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再会
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宿を後にすると、三人は騎竜屋から金青竜を引き出した。セイファートが寡黙になっているので、カノープスもマーフィーも一様に押し黙っていた。金青竜は狭い宿舎から広々とした青空に放たれて、翼を大きく広げた。彼はずっと迷っていた。それが正しいことなのか? 一人の人間を助けても、他の人間は助けることができない。彼の手のひらはまだ小さくて、たくさんのものをすくい取ることはできない。だが、その迷いも金青竜が伸び伸びと飛ぶ姿を見ている内に消えていった。
「マーフィー、バードを追い掛けよう。あの子を引き取る」
マーフィーは相変わらず無表情を崩さなかった。カノープスは困ったものだとつぶやきながら、やれやれと言うように肩を竦めた。
金青竜はすぐにバードたちに追い付いた。幾つもの荷車を押しながら、バードたちは陽気に歌を歌っている。その歌声は空の上にまで聞こえてきた。暫く、セイファートは歌声に聞き惚れていた。自由の歌声だと即座に思った。鎖をつながれている彼には到底手に出来ないものである。
上から見下ろせば、バードたちの髪は実に様々だった。かつては各皇国にいた者たちなのだ。レガゥールス皇国の蒼い海色の髪、ケンタォローゼ皇国の黒い闇色の髪、シリリュース皇国の白く輝く銀色の髪、アルクティーラオス皇国の燃えるような赤い火の色の髪。国の枠から外れて、自由を謳歌する彼らにわずかに心がざわめいて、心がひどくえぐられていく。
「セイファート様、どうしますか?」
金青竜を旋回させながら、カノープスが尋ねてきた。セイファートはバードたちの少し先に金青竜を降ろした。彼等は突然現れた近世流に乗った騎士たちに、別に動じた顔もせずに陽気に笑い掛けてきた。
マーフィーがリーダーらしい男に話し掛けている。二人で、値段の交渉を始めたらしい。セイファートは自分を真っ直ぐに見つめている昨日の少女を見つめ返した。
彼はその紅玉色の瞳にまた捕まった。彼女の瞳の色は、燃えるように赤く、それは懐かしさを覚えずにはいられなかった。かつて彼女はその勝気な瞳で彼を何度も見つめられた気がする。いつの日だったのかも覚えていない遠い昔。彼女は確かにセイファートのそばで笑っていたのだと思うと切なさと哀しさが胸にあふれ、そっと彼女の頬に触れてしまった。彼女の身体が小さく揺れる。その反応に愛おしさと胸がつぶれるような痛みを感じた。
気が付くとカノープスは綺麗なお姉さんたちに囲まれて、相好を崩している。その女性好きな性格がいつか災いを招かなければよいと常々思う。
交渉が終わったのか、少女が呼ばれて、セイファートの目の前から消え去っていく。そのはかなげな後姿を何度も抱きしめて、大丈夫だと安心させてやりたい。そう、もう大丈夫だからと。なぜ、そんなことを思ったのか、不意に笑いがこみ上げてくるような気がした。バカバカしいとも思う。初めてあった少女なのだ。懐かしさなど感じるはずはない。
「嫌だ! あたしはここにいる!」
「アルタ、お前にとってはいい事だ。お前は元々自分の意思で俺たちの仲間になっている訳じゃない」
「あたしはもう自分の意思で皆と一緒にいるんだ。いつまでも、皆と旅を続けるんだ」
「あんたたちサッサとこいつを連れて行ってくれ。アルタ、元気でやれよ」
こう言う事は良くある事らしく、バードたちはサバサバとしていた。見ると、マーフィーが赤毛の少女を後ろから、羽交い締めにしていた。ヒューマノイドの力は少女が適うものではない。身動き一つ取れずにアルタと言う少女は、去って行く仲間たちをせつなそうに見送った。これで良かったのだろうか? 再び、セイファートの胸が痛みを増している。彼女のためだと言いながら、彼のために彼女を自由から引き離した気がして、それが余計に彼の心に重く沈んだ澱になりつつある。
アルタはマーフィーと金青竜に乗っている。俯いて、ジッとしていた。初めて乗る金星竜なのに、何の物おじ一つせずに、平然と乗ったことには驚いたが、ずっと口も聞かずに、何もかも諦めたようなその表情に、本来ならもっと笑っていたはずだと、彼女に似た人の花のような笑顔がなぜか浮かんでは消える。
「セイファート様、どうしますか?」
カノープスは遠慮がちに尋ねた。彼はセイファートの側近としての自分の分というものをわきまえている。決断はセイファートが下すものであり、彼の間違いはマーフィーが正すものだ。魔法を使うバードを買ったのは、彼の主のした事で、賛成したのはマーフィーである。守護者であるヒューマノイドは、セイファートの為にならない事は必ず拒否する。そのマーフィーが率先しているという事は、危険でないという事だ。セイファートの側近でもあり護衛官でもあるカノープスの仕事は、己の主を危険に晒さない事が第一なのだ。危険を感じる時には、当然セイファートに意見する。今回はその点については問題が無い。
ただ、このままあのバードの子供を連れて旅を続けるのか? それとも、一度、王宮に戻るのか? その点の注意を促したかったのだ。子供を連れての旅には、何が起こるか分からない。セイファートが危険に晒される事が、あり得ないとは言えないのだ。
「このまま、旅を続ける。王宮に戻るとまた新たに旅に出るとは言いにくい」
「分かりました」
カノープスはマーフィーに抱かれるように金青竜に乗っているアルタを見つめた。バードたちと別れてから、少女は気落ちした様に俯いている。一言も話そうとしなかった。
ケンタォローゼ皇国は殆どが低い山岳地帯で、僅かな谷間に皇都ヴィサーナがある。セイファートたちは途中の小さな村でプレートメイルを脱いだ。金青竜たちを荷物と共に一時空に離した。皇都に入るには、レガゥールス皇国の騎士の姿では目立ち過ぎる。麻のシャツの上にマントという普通の旅人の格好になった。アルタには村で買った子供らしいエプロンの付いたピンクのワンピースを着せた。髪の色が一人だけ違うのもおかしいので、同じ海の色の髪に変えた。彼女は何も言わずにそれに従った。不思議とマーフィーの言葉には素直に従う。
皇都ヴィサーナはたくさんの人で賑わっていた。セイファートにとっては四年ぶりの街だった。ここには知識を求めるものがやってくる。王宮の隣にはリィバート大陸で唯一の図書館があり、隣のシリリュース皇国やレガゥールス皇国はもちろん、遠くアルクティーラオス皇国の神官たちもここにやってくる。
四人は目立たないように、小さい宿屋に部屋を確保した。セイファートが仰仰しくなる事を嫌ったからだ。リィバード大陸を旅する理由には一般の生活を見たかった事もある。幼い頃の彼は各皇国を回った事はあっても、王宮内の限られた人にしか会っていない。自分の故国に帰って来た時に、マーフィーに連れられて皇都フィオレーンを見て歩いた事がある。皇都はたくさんの人であふれ賑わっていた。皇都にはたくさんのお店が並び、その数分の商品が所狭しと飾られ、それは彼の心を楽しませてくれた。それ以来、その時の感動がいつも胸に燻っていた。
図書館前の中央広場にはたくさんの露店が出ていた。アルタは無邪気な笑顔を見せて燥ぎ回っていた。今はマーフィーと腕を組んで歩いている。そういう年相応の少女の姿にセイファートはほっとしていた。
昨日泊った村でアルタはセイファートの部屋に来た。彼女を旅の仲間に加えて、初めての夜だった。
「あんたがあたしを買ったんだろう? あんたには魔法が効かないから、あたしは覚悟してきたんだ」
ベッドの上に腰掛けて、精一杯大人ぶった態度を取った彼女がセイファートには愛おしくてたまらなかった。
アルタはバードの中で暮らしていたので、客に買われた時の心得は知っている。何人もそうしてお姉さんたちがバードから抜けていった。なのに、彼女は自分がそういう運命になるとは思っていなかった。
アルタが十才の時、初めて客に指名された。羽根のある内はそういう仕事はしなくて済むと思っていた。幾人ものお姉さんたちの小間使いの様な仕事ばかりしてきた。働かない者はバードにはいられない。彼女のいたバードには子供はアルタしかいなかった。夫婦になる者は皆バード仲間から抜けていくからだ。夫婦になるとどうしてもどこかに落ち着いて、生活をしたくなるものらしい。それはそれで幸福そうだったので、いつかアルタも好きな人ができたら、どこかに暮らしたいと思っていた。それは小さな望みだったのだが、その望みは客の指名で早くも崩れ去った。
子供だからと指名を断る訳にはいかなかった。男がアルタの身体に触れようとした時に、光があふれて、男を弾き飛ばした。何が起きたのか、彼女には分からずに呆然と立ち尽くした。男は床に無様に転がっていた。子供心にもこのままではいけないと分かった。何とかしなければ、そうした思いが自分の内からあふれて、不思議なアビリティを引き出した。
次の朝、男は満足気に帰っていった。それから、自分の銀の髪を赤く染めた。自分が魔法を使う事を知られたくなかったからだ。目の前の男に出会うまでは、十分に巧くごまかせていた。
「そうか、そうなのか」
セイファートは声を上げて、楽しそうに笑った。アルタは憮然とした顔をセイファートに向ける。何を笑っているのだと内心は呆れていた。
「魔法でごまかしてきた訳か」
「そうよ。それのどこが悪いの?」
一頻り笑った後で、セイファートはアルタを見つめた。この子は自分で自分を守る為に魔法の力を使っていたのだ。それがうれしかった。彼女はちゃんと自分の身を守る術を持っていたのだ。安心したと共に、これから彼は彼女に対してするべきことを決めた。
「子供は子供らしくしていればいい。私はそんなつもりで君を買った訳ではない。君に魔法の力の正しい使い方を教えたかっただけだ。魔法の力は人の役に立てるものだ。子供はもう寝る時間だろう。余計な気を回さずに部屋に帰って休むといい」
「変な奴」
アルタはベッドから立ち上がると、部屋から出る時に振り返って一言そう言った。セイファートは少女のその戸惑いがちな言葉に苦笑いを浮かべた。楽しい旅になりそうで、これからの出来事が実で愉快でたまらなくなる。彼女は旅先でどんな風に変わっていくのか、それと共に、心に沈んでいる濁りがまた彼に苦しさをもたらす。それが何なのか、理解できなくて切なくて苦しくて、一滴の涙をこぼしていた。
「マーフィー、バードを追い掛けよう。あの子を引き取る」
マーフィーは相変わらず無表情を崩さなかった。カノープスは困ったものだとつぶやきながら、やれやれと言うように肩を竦めた。
金青竜はすぐにバードたちに追い付いた。幾つもの荷車を押しながら、バードたちは陽気に歌を歌っている。その歌声は空の上にまで聞こえてきた。暫く、セイファートは歌声に聞き惚れていた。自由の歌声だと即座に思った。鎖をつながれている彼には到底手に出来ないものである。
上から見下ろせば、バードたちの髪は実に様々だった。かつては各皇国にいた者たちなのだ。レガゥールス皇国の蒼い海色の髪、ケンタォローゼ皇国の黒い闇色の髪、シリリュース皇国の白く輝く銀色の髪、アルクティーラオス皇国の燃えるような赤い火の色の髪。国の枠から外れて、自由を謳歌する彼らにわずかに心がざわめいて、心がひどくえぐられていく。
「セイファート様、どうしますか?」
金青竜を旋回させながら、カノープスが尋ねてきた。セイファートはバードたちの少し先に金青竜を降ろした。彼等は突然現れた近世流に乗った騎士たちに、別に動じた顔もせずに陽気に笑い掛けてきた。
マーフィーがリーダーらしい男に話し掛けている。二人で、値段の交渉を始めたらしい。セイファートは自分を真っ直ぐに見つめている昨日の少女を見つめ返した。
彼はその紅玉色の瞳にまた捕まった。彼女の瞳の色は、燃えるように赤く、それは懐かしさを覚えずにはいられなかった。かつて彼女はその勝気な瞳で彼を何度も見つめられた気がする。いつの日だったのかも覚えていない遠い昔。彼女は確かにセイファートのそばで笑っていたのだと思うと切なさと哀しさが胸にあふれ、そっと彼女の頬に触れてしまった。彼女の身体が小さく揺れる。その反応に愛おしさと胸がつぶれるような痛みを感じた。
気が付くとカノープスは綺麗なお姉さんたちに囲まれて、相好を崩している。その女性好きな性格がいつか災いを招かなければよいと常々思う。
交渉が終わったのか、少女が呼ばれて、セイファートの目の前から消え去っていく。そのはかなげな後姿を何度も抱きしめて、大丈夫だと安心させてやりたい。そう、もう大丈夫だからと。なぜ、そんなことを思ったのか、不意に笑いがこみ上げてくるような気がした。バカバカしいとも思う。初めてあった少女なのだ。懐かしさなど感じるはずはない。
「嫌だ! あたしはここにいる!」
「アルタ、お前にとってはいい事だ。お前は元々自分の意思で俺たちの仲間になっている訳じゃない」
「あたしはもう自分の意思で皆と一緒にいるんだ。いつまでも、皆と旅を続けるんだ」
「あんたたちサッサとこいつを連れて行ってくれ。アルタ、元気でやれよ」
こう言う事は良くある事らしく、バードたちはサバサバとしていた。見ると、マーフィーが赤毛の少女を後ろから、羽交い締めにしていた。ヒューマノイドの力は少女が適うものではない。身動き一つ取れずにアルタと言う少女は、去って行く仲間たちをせつなそうに見送った。これで良かったのだろうか? 再び、セイファートの胸が痛みを増している。彼女のためだと言いながら、彼のために彼女を自由から引き離した気がして、それが余計に彼の心に重く沈んだ澱になりつつある。
アルタはマーフィーと金青竜に乗っている。俯いて、ジッとしていた。初めて乗る金星竜なのに、何の物おじ一つせずに、平然と乗ったことには驚いたが、ずっと口も聞かずに、何もかも諦めたようなその表情に、本来ならもっと笑っていたはずだと、彼女に似た人の花のような笑顔がなぜか浮かんでは消える。
「セイファート様、どうしますか?」
カノープスは遠慮がちに尋ねた。彼はセイファートの側近としての自分の分というものをわきまえている。決断はセイファートが下すものであり、彼の間違いはマーフィーが正すものだ。魔法を使うバードを買ったのは、彼の主のした事で、賛成したのはマーフィーである。守護者であるヒューマノイドは、セイファートの為にならない事は必ず拒否する。そのマーフィーが率先しているという事は、危険でないという事だ。セイファートの側近でもあり護衛官でもあるカノープスの仕事は、己の主を危険に晒さない事が第一なのだ。危険を感じる時には、当然セイファートに意見する。今回はその点については問題が無い。
ただ、このままあのバードの子供を連れて旅を続けるのか? それとも、一度、王宮に戻るのか? その点の注意を促したかったのだ。子供を連れての旅には、何が起こるか分からない。セイファートが危険に晒される事が、あり得ないとは言えないのだ。
「このまま、旅を続ける。王宮に戻るとまた新たに旅に出るとは言いにくい」
「分かりました」
カノープスはマーフィーに抱かれるように金青竜に乗っているアルタを見つめた。バードたちと別れてから、少女は気落ちした様に俯いている。一言も話そうとしなかった。
ケンタォローゼ皇国は殆どが低い山岳地帯で、僅かな谷間に皇都ヴィサーナがある。セイファートたちは途中の小さな村でプレートメイルを脱いだ。金青竜たちを荷物と共に一時空に離した。皇都に入るには、レガゥールス皇国の騎士の姿では目立ち過ぎる。麻のシャツの上にマントという普通の旅人の格好になった。アルタには村で買った子供らしいエプロンの付いたピンクのワンピースを着せた。髪の色が一人だけ違うのもおかしいので、同じ海の色の髪に変えた。彼女は何も言わずにそれに従った。不思議とマーフィーの言葉には素直に従う。
皇都ヴィサーナはたくさんの人で賑わっていた。セイファートにとっては四年ぶりの街だった。ここには知識を求めるものがやってくる。王宮の隣にはリィバート大陸で唯一の図書館があり、隣のシリリュース皇国やレガゥールス皇国はもちろん、遠くアルクティーラオス皇国の神官たちもここにやってくる。
四人は目立たないように、小さい宿屋に部屋を確保した。セイファートが仰仰しくなる事を嫌ったからだ。リィバード大陸を旅する理由には一般の生活を見たかった事もある。幼い頃の彼は各皇国を回った事はあっても、王宮内の限られた人にしか会っていない。自分の故国に帰って来た時に、マーフィーに連れられて皇都フィオレーンを見て歩いた事がある。皇都はたくさんの人であふれ賑わっていた。皇都にはたくさんのお店が並び、その数分の商品が所狭しと飾られ、それは彼の心を楽しませてくれた。それ以来、その時の感動がいつも胸に燻っていた。
図書館前の中央広場にはたくさんの露店が出ていた。アルタは無邪気な笑顔を見せて燥ぎ回っていた。今はマーフィーと腕を組んで歩いている。そういう年相応の少女の姿にセイファートはほっとしていた。
昨日泊った村でアルタはセイファートの部屋に来た。彼女を旅の仲間に加えて、初めての夜だった。
「あんたがあたしを買ったんだろう? あんたには魔法が効かないから、あたしは覚悟してきたんだ」
ベッドの上に腰掛けて、精一杯大人ぶった態度を取った彼女がセイファートには愛おしくてたまらなかった。
アルタはバードの中で暮らしていたので、客に買われた時の心得は知っている。何人もそうしてお姉さんたちがバードから抜けていった。なのに、彼女は自分がそういう運命になるとは思っていなかった。
アルタが十才の時、初めて客に指名された。羽根のある内はそういう仕事はしなくて済むと思っていた。幾人ものお姉さんたちの小間使いの様な仕事ばかりしてきた。働かない者はバードにはいられない。彼女のいたバードには子供はアルタしかいなかった。夫婦になる者は皆バード仲間から抜けていくからだ。夫婦になるとどうしてもどこかに落ち着いて、生活をしたくなるものらしい。それはそれで幸福そうだったので、いつかアルタも好きな人ができたら、どこかに暮らしたいと思っていた。それは小さな望みだったのだが、その望みは客の指名で早くも崩れ去った。
子供だからと指名を断る訳にはいかなかった。男がアルタの身体に触れようとした時に、光があふれて、男を弾き飛ばした。何が起きたのか、彼女には分からずに呆然と立ち尽くした。男は床に無様に転がっていた。子供心にもこのままではいけないと分かった。何とかしなければ、そうした思いが自分の内からあふれて、不思議なアビリティを引き出した。
次の朝、男は満足気に帰っていった。それから、自分の銀の髪を赤く染めた。自分が魔法を使う事を知られたくなかったからだ。目の前の男に出会うまでは、十分に巧くごまかせていた。
「そうか、そうなのか」
セイファートは声を上げて、楽しそうに笑った。アルタは憮然とした顔をセイファートに向ける。何を笑っているのだと内心は呆れていた。
「魔法でごまかしてきた訳か」
「そうよ。それのどこが悪いの?」
一頻り笑った後で、セイファートはアルタを見つめた。この子は自分で自分を守る為に魔法の力を使っていたのだ。それがうれしかった。彼女はちゃんと自分の身を守る術を持っていたのだ。安心したと共に、これから彼は彼女に対してするべきことを決めた。
「子供は子供らしくしていればいい。私はそんなつもりで君を買った訳ではない。君に魔法の力の正しい使い方を教えたかっただけだ。魔法の力は人の役に立てるものだ。子供はもう寝る時間だろう。余計な気を回さずに部屋に帰って休むといい」
「変な奴」
アルタはベッドから立ち上がると、部屋から出る時に振り返って一言そう言った。セイファートは少女のその戸惑いがちな言葉に苦笑いを浮かべた。楽しい旅になりそうで、これからの出来事が実で愉快でたまらなくなる。彼女は旅先でどんな風に変わっていくのか、それと共に、心に沈んでいる濁りがまた彼に苦しさをもたらす。それが何なのか、理解できなくて切なくて苦しくて、一滴の涙をこぼしていた。
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