ぼくの受難の日々

安野穏

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エチゴヤさんと意外な出会い

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 ぼくという下働きを見つけたエチゴヤさんの隊商は、既に出発準備を完了済だったので、出発は二日後と決まった。隊商に参加する商家の者は、皆が気のいいおじさんばかりでびくついていたぼくは安堵した。ただ、警護に雇われているお兄さんやおじさんは、一癖も二癖もありそうでちょっと恐い。皆はぼくの作った料理に満足している様子で、「これはいい子が見つかった」とぼくの自尊心をくすぐってくれる。ぼくは満面に笑みを浮かべて対応した。

 準備が終わっているので、次の日のぼくにすることはなく、エイーガの街を歩き回って、知り合いに出会うという間抜けなことをしたくないぼくは、セイレンさんが最終チェックをするのを手伝った。

「おい、おまえ、本当は目が見えないんじゃないのか?」

 セイレンさんが積み込んだ荷物を調べている傍らで、ぼくは積み込んだ保存食料品の種類の再チェックを任された。細かい書類を見る仕事は、目の見えないぼくにとって大量の魔法力を消耗する。ぼくがうまく神霊魔法を使い、力の配分を考えれば造作もないことなのだが、ぼくにはまだ大っぴらに神霊魔法を使う自信がない。ぼくは次第に息が荒くなっていった。セレインさんはぼくの体調の変化に素早く気付いて、「バカ」と怒鳴った。

「目が見えないなら、問題外だ」

「違う、ぼくはきちんと見える」

「魔法でか。一体、どこへいくと思ってるんだ。死ぬ気か?」

 ぼくは頬をバシンと殴られた。殴った後、セレインさんはぼくの顔をジッと見た。

「ハハッ、あたしもバカだった」

 ぼくの顎をクイッと掴んで、セレインさんは冷ややかにぼくを見下した。

「当主のところのガキを見忘れるとはな」

 セレインさんはぼくを突き放した。ぼくはジクジクと痛む頬を擦った。

「全く、このセレインさんが騙されるとはな。どうして、北へ行く?あそこは、オーダ家のお嬢様が行くところじゃない」

「どうして?」

「あたしも、これでも一応はオーダ家の一員でね。まあ、直系のお嬢様と違って、殆ど傍系の貴族の末端にいるような家だけどね」

 きれいにまとめ上げた髪をセレインさんは、バサッと解いた。長い黒髪が腰まであって、ノブユキさん好みの女性だと直感した。途端にぼくの背中を駆け抜けるいやぁぁぁぁーーな予感。

「ハン、あの女そっくりの顔をしてるわ」

 ぼくは頭痛がして、頭を押さえた。こんなところで、ノブユキさんがらみのトラブルに巻き込まれたくない。セレインさんは頭の先からつま先までぼくを見極めるような視線で見た後で、カリカリと頭をかいた。

「まあ、もう過去のことだし、今更、ガキに文句言う筋合でもないからね。問題はおまえが女で目が見えないってことだ」

 これはもう駄目だ、ぼくは外される。ぼくはまた、振出しに戻って、ギルドに行くしかない。ハァァァッとぼくはため息を吐きながら、肩をガックシと落とした。

「いや、別に構わないんだよ、セレイン。私はこの子を見知っていたのだよ。国王主宰の料理大会では審査員も務めていたからね」

 エチゴヤさんはセレインさんの報告を受けても、一向に動じなかった。ああっとぼくは声を洩らした。エチゴヤさんがニコニコとぼくに微笑んだ。

「女の子が自分の髪を男みたいに短く切ってまで、北に行くには余程のわけがあるんだろう?そう、そう、婚約者が一人行方不明だったね。ああ、もう、元婚約者だったかな?」

 ぼくはたじろいだ。侮れない。たかが、商人といえど、この情報通はどういうわけだろう?エチゴヤさんは飄飄としていて、子供のぼくでは太刀打ちできない。

「確か、三ヵ月前だったかな、西の果てを通って、銀の髪の魔術士が北へ行ったのは」

「本当?」

 あっとぼくは口を押さえた。エチゴヤさんがホォッ、ホォッ、とお腹を揺すって笑った。ぼくは顔を赤らめて俯いた。

「男が原因というわけか。あの女の娘らしいな」

 セレインさんの声がブリザードが吹くくらいに冷たかった。

「若い証拠だ。セレイン、きみも昔はこの子のように血気盛んだったはずだ」

 エチゴヤさんをチラッと一瞥して、一抜けたとばかりにさっさとセレインさんは出て行った。ヤレヤレとエチゴヤさんは呟いた。



 それから、ぼくがエチゴヤさんに聞いた話。最初、ノブユキさんがパーティを組んでいたのは、魔術士のウェンさんという人とセレインさんだった。三人のパーティは結構有名で、エチゴヤさんは何度も彼らを用心棒に雇って北へと向かったそうだ。冒険者時代、特に女にだらしなかったノブユキさんにも一応のポリシーがあったらしく、パーティを組む女には絶対に手を出さなかった。それが、セレインさんには歯痒かったらしい。

 ある日、ウエストエンドに近い街で一人の魔術士をノブユキさんがナンパした。言わずと知れたルイさんだ。それが縁でルイさんがパーティに加わった。その頃のノブユキさんたちは、エチゴヤさんの専属用心棒みたいになっていたらしい。ルイさんが加わったことが原因で、パーティが破綻した。セレインさんとウェンさんはそのまま、エチゴヤさんに残り、ノブユキさんとルイさんは北エリシュオーネへ冒険の旅に出た。

 ぼくは身を乗り出して夢中になって聞いていた。ノブユキさんとルイさんが話したがらない青春時代。ぼくは香草茶をすすりながら、エチゴヤさんに先をねだった。

「それから、三年近く経って、二人にトレェードで出会った。セイレンのショックは端で見ていても気の毒だったよ」

 ぼくは俯いた。そうだ、その時、ルイさんのお腹にぼくがいたんだ。自分には手を出さなかったノブユキさんが、ルイさんとはそうした関係になった。ぼくだって、たぶん、レンダークさんがルイさん以外の人を好きになったら、ショックだ。もっとも、そういった不安は一笑に伏されるだろう。あのレンダークさんが他の女性を好きになるとは考えられない。




 セレインさんは大人で、ぼくとは違う。旅に出たぼくたちは、三十人分の食事をこなすために朝から晩まで働き詰めだった。ぼくはセレインさんの指図で一日中駆けずり回っていた。ぼくが女の子とわかっても、無事に旅ができたのはセレインさんが皆に釘をさしてくれたからだ。ぼくはどうしてセレインさんは過去は過去と割り切れるのか不思議だった。

「きみがノブとルイちゃんの娘かい?」

 一瞬、ぼくは息を飲んだ。銀の長い髪がレンダークさんを思いださせる。たぶん、レンダークさんがノブユキさんくらいになったら、こんな風になるのだろう。魔術士のウェンさんはそんな外見の人だった。ぼくは剥きかけのじゃがいもをポロッと落とした。

「ああ、ぼくはこれでも一応、ルーイ家の者なんだ。直系のきみとは血が遠いけど、エレメイン伯爵家とは血筋が近くてね」

 ぼくが落としたじゃがいもを拾い上げて、ウェンさんは微笑みながらぼくの手に置いた。

「ウェン、あんたは警備頭だろうが。こんなところで油売れるほど、この辺は安心できないはずだろう」

 セレインさんが嫌味たっぷりに言った。ウェンさんは頭に手を置いて撫で擦り、

「相変わらず、手厳しいな」

 言いながら、セレインさんの顎に手をかけて、流れるようにキスをした。ぼくは真っ赤になって、思わず下を向いた。バシンと頬を叩く大きな音がした。

「いい加減にしろ!」

「そうだね。きみがぼくにうんと言うまでは諦めないつもりだよ」

「あたしはオーダ家の者だ。ルーイ家の者とは仲良くできるか!」

 セレインさんがウェンさんに食ってかかった。ぼくは頭が痛くなる。ちょっと前のぼくを巡るおじいちゃんたちの争いを見てるみたいだ。元々、仲がいいと言い難かった両公爵家の当主がノブユキさんとルイさんのせいで決定的に決裂した。それは一族の者を巻き込んだ争いに発展して、今に致っている。いくら、おじいちゃんたちが和解したから、「はいそうですか」とは言い難い事情もある。

「もう、別に構わないだろう?両家の次代の当主は夫婦なんだからね」

 また、バシンとセレインさんがウェンさんの頬を叩いた。セレインさんはチラッとぼくを一瞥して、エプロンを外すとプイッと馬車の方へ歩きだした。

「うーん、もう少しだな?」

 ウェンさんはセレインさんを見送りながら、呟いた。ぼくはまたじゃがいもを剥き始めた。

「きみはどう思うかい?」

 自分の番でもないのに、サイコロを振られた気分だ。ぼくは顔も上げずに黙って、じゃがいもを剥いた。

「お嬢様方は意外と頑固らしいな」

 ぼくはウェンさんをにらんだ。ウェンさんは苦笑しながら、ぼくの前から去って行った。残念過ぎる。ぼくの周りの大人たちは、わけがわからないのが多すぎる。ぼくは嘆いた。
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