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二章 無意味の象徴
84話 『自分』
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──……レイは、彼女を見た
彼女は隻眼だった
髪が長くて、白いワンピースを着ていた
彼女が、倒れているレイを上から覗き込んでいる
「今更、なんでそんなに動揺してるの?」
彼女が黒髪を垂らして、腰を折って、レイを凝視していた
瞳を目尻まで移動させて彼女を見上げると、その瞳に彼女の微笑みが写り込んだ
「『ボクのことなんてどうでもいい』んじゃなかったの?」
どこか怖がらせるように子供に言い聞かせている節があるな。と、レイは思った。言い過ぎだ。とも。ただ、それを否定する事はできない。それを言ったのは、自分だから
「あの人達を、守りたい?」
彼女がしゃがんで、レイの顔が向いている先にそっと人差し指を立てて少女達を指さす
少女は──レイカは、ゲームをしていた。ネネは面白そうにマンガを読んでいた。コオロギはコントローラーを振り上げたり引っ張ったりしてレイカの隣に座っていた
「それとも守りたいのは──……」
彼女が指を反対側に向けて、あの景色が霞の彼方に消えていった
「──……自分?」
レイの後ろから、別の声は聞こえてきた。確かに、笑っていた。困っているような、嬉しそうな、楽しそうな、そんな声が聞こえてきた。それを聞いているレイの呼吸は、思考は、震え、荒く、粗雑になっていく
そこに振り上げられた一筋の矛はゆっくりと耳まで下ろされ、これまでのレイを否定するかの如く燦然とした切っ先をその耳元に示す
「レイは、どっちを守りたいの……?」
手が、体が、瞳が、髪が、頭が、脳が、思考が、揺れて揺れて揺れ動く。鼓動が、呼吸が跳ねて跳ねて跳ね上がる
吐息が荒い。慟哭する瞳は霞に消えた彼の景色をただひたすら見詰めて、ここまで来て再び判断を彼女に仰ごうとしている
「レイ」
そう、叱責するかの如く低い声で少女が言葉の矛を耳に突き刺す
「決めて……?」
うあぁぁああァァぁァァァぁぁァァァァああああァァああァァあああぁァあぁあぁああァァァあああぁああぁぁァァァあアァアアあアぁぁあァぁアああァあああああああああッッッ!!
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな!
喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るなッッ!
言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うなっ!
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!
「決めないと、全部、守れなくなっちゃうよ……?」
次は、左目に──見えないはずの眼窩にその景色は見えた
──血溜まりが、広がっていた。
その中心に立っている人の後ろ姿に、心当たりがあった。その下に、倒れている人達も。
「さあ、さあ、さあさあさあさあさあ!」
僕は、僕は……! 皆を守るために、ここにいるんだ……! それ以外は何もない! なくて良いんだ! 無い方が良いんだ! 僕はミズキさんがくれたあの場所を守るために来たんだ! それ以外の何物でもないっ!
「違うでしょ?」
違わない!
「レイが守りたいのは、弱くて、惨めで、価値も見出せない『自分』に、価値を付けたくて、捨てられたくなくて、一緒にいたいから、だから『守る』なんて勝手な理由付けして、無い価値をつけたんでしょ? 本当に守りたいのは、『自分』なんでしょ?」
しかし、その答えを出す前に突如として右腕がズレる感覚と共に赤く鈍い電撃が脳天を突き抜けて、眼前の不条理が全て白く消え去っていく
「がッ……! あァアあ……!?」
「──それに、私にはどうしてかあなたが気になります。もしかして、『勇者』さんですか?」
「おねえちゃんは?」
「レイくん!」
「さくらさん。あなたは目の前の事に集中していて下さい。……この戦いを、無意味にしたくなければ」
息を飲んださくらは血が滲むまで唇を噛み締めて、悔しそうに小さく一言だけレイに謝った。すみません。と。その上でカエデの質問攻めはまだまだ続く
「ねえ、おねえちゃ」
「質問です、『勇者』さん。もしあなたが答えなければ全て無くなると思っておいて下さいね? もちろんあなたも、後ろの子も、皆が、です。あなたが大切に想っている方々の命すら怪しくなりますよ?」
「だから、おねえちゃんは……?」
「──ッ!? こ、是枝さん……? この、戦い、は……争いを失くすためだって、レイカちゃん達を、守ってくれるって……でも、違うじゃないか。全然……。是枝さんは、何をどうしたいの?」
自分への問いかけも含めたその言葉は、しかしさくらは口惜しげに握り拳を作るだけで答えを返さなかった
「さて、質問です。あなたは──」
「だからっ、おねえちゃんは……ッ!?」
言葉を途中で遮られてしまったカエデは首を回してナツメに微笑みかける。その顔にはうっすらと狂気が滲み出ていて、二言三言だけ、ナツメに優しく強い口調で言い放つ
「黙れ。動くな」
たかだかそれだけの言葉で静止させられたナツメは訝しげに首を傾げて言葉に従わず足を一歩前に押し出した。──だが、その足を下ろした先は先程その足を乗せていた場所だった
ようするに、足踏みをしたのだ
「あなたはそこで大人しくしていてください」
そしてそれを見届けたカエデは今再び、レイに視線を向ける
「もう一度質問です。あなたは、『勇者』なのですか?」
期待に満ち満ちる表情で、しかしそれは縋るようにも見えるその表情にレイはただ一言だけ突き返した
「違います」
彼女は隻眼だった
髪が長くて、白いワンピースを着ていた
彼女が、倒れているレイを上から覗き込んでいる
「今更、なんでそんなに動揺してるの?」
彼女が黒髪を垂らして、腰を折って、レイを凝視していた
瞳を目尻まで移動させて彼女を見上げると、その瞳に彼女の微笑みが写り込んだ
「『ボクのことなんてどうでもいい』んじゃなかったの?」
どこか怖がらせるように子供に言い聞かせている節があるな。と、レイは思った。言い過ぎだ。とも。ただ、それを否定する事はできない。それを言ったのは、自分だから
「あの人達を、守りたい?」
彼女がしゃがんで、レイの顔が向いている先にそっと人差し指を立てて少女達を指さす
少女は──レイカは、ゲームをしていた。ネネは面白そうにマンガを読んでいた。コオロギはコントローラーを振り上げたり引っ張ったりしてレイカの隣に座っていた
「それとも守りたいのは──……」
彼女が指を反対側に向けて、あの景色が霞の彼方に消えていった
「──……自分?」
レイの後ろから、別の声は聞こえてきた。確かに、笑っていた。困っているような、嬉しそうな、楽しそうな、そんな声が聞こえてきた。それを聞いているレイの呼吸は、思考は、震え、荒く、粗雑になっていく
そこに振り上げられた一筋の矛はゆっくりと耳まで下ろされ、これまでのレイを否定するかの如く燦然とした切っ先をその耳元に示す
「レイは、どっちを守りたいの……?」
手が、体が、瞳が、髪が、頭が、脳が、思考が、揺れて揺れて揺れ動く。鼓動が、呼吸が跳ねて跳ねて跳ね上がる
吐息が荒い。慟哭する瞳は霞に消えた彼の景色をただひたすら見詰めて、ここまで来て再び判断を彼女に仰ごうとしている
「レイ」
そう、叱責するかの如く低い声で少女が言葉の矛を耳に突き刺す
「決めて……?」
うあぁぁああァァぁァァァぁぁァァァァああああァァああァァあああぁァあぁあぁああァァァあああぁああぁぁァァァあアァアアあアぁぁあァぁアああァあああああああああッッッ!!
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな!
喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るなッッ!
言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うなっ!
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!
「決めないと、全部、守れなくなっちゃうよ……?」
次は、左目に──見えないはずの眼窩にその景色は見えた
──血溜まりが、広がっていた。
その中心に立っている人の後ろ姿に、心当たりがあった。その下に、倒れている人達も。
「さあ、さあ、さあさあさあさあさあ!」
僕は、僕は……! 皆を守るために、ここにいるんだ……! それ以外は何もない! なくて良いんだ! 無い方が良いんだ! 僕はミズキさんがくれたあの場所を守るために来たんだ! それ以外の何物でもないっ!
「違うでしょ?」
違わない!
「レイが守りたいのは、弱くて、惨めで、価値も見出せない『自分』に、価値を付けたくて、捨てられたくなくて、一緒にいたいから、だから『守る』なんて勝手な理由付けして、無い価値をつけたんでしょ? 本当に守りたいのは、『自分』なんでしょ?」
しかし、その答えを出す前に突如として右腕がズレる感覚と共に赤く鈍い電撃が脳天を突き抜けて、眼前の不条理が全て白く消え去っていく
「がッ……! あァアあ……!?」
「──それに、私にはどうしてかあなたが気になります。もしかして、『勇者』さんですか?」
「おねえちゃんは?」
「レイくん!」
「さくらさん。あなたは目の前の事に集中していて下さい。……この戦いを、無意味にしたくなければ」
息を飲んださくらは血が滲むまで唇を噛み締めて、悔しそうに小さく一言だけレイに謝った。すみません。と。その上でカエデの質問攻めはまだまだ続く
「ねえ、おねえちゃ」
「質問です、『勇者』さん。もしあなたが答えなければ全て無くなると思っておいて下さいね? もちろんあなたも、後ろの子も、皆が、です。あなたが大切に想っている方々の命すら怪しくなりますよ?」
「だから、おねえちゃんは……?」
「──ッ!? こ、是枝さん……? この、戦い、は……争いを失くすためだって、レイカちゃん達を、守ってくれるって……でも、違うじゃないか。全然……。是枝さんは、何をどうしたいの?」
自分への問いかけも含めたその言葉は、しかしさくらは口惜しげに握り拳を作るだけで答えを返さなかった
「さて、質問です。あなたは──」
「だからっ、おねえちゃんは……ッ!?」
言葉を途中で遮られてしまったカエデは首を回してナツメに微笑みかける。その顔にはうっすらと狂気が滲み出ていて、二言三言だけ、ナツメに優しく強い口調で言い放つ
「黙れ。動くな」
たかだかそれだけの言葉で静止させられたナツメは訝しげに首を傾げて言葉に従わず足を一歩前に押し出した。──だが、その足を下ろした先は先程その足を乗せていた場所だった
ようするに、足踏みをしたのだ
「あなたはそこで大人しくしていてください」
そしてそれを見届けたカエデは今再び、レイに視線を向ける
「もう一度質問です。あなたは、『勇者』なのですか?」
期待に満ち満ちる表情で、しかしそれは縋るようにも見えるその表情にレイはただ一言だけ突き返した
「違います」
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