負けるもんか!

安野穏

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2.セイは今日も元気一杯

救出

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 その時、下の方から物凄い音と地響きがした。それと同時にあたしは壁に叩き付けられる。そのショックで電磁気縄が壊れた。あたしを囲んでいた光輪も消える。あたしの身体は床に投げ出された。ラッキー!あたしは床を転がりながら、太ももに忍ばせたホルダーからプラズマ銃を取り出す。スカートはこんないい隠し場所になるって初めて知った。

「形勢逆転ね」

 プラズマ銃を突き付けて、あたしはスカートを短く掴むと、思いっきりマクブライドとライアンを蹴飛ばした。あー、スッとしたぁー。ずっと、こいつらにこうしてやりたかった。蹴り上げるにはスカートが邪魔になることは、朝、アレックスで確認済。そのためにスカートを摘んだのだ。

 アルバーグとライアンはあたしに蹴られても、うすら笑いを浮かべたまま、瞬間、フッと消えた。あたしは目を見開いて、立ち尽くした。なぜだ?あたしの身体は?マークで埋め尽くされる。

 ドアを勢い良く蹴飛ばして飛込んできたのは、アルフレッド。あたしはまだ二人が消えた場所を見つめていた。

「セイ嬢ちゃん、無事でしたか?」

 アルフレッドはあたしを見るとほっとした顔をした。あたしはアルフレッドに詰め寄る。

「アル、聞きたいことがある」

 アルフレッドはあたしの態度にたじろいだ。あたしはアルフレッドの腕を掴んだ。

「裏の世界って何? ノエルに掛けられた懸賞金って何?」

「セイ嬢ちゃん、俺には何のことだかわかりませんぜ」

 アルフレッドは苦しそうな顔を背けた。

「嘘つくなぁ!アルやチャップマンが知らないはずはない!」

「セイ嬢ちゃん、俺の口からそれは言えねえ。ノエルの奴に口止めされているんだ。どうしても聞きたいのなら、ノエルの奴に直接、聞いて下さい」

 アルフレッドは苦しそうな声を出す。アルフレッドが嘘をつく必要はない。

-ノエルガクチドメ? ナンデ?

 あたしはアルフレッドの腕を離した。

「なぜ?なぜ、ノエルはあたしに隠すの?アル、まだこれ以上、あたしに何かあるっていうのか?」

「セイ嬢ちゃん、俺たちも詳しいことは知らねえんです。俺たち下っ端には、裏の世界の情報は余り入りません。お頭のことは、チャップマンの兄キに聞いて下さい」

 あたしはまた、爪をかみ締める。



「セイ!」

 その時、同期の四人が飛込んできた。その後ろにはビルとエディもいる。皆、手にプラズマ銃を持っている。あたしたちは銃をしまい込んだ。

「セイ、無事でよかった。突然、変な男が現れて、セイを連れて消えるからビックリしたよ。テレポートなんて、初めて見た」

 アレックスがあたしを抱きしめる。テレポート?違う!あれはたぶん………

「ちょっと、何するのよぉ」

 アレックスの言葉に少し考え込んだあたしは、フッと我に返る。あたしはアレックスの頬を思いっきり叩いた。アレックスの頬にクッキリとあたしの手の痣がついた。

「ごめーん」

 あたしは両手を胸の前にお祈りするように組んで笑顔を向ける。リチャードが笑い転げる。フィリップとマイケルもリチャードにつられて笑い出した。アレックスも苦笑した。

「アルフレッドの兄貴、屋敷内にいた者は皆、縛り上げてきました。今、マチアスさんがシティパトロールに連絡しています」

 ビルがアルフレッドにそう報告する声が聞こえた。あたしはまだ、アレックスの腕の中にいた。

「アレックス?」

 あたしは顔を赤くして、アレックスをにらむ。アレックスははっとして、あたしの身体から離れた。リチャードたちがアレックスを小突く。あたしはアルフレッドに近付いた。

「アル、あたしが渡した企画書のことなのだけど、あれはどこに売ったんだ」

「あれですか。アールグレイ社です。それが何か?」

「そう、やっぱり、マチアスの会社ね」

 アルフレッドは怪訝な顔であたしを見た。あたしは唇をかみ締める。つくづくあたしはお間抜けな奴。結局、自分で自分の首を締めるなんて情なぁーい。お金のためとはいえ、まずいものを売り払ってしまった。後悔先に立たず。ああ、またノエルのお叱りモードを覚悟しなければ。

 あたしたちが階下に降りて行くと、マチアスとヘインズがシティパトロールたちに事情を説明している。屋敷内にいた者は皆、シティパトロールに引き渡された。そこであたしはここがチェンバレンの屋敷だと知らされた。

 あたしがいなくなって、アレックスたちはマチアスのところに駆けつけた。あたしの居場所を探すためだ。マチアスはあたしが教えた通りに、パソコンであたしの居場所を探した。そして、この屋敷を突き止めたのだ。

 まず、アレックスが《光爆弾》を投げ込んだ。こいつはノエルからこれを手渡されていた。その音響があたしを救ってくれた。 

「セイ、無事で良かった」

 マチアスはあたしを見ると、シティパトロールをヘインズに任せてあたしに近寄る。

「あなたの身に何かあったら、そう思うと心配でした」

「ごめん」

 あたしは素直に謝る。マチアスはあたしに微笑む。

「偉そうなこと言って、自分で捕まるなんて自分でもバカみたいだ」

「だから、セイのことを皆が心配するんですよ。ミヤが来ていますよ」

 あたしはマチアスを見る。マチアスの指す方にミヤの懐かしい顔がある。ミヤにしては珍しく黒の宇宙警察官の制服を着ていた。ミヤはのんびりとソファーに腰掛けて、微笑みながらあたしに手を振る。相変わらずの平常運転だ。

「セイ!」

「キャー、ミヤ!本物?」

 あたしはソファーに座っているミヤに飛びつく。ポロポロと涙がこぼれる。ミヤはあたしの態度にクスクスと笑った。

「会いたかったの。どうしてもミヤに会いたかったの」

「もう、セイは子供みたいね」

 ミヤはあたしを嬉しそうに強く抱きしめる。まるで、久しぶりに会った子供を抱きしめるみたいに、ミヤはあたしに優しく頬擦りした。

「必ず、生きていると信じてたわ。ノエルさんも課の皆も同じ気持ちだったわ。セイが簡単に死ぬわけないものね」

「ミヤ、ごめん」

「ううん、いいのよ。セイ、またこうして会うことが出来て嬉しいわ」

  あたしは泣きながら、ミヤに照れ笑いをする。あたしが子供みたいでミヤが母親みたいな気がした。

「ミヤ、どうしてここにいるの?」

 あたしがミヤに会った感動の余韻を味わっているうちに、バタバタと辺りを騒がしていたシティパトロールたちは数人を残して引き上げた。マチアスやアレックスたちはまだ、事情聴取に応じている。

「私は仕事できたのよ。マチアス・アールグレイの事情聴取にね」

 あたしはミヤを上目遣いに見る。事情聴取?物騒な言葉だ。

「そしたら、アレックスたちが飛込んできて、セイが拉致されたって言うでしょう。とりあえず、事情聴取は後にしてついてきたの」

 あたしはミヤの言葉がわからない。ミヤは厳しい顔であたしを見る。

「セイ、あなたの事故の救助の報告を怠った義務、あなたを全くの他人として公文書等の詐称をしたことは罪として問われるべきことよ」

「ミヤ?」

「惑星同盟パトロールとしては穏便にことを運ぶつもりで、一応事情聴取に留めるつもりだけどね」

 あたしはマチアスを見る。シティパトロールの事情聴取を終えたマチアスは、アレックスたちと楽しそうに話し合っている。その笑顔にあたしの胸は痛む。ミヤがあたしの黒髪を撫でる。

「セイ、髪が伸びたのね。こうしているとあなたのお母様みたいよ」

 あたしははにかむ。ミヤはあたしに微笑むと立ち上がる。あたしはミヤに怪訝な顔を向ける。

「セイ、あなたには小惑星基地への帰還が命じられているわ。候補生でなく、セイ・ブランク巡査として現職に復帰するようにと。昨日付けであなたの殉職扱いは取り消されたわ。あたしはあなたのことを連れに来たの」

「ミヤ」

 あたしは狼狽えた。ミヤはあたしに手を差し伸べる。あたしは俯く。

「ミヤ、あたしは行けない」

「セイ? 何を言っているの?」

「あたしは約束したんだ。マチアスにマリエルの敵を取って上げるって。まだ、それを果たしていない」

 ミヤはあたしの隣に腰掛ける。

「それだけじゃないでしょう?」

 あたしは顔を上げる。ミヤがきつい目をあたしに向けていた。

「セイ、同情と愛情は違うわ。セイは取り違えているのよ。セイは逃げようとしている」

 ミヤが声を荒げる。皆が近寄ってきた。あたしは俯いたまま、ソファーに座っていた。ミヤはそれ以上何も言わない。



 シティパトロールの事情聴取が終わり、あたしたちがチェンバレンの屋敷を出たのは夜だった。チェンバレンは屋敷にいない。その行方はわからない。

  マチアスはあたしたち全員を屋敷に連れていった。既に食事の用意が整えられていた。アレックスたちは喜んで食事を始めた。アルフレッドたちは遠慮をしている。あたしが三人をにらむと、渋々といった様子で食事を取り出した。あたしたちから少し離れて、ミヤとマチアスは低い声で話しながら食事をしている。マチアスもミヤも深刻そうな顔だ。あたしは二人が気になって食欲が出ない。

「セイ、行方不明の間にこんな贅沢な食事ばかりしていたのか?」

「これじゃ、食堂の御飯がまずくて食べられなくなるぞ」

 アレックスとリチャードが陽気な声で話し掛ける。あたしは二人を見る。二人は食事を終えて、手持ち無沙汰に椅子に腰掛けていた。二人の笑顔にあたしはぎごちなく笑みを浮かべた。まさか、小惑星基地への帰還が命じられているなんて思いもよらなかった。

「セイ、少し太ったんっじゃないか?」

 悪戯っぽい目でアレックスがそう言う。あたしは思わず手にしてたフォークを落とした。

「バカ、いきなり何を言うんだよぉ!」

「おお、これは図星だなぁ」

 リチャードが茶化してくる。あたしはムッとして立ち上がると、アレックスとリチャードの頭を思いっきりぼすぼすと小突いた。

「バカ言ってんじゃないの」

 皆が笑い出す。アルフレッドたちも堪えきれずに笑い出した。

「セイ、大丈夫だよ。どんなに太ったって、アレックスは気にしないってさ」

 フィリップが前の話を蒸し返す。

「こら、いきなり何言い出すんだ」

 赤くなったアレックスがフィリップの首を軽く締める。フィリップは手を離そうともがく。

「セイ、こいつはお前が消えた後、真っ青になって探し回ったんだぜ」

 面白そうな顔をして、マイケルもそう言い出した。

「そうか、アレックス君にもとうとう春が来たんだねえ」

  リチャードは後ろからアレックスを羽交い締めにした。それを合図にするように四人はじゃれ合いだした。こいつらの子犬属性は変わらない。そのうち犬耳と尻尾が生えてきそうだ。

「ちょっと、あんたたちここをどこだと思っているのよ!いいかげんにしろよぉ!」

 あたしは怒鳴り散らす。四人は怒られた子犬みたいにシュンとした。控えていたメイドたちがあたしの怒鳴り声にビビる。

「構いませんよ。私はミヤと話がありますから、セイたちは別室でゆっくりくつろいでください」

 マチアスはヘインズは指示すると、ミヤと部屋を出て行こうとした。

「ミヤ?」

 あたしの声にミヤは振り返ると少し微笑み、「大丈夫よ。単なる事情聴取」そう言って出て行った。
 ヘインズはあたしたちを客間へと案内した。

「ヘインズ」

 あたしは不安げにヘインズを見た。ヘインズはあたしににっこりと微笑む。

「セイさん、心配なさらないで大丈夫です。それより、ここで皆さんとゆっくりなさって下さい」

 ヘインズはメイドたちを指図して皆にハーブ茶を入れさせる。たくさんのお菓子やケーキも揃えさせた。食事をしたばかりだというのに、同期の四人の食欲にあたしはげんなり。

「セイ嬢ちゃんの友達は、皆、元気な奴らばかりですね」

 アルフレッドが感心したようにあたしにそう言う。あたしはハーブ茶をすすりながら、四人に冷たい目を送る

「単なる欠食児童だよ。こいつらは」

「セイ、自分だけそんなこと言えるのかよ」

「そうだよ。いつもだったら、真っ先に手を出すくせに」

 マイケルとリチャードが目を三角につりあげた。

「セイ、お嬢様ぶってもネタはわれてるんだから、地を出せよ」

 リチャードがあたしの頭を軽く小突く。あたしはリチャードを小突き返す。

「止めろよ。リチャード」

「アレックス、やっぱり、セイの肩を持つんだ。フーン、女の子たちの間で噂になっているのは本当だったんだ」

 フィリップがアレックスににやにやと笑い掛ける。アレックスはフィリップを小突きながら尋ねる。

「何だよ、それ」

「アレックスがロバーツ校長に男女交際禁止を迫ったのは、セイと交際したかったからだって専らの評判さ」

 あたしはハーブ茶を飲み込んでムセる。危うく噴き出すかと思った。やめれ!

「大丈夫ですかい?」

 アルフレッドが心配そうにあたしの介抱をしてくれる。

「だっ、誰がそんなこと言うんだよぉ!」

 アレックスは大声を出した。

「アンナだよ。なっ、こいつ、アンナと付き合い出したんだ。クリフから聞いたなんて言っているけど、本当はアンナから聞いてくるんだよ」

 リチャードはフィリップの頭を叩いた。フィリップが恥かしそうに赤くなった。あたしは目を見開いて、フィリップを見る。

「セイがいなくなってから、アンナがすっかりショゲ返ってて、クリフとエイミーにくっつけられただけだよ」

 フィリップは赤くなって頭をかいた。

「へえ、初耳だわね」

 あたしはフィリップのことを肱でつつく。

「元はといえば、アレックスとセイに責任があるんだよ。クリフとエイミーをくっつけたのはお前たちだろうが」

「そう、そう、同室同志で四組のカップルが出来てちょうどいいじゃないか」

 リチャードの言葉にあたしは唖然となった。

「マイケルもぉ!」

 マイケルは照れ臭そうに俯く。あたしのいない間にそんな風になっているなんてちっとも知らなかった。あたしの視線に二人の男の子ははにかんでいる。あたしはアンナとレイラをその隣にくっつけてみる。うん、これは以外にいい組合わせなのかも?

「俺たちにはカンケーないよ」

 アレックスがふてくされたようにソッポを向く。子供みたい。あたしは目を細める。同期生たちの意外な情報に顔がほころぶ。まあ、うまくいっているようでよかったよ。ちょっと寂しいけれどね。

「アンナたち、セイが生きているの知って張切っていたよ。絶対にアレックスとセイを結びつけるって」

「もう、何考えているのよぉ。あのキャピキャピ娘はぁー」

 あたしは目をつり上げる。堪えきれずにアルフレッドがまた笑い出した。ビルもエディも苦しそうにお腹を押さえる。

「セイ嬢ちゃん、いい友達に囲まれて良かったですね」

 あたしはアルフレッドに思わず蹴りを入れたが、流石にすぐにかわされた。チッ、面白くない。

「笑うな」

「セイ嬢ちゃんが報われない想いを抱えているのを見ているのは俺たち辛いんですよ」

「言うな!アル、それ以上、言うなよ!」

 あたしは恐い目でアルフレッドをにらんだ。こんなところでノエルの名前を出して欲しくない。

「すみません、セイ嬢ちゃん」

 アルフレッドはあたしの隣で小さくなる。あたしはソファーに腰掛けてハーブ茶を飲む。ノエルの顔が浮かんでくる。報われない想い。確かにそうかもしれない。それでもあたしはノエルを………
自分の中の感情に戸惑う。ノエルの顔にマチアスがだぶっている。あたしは脱力してソファーに沈み込んだ。



「セイ、ちょっと来て」

 部屋の中に慌ただしくミヤが飛込んできた。

「何?」

 あたしはハーブ茶のカップを手にして、ミヤを見る。他の皆もミヤをキョトンとしたようにながめている。

「暴動よ。アールグレイ社の木星工場で反乱が起こったの。各惑星工場も連係しているわ。ノエルさんが恐れていたことが起こったわ。こんなに早いとは思わなかったのよ。とにかく来て」

 ミヤはあたしを引き摺るように、連れて行く。皆も後からついてくる。辺りには緊迫した空気が流れる。あたしは狼狽えた。ミヤがこんなにあわてているのを久しぶりに見る。ミヤがシイ以外のことで、冷静さを欠くのは初めてだ。

 立体マルチハイビジョンテレビにマチアスは釘付けになっている。ヘインズがあちらこちらに連絡を慌ただしく取っている。ニュースはガニメデ衛星の木星コロニーで起きた、アールグレイ社木星工場の反乱とそれに伴う暴動の模様を衛星中継で写し出している。騒いでいる人々の顔は、あたしの見慣れた無表情な顔をしている。あたしはガタガタと自分の身体が震え出すのを感じている。

「セイ」

 ミヤがあたしをぎゅうっと抱きしめる。あたしの頭を優しく撫でる。

「怖がらないで。あなたは大丈夫。もう、何も恐くないのよ」

 あたしはミヤにすがってボロボロと涙をこぼす。強ばり掛けた身体が元に戻る。

「セイ嬢ちゃん、俺たちもいます。セイ嬢ちゃんには誰にも危害を加えさせません」

 アルフレッドがあたしに優しい声を掛ける。ビルとエディもあたしに優しい笑顔を向ける。皆があたしたちを見つめている。アレックスがあたしに近寄る。

「ミヤさん、セイはどうしたんですか? 俺は前にもこんなセイを見ました。自治会役員室で、こんな風に怯えて震えていた。あの時、ノエルさんもミヤさんも何も教えてくれなかった。なぜ、セイはこうなるんですか?」

 あたしはアレックスの声に怯えた。小さい子供みたいにミヤにしがみつく。

「セイ、大丈夫よ。もう何も恐くないから」

 ミヤがあたしの頭をまた撫でる。あたしの発作はだんだん酷くなる。あの無表情の顔を見る度にあたしの身体は強ばり、心が震えてくる。あたしはどうしたのだろう? あたしはまた爪をかんだ。

「ミヤ、ごめん。もう、大丈夫」

「無理しないで」

 あたしはミヤに明るく笑う。ミヤはほっとした顔になった。アレックスがミヤを見る。

「ミヤさん?」

 ミヤはあたしをソファーに座らせると、あたしの隣に腰掛けた。ミヤの手はあたしの手を温かく握り締めている。

「そうね。セイ、この前の自治会役員の事件で私とノエルさんは気が付いたの。あなたの中の消えない心の傷に」

 ミヤはアルフレッドと目を合せて、またあたしに視線を戻す。

「シティシャムシールの事件でチャップマンさんから、あなたが酷い心の傷を持っていると、ノエルさんは教えられたわ。それでも普段のあなたからはそのカケラは見えなかった。あたしたちは安心していたの。この前、セイがあんな風になるなんて思ってもみなかったのよ。ノエルさんはこの事件からあなたを外したいの」

「ミヤ?」

「私が来たのはマチアスの事情聴取とあなたを基地に戻すためだと言ったでしょう。ノエルさんはあなたが、この事件に深入りする前に手を引かせたかったの。あなたの心の傷をこれ以上大きくさせないためにね」

 ミヤは目を伏せた。アルフレッドたちが心配そうにあたしを見ている。

「すみません。私が悪いのです」

 マチアスがあたしたちに近寄る。あたしは小首を傾げる。

「セイ、木星工場の反乱の首謀者は、あなたたちの身柄を要求しているわ」

 あたしは怪訝な顔をミヤに向ける。

「ミヤ、セイは連れて行って下さい。これ以上、危険な目にあわせることはできません。元はといえば、自分勝手だった私がいけないのです」

「マチアス、あなた少し変わったみたいね。昔は小賢しい生意気な子供だったのに、随分素直になったわ」

 そう言うとミヤはケラケラと笑い出した。あたしはこけそうになる。ミヤはこういう奴。皆が緊張している時に急にカンケーないことを言い出す。マチアスも呆然としている。こいつ、たぶん思考回路が停止してるんだろうな。あたしもミヤに慣れるまでは苦労したんだ。気が付けば、周りも皆シーンとしている。あたしはツイ昔みたいに頭をかき混ぜる。エーン、やっぱり、元の髪に戻りたいよぉ!

 ヘインズがとりあえずメイドたちに命じてお茶を運ばせる。あたしは温かいハーブ茶を飲んで落ち着いた。アレックスたちは興味津々でテレビを食い入るように見ている。屋敷の周りを各テレビ局やビデオ新聞社の取材陣が数多く取り巻いている。シティパトロールがたくさん駆けつけて警備にあたっている。シティシャムシールの事件でも、各報道機関は面白そうに事件の報道をしていた。あたしはため息をつく。

 先程、集ってきたマチアスの側近たち。今のアールグレイ社のブレイン。行方不明のフィリップの父親もその一人だった。マチアスは座を外して別室で会議を始めた。

 テレビのニュースが事態を刻々と伝えてくれる。ガニメデ衛星の木星コロニーは、反乱を名乗るものたちに完全に掌握された。宇宙パトロールたちがなす術もなく、コロニーを取り巻いている。コロニーの一般市民が人質になっていた。その人質と引き換えにアールグレイ社社長夫妻の身柄を要求している。宇宙パトロール各惑星基地でも、時を同じにして起こったアールグレイ社の各惑星工場従業員の反乱に頭を抱えている。

「ガニメデ衛星木星コロニーの反乱首謀者はアールグレイ社の社長の退陣と夫妻の身柄引き渡しを望んでいます。これに対し未だにアールグレイ社からの解答は出ていません」

 テレビのレポーターらしき金髪で快活な顔をした女がそう述べる。あたしは床に部品を散らばせて、新しいチップの製造に着手していた。

 ミヤはシティパトロールヴェアリストレイ支部基地に向かった。この事態の対処をするためにノエルと連絡を取りに行ったのだ。

「セイ嬢ちゃん、どうするんです」

 アルフレッドがあたしの隣に座る。ビルとエディはアレックスたちとテレビを見ている。

「待って、これを急いで造りたいんだ。これで皆に働いて貰うから」

 あたしは夢中になって、手を動かす。一気にこの状況を打開するためには、これしかない。アルバーグの奴、蹴りだけでなく必殺パンチも入れておくんだった。後悔先に立たず。この次に会った時は、徹底的に叩きのめすぞぉ!覚えてろぉ!と心の内で空しく吠えるお間抜けなあたし。
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