当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

226話 『乗り込んだ船はあまりにも小さい』

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「んにゅにゅにゅにゅにゅ……」

 くるくるとリビングにて回りながら、眉間にシワを寄せ、目を閉じ、考える。

 もう一度彼女を連れ出すための方法としては、今のところ三つ、答えが出ていた。
 まず一つ目はこっそりと彼女の部屋の窓から中に入って話してから外に出すやつ。
 二つ目は、家にむりやり入り込んでむりやり家の外に出すやつ。
 そして三つ目。なんとかして父親を説得してどうにかこうにかして連れ出させる作戦。

 個人的には三つ目を選びたい……が、説得自体そんなに得意な訳でもないし、なんなら最近はまだ良い方だけど、去年とかそれ以前はヤバかった。たぶん、クラスどころか学年最下位を競うレベルで酷い点数を取っていた記憶がある。

「にやちゃんかぁ……。遊びたいなぁ……」

 最後に一度、三回転ジャンプをキメて玄関の方へ正面を向けて着地。自分で拍手。そこまで楽しくない。──ふと、その瞬間、脳内に電撃が駆け抜け、妙案が浮かぶ。

「──そうだ! アレやろうアレ! 一度はやってみたかったし、たぶん丁度いい!」

 ※※※

 自室。携帯ゲーム機が散乱した机の上、丁寧に折られた一枚の手紙に鉛筆を乗せて立ち上がった。

「きっとこの機会を逃すとやる機会ないだろうし! 遊びに誘うならちょうどいいし! ──て言うか、乗り込む! 二番やってからの三番!」

 その他に引き出し、クローゼット、ベッドの下。色んな所を探し回り、ベッドの下、物を突っ込みまくっているその更に奥。荷物を色々と部屋にばら撒いてようやく見つけたそれと、机の上の手紙を手に取り、入り口から見て正面、自室から繋がっている人一人分程度の幅のバルコニーへ出た。

 左手を見れば、隣の部屋──つまりレイの部屋に繋がるガラス戸が見て取れ、右手にはこの家の正面から見えるもの。向かいの家に住んでいる二弥の家も、当然視界の内側だ。

「よし、ここからなら……!」

 手に持ったキッズアーチェリーセットを構え、二弥の部屋の窓に狙いを定める。

「……あ、手紙括り付けないと」

 レイカは今まさに、『矢文』を行おうとしていた。普通の生活を送っていればまずやる機会のないそれに、レイカの心は高揚感に満ち溢れていた。
 ちなみに、矢の先は吸盤になっているので窓を割る心配は無い。
 割って済むなら素手でやっている。

「届けぇ! 私の想いっ!」

 パシュッ、と静かな鋭さを纏った音を乗せて矢は二弥の窓にぴたっと張り付いた。直後、慌てた様子でカーテンを開け放った二弥の目をひん剥いた顔を見つけ、レイカはにやりと笑う。

「にやちゃんが窓を開けた時! その窓に突っ込む!」

 二つ目の思い付きと三つ目の作戦を混ぜ合わせた第四の選択肢と言っても過言ではない。と言うか、考え込んでても失敗するビジョンしか視えないから考えない。

「これが私流……!」

 親指を立てて自分に向けドヤ顔を披露するもその相手はどこにもいない。
 寂しい気持ちになったのでやめた。

 恐る恐る窓を開けた二弥の姿を見るや、キラーンと目を光らせたレイカは数歩後ろに下がり、横にアーチェリーセットを放り投げ助走をつけてバルコニーの手すりに足を乗せた。

 ずるっ。

「──んありぇぇぇえええ?」

 頭から落ちていくレイカは想定外の事にただただ困惑の色をその瞳に宿して近づいてくる地面を見つめる。考えている時間は無かった。と言うか、呆気にとられて何も考えられずにいた。

 世界の全てが怠慢していく中レイカは、ぽかんと口をあんぐりと開けて視界に広がっていく背の低い草を見つめ落ちている。

 そして、その目の前を炎を纏った情熱的なまでの速度でレイカを抱き抱え地面スレスレを飛んで行った少女の姿。

「──ッ!」

「う、おおお……。ビビった……」

 目を白黒させているレイカを抱き抱えている、と言うか、抱き着いている少女は、猫のような耳を立てて、髪の先端が炎のように揺れ、赤く揺れる瞳は真っ直ぐに責めるような視線をレイカに向けて見上げている。

「なんで……」

「んにゃあ?」

 じんわりと、その瞳が濡れる。
 その涙にぎょっと目を瞠ったレイカは固唾を飲んだ。

「なんで、あんなことするの……!?」

「え? だって、にやちゃんが引き篭もって出てくれないし、にやちゃんのお父さんには嫌われてるし、だったらにやちゃんを直接連れ出そうかなって。考えるの苦手でここまでしか考えてないけど……」

「……だって、お父さんが怒ったら、お姉ちゃんにも迷惑かかるし、私が関わらなきゃ、だいじょーぶだって……なのに、なんで……」

 こつん、と。

 額と額をくっつけたレイカは優しく語りかけるような口調で話す。

「にやちゃんが、大好きだから」

「ぇ……」

「私さ、こう、色々とバカな事したりするし、話題の芸能人だって分かんないし、運動神経だけは良いからさ、イジメられたりしてたんだよ?」

「ウソ……。お姉ちゃんは、優しいもん。優しくしたら、優しくされるはずだもん……」

「じゃあにやちゃんは、お母さんに優しくできなかったの?」

「優しくしたもん! ガンバって、お母さんの言うとおりにしてきたし、お母さんに褒めてもらえるよう努力もした!」

「それが答え」

「何が……」

「にやちゃんは優しくしてても、相手が優しくしてくれるなんてあり得ない。だって人は思い通りにいかないと怒ったり悲しんだりもするし」

 だから、と少し強めの口調で言いながら額を離し、二弥と目を合わせる。
 困惑している。一目で分かる、疑惑の目。何がなんだか分からない、混乱の目。

「ま、だからほっとけないし、共感しちゃったわけ!」

 抱き着いている二弥の体をぎゅっと抱き返し、そのほっぺたにすりすりと自分のほっぺたを擦り付ける。びっくりして目が点になる二弥は「え? え?」とじたばたと暴れた。

「にゃはは~……久々のにやちゃんほっぺ。ぷにぷにらぁ~……」

「っ!?」

「明日さ、レイくん帰って来るからちょっとしたサプライズするんだけどにやちゃんも一緒にやろうよ! にやちゃんも来てくれたらレイくんも喜ぶから!」

「お兄ちゃんが……?」

「このままゲームしちゃお! 遊ぼ! 例えにやちゃんのお父さんが来てももう心配いらないよ! 私、今度はちゃんと言い返せるから! あの時はちょっとビビって引いちゃって、ごめんね」

 一際強く抱き着かれ、二弥は、涙を流しながら笑顔を浮かべ元気よく返事をする。

「うんっ!」

 ※※※

 買い物し終えて帰路についていたネネは、レジ袋を片手に歩いていた。夕暮れに差し掛かるオレンジ色の太陽を見上げ大きく肩を落とす。
 片手に提げているレジ袋が音を立てた。

「私ってほんとヤな女……」

 とぼとぼと歩くネネは伸びる自分の影を見て悔しげに目を細めた。
 自転車で横切っていく母親と息子の二人乗り。楽しそうなその声を聞いていると余計に心の穴を突かれたような気がして、ネネの表情が硬くなる。

 延々と伸びる自分の影の頭を見つめ、ネネは意識的に口を噤む。その、どこか愛おしさと哀しさを同居させた瞳を細め、眉をひそめた。

 その影を見つめていると、見つめ返されたような気さえして、あまつその視線が、自分を責め立てているかのように感じ、自然、足下に視界が動く。

「危ない!」

 チリンチリン、と。

 ベルを鳴らされて慌てて左に避けたネネは後ろに自転車に乗って遠ざかって行く男性を眺め、それからすぐに帰路へとついた。

「ぁ……」

「…………」

 家の前に帰り着くと見知った、爬虫類のような顔の男が、ネネに気づいた顔で、怯えるような目で、見つめ返した。小さくではあったものの、声を上げてしまったネネは互いに見つめ合う形で固まってしまう。

 ふと、その顔に汗が流れているのが見られた。

 ちらりと彼の家の二階の窓を見てみると、風に靡いたカーテンが外に流れていた。
 驚きを隠せはしなかったが、声は出さずに下を向く。
 その間も、彼は黙り込んだままネネを見つめ続けていた。

「…………」

 敢えて、答えはしなかった。

 例え何があったとしても、子供に当たるのはよくない。それを分かっていない人とつるむ気もなければ、仲良くする気もない。──そして、彼がどれだけ焦っていても、きっと手を差し伸べる事はないだろう。

 彼の横を通り過ぎ、黙ったまま敷居をくぐる。早足だったかもしれない。けれども、かける言葉を見つける気も、探す気も、今のネネにはありはしなかった。

 ポケットから取り出した鍵で、扉を開ける。

「ただいまー」

「あっ! おかえりネネさん!」

 リビングの方からレイカが駆けてくるのが見えて、笑顔を作りながら後ろ手に扉を閉めた。夏前の外とは違う、ひんやりとした空気が体に染みて気持ちが良い。

「どうしたの? なんだか元気じゃない」

「聞いて聞いて! あのさあのさ!」

「一旦荷物を置いてからね……。なんだか疲れちゃって……」

「えー!? ──にゃは。うん! それでおーけーっ!」

「今、一瞬だけニヤッて笑ってたけどなんなの?」

「なーんでーもなーいでーす!」

 楽しそうに廊下を走ってリビングまで戻って行ったレイカの背中を、どこか寂しげな表情で見送るネネ。振り返らずに離れていく少女の背中から目を背け、靴を脱いで、キレイに並べ、リビングへ。

「……ぁ」

「……おじゃま、してます」

 ソファに隠れるように、顔の下半分まで隠した二弥が、そこにはいた。
 恥ずかしそうに顔を赤くする二弥を見つめ、きょとんと、一つ瞬きをする。

「……いらっしゃい、二弥ちゃん」

「驚いたでしょっ!」

 自慢したげにきらきらと明るい笑顔を向けてくるレイカに一歩だけ引いて、少しぎこちなく頷いて見せた。

「そ、うね。うん。驚いた驚いた……」

 生返事をしながらキッチンに物を置いたネネは大袈裟にため息を吐き、凝り固まった肩を回して音を鳴らす。パチン、と両頬を挟み込むように打ったネネは、意気込みを見せて唇を尖らせる。

 驚いた二人が揃ってネネを見つめていると、ネネは大きな声で告げた。

「私、ちょっと行ってくるわ!」

 殺伐としたゲームの音楽だけが流れる室内。人の声が消えてなくなった。

「え、どこに?」

 レイカが尋ねると、ネネは仕返しだと言わんばかりにニヤリと笑い、いじわるな顔をレイカに向ける。

「ひ・み・つ」

 ウィンクの後、ネネは玄関へ歩いて行き、外へ出て行った。
 それをリビングから見つめていた二人は互いに顔を見合わせて首を傾けていると、すぐに扉が開き、ネネが帰って来る。一人の男性を引き連れて。

「────」

 二弥の顔が、強張った。





[あとがき]
 次回で!四章!最終回!

 もっとストーリーの組み方も、文章も上手くなりたいけど!四苦八苦!
 特に、四章最後の描写、何度も何度も書き直してそれっぽく書けました。

 ──と、言う訳で、次回予告っぽいものへ!

 自らの後悔と対峙する二弥。頬を固くし、誰もその心には助け舟を出せない状況に、喉を鳴らす。レイカは二人の出す答えを見届け、ネネが冷たい瞳でそっと吐き出す。

「……私って、ほんと嫌な女」

 ──一方、闇の彼方で目が覚めた光に包まれた少女が一筋の涙を流した。

 次回!四章最終回!『終わり告げる涙』お楽しみに!

 はい、四章、明日で終わりです。
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