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本編

視察という名のお掃除開始その1

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 王太子からの任務

 数年前からきな臭いという噂の隣の国ランティスラ王国と癒着しているかもしれない辺境伯の抹殺。

「また、お掃除ですか、この国ってゴミ(腐敗貴族)ばかりじゃないですか?」

 呆れながらも、了承するしかない。だが、本来の姿(公爵令嬢エセル)として視察旅行ってなんでだ?

「一応お前が婚約者になったしな。病弱な公爵令嬢じゃ、王太子妃は無理だろうとうるさくて、辺境伯の地まで掃除がてらの旅行に行くことになった」

 なに、さらっと言ってる。いや、ここしばらくゴミ掃除(悪徳貴族とご令嬢たちの抹殺)しすぎて、主だった貴族のご令嬢が婚約者候補から降りた今、残っている王太子の婚約者候補の中で高位貴族の令嬢で婚約者がいないのはエセルだけなのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。王太子よ、なにうれしそうな顔をしている。解せぬ。



 それでいきなりの命綱なしのバンジージャンプ(もしくは自由落下ともいう)を王太子と二人でしなければならない状況はなんでだろうか?

 視察という名のゴミ掃除に出かけたはずが、反対に掃除(謀反ともいう)されそうになった挙句に、崖からの蹴り落とされるというお約束の展開。前世のサスペンスの二時間ドラマの終わりで悪役が必ず崖の上で罪を告白するという王道まっしぐら。視察についてきた者たちはみな敵だった。山道の途中で襲ってきた山賊もどきも敵だった。「ここでお二人には消えて(死んで)いただきます」と悪役さながらのニヒルな笑み。ただし、助けは来ないって、間違っている。ここは警察ならぬ王太子の影たちが追いかけてきて悪役を切る場面じゃないのと言いたい。

 なのに、崖から王太子ともども蹴落とされた結果が命綱なしのバンジージャンプ(自由落下)。エセルが現実逃避に陥ったのは仕方がない。王太子から贈られた髪飾りがフック付きロープの収納された魔道具で同じく王太子から贈られた着ていたドレスがバルーンもどきの魔道具だと誰が気づく。

「ウギャー」

 と女の子らしくない悲鳴を上げながら、必死にしがみついた王太子から髪飾りをもぎ取られ、彼がフック付きロープの魔道具を駆使して何とか木に引っ掛けたあと、エセルが着ていた魔道具ドレスのスカートをいきなりまくり上げ大きなバルーンと変化させて、落下速度を緩めたのだが、考えてみてほしい。エセルの惨状を。髪飾りで止めていた髪は乱れ、ドレスは裾を上にしてバルーンとなった。つまり、下着姿をバッチリとみられる羽目になったのだ。何この羞恥プレイ。泣く、絶対に泣いていいよね。涙目になりつつ、バルーンドレスのせいでエセル自身に今度は王太子がしがみついてはいるがバルーンの中で彼女からは姿が見えない彼に心の中で悪態を吐く。

 無事に地にエセルの足がついた時にはもうひどい顔になっていた。涙と鼻水と涎ともうぐちゃぐちゃもいいところだ。混乱という状態異常を引き起こし、喚き散らす。普段はおとなしく冷静だった彼女からはまるっきり想像できない。ヒステリー女が出来上がっている。

 突然唇に生温かいものがっていきなりのキス?

 そのショックでその前の状態異常が正常化した。一応淑女としてはあり得ないぐちゃぐちゃの姿を素早く整える。

「もう、わけわかんないよ」

 王太子の身体を思いっきりグーパンチをし、軽く受け流されたのに舌打ちしたエセルは怒りMAXで仁王立ちした。

「で、この状況は何?」

 この状況下では上司も部下もない。説明プリーズ。

 エセルの容赦ないグーパンチのせいなのか、彼女のあられもない姿を見たせいなのかはわからんが、鼻血をハンカチで押さえながら、王太子は「ちょっと待てとりあえず姿を隠せ」と言い、エセルに隠密スキルを発動させた。当然のように彼もスッとすぐ上の木の枝に飛び乗り、姿を隠す。「王太子よ、お前は実は忍者なのか?」と突っ込みたいところだが、運動が苦手なエセルは木登りは無理なので、すぐに木の葉隠れの術を発動。要するに目立た無いように少し離れた大木の影の草むらに潜み、周囲と自分の上に怪しく無いように風を使い木から落ち葉を降らせたくさんの木の葉で隠す。ちなみにこの技は秋の落ち葉がたくさん落ちている時期にしか利用できないという弱点がある。冥土の虎の穴時代に身に着けた忍者もどきスキル。隠れながらも冥土の虎の穴時代を思うと、あそこは実際には何を目指していた学校なのかと今でも疑問になる。

 隠密術でも結構姿は気づかれないのだが、完全に気配を消すには無理なので、王太子の言う「姿を隠せ」と言う命令は気配を消し、じっとしていろということなのだ。

 

 王太子と二人、息をひそめ気配を消し、じっと待つ。隠密スキルは実に重宝だ。ついでに周囲に探索魔法と王太子と彼女の周囲に結界魔法をかけておくのを忘れない。隠密スキルを使っても探索魔法には引っかかるんだよね。こちらに向かって近づいてくる赤いランプが五人ほど。さて、どう料理しようかな?一応、上司(王太子)に透明糸電話で聞く。

『五名ほど敵が近づいてきますがどうします?』

『そのまま放置、やり過ごす』

『ええ、なんで?』

『とにかく、黙って見ていろ』

『了解』

 このままの恰好でいるとつい眠くなる。忍者って意外と地味だよね。前世の戦国時代に暗躍したという本当に居たのかいないのかわからないという伝説の忍者たちを思い浮かべる。たまに思い出す前世の中でエセルはおばあちゃん子だった。子供のころから祖母が見る時代劇を一緒に見ていたせいか、時代劇に出てくる忍者が好きになる。それはもう真田十勇士とか服部半蔵とか黒覆面で陰で暗躍する忍者たち。まさか、異世界で忍者スキルを覚えられるとは夢にも思わなかったなあと郷愁を感じる。

 あ、探索魔法に青いランプが幾つか現れる。やっと来たんかいと突っ込みたい。遅すぎる。いつもなら、王太子付きの様々な影がいて、いろいろと動くはずなのに、今回はすべてが後手に回っている………違うなとやっと気が付いた。なぜ髪飾りとドレスが魔道具だった?つまり、王太子とエセルは囮だったというわけだ。がっくりと力が抜けた。もう勝手にやってほしい。こっちを巻き込むなよとまた心の中で王太子の悪態を吐く。



 土煙が巻き上がり、赤と青のランプが入り乱れ、面倒な状況になっているが、そこは得意のスキルスルーを行使。荒事はごめんだ。今までも、そう言った任務は外してもらった。前世は平和な日本で生まれて、突然の事故や悪意の人災や天災などがない限りは命の安全は保障されている。そんな世界で生きてきた意識の方が強くて、とても人を殺したいと思わない。できれば後免被る。それが最初に王太子とかわした約束事だ。「甘いな」と言われたが、そこだけは譲れない。

 危機感に感覚が研ぎ澄まされる。生臭い血の匂いに吐き気がもよおす。ここは日本と違う。それがひしひしと伝わる。殺らなければ殺られる。確かにエセルは甘いのだろう。そうした極限の世界で生きたことはない。過酷と言われる冥土の虎の穴時代も結局は安全だった。

 これからどんどん過酷になっていくのだろうか?

 王族の生き残りのサバイバルゲームは苛烈だ。

 なんせ、色ボケの王様のせいで正式な王子は七人もいる。庶子の王子に至っては数えたこともない。そんな中で王太子はよく生きてきたと感心する。正妃の王子は王太子のみ。しかも正式な王子の中の一番下の七番目の王子だ。正妃の子供が王太子になる。それははるか昔に決められたこと。きっと内紛で国が荒れた時期があったのだろうと推測される。前世でもよくマンガやアニメや小説の中ではよくある話だ。

 前世の歴史の中でも王位争いで百年も戦争した国があった。国の歴史とは頂点にいる王座を狙った争いの歴史でもある。またその王に如何に取り入り、王を傀儡として臣下が権力をふるうための足の引っ張り合いともいえる。歴史というものは勝ったものが書く。なので正確かどうかはわからないが、日本の歴史を紐解いても、有名な大化の改新や藤原家の摂関政治などいくつもの似たような話ははいて捨てるほどに出てくる。

 そもそも色ボケの王様が悪い。先代は賢王だったと言われるが、今の王は貴族たちの傀儡となり果てた。賢王のくせに王子教育の失敗だろうと恨みを込めて呪いをかけてやりたいがもう亡くなっているのでそれは無理。それに呪いの言葉を吐いたって、実際に呪いが発動するわけがない。残念ながら、エセルには呪いの魔法は身につかなかった。

 それにしても、この国の未来は大丈夫なんだろうかと心配になる。前回、たくさんの貴族を抹殺した。貴族ってある程度いないと国が成り立たないのではと王太子に聞いたら、子飼いの新興貴族をその後釜に当ててるらしい。子飼いって言葉に思わず前世の戦国時代の寧々かと突っ込みたい。豊臣秀吉の妻であり、子供に恵まれなかった彼女はたくさんの子を養子にして立派な武将に育てていった。その彼女の子飼いの武将が最盛期の豊臣家を支え、その後は彼女が後ろ盾になった徳川家を関ヶ原の戦いで勝利に導いたのだ。



 などと考えているうちに戦闘はこちらの勝利に終わったらしい。

「おい、例の身代わり人形を出せ」

 面倒くさいと言いながらも、空間を開いて身代わりロボットを出した。

「俺とおまえの分だ」

 最初から言えよと突っ込みたいがそこは黙ってもう一体だし、王太子とエセルがもう一組現れる。ほおっと溜息が周りから漏れる。王太子の影たちからだ。

「こいつらは襲撃で怪我をしてしばらく王都で静養する、いいな」

 と、王太子は影さんたちに身代わりロボットの方を指さし、縛り上げられて意識のない敵と一緒に連れて行かせた。



 そして、残ったのは王太子とエセルのみ。茶を所望され、空間から水筒と茶器とお茶うけのマドレーヌを出し、前世でのピクニック用の簡易テーブルセットもどきの魔道具を出し、それに腰かけて、王太子と二人、お茶の時間を優雅に過ごす。もちろん、周りに結界魔法を張るのは忘れないし、探索魔法も常時発動中。

 森の中なので薄暗いが、時々木漏れ日がちかちかと瞬く。静かだ。マドレーヌは作り立てのように美味しい。紅茶は厳選した茶葉の中から選んだため、橙赤色のちょっと甘めの味わいだ。疲れた時は甘いものを食べるに限る。まったりと紅茶を飲み、二つ目のマドレーヌに手をやると、呆れたような王太子の視線に気づく。

「にゃにゃきゃ?」

「口の中に食べ物を入れたままでしゃべるな、お前、本当に公爵令嬢か?」

 呆れ果てたと言った顔で彼はやっとマドレーヌを一つ手に取り口にする。おい、毒見させたつもりか?口の中の物を紅茶で流し込み、公爵令嬢の仮面を被る。

「もちろんでございますわ、殿下」

 そう、やればできる子なのだとエセルはえへんとばかりに威張る。なんだ、その残念な子を見るような目つきは。やさぐれてやる。
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