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四章 進む道の先に映るもの
173話 『滲む爪痕』
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「……ねえ」
レイが、声をかけた。
それに動きを止め、彼女は振り返る。
「……何?」
「一つ、聞いてもいい……?」
「ええ」
「あなたは──叔母さんは、知ってるの?」
「……なんの事かしら」
「知らないのなら、いい。少し気になっただけ、だから」
まだ震えている体は、アスファルトに水の足跡を付けて、彼女の背中を追って歩いていた。きゅっと、袖に皺ができるほど、レイは自分を抱き締めていた。髪からぽつんと雫が落ちる。ミズキが、不安げな面貌でレイを見つめている。先を行く彼女は、足を早めた。
「あ、レイくん」
「な、何かな?」
「そう言えば、言い忘れていた事があったです」
ミズキの方に向いて、レイは首を傾けた。
水が鼻の横を通り筋を描いて落ちていく。
「実は私……」と、一つ深呼吸を挟んだ。「レイくんとファーストキスできなくなってるです」
「ふえ?」
「だってだって、レイくんに触れないと、ファーストキスもできなくなっちゃってるじゃないですか。せっかくのお付き合いだったのに……がっかりです。ごめんなさいです。レイくん」
「べべっ、別に、良いよ。──それより、急にどうしたの?」
「なんだかレイくんが落ち込んでいるように見えたので、空気を和ませようとしてみたです。レイくんへのラブが爆発です」
「あ、あははは……」
「優しいのね、精霊さんは」
「私はレイくんの彼女ですからっ」
自慢げに胸を張るミズキを見て、レイは、笑う。涙が出た。笑いが止まらず、お腹を押さえ、丸くなる。涙が、涙が止まらない。
「レイくん」
笑いが止まらなくて、とてもじゃないけれど答えられない。
「困った時は、寂しい時は、私を頼って欲しいです。私と、契約したですから、ずっと一緒にいるって。苦しい時も、楽しい時も、レイくん一人で抱え込まないで欲しいです。──相談、して欲しいです」
寂しげなその声に、レイは笑いがゆっくりと止まっていき、うん、と涙を拭きながら、そう言った。見れば、顔が赤くなっている。でも、目は逸していない。
「相談、するよ。ミズキさんに」
「ありがとうです」
にこっと笑うその顔を、守りたいと、もう、失くしてはならないと、そう思った。
──瞬間、ぴちゃ、と、そう聞こえて、レイは目を見開いた。
「……ぇ」
動きを止め、下へと目を向ける。引っ張られて、後ろに下がらざるを得なかった。
血が見えた。血溜まりが見えた。──やはり、彼女達が関与しているのだろう。
「下がってレミちゃん。私より前に行っちゃダメよ」
振り向くと、彼女がレイの手を捕まえていた。
「……私が、先に行くから。そういう約束だもの。あなたは、私の後ろをついて来るだけで良いから──」
どっと人混みが小道に侵入してくる。
彼ら彼女らが叫び、声を張り上げ、レイ達を押し退け、押し流し、人の濁流が小道を乱す。
「きゃああああああああ!」「どけどけどけぇぇええ!」「ままぁぁぁあああああ!」「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろぉぉぉ!」「うわああああああああっ!」「邪魔だどけよ!」「押すな押すな押すな!」「なんだあの化物!」
──化物。そのフレーズを聞き、レイは泣きそうな目で、耳を塞ぐ。しかし、人の濁流はその動作すらもレイに許さず、塞いだ所で耳元で叫ばれ、耳から手を剥がされ、塞ぐ事すら叶わない。
「レイくん!」
はっ、と顔を上げる。
ミズキのこちらを慮る表情が見えて、レイは「大丈夫」と右目に浮かんだ涙を拭いて人の濁流の向かう先を見やる。どこに向かっているのかは分からない。
けれど、こっちにナツミちゃんがいるのなら──。
レイは辺りに首を巡らせる。見える範囲に知り合いは──、
「萌葱さん!?」
「──っ!」
声にならないようで、彼女はレイを見つけると咄嗟に泣き出しそうになりながら、人の流れに飲み込まれていく。手を伸ばすも、それは人の波に弾かれ、レイへと伸びて来ない。
「くっ、そぉ……!」
彼女がいる場所はそう遠くない。少し左に行ければ、後は待っていれば自然と流れてくる形に──しかし、それもできない。人の流れが強く、彼女の下へ行くにしても人を掻き分けながら進まなければならないが、人の流れがそうはさせない。
手を伸ばす。届きそうで、届かない。もう少し、もう少し。近づいている気がする。あと、もうちょっと……!
「届いた、ぁ──っ!」
指先だけの拙い繋がり。それでも、無いよりかは随分とマシになる。それを頼りにレイは、できるだけ流れに逆らい、萌葱に少しずつ近づいていく。手を掴む。後は、この手の方へと人の間に体をねじ込んで、手を曲げて、引き寄せながら、近づく。
「剣崎くん……!」
「萌葱さん!? なんでこんな所に!」
「皆と、はぐれて……。でも、剣崎くんも、なんで!?」
「──ボクは、人に押し流されて、ここまで」
萌葱が目を伏せて人の波に揉まれ、悲鳴が聞こえてきた。それも、相当近く、断末魔のような、そういう類いの悲鳴が。
「な、なに!?」
「なんでこんな時に──!」
怪訝に眉をひそめる萌葱に目を向けず、レイは自分達の後ろ、濁流の終わりへ目を向ける。終わりは、すぐ目の前に迫って来ていた。
濁流が、終わる。
ふっ、と、体が解放されたような妙な感覚を覚えながら、レイは立った。そこには、人を喰らう、潰れた犬のような、ライオンのような顔をした、全身が毛で覆われた怪物がいた。倒れている人は、まだ抵抗している。爪を振り上げる。組み伏せられた男が叫ぶ。こちらを見る。救いを求めるような目で。
握られる力が強くなった。
バシャッ、と弾けるような音が鳴り、怪物の目が濡れて萎れた毛に隠れる。
「レイくん! 助けるです!」
「ぁ、うんっ!」
萌葱は、振り解かれた手に目を瞠る。
走り出した。右腕が黒く変色し、増大する質量が剣の形を帯びる。それを振り下ろし、獣の肩口にめり込んで「ぎゃうん!」と悲鳴が上がる。赤い血が、レイの顔に飛び散る。怪物が倒れる。男がそこで動けず、怪物の死を眼前で見届けた。
どろりと、液体状の『何か』が眼帯の奥から垂れる。レイは、右目だけを萌葱に向けて、しゅるりと剣が液状化して、腕を形作るような感覚を味わう。それは、まるでのりで物を引っ付けたような感覚に近かった。
「──けん、ざき、くん……?」
レイが見た彼女の目は、見開かれていた。瞳孔が小刻みに震えていた。体を見れば、全身が震えていたのが分かった。──へなへなと、萎れるようにその場に崩折れ、ぺたんとお尻を地面に着けた。
「え、何が……?」
「……内緒に、してくれるかな?」
「えっ……?」
「さっきの事」
「あ、うん」
「ありがとう」
目を細め、微笑んで彼女を見つめた。まるで、貼り付けたような笑みを浮かべて。その固そうな微笑みを、ミズキは黙って見ていた。
「ねえ、萌葱さん。少し質問してもいい?」
手を差し伸べて、レイはにこっと微笑んで見せた。その手を握ってなんとか立ち上がった萌葱は「えっと」と前置きし、目を伏せてからこくんと頷いた。
「ありがとう」と笑顔で返し「この辺りで女の子を見なかった?」と聞く。
「……その、うんと……何人か、あの人達の中に、いた、よ? どんな子なの……?」
「髪の毛は短くて、歳はたぶん、十歳くらい。背が胸の下辺りの女の子。あと、目がちょっと丸い感じ」
特徴を伝えると、萌葱は考え込むように顔を背け、横に振る。
「ごめんね、言われれば、分かると思ったんだけど……ちょっと、分かんない」
「そう……。気にしないで。そう言えば、滝本さん達はどこに行ったのかな」
「えっと、元々、集合場所に集まるって話を、してたんだけど……」
「ここから、遠いかな……? せめて、ここがどの辺りか分かれば──ッ!?」
呻き声が聞こえてきた。腹の底に響くような、そういう類いの呻き声が。
「まずい、一度、ここから避難しよう」
萌葱が目を丸くしたまま頷くと、レイは怪物に組み伏せられていた男性に向き直り、「遅れてすみません。怪我とか、ないですか?」と聞く。ミズキが「ないですよー」と言ってくれて、男性から怪物の死体をどける。
「だ、だい、じょ、ぶ……」
「良かったです。じゃあ、またあの化物が襲って来ても敵わないですし、避難しましょう。もう少し奥に入れば、身を隠しやすくなります」
「わ、分かり、ました」
手を伸ばして、掴んで、引っ張って。そうして男性を立ち上がらせると、レイは後ろに棒立ちしていた萌葱に声をかけた。
「萌葱さん」
「は、はい……っ!?」
「一旦、安全を確保して、それから向かおう。滝本さんも、きっとそうするはずだから」
にこっと笑って見せると、彼女は、顔を強張らせてこくんと頷いた。
「一応、ボクが前に出るよ。後ろからついて来てね。何かあれば、呼んで」
そう言って、レイは小道の奥に進んで行った。
※※※
タッタッタッタッ。
屋根を駆け、家々の間を飛び越え、時に立ち止まり、鼻を鳴らす。そして近くに彼女がいない事を知ると、その合図の遠吠えを上げる。そして再び捜索を開始する。
これらを続け、かれこれ一時間以上が経過している。
バドルドは、急いでいた。
恩を仇で返すような仕打ちは、彼女と同じだから、それだけは決してしまいと。
──遠くで同じ遠吠えが響いた。バドルドは狼の状態で、屋根の上を駆けている。
頭が痛くなるような状況下で、ここまで探しても見つからない。おかしい、何か、細工を仕掛けられ──、
同族の悲鳴が聞こえてきた。爪を立て、急停止する。
何か、大きな異変が起こっている。それだけは分かっている。それだけしか分かっていない。バドルドは目を細め、低く唸った。
「ろかかっ。どーゆー事だぁ? 儂の『皐月ちゃんポスター』をズタボロにしやがって。なあ、おい?」
にこにこと笑顔を浮かべながら、彼の足下で痙攣している数匹の同族を見て、バドルドは顔を歪める。
『コレハ、オヌシガ……?』
「狼がこんな都会で走ってるんじゃねーよ。大人しく森に帰れ。さもなくば死ねよ、なあ」
そう言って、少年は瞬間移動でもしたかのようにバドルドの眼前に現れた。
「どうだ? え?」
目を瞠ると同時に、バドルドは蹴り上げられ吹っ飛ばされていた。
[あとがき]
連続更新二日目、早速更新遅れてすみません!
楽しんで頂けたら幸いです。
連続更新明日もよろしくっ!
レイが、声をかけた。
それに動きを止め、彼女は振り返る。
「……何?」
「一つ、聞いてもいい……?」
「ええ」
「あなたは──叔母さんは、知ってるの?」
「……なんの事かしら」
「知らないのなら、いい。少し気になっただけ、だから」
まだ震えている体は、アスファルトに水の足跡を付けて、彼女の背中を追って歩いていた。きゅっと、袖に皺ができるほど、レイは自分を抱き締めていた。髪からぽつんと雫が落ちる。ミズキが、不安げな面貌でレイを見つめている。先を行く彼女は、足を早めた。
「あ、レイくん」
「な、何かな?」
「そう言えば、言い忘れていた事があったです」
ミズキの方に向いて、レイは首を傾けた。
水が鼻の横を通り筋を描いて落ちていく。
「実は私……」と、一つ深呼吸を挟んだ。「レイくんとファーストキスできなくなってるです」
「ふえ?」
「だってだって、レイくんに触れないと、ファーストキスもできなくなっちゃってるじゃないですか。せっかくのお付き合いだったのに……がっかりです。ごめんなさいです。レイくん」
「べべっ、別に、良いよ。──それより、急にどうしたの?」
「なんだかレイくんが落ち込んでいるように見えたので、空気を和ませようとしてみたです。レイくんへのラブが爆発です」
「あ、あははは……」
「優しいのね、精霊さんは」
「私はレイくんの彼女ですからっ」
自慢げに胸を張るミズキを見て、レイは、笑う。涙が出た。笑いが止まらず、お腹を押さえ、丸くなる。涙が、涙が止まらない。
「レイくん」
笑いが止まらなくて、とてもじゃないけれど答えられない。
「困った時は、寂しい時は、私を頼って欲しいです。私と、契約したですから、ずっと一緒にいるって。苦しい時も、楽しい時も、レイくん一人で抱え込まないで欲しいです。──相談、して欲しいです」
寂しげなその声に、レイは笑いがゆっくりと止まっていき、うん、と涙を拭きながら、そう言った。見れば、顔が赤くなっている。でも、目は逸していない。
「相談、するよ。ミズキさんに」
「ありがとうです」
にこっと笑うその顔を、守りたいと、もう、失くしてはならないと、そう思った。
──瞬間、ぴちゃ、と、そう聞こえて、レイは目を見開いた。
「……ぇ」
動きを止め、下へと目を向ける。引っ張られて、後ろに下がらざるを得なかった。
血が見えた。血溜まりが見えた。──やはり、彼女達が関与しているのだろう。
「下がってレミちゃん。私より前に行っちゃダメよ」
振り向くと、彼女がレイの手を捕まえていた。
「……私が、先に行くから。そういう約束だもの。あなたは、私の後ろをついて来るだけで良いから──」
どっと人混みが小道に侵入してくる。
彼ら彼女らが叫び、声を張り上げ、レイ達を押し退け、押し流し、人の濁流が小道を乱す。
「きゃああああああああ!」「どけどけどけぇぇええ!」「ままぁぁぁあああああ!」「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろぉぉぉ!」「うわああああああああっ!」「邪魔だどけよ!」「押すな押すな押すな!」「なんだあの化物!」
──化物。そのフレーズを聞き、レイは泣きそうな目で、耳を塞ぐ。しかし、人の濁流はその動作すらもレイに許さず、塞いだ所で耳元で叫ばれ、耳から手を剥がされ、塞ぐ事すら叶わない。
「レイくん!」
はっ、と顔を上げる。
ミズキのこちらを慮る表情が見えて、レイは「大丈夫」と右目に浮かんだ涙を拭いて人の濁流の向かう先を見やる。どこに向かっているのかは分からない。
けれど、こっちにナツミちゃんがいるのなら──。
レイは辺りに首を巡らせる。見える範囲に知り合いは──、
「萌葱さん!?」
「──っ!」
声にならないようで、彼女はレイを見つけると咄嗟に泣き出しそうになりながら、人の流れに飲み込まれていく。手を伸ばすも、それは人の波に弾かれ、レイへと伸びて来ない。
「くっ、そぉ……!」
彼女がいる場所はそう遠くない。少し左に行ければ、後は待っていれば自然と流れてくる形に──しかし、それもできない。人の流れが強く、彼女の下へ行くにしても人を掻き分けながら進まなければならないが、人の流れがそうはさせない。
手を伸ばす。届きそうで、届かない。もう少し、もう少し。近づいている気がする。あと、もうちょっと……!
「届いた、ぁ──っ!」
指先だけの拙い繋がり。それでも、無いよりかは随分とマシになる。それを頼りにレイは、できるだけ流れに逆らい、萌葱に少しずつ近づいていく。手を掴む。後は、この手の方へと人の間に体をねじ込んで、手を曲げて、引き寄せながら、近づく。
「剣崎くん……!」
「萌葱さん!? なんでこんな所に!」
「皆と、はぐれて……。でも、剣崎くんも、なんで!?」
「──ボクは、人に押し流されて、ここまで」
萌葱が目を伏せて人の波に揉まれ、悲鳴が聞こえてきた。それも、相当近く、断末魔のような、そういう類いの悲鳴が。
「な、なに!?」
「なんでこんな時に──!」
怪訝に眉をひそめる萌葱に目を向けず、レイは自分達の後ろ、濁流の終わりへ目を向ける。終わりは、すぐ目の前に迫って来ていた。
濁流が、終わる。
ふっ、と、体が解放されたような妙な感覚を覚えながら、レイは立った。そこには、人を喰らう、潰れた犬のような、ライオンのような顔をした、全身が毛で覆われた怪物がいた。倒れている人は、まだ抵抗している。爪を振り上げる。組み伏せられた男が叫ぶ。こちらを見る。救いを求めるような目で。
握られる力が強くなった。
バシャッ、と弾けるような音が鳴り、怪物の目が濡れて萎れた毛に隠れる。
「レイくん! 助けるです!」
「ぁ、うんっ!」
萌葱は、振り解かれた手に目を瞠る。
走り出した。右腕が黒く変色し、増大する質量が剣の形を帯びる。それを振り下ろし、獣の肩口にめり込んで「ぎゃうん!」と悲鳴が上がる。赤い血が、レイの顔に飛び散る。怪物が倒れる。男がそこで動けず、怪物の死を眼前で見届けた。
どろりと、液体状の『何か』が眼帯の奥から垂れる。レイは、右目だけを萌葱に向けて、しゅるりと剣が液状化して、腕を形作るような感覚を味わう。それは、まるでのりで物を引っ付けたような感覚に近かった。
「──けん、ざき、くん……?」
レイが見た彼女の目は、見開かれていた。瞳孔が小刻みに震えていた。体を見れば、全身が震えていたのが分かった。──へなへなと、萎れるようにその場に崩折れ、ぺたんとお尻を地面に着けた。
「え、何が……?」
「……内緒に、してくれるかな?」
「えっ……?」
「さっきの事」
「あ、うん」
「ありがとう」
目を細め、微笑んで彼女を見つめた。まるで、貼り付けたような笑みを浮かべて。その固そうな微笑みを、ミズキは黙って見ていた。
「ねえ、萌葱さん。少し質問してもいい?」
手を差し伸べて、レイはにこっと微笑んで見せた。その手を握ってなんとか立ち上がった萌葱は「えっと」と前置きし、目を伏せてからこくんと頷いた。
「ありがとう」と笑顔で返し「この辺りで女の子を見なかった?」と聞く。
「……その、うんと……何人か、あの人達の中に、いた、よ? どんな子なの……?」
「髪の毛は短くて、歳はたぶん、十歳くらい。背が胸の下辺りの女の子。あと、目がちょっと丸い感じ」
特徴を伝えると、萌葱は考え込むように顔を背け、横に振る。
「ごめんね、言われれば、分かると思ったんだけど……ちょっと、分かんない」
「そう……。気にしないで。そう言えば、滝本さん達はどこに行ったのかな」
「えっと、元々、集合場所に集まるって話を、してたんだけど……」
「ここから、遠いかな……? せめて、ここがどの辺りか分かれば──ッ!?」
呻き声が聞こえてきた。腹の底に響くような、そういう類いの呻き声が。
「まずい、一度、ここから避難しよう」
萌葱が目を丸くしたまま頷くと、レイは怪物に組み伏せられていた男性に向き直り、「遅れてすみません。怪我とか、ないですか?」と聞く。ミズキが「ないですよー」と言ってくれて、男性から怪物の死体をどける。
「だ、だい、じょ、ぶ……」
「良かったです。じゃあ、またあの化物が襲って来ても敵わないですし、避難しましょう。もう少し奥に入れば、身を隠しやすくなります」
「わ、分かり、ました」
手を伸ばして、掴んで、引っ張って。そうして男性を立ち上がらせると、レイは後ろに棒立ちしていた萌葱に声をかけた。
「萌葱さん」
「は、はい……っ!?」
「一旦、安全を確保して、それから向かおう。滝本さんも、きっとそうするはずだから」
にこっと笑って見せると、彼女は、顔を強張らせてこくんと頷いた。
「一応、ボクが前に出るよ。後ろからついて来てね。何かあれば、呼んで」
そう言って、レイは小道の奥に進んで行った。
※※※
タッタッタッタッ。
屋根を駆け、家々の間を飛び越え、時に立ち止まり、鼻を鳴らす。そして近くに彼女がいない事を知ると、その合図の遠吠えを上げる。そして再び捜索を開始する。
これらを続け、かれこれ一時間以上が経過している。
バドルドは、急いでいた。
恩を仇で返すような仕打ちは、彼女と同じだから、それだけは決してしまいと。
──遠くで同じ遠吠えが響いた。バドルドは狼の状態で、屋根の上を駆けている。
頭が痛くなるような状況下で、ここまで探しても見つからない。おかしい、何か、細工を仕掛けられ──、
同族の悲鳴が聞こえてきた。爪を立て、急停止する。
何か、大きな異変が起こっている。それだけは分かっている。それだけしか分かっていない。バドルドは目を細め、低く唸った。
「ろかかっ。どーゆー事だぁ? 儂の『皐月ちゃんポスター』をズタボロにしやがって。なあ、おい?」
にこにこと笑顔を浮かべながら、彼の足下で痙攣している数匹の同族を見て、バドルドは顔を歪める。
『コレハ、オヌシガ……?』
「狼がこんな都会で走ってるんじゃねーよ。大人しく森に帰れ。さもなくば死ねよ、なあ」
そう言って、少年は瞬間移動でもしたかのようにバドルドの眼前に現れた。
「どうだ? え?」
目を瞠ると同時に、バドルドは蹴り上げられ吹っ飛ばされていた。
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