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一章 泡沫の夢に
40話 『終』
しおりを挟む「……レイ?」
ぇ……? あれ、君は……えっと……そう、リゼちゃん、だよね……?
「そうだよ。僕」
えっと……僕ね、今、急いでて……それでね──、
「レイは、僕をどう思ってるの?」
思ってる……って……どういう、こと……?
「答えて」
どう……って、言われても……リゼちゃんは、リゼちゃんで、ここに独りだけの、女の子……かな……? いや、でも、僕も居るから、一人じゃない……かな……? ごめんなさい。やっぱり、よく分からない。でも、優しいよ。リゼちゃんは。それだけしか分からないけど……。
「……本当に?」
うん。本当に。
「……じゃあ、許してあげる。レイ」リゼちゃんが僕の顔を見上げてきた。「負けないで」
え……? えっと……うん。分かった。
「約束だから」差し出してきた小指に、僕の小指を絡める。
分かった。約束。……三人の、約束。
「三人? 僕とレイの二人だけだよ?」
……ごめんなさい。間違えただけだよ。
「ふーん。レイも、間違える事あるんだ」
あるよ。何度も間違えた。たぶん僕は、きっとこれからも間違えると思う。
……そろそろ、目覚めるみたい。
だって、白と黒が入れ替わり始めた。
最後にネズミ色より少し薄い、灰色になって、段々白くなっていく。
「負けないで」
最後に、そう聞こえた。
※※※
「──りだっ!」
「ぃっっっっ……! だぁっ!」
頭が、痛い。ガンガンする……。……少し、目が見えるようになってきた。見上げる、違う? じゃあ、斜め上? どっちでも良い。そこに、血の付いたバットを肩に担ぐ丸坊主の人の顔が見えた。
ここは、何処だろう。暗くて、臭くて、なんだか、羽音が五月蝿い。
鼻を避けて何か垂れてる。きっと、血。
前に居る二人は血を流してない。なら、きっと僕だ。
「やっぱコイツ、弱くね?」
「だな。くっそ弱え」
耳鳴りも激しい。少し、まだ、ボーッとしてる気もする。だけど、大丈夫。約束だから。
なんとか、背もたれにしていた壁に手を付いて立ち上がった。
少し、結構、フラフラする。
睨み付けても、変わらない。
「まあまだ一発目だし。あともう二か三発でも打ち込んどきゃ死ぬだろ」
「だな」
僕が抵抗出来るのは、この、よく分からない、肘から先が剣になる。でも、凄く疲れるから、あまり多用も出来ない。
「じゃ、死ね」
っ……! 来た……! 頭の上に、来る! まずい、凄く、ゆっくりで、自分もゆっくりで──っ!? きゅ!
「ぃだッ!!」
「倒れる前にぃー、もーいっぱーつ!」
おな──っ! ぃっっだいっ!
お腹に……バットが入って、後ろの壁にぶつかった。
今度は、座っているような体勢になった。
「言い残す事は?」
「もういいじゃねえか」
「だってこれ言ってみたかったし」
「っ……そ、それ……では……見逃して、下さい……。お願い、します……」
見逃して、欲しい。
体中痛くて、太刀打ちできそうにも無い。
この間に、少しでも考えよう……。
……頭が回らない。何も思い浮かばない……。
この人達が、剣の、間合いに、入って来てくれたら、勝てる、かも……しれない。
「ざんねーん! 見逃さねーよ!」
予想通りだ。ここまでは。そして、この人はバットを振ってくると──来た。やっぱり。
この、振り下ろしてくる腕は、内側だ。
肩から肘にかけて力を入れる。普通の入れ方じゃなくて、少し疲れるけど、肩から肘にグッと引っ張るようにして力を入れる。それだけじゃない。そこから肘より下の方に伸ばすようにして力を入れる。
すると、出来た。丸坊主の人の肘に突き刺さって、バットが僕の頭を掠めて後ろの方に飛んで行った。
「いッッッづ!」
なんとか、闘える……。
闘うんだ。闘って、勝って、ミズキさんの所に、お葬式に、行くんだ……!
「はあ……はあ……はあ……」
「変質型かよ……! めんどくせーなぁー!」
丸坊主の人の事は無視する。丸坊主の人のは何か、物を引き寄せるとか、そんな感じの力で、もう一人のサングラスの人のは……よく分からない。でも、寒気がして、視界が悪くなって、倒れたのは憶えている。きっと、アレだ。
「ッ……! だァァアアア……ッ!」
「ぐふッ!?」
ッ……! 剣を肘で弾かれた上に鳩尾を殴られた……! 物凄い、痛い。壁に頭もぶつけた。それに痛いと言うか、フラフラする……。まずい……。
「ゥォラアアアアアアア……ッ!」早く! 剣で防御しないと……!
「ッ……!」
防御じゃなくて、斬った。肘から少し上の方を。斬られた手が、お腹の上に乗って来て、ゾッとした。今は、そうじゃない。サングラスの人はどこに……? ……居ない。丸坊主の人が、すぐ目の前で、泣いている。
「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……」
僕が、やったんだ……。
いつか読んだ事のある小説で、人の骨を断つのは、気持ち悪いって読んだけど……何も、思わなかった……。
だけど、震えてる……。剣から戻った右腕が、凄く震えている。
生温かくて、傷口から出てくる血が、ブレザーから服へ。そして、ズボンからパンツに染みて、肌に当たる。
……気持ちの良いものじゃない……。
「グッぞがアアアアアアアアア……ッ!」
ッ! ……もう、戻って、ダメだ。走って来る。凄く、ゆっくりで、フラフラする。ダメだ。もう何も出来ない。鼻の頭がくすぐったい。まつ毛がくすぐったい。
ミズキさん、ごめんなさい。
僕も、死んでしまうみたい。死。ミズキさん。ミズキさんは、レイカちゃんを助けようとして死んでしまったんだ。なのに、僕は……? ……僕は、そのレイカちゃんも助けられないで、周りに迷惑をかけて……ミズキさん、僕、まだ大丈夫みたいだよ。冷静はなれた。ほら、急に速くなった。
「ぐ……ッ!」首を掴まれて、壁に押し付けられた。まずい、座っているのに、この体勢は……!
「死ねェェェェエエエエエエエエ……ッ!」
まずい……ッ! 首が、音を立てている……!
殴っても、引っ掻いても、この腕は離してくれない……!
膝を蹴っても、全然、ぜんぜん──ッ! そう! アソコを……! 金的を……!
ッ! 蹴った! 思いっ切り、足を蹴り上げた。
でも、いきなり、丸坊主の人は、力を無くして、倒れてしまった。
「ごほっ! ごほっごほっ! ……はあ……はあ……はあ……。っ、そうだ。レイカちゃん……! カバン……あった。少し向こうに。良かった……良かった」
迎えに行こう。レイカちゃんを。
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