声と一緒に、生徒たちの心の声が流れ込んでくる。
たくさんの声を選別し、篩にかけて必要なものを残した。
保健室に、行かなければ。
目を開くと周りにいた生徒たちがわたしを見ていた。
深呼吸し、にっこりと微笑む。
そしてわたしは出来るだけ早く、歩いて保健室に向かった。
木村くんは持っていた手紙に視線を落として、思い切ったように顔を上げた。
「でも、やっぱり、捨てるなら家に帰って捨てるべきです。皆さん勇気を出して告白しているのですから」
わたしは小さく頷いた。
教室の入り口で、彼はわたしに手紙の束を渡しながら笑った。
「僕、ラブレターなんて初めて見ました。藤島さんって本当にモテるんですね」
そんなことない、と言おうとしたけど言えず、別に、とだけ呟いた。
「だけど、下駄箱を開けて手紙が入ってるなんて、どんな気分なんだろうな」
木村くんがあんまりおもしろいことを言うので、わたしはつい言ってしまった。
「今度、入れといてみる?」
「え?」
「ラブレター、じゃなくてもいいならだけど」
「藤島さんが? いいんですか?」
「いいよ。入れる側の気持ちが分かっておもしろそうだし」
「信じられないな」
「楽しみにしてて」
わたしは先に教室に入った。木村くんはクラスの男子に囲まれている。女の子たちがわたしを囲んだ。
「どうしたの、藤島さん」
「木村くんと何、話していたの?」
「これが下駄箱に入っていて…」
「バラ?」
「キッザー! 誰だろう」
「うん、百合香のには紅いのが入っていて、百合香が嫌がったから、木村くんが助けてくれたの」
女の子たちは意外そうに木村くんを見た。
「そんな風には見えないね」
「あ、そうだ、藤島さん、バレー部の先輩でさ、富樫さんって知ってる? 二年生なんだけど」
「…知らない」
美輪ちゃんの問いにわたしは首を振った。この子はしょっちゅう先輩を紹介しようとしてくる。お姉さんが二年生なので伝手を頼ってくるらしい。もう五人、今までに会って、断る言い訳もいいかげん尽きてきてしまった。いっそのこと好きなひとがいるとでも言ってみようか。
「富樫さんってさ、格好いいんだ。会ってみてくれない?」
格好いいと言われてホイホイ会う気にはなれない。
「いつ?」
「今日」
「…ごめん、今日は、駄目なんだ」
「用事?」
「うん。ごめんね」
丁度いいタイミングでチャイムが鳴り、みんな、席に着いた。わたしは鞄からレターセットを取り出してノートの上に広げた。
そう言えば、普通に、自分のために手紙を書くなんて初めてかもしれない。そうだ、今日は五時間目に体育がある。その時に木村くんの下駄箱に手紙を入れよう。授業が終わって靴箱を開け、彼はどんな顔をするだろうか。
五時間目の体育が始まる前、わたしは人がいないのを確かめてから、木村くんの下駄箱の前に立った。開けようとして、心臓がドキドキしているのに気がついた。何だか無性に封筒の中身を確かめたくなってくる。
誤字はないだろうか。変なことは書いてない…つもりだし。
わたしはもう一度周りを確かめてから、息を深く吸って木村くんの下駄箱を開け、手紙を上履きの上にそっと置いた。
バッカみたい。
ラブレターでもないのに、こんなにドキドキするなんて。男の子の下駄箱なんて透ちゃんのをいつも開けて、中に入っているラブレターをチェックしているのに。
わたしは遅れないように走って運動場に向かった。
その日の放課後、わたしは校門近くの桜の木の下で木村くんを待った。百合香はぼーっとした探偵の身元調査のために、さっさと帰ってしまった。同じ頃、教室を出て、日誌を職員室に提出してくるだけのはずなのに、木村くんはなかなか来ない。
わたしは手紙に、今日一緒に帰りましょう、と書いた。それから、今日は暖かいから駅前のお店でソフトクリームを食べませんか、とも書いた。
体育の後、着替えを終え、顔を真っ赤にして教室に入ってきた木村くんはわたしと目が合って、何度も頷いた。
わたしは指で円を作って笑った。
「遅い」
わたしは呟いた。
遅すぎる。下駄箱で上履きに履き替えてから職員室に向かって歩き出した。校庭の裏がざわめいている。教師が数人、職員室から飛び出して走って行く。彼らの思考の断片がわたしの胸に突き刺さった。
(何で木村が?)
木村くん?
心臓が、どきん、と鳴り、背中を冷たいものが走り抜けた。
わたしは廊下の窓に掌を当てて目を閉じ、いつも学校では閉じている扉を全開にした。
ざわめいている声と一緒に、生徒たちの心の声が流れ込んでくる。
たくさんの声を選別し、篩にかけて必要なものを残した。
保健室に、行かなければ。
目を開くと周りにいた生徒たちがわたしを見ていた。
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