179 / 263
四章 進む道の先に映るもの
173話 『滲む爪痕』
しおりを挟む
「……ねえ」
レイが、声をかけた。
それに動きを止め、彼女は振り返る。
「……何?」
「一つ、聞いてもいい……?」
「ええ」
「あなたは──叔母さんは、知ってるの?」
「……なんの事かしら」
「知らないのなら、いい。少し気になっただけ、だから」
まだ震えている体は、アスファルトに水の足跡を付けて、彼女の背中を追って歩いていた。きゅっと、袖に皺ができるほど、レイは自分を抱き締めていた。髪からぽつんと雫が落ちる。ミズキが、不安げな面貌でレイを見つめている。先を行く彼女は、足を早めた。
「あ、レイくん」
「な、何かな?」
「そう言えば、言い忘れていた事があったです」
ミズキの方に向いて、レイは首を傾けた。
水が鼻の横を通り筋を描いて落ちていく。
「実は私……」と、一つ深呼吸を挟んだ。「レイくんとファーストキスできなくなってるです」
「ふえ?」
「だってだって、レイくんに触れないと、ファーストキスもできなくなっちゃってるじゃないですか。せっかくのお付き合いだったのに……がっかりです。ごめんなさいです。レイくん」
「べべっ、別に、良いよ。──それより、急にどうしたの?」
「なんだかレイくんが落ち込んでいるように見えたので、空気を和ませようとしてみたです。レイくんへのラブが爆発です」
「あ、あははは……」
「優しいのね、精霊さんは」
「私はレイくんの彼女ですからっ」
自慢げに胸を張るミズキを見て、レイは、笑う。涙が出た。笑いが止まらず、お腹を押さえ、丸くなる。涙が、涙が止まらない。
「レイくん」
笑いが止まらなくて、とてもじゃないけれど答えられない。
「困った時は、寂しい時は、私を頼って欲しいです。私と、契約したですから、ずっと一緒にいるって。苦しい時も、楽しい時も、レイくん一人で抱え込まないで欲しいです。──相談、して欲しいです」
寂しげなその声に、レイは笑いがゆっくりと止まっていき、うん、と涙を拭きながら、そう言った。見れば、顔が赤くなっている。でも、目は逸していない。
「相談、するよ。ミズキさんに」
「ありがとうです」
にこっと笑うその顔を、守りたいと、もう、失くしてはならないと、そう思った。
──瞬間、ぴちゃ、と、そう聞こえて、レイは目を見開いた。
「……ぇ」
動きを止め、下へと目を向ける。引っ張られて、後ろに下がらざるを得なかった。
血が見えた。血溜まりが見えた。──やはり、彼女達が関与しているのだろう。
「下がってレミちゃん。私より前に行っちゃダメよ」
振り向くと、彼女がレイの手を捕まえていた。
「……私が、先に行くから。そういう約束だもの。あなたは、私の後ろをついて来るだけで良いから──」
どっと人混みが小道に侵入してくる。
彼ら彼女らが叫び、声を張り上げ、レイ達を押し退け、押し流し、人の濁流が小道を乱す。
「きゃああああああああ!」「どけどけどけぇぇええ!」「ままぁぁぁあああああ!」「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろぉぉぉ!」「うわああああああああっ!」「邪魔だどけよ!」「押すな押すな押すな!」「なんだあの化物!」
──化物。そのフレーズを聞き、レイは泣きそうな目で、耳を塞ぐ。しかし、人の濁流はその動作すらもレイに許さず、塞いだ所で耳元で叫ばれ、耳から手を剥がされ、塞ぐ事すら叶わない。
「レイくん!」
はっ、と顔を上げる。
ミズキのこちらを慮る表情が見えて、レイは「大丈夫」と右目に浮かんだ涙を拭いて人の濁流の向かう先を見やる。どこに向かっているのかは分からない。
けれど、こっちにナツミちゃんがいるのなら──。
レイは辺りに首を巡らせる。見える範囲に知り合いは──、
「萌葱さん!?」
「──っ!」
声にならないようで、彼女はレイを見つけると咄嗟に泣き出しそうになりながら、人の流れに飲み込まれていく。手を伸ばすも、それは人の波に弾かれ、レイへと伸びて来ない。
「くっ、そぉ……!」
彼女がいる場所はそう遠くない。少し左に行ければ、後は待っていれば自然と流れてくる形に──しかし、それもできない。人の流れが強く、彼女の下へ行くにしても人を掻き分けながら進まなければならないが、人の流れがそうはさせない。
手を伸ばす。届きそうで、届かない。もう少し、もう少し。近づいている気がする。あと、もうちょっと……!
「届いた、ぁ──っ!」
指先だけの拙い繋がり。それでも、無いよりかは随分とマシになる。それを頼りにレイは、できるだけ流れに逆らい、萌葱に少しずつ近づいていく。手を掴む。後は、この手の方へと人の間に体をねじ込んで、手を曲げて、引き寄せながら、近づく。
「剣崎くん……!」
「萌葱さん!? なんでこんな所に!」
「皆と、はぐれて……。でも、剣崎くんも、なんで!?」
「──ボクは、人に押し流されて、ここまで」
萌葱が目を伏せて人の波に揉まれ、悲鳴が聞こえてきた。それも、相当近く、断末魔のような、そういう類いの悲鳴が。
「な、なに!?」
「なんでこんな時に──!」
怪訝に眉をひそめる萌葱に目を向けず、レイは自分達の後ろ、濁流の終わりへ目を向ける。終わりは、すぐ目の前に迫って来ていた。
濁流が、終わる。
ふっ、と、体が解放されたような妙な感覚を覚えながら、レイは立った。そこには、人を喰らう、潰れた犬のような、ライオンのような顔をした、全身が毛で覆われた怪物がいた。倒れている人は、まだ抵抗している。爪を振り上げる。組み伏せられた男が叫ぶ。こちらを見る。救いを求めるような目で。
握られる力が強くなった。
バシャッ、と弾けるような音が鳴り、怪物の目が濡れて萎れた毛に隠れる。
「レイくん! 助けるです!」
「ぁ、うんっ!」
萌葱は、振り解かれた手に目を瞠る。
走り出した。右腕が黒く変色し、増大する質量が剣の形を帯びる。それを振り下ろし、獣の肩口にめり込んで「ぎゃうん!」と悲鳴が上がる。赤い血が、レイの顔に飛び散る。怪物が倒れる。男がそこで動けず、怪物の死を眼前で見届けた。
どろりと、液体状の『何か』が眼帯の奥から垂れる。レイは、右目だけを萌葱に向けて、しゅるりと剣が液状化して、腕を形作るような感覚を味わう。それは、まるでのりで物を引っ付けたような感覚に近かった。
「──けん、ざき、くん……?」
レイが見た彼女の目は、見開かれていた。瞳孔が小刻みに震えていた。体を見れば、全身が震えていたのが分かった。──へなへなと、萎れるようにその場に崩折れ、ぺたんとお尻を地面に着けた。
「え、何が……?」
「……内緒に、してくれるかな?」
「えっ……?」
「さっきの事」
「あ、うん」
「ありがとう」
目を細め、微笑んで彼女を見つめた。まるで、貼り付けたような笑みを浮かべて。その固そうな微笑みを、ミズキは黙って見ていた。
「ねえ、萌葱さん。少し質問してもいい?」
手を差し伸べて、レイはにこっと微笑んで見せた。その手を握ってなんとか立ち上がった萌葱は「えっと」と前置きし、目を伏せてからこくんと頷いた。
「ありがとう」と笑顔で返し「この辺りで女の子を見なかった?」と聞く。
「……その、うんと……何人か、あの人達の中に、いた、よ? どんな子なの……?」
「髪の毛は短くて、歳はたぶん、十歳くらい。背が胸の下辺りの女の子。あと、目がちょっと丸い感じ」
特徴を伝えると、萌葱は考え込むように顔を背け、横に振る。
「ごめんね、言われれば、分かると思ったんだけど……ちょっと、分かんない」
「そう……。気にしないで。そう言えば、滝本さん達はどこに行ったのかな」
「えっと、元々、集合場所に集まるって話を、してたんだけど……」
「ここから、遠いかな……? せめて、ここがどの辺りか分かれば──ッ!?」
呻き声が聞こえてきた。腹の底に響くような、そういう類いの呻き声が。
「まずい、一度、ここから避難しよう」
萌葱が目を丸くしたまま頷くと、レイは怪物に組み伏せられていた男性に向き直り、「遅れてすみません。怪我とか、ないですか?」と聞く。ミズキが「ないですよー」と言ってくれて、男性から怪物の死体をどける。
「だ、だい、じょ、ぶ……」
「良かったです。じゃあ、またあの化物が襲って来ても敵わないですし、避難しましょう。もう少し奥に入れば、身を隠しやすくなります」
「わ、分かり、ました」
手を伸ばして、掴んで、引っ張って。そうして男性を立ち上がらせると、レイは後ろに棒立ちしていた萌葱に声をかけた。
「萌葱さん」
「は、はい……っ!?」
「一旦、安全を確保して、それから向かおう。滝本さんも、きっとそうするはずだから」
にこっと笑って見せると、彼女は、顔を強張らせてこくんと頷いた。
「一応、ボクが前に出るよ。後ろからついて来てね。何かあれば、呼んで」
そう言って、レイは小道の奥に進んで行った。
※※※
タッタッタッタッ。
屋根を駆け、家々の間を飛び越え、時に立ち止まり、鼻を鳴らす。そして近くに彼女がいない事を知ると、その合図の遠吠えを上げる。そして再び捜索を開始する。
これらを続け、かれこれ一時間以上が経過している。
バドルドは、急いでいた。
恩を仇で返すような仕打ちは、彼女と同じだから、それだけは決してしまいと。
──遠くで同じ遠吠えが響いた。バドルドは狼の状態で、屋根の上を駆けている。
頭が痛くなるような状況下で、ここまで探しても見つからない。おかしい、何か、細工を仕掛けられ──、
同族の悲鳴が聞こえてきた。爪を立て、急停止する。
何か、大きな異変が起こっている。それだけは分かっている。それだけしか分かっていない。バドルドは目を細め、低く唸った。
「ろかかっ。どーゆー事だぁ? 儂の『皐月ちゃんポスター』をズタボロにしやがって。なあ、おい?」
にこにこと笑顔を浮かべながら、彼の足下で痙攣している数匹の同族を見て、バドルドは顔を歪める。
『コレハ、オヌシガ……?』
「狼がこんな都会で走ってるんじゃねーよ。大人しく森に帰れ。さもなくば死ねよ、なあ」
そう言って、少年は瞬間移動でもしたかのようにバドルドの眼前に現れた。
「どうだ? え?」
目を瞠ると同時に、バドルドは蹴り上げられ吹っ飛ばされていた。
[あとがき]
連続更新二日目、早速更新遅れてすみません!
楽しんで頂けたら幸いです。
連続更新明日もよろしくっ!
レイが、声をかけた。
それに動きを止め、彼女は振り返る。
「……何?」
「一つ、聞いてもいい……?」
「ええ」
「あなたは──叔母さんは、知ってるの?」
「……なんの事かしら」
「知らないのなら、いい。少し気になっただけ、だから」
まだ震えている体は、アスファルトに水の足跡を付けて、彼女の背中を追って歩いていた。きゅっと、袖に皺ができるほど、レイは自分を抱き締めていた。髪からぽつんと雫が落ちる。ミズキが、不安げな面貌でレイを見つめている。先を行く彼女は、足を早めた。
「あ、レイくん」
「な、何かな?」
「そう言えば、言い忘れていた事があったです」
ミズキの方に向いて、レイは首を傾けた。
水が鼻の横を通り筋を描いて落ちていく。
「実は私……」と、一つ深呼吸を挟んだ。「レイくんとファーストキスできなくなってるです」
「ふえ?」
「だってだって、レイくんに触れないと、ファーストキスもできなくなっちゃってるじゃないですか。せっかくのお付き合いだったのに……がっかりです。ごめんなさいです。レイくん」
「べべっ、別に、良いよ。──それより、急にどうしたの?」
「なんだかレイくんが落ち込んでいるように見えたので、空気を和ませようとしてみたです。レイくんへのラブが爆発です」
「あ、あははは……」
「優しいのね、精霊さんは」
「私はレイくんの彼女ですからっ」
自慢げに胸を張るミズキを見て、レイは、笑う。涙が出た。笑いが止まらず、お腹を押さえ、丸くなる。涙が、涙が止まらない。
「レイくん」
笑いが止まらなくて、とてもじゃないけれど答えられない。
「困った時は、寂しい時は、私を頼って欲しいです。私と、契約したですから、ずっと一緒にいるって。苦しい時も、楽しい時も、レイくん一人で抱え込まないで欲しいです。──相談、して欲しいです」
寂しげなその声に、レイは笑いがゆっくりと止まっていき、うん、と涙を拭きながら、そう言った。見れば、顔が赤くなっている。でも、目は逸していない。
「相談、するよ。ミズキさんに」
「ありがとうです」
にこっと笑うその顔を、守りたいと、もう、失くしてはならないと、そう思った。
──瞬間、ぴちゃ、と、そう聞こえて、レイは目を見開いた。
「……ぇ」
動きを止め、下へと目を向ける。引っ張られて、後ろに下がらざるを得なかった。
血が見えた。血溜まりが見えた。──やはり、彼女達が関与しているのだろう。
「下がってレミちゃん。私より前に行っちゃダメよ」
振り向くと、彼女がレイの手を捕まえていた。
「……私が、先に行くから。そういう約束だもの。あなたは、私の後ろをついて来るだけで良いから──」
どっと人混みが小道に侵入してくる。
彼ら彼女らが叫び、声を張り上げ、レイ達を押し退け、押し流し、人の濁流が小道を乱す。
「きゃああああああああ!」「どけどけどけぇぇええ!」「ままぁぁぁあああああ!」「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろぉぉぉ!」「うわああああああああっ!」「邪魔だどけよ!」「押すな押すな押すな!」「なんだあの化物!」
──化物。そのフレーズを聞き、レイは泣きそうな目で、耳を塞ぐ。しかし、人の濁流はその動作すらもレイに許さず、塞いだ所で耳元で叫ばれ、耳から手を剥がされ、塞ぐ事すら叶わない。
「レイくん!」
はっ、と顔を上げる。
ミズキのこちらを慮る表情が見えて、レイは「大丈夫」と右目に浮かんだ涙を拭いて人の濁流の向かう先を見やる。どこに向かっているのかは分からない。
けれど、こっちにナツミちゃんがいるのなら──。
レイは辺りに首を巡らせる。見える範囲に知り合いは──、
「萌葱さん!?」
「──っ!」
声にならないようで、彼女はレイを見つけると咄嗟に泣き出しそうになりながら、人の流れに飲み込まれていく。手を伸ばすも、それは人の波に弾かれ、レイへと伸びて来ない。
「くっ、そぉ……!」
彼女がいる場所はそう遠くない。少し左に行ければ、後は待っていれば自然と流れてくる形に──しかし、それもできない。人の流れが強く、彼女の下へ行くにしても人を掻き分けながら進まなければならないが、人の流れがそうはさせない。
手を伸ばす。届きそうで、届かない。もう少し、もう少し。近づいている気がする。あと、もうちょっと……!
「届いた、ぁ──っ!」
指先だけの拙い繋がり。それでも、無いよりかは随分とマシになる。それを頼りにレイは、できるだけ流れに逆らい、萌葱に少しずつ近づいていく。手を掴む。後は、この手の方へと人の間に体をねじ込んで、手を曲げて、引き寄せながら、近づく。
「剣崎くん……!」
「萌葱さん!? なんでこんな所に!」
「皆と、はぐれて……。でも、剣崎くんも、なんで!?」
「──ボクは、人に押し流されて、ここまで」
萌葱が目を伏せて人の波に揉まれ、悲鳴が聞こえてきた。それも、相当近く、断末魔のような、そういう類いの悲鳴が。
「な、なに!?」
「なんでこんな時に──!」
怪訝に眉をひそめる萌葱に目を向けず、レイは自分達の後ろ、濁流の終わりへ目を向ける。終わりは、すぐ目の前に迫って来ていた。
濁流が、終わる。
ふっ、と、体が解放されたような妙な感覚を覚えながら、レイは立った。そこには、人を喰らう、潰れた犬のような、ライオンのような顔をした、全身が毛で覆われた怪物がいた。倒れている人は、まだ抵抗している。爪を振り上げる。組み伏せられた男が叫ぶ。こちらを見る。救いを求めるような目で。
握られる力が強くなった。
バシャッ、と弾けるような音が鳴り、怪物の目が濡れて萎れた毛に隠れる。
「レイくん! 助けるです!」
「ぁ、うんっ!」
萌葱は、振り解かれた手に目を瞠る。
走り出した。右腕が黒く変色し、増大する質量が剣の形を帯びる。それを振り下ろし、獣の肩口にめり込んで「ぎゃうん!」と悲鳴が上がる。赤い血が、レイの顔に飛び散る。怪物が倒れる。男がそこで動けず、怪物の死を眼前で見届けた。
どろりと、液体状の『何か』が眼帯の奥から垂れる。レイは、右目だけを萌葱に向けて、しゅるりと剣が液状化して、腕を形作るような感覚を味わう。それは、まるでのりで物を引っ付けたような感覚に近かった。
「──けん、ざき、くん……?」
レイが見た彼女の目は、見開かれていた。瞳孔が小刻みに震えていた。体を見れば、全身が震えていたのが分かった。──へなへなと、萎れるようにその場に崩折れ、ぺたんとお尻を地面に着けた。
「え、何が……?」
「……内緒に、してくれるかな?」
「えっ……?」
「さっきの事」
「あ、うん」
「ありがとう」
目を細め、微笑んで彼女を見つめた。まるで、貼り付けたような笑みを浮かべて。その固そうな微笑みを、ミズキは黙って見ていた。
「ねえ、萌葱さん。少し質問してもいい?」
手を差し伸べて、レイはにこっと微笑んで見せた。その手を握ってなんとか立ち上がった萌葱は「えっと」と前置きし、目を伏せてからこくんと頷いた。
「ありがとう」と笑顔で返し「この辺りで女の子を見なかった?」と聞く。
「……その、うんと……何人か、あの人達の中に、いた、よ? どんな子なの……?」
「髪の毛は短くて、歳はたぶん、十歳くらい。背が胸の下辺りの女の子。あと、目がちょっと丸い感じ」
特徴を伝えると、萌葱は考え込むように顔を背け、横に振る。
「ごめんね、言われれば、分かると思ったんだけど……ちょっと、分かんない」
「そう……。気にしないで。そう言えば、滝本さん達はどこに行ったのかな」
「えっと、元々、集合場所に集まるって話を、してたんだけど……」
「ここから、遠いかな……? せめて、ここがどの辺りか分かれば──ッ!?」
呻き声が聞こえてきた。腹の底に響くような、そういう類いの呻き声が。
「まずい、一度、ここから避難しよう」
萌葱が目を丸くしたまま頷くと、レイは怪物に組み伏せられていた男性に向き直り、「遅れてすみません。怪我とか、ないですか?」と聞く。ミズキが「ないですよー」と言ってくれて、男性から怪物の死体をどける。
「だ、だい、じょ、ぶ……」
「良かったです。じゃあ、またあの化物が襲って来ても敵わないですし、避難しましょう。もう少し奥に入れば、身を隠しやすくなります」
「わ、分かり、ました」
手を伸ばして、掴んで、引っ張って。そうして男性を立ち上がらせると、レイは後ろに棒立ちしていた萌葱に声をかけた。
「萌葱さん」
「は、はい……っ!?」
「一旦、安全を確保して、それから向かおう。滝本さんも、きっとそうするはずだから」
にこっと笑って見せると、彼女は、顔を強張らせてこくんと頷いた。
「一応、ボクが前に出るよ。後ろからついて来てね。何かあれば、呼んで」
そう言って、レイは小道の奥に進んで行った。
※※※
タッタッタッタッ。
屋根を駆け、家々の間を飛び越え、時に立ち止まり、鼻を鳴らす。そして近くに彼女がいない事を知ると、その合図の遠吠えを上げる。そして再び捜索を開始する。
これらを続け、かれこれ一時間以上が経過している。
バドルドは、急いでいた。
恩を仇で返すような仕打ちは、彼女と同じだから、それだけは決してしまいと。
──遠くで同じ遠吠えが響いた。バドルドは狼の状態で、屋根の上を駆けている。
頭が痛くなるような状況下で、ここまで探しても見つからない。おかしい、何か、細工を仕掛けられ──、
同族の悲鳴が聞こえてきた。爪を立て、急停止する。
何か、大きな異変が起こっている。それだけは分かっている。それだけしか分かっていない。バドルドは目を細め、低く唸った。
「ろかかっ。どーゆー事だぁ? 儂の『皐月ちゃんポスター』をズタボロにしやがって。なあ、おい?」
にこにこと笑顔を浮かべながら、彼の足下で痙攣している数匹の同族を見て、バドルドは顔を歪める。
『コレハ、オヌシガ……?』
「狼がこんな都会で走ってるんじゃねーよ。大人しく森に帰れ。さもなくば死ねよ、なあ」
そう言って、少年は瞬間移動でもしたかのようにバドルドの眼前に現れた。
「どうだ? え?」
目を瞠ると同時に、バドルドは蹴り上げられ吹っ飛ばされていた。
[あとがき]
連続更新二日目、早速更新遅れてすみません!
楽しんで頂けたら幸いです。
連続更新明日もよろしくっ!
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。
四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」
突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる