当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

179話 『それぞれの思惑』

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 ──暗い部屋に、一人ぼっち。

 あるのは、散らかされたクレヨンと、落書きされた幾つかの紙。そして、その少女よりも大きなクマのぬいぐるみ。たった一人、ぽつんと少女は部屋の中央に座っている。

 少女は、ただただ昏い笑みを湛え、座っていた。

 その少女の正面にあるドアは、シンと静かに閉じられていた。

 ※※※

 朝起こされて、お父さんとゆうくんとご飯を食べて、ちょっとだけテレビを見てから、ゆうくんに学校に行けるか聞いてみた。ゆうくんは、答えづらそうだった。たぶん、まだ無理なんだろうな、って思った。

 いつもぎりぎりだけど、遅刻せずに学校に着けてるから、セーフ。

「やっ、おはよう、川田さん」

「んー?」と振り返る「あー、ホリさんだー」

 手を挙げて小走りして来るホリに、しずかは笑って手を振る。

「川田さんもぎりぎりだね」

 隣にホリが来て、再び歩き始めた。
 ホリは少し肩を弾ませて楽しげな笑顔を浮かべて歩く。

「そーだよー。でもー、レーカちゃんはいっつも早いのー」

「あー、確かに。石田さんって学校に着いた時にはもういるよね」

「たまーにねー、このくらいの時間に来る時もあるんだよー」

「へぇー」

「たまに屋根走ってるのー」

 うんうん、と頷こうとして、ホリの笑顔が固まった。
 笑顔のまま「え? 屋根?」と尋ねてみたら、しずかはどこか自慢げに笑って背負っていた鞄を背負い直した。

「すごいよねー」

「あ、うん。そだね、すごいね……」

 あははははは、と乾いた笑いを浮かべて「そうだ」としずかの方を向く。
 しずかもホリの方に目だけを向けた。

「川田さんって弟さんいたよね?」

 突然の問い掛けにしずかはその瞳を瞬かせて、きょとんと小首を傾げる。

「いるよー。どうしたのー?」

「良い子だよねー。昨日、家に行った時もお菓子とジュースまで出してくれて」

「でしょー。私の自慢の弟だもんねー。ゆうくんはー」

「あの子って最初、女の子に見えてたんだけど……男の子って話、ほんとなの?」

「そーだよー。ゆうくんはちゃんとした男の子ですっ。──でもー、女の子みたいって言われるの嫌そうだからー、できるだけゆうくんの前ではー」

「うん。おっけー。言わない言わない」

 指で輪っかを作って白い歯を見せて笑ったホリはどこか気まずそうに笑う。

「ありがとー」

 にこっと笑って見せた。

 二人はそのまま定刻ぎりぎりに校門を潜り、自分達の教室に入って行った。
 レイカが自分の席で頭を捻り、宿題をしている姿が見えて、ホリは苦笑する。

 しずかはそれでも、やはり朗らかで柔らかそうな笑顔を崩さなかった。

 ※※※

『獣』が壁を引っ掻き抉り取る。それをあわや、壁に背を付けたまま爪を屈んで避けて、狼だった彼女が『獣』に飛びついてその首に噛み付き、引き千切った。
 赤い血が辺りに撒き散らされる。

 ──もう、何度も見た光景だ。

「二人とも早く!」

 襲い掛かる『獣』を斬り伏せたレイが叫ぶと、壁に背を預けて屈んでいた杉浦は奥へ奥へ、有馬夕の背中を追って走って行く。元狼の彼女もその後ろを走って行く。隣り合う建物の屋根の上から二匹の『獣』が飛んで来る。剣をその身に納めながら右側の壁に見えた扉のドアノブを足場に空中を落下最中の『獣』達の片方に一気に迫り、拳をぶつける。

 その破壊力に空中で回転。次いで鋭利な爪がレイに接近し、振り返ろうとしたレイの首筋を掠め、血が重力に置いて行かれて空中を舞う。その手を引っ掴みながら引き寄せて顎を蹴り上げ、その勢いで回転する体を無理矢理横によじって足を地面に着け、着地した。

「──急がないと……!」

 襲来する『獣』の集団、それらに取り囲まれながら、レイ達五人は走っていた。
 あちらこちらで『獣』の遠吠えが聞こえてくる。辺りに反芻するそれらを聞きながら、レイは急ぐ。加速していくレイの体が『獣』を体当たりで吹き飛ばし、次の十字路を右から襲って来た『獣』を蹴って壁に叩きつけた。次に前方から迫り来る奴を、抜刀しようと立ち止まる有馬夕を追い抜き、殴って崩れさせる。

「──っ!?」

 構えて、しかし驚きに目を見開く夕に、レイは「行って! 早く!」と怒鳴りつけた。

「こんなのをこれ以上出さないために!」

「ッ。すみません!」

 走り出した夕を見つめ、ほっと一息ついて──

 ──皆を遠ざけて?

 突如、頭の中でその声が響いた。

 うるさい……、と首を振って否定するが、一度現れたその言葉はそう簡単には消えてはくれなかった。

 四人が横を走り去って行くのを感じ、ハッとする。耳元で、寒気のするような声音で、彼女の言葉が鼓膜を震わせる。

 あなたは、自分が良ければそれでいい、そんな、子供じみた考えの持ち主なんだから──。

 違う。ボクは、皆を助けている。こうして、さっきから、皆を襲う化物を斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って──……。

「お兄ちゃん……?」

「ぇ……?」

 袖を引っ張られて、レイはハッとする。見れば、ナツミが眉をひそめてレイを見上げていた。瞬きを挟んで、それから「ど、どうしたの?」と少し早口で言う。

「お兄ちゃん、ムリしちゃ、ダメだよ……?」

「無理なんて……。どうしてそんな事……」

 ナツミは少し言いづらそうに目を背け、それからちらと上目遣いに、推し量るように、辿々しく言う。

「あの時と、同じ顔して、笑ってた、から──」

「あの時、って……?」

「助けて、くれた時」

 レイは少しだけ目線を逸らし、それからナツミに微笑んで見せる。

「ああ、うん。思い出したよ」

「その時も、お兄ちゃん、笑ってたから……」

「今度も、大丈夫だよ」

 不安げなナツミの頭を撫でると、首を竦めて、ナツミはレイの顔を見上げた。

「──急いでください! 『獣』達が来ていない今の内に……!」

 少し先で夕が手を振って叫んでいる。そちらに目を向けて、ナツミに目を戻すとそっと手をどけた。ナツミは、まだ不安げにレイを見上げている。

「行こう、ナツミちゃん。急いで、お母さんを助けなきゃね」

「っ! うん!」

 ──二人の様子を近場で見つめていた杉浦は、目を細めてレイを睨んだ。走る三人の後ろを走って行き、隣を走る狼だった女性が声をかける。

「どうか、しました、か?」

「……なんでもねえよ」

「そう、ですか」

 杉浦は、訝しむような目でレイの後ろ姿を睨み続けていた。

 遠くで、何かが吠える音が、木霊する。

 ※※※

 ──少年はレジ袋を片手に建物群の上を歩いていた。
 それはまるで俯瞰しているかのようで、地上の人々を眺めるために端の方を一人、歩いていた。ふと、少年は背後に気配を感じて振り返る。

「誰だ……?」

「あーっ! 見ーっけた!」

「なんだ? 儂になんか用か……?」

「いやぁ、探した探した。なんて言ったって頼まれちゃってたから。ねえ、君」

 少年は、現れたまだ年端もいかないような少女を威圧するような鋭い目付きで睨みつけた。その視線を面白がるようにけたけたと笑いながら、

「こわぁい」

 その様子に軽く舌打ちしてため息を吐く。

「ぬかせ。怖がってる奴がんな面白がって言うかよ」

「それもそーだね。前にも言われたような気がするよ」

「それで? なんの用だ」

「君を殺しに来たんだ。ね? アリス」

 少女の後ろには、礼儀正しそうに立つ女性の姿があった。

「へぇ……」

 ただ、その女性には蛇の様に巻いた角が頭から二本、生えていた。
 白いブラウスと胸元に黒いリボンが特徴的な服装に、少年はけたけたと笑う。

「アリス、ねぇ?」

「何か感じたりするの?」

「んんや。しないな」

「そっか。まー、そーだよねー」

「なんだぁ? 何かあったのかよ」

「君には関係ないよ。──さて、そろそろ動こうかな」

「勝手に言っとけ。儂ぁ忙しいんだ。じゃーな」

 ──フッ、と少年の姿が消える。
 それに少女は背後を振り向いて、それから、んー、と小首を傾げる。

「追い駆けないとね。──でも、勝てるかわかんないなぁ……。あの力、あの子から貰ったと思ってたのに……」

 ちらりと見れば、少女は腰に手を当ててほっぺたを膨らませていた。

「もともと魔力を持っていたとは思わなかったな」

「──用事は済みましたか……?」

 その視線に気づいて、少女は肺の中の空気を吐き出した。
 隣に立つアリスを見上げ、少女は笑う。

「ああ、アリス。どうせ、殺す機会は幾らでもあるんだ。今は気長に行けば良いよ。それにね、声が聞こえてくるんだ」

「声が……?」

「ああ、とっても甘美な──」

 くつくつと、楽しそうに、悪戯を仕掛けた子供のような笑みを浮かべて少女は呟く。

 ──悲鳴がね。

 ※※※

 ──背の短い草が、揺れていた。

 草を優しく撫でていく風が囁きかけるような音を立てて耳元を通り過ぎて行った。
 落ち着き始めた人々の悲鳴や焦りが溶けていくかのような、そんな緩やかな風が。
 踏み出すと、草が潰れる音が聞こえて、目線を下ろした。

 影が、自分の足下を覆っている。ザッ、ザッ。聞こえる。草を踏んで、その下の土を蹴る音が。聞こえる。波立つ湖の音が。聞こえる。そよぐ風の音が。

 いったいいつぶりだろう。こんな風に、自然の音を聞けるようになったのは。

「んんーっ」

 人が一人としていない原っぱの上で、彼女は背伸びをした。

「──ああ、良い気持ち」

 柔らかな笑みを浮かべて、青い空を見上げた。
 澄み渡るその青空は、手で庇を作り歩き始めた彼女を歓迎するかのように両手いっぱいに広がっていった。

「……皆を、探さないとなぁ」

 のんびりとした口調で女性はそんな事を呟いた。





[あとがき]
 アリスちゃん達二人は四章にはそこまで深く関わってきません。
 ただ、あの二人は全体の話には深く関わります。使命感のようなものを感じたので書きました。
 もはや定期になった月末連続更新。明日もお楽しみに!
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