多忙な天使たち

ゆるりこ

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弥生の章

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「何だ、おまえ」

 その男の人は睨んだだけで何も言わなかった。
 優しい顔つきに似合わず、目つきは鋭い。怒っている、と思った。
 でもこのツリ目よりかなり格好いい。足下にも及ばないくらいだ。かなりいい線いってる気がする。

「邪魔するのか?」

 その人は無言でわたしとマユゲの間に割って入った。

 薄い水色のチェックのシャツの襟元に見える、色素の薄い、短く髪を刈り込んだ首がやけに清潔だ。
 背中も肩幅も透ちゃんより男っぽいのにそれ臭さがなかった。
 雨がシャツにしみを作っていく。
 わたしがぼんやりそれを見ていると、その人は背中でわたしを守りながら体の向きを変え、三人を正面に迎えた。
 つまり、わたしの背後には誰もいなくなったのだ。

 誰だろう。
 わたしは心の扉を開いた。

(なんだこいつ)
(誰だ?)
(三人で掛かれば、こんなヤツ)
(邪魔なヤツだ、強いのか?)

 わたしは後ろからその人の端正な横顔を見上げた。何故だか時代劇に出てくるお侍さんのような印象だ。涼しげな目元ってこういう感じのことをいうんだろうか。

(どうして僕はこんなこと…。ま、仕方ないか。こんなに似てるんだから)

 似てる…。
 さらさらの髪が雨で濡れている。わたしは傘をそっと差し出した。
 ぼそりとその人が呟いた。

「こんなことして、いいのか?」

 低い声だ。小さな声なのに、雨音にかき消されることなく、響いた。

「あんたら、北倫だろう? ばれたら退学になるんじゃないのか」
(そうだ、まずい)
(退学だ)
(チャンスはまだある。今度は学校で)
(逃げよう)
(くそっ、こいつのせいで)

 三人は見るからに悔しそうに毒づきながら去っていった。へたれどもでよかった。立ち去るへたれどもが見えなくなって、そのひとが言った。

「怪我はない?」

 優しい声だ。慌てて答える。

「え? あ、大丈夫です。ありがとうございました」

 その人は閉じていた傘を開いた。
 すでにびしょ濡れになっていたけど、それはたぶんわたしの傘から自然に出るためだろう。

「うち、近くなんです。よかったら服を乾かして行かれませんか」
「いや、いいよ」
(行けない。絶対に行けない。まだ知られたくない)

 何故? 何を知られたくないの。

「でも…」
「うちも近くだから」

 そのひとはわたしの顔をじっと見つめていたけど、慌てて目を反らした。

(ほんとに、似てる。こんなに似てるなんて)

 似てる? 誰に? 百合香、それとも……。

「あの、お名前を」
「そんなの…気にしないでいいから」
(どうせ、そのうちに、わかる。学校で、会うから)

 わたしはじれったくなってそのひとの心に一歩踏み込んだ。

 名前、名前は、なんというの? 
 わたしは誰に似てる?

「じゃ、僕はこれで」

 そのひとは爽やかに微笑むと、回れ右をして足早に去っていった。わたしもにっこり笑って頭を下げた。

 助けてくれてありがとう。
 秋月和也さん。
 四月に出会ったときには必ずお礼をするから、楽しみにしててね。




「どしたの?」

 自分のベッドで目を覚ますと百合香が覗き込んでいた。

 鏡の中のわたしと本当によく似ている。
 ただ、ひとつだけはっきりと違う部分があるけれど、百合香は気付いていないだろう。知っているのはたぶんわたしだけ。
 カーテンが開いているが外はまだ暗い。
 母親の少女趣味のお陰でこの部屋はレースと淡いピンクでいっぱいだった。

「何時?」
「四時半」

 百合香はもう稽古着に着替えていた。
 わたしと百合香は小学校に入学する前から合気道の道場に通っている。透ちゃんは通っていない。

 透ちゃんはわたしたちと三つ子のようにそっくりだと言われている、二つ上の兄だ。
 昨日中学を卒業したばかりだけど背はわたしと変わらないし、ちっとも男の子っぽくない。
 わたしの制服を着せたら、きっと女の子のように見えるだろう。女の子はもちろん、男の子からもモテモテなので気が抜けない。

 わたしは最近まで通常、男の人は女の人を好きになる、ということを知らなかった。
 小学校、いや、幼稚園のころから透ちゃんのお友達の男の子たちは大抵、透ちゃんを好きだったからだ。

 彼らはうっとりと透ちゃんを見ていた。
 それだけならよかったけれど、小学校の高学年になった頃から見るだけでは満足できなくなったらしく、良からぬことを企むようになってきたので百合香と一緒に阻止していくことにした。

 百合香は異常なほどカンが鋭く、わたし以上に独占欲が強かったので、わたしが言うより先に実力で敵を排除していた。
 同じ顔が三人で生活していたから社会に出るまで(幼稚園に入学する前まで)自分の容姿について考えたこともなかったが、わたしたちはかなり外見がいいらしい。だから護身術として道場に通わさせられた。両親は男の透ちゃんまで貞操を狙われるとは考えなかったらしく、通ったのはわたしたちだけだった。

 透ちゃんも通うべきだったのに。

 だから百合香とわたしが透ちゃんの護衛になることにしたのだ。
 わたしと百合香はずっと透ちゃんを守ってきた。
 これからも守っていく。



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