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四章 進む道の先に映るもの
172話 『その瞳に映ったもの』
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──ガァァアアアアアアアアッッ!
「はあっ──!」
襲い来るその『獣』を納刀したままの刀で壁に叩きつけた。
気絶したのを確認し、彼女はため息をつく。
「この通路も……」
「あの……」
「ああ、安心してね。大丈夫。お姉さんがなんとかしてみせるからっ」
「で、でも、その……。この、動物……犬、か、猫みたいな、のは……?」
「──これは、人を食べてしまう怪物。だから、倒していかないとダメなの。でも大丈夫。お姉さんがこんな風に全部やっつけてあげ」
「ねーねーっ! おねーちゃんたち、なぁにちてるのー?」
「ッ──!」
「とっちのおねーちゃんは、あのときいらいだねー」
「わ、私……?」
「──ナツミちゃん。今来た道を」
言いながら背後を振り返ると同時に、ぐちゅ、と音がした。
その音がした方──つまり、腹部へと目を向け、
「な、ぁっ!?」
「あっかーい」
「ひっ」
彼女の腹部に、手が捩じ込まれていた。女性の口元から血が溢れる。
その光景に子供らしい、後ろめたさなど何もない笑顔を湛え、少女は赤く染まっていく自分の腕を見る。それから、腹を貫く女性を避けるように体を傾け、その後ろにいたナツミに声をかける。
「ねーねー、おねーちゃん、このまえー、あれ、どーやったのー?」
「ごめんね──ッッ!」
白銀に煌めく剣閃が少女の首を捉えて、しかし彼女の腹の中で暴れる手は一向に抜ける気配は無い。それどころか、そこを抉って通ってナツミの方へ伸ばされる赤い手に、甘いお菓子を連想させた。
ぞっとした。
抜刀して、横薙ぎされた刀は、確かに振り抜かれていた。ただ、少女の首筋に一つの傷を残す事もできず、振り終わり、既に仕事を達成できずに終えた刀がその手から高い音を出して床に落ちる。
狭い通路で振られた刀は呆気なくその生を終わらせて、無邪気な暴虐を守護する対象へと向けられる事に何もすることができずに、だらりと力が抜けたようにその場に崩折れた。
「ぁ──」
どさっ、とナツミへと手を伸ばしていた少女は倒れていく彼女の死体に押し潰されて「ふぎゃっ」と苦しげな声を漏らす。
「いたいよぉ、おもたいよぉ、かえでたまぁ……」
死体の下で呻く少女を見下ろし、ナツミは、勝手に震えていた足に鞭を打って、涙を堪えながら走り出そうと。──尻餅をついてしまう。足がもつれ、体が言う事を聞いてくれない。目の前で、自分の知っている人が死ぬ感覚。それをする事ができる力。何も出来ない自分。感情に流されて、もみくちゃにされて、消えてしまいそうになって──、
彼女の背後に、一つの影が立った。
※※※
レイは人の隙間を縫って走っていた。
大通りに比べればまだ少ないものの、やはり人の数が計り知れないこの道も、通りづらい事この上なかった。しかし、皆少しずつ落ち着いてきているのか、当初ほどの混乱は無い。
「──これは、どこに?」
前を行く背の低い彼女の姿を見失わないように、手を引かれ、群衆を横切って行くレイは尋ねた。彼女は人を掻き分けながらも一応、律儀に答えてくれる。
「あなたに言っても、分からないでしょ、レミちゃん」
「むぅ、いじわるですね」
ほっぺたを膨らませ、ミズキは上から二人の誘導を行う、コンパスのような役割に当てられていた。空中にいるので、少なくとも目的地は見えるだろうと、手を引く彼女のそういう提案でだ。
「いじわるだろうがなんだろうが、言っても分かってもらえない事、言いたくないもの」
上を見上げ、「精霊さん、どのくらい外れてる?」と聞いた。
「まだあんまり離れてないです。まっすぐ行って、分かると思うです」
そう言ってから、ミズキは黙り込んだ。レイが見上げ、それに気が付くと今にも蕩けそうな愛らしい笑顔を向けてきて、レイも笑顔を返す。それから、ミズキは再び彼女に顔を向けて、「この先にナツミちゃんがいるんですか?」と聞いてみる。
「ええ、きっとそうよ。精霊さん」
その答えに答えるように、レイは足を強く踏みしめた。
──瞬間、大地が割れた。
「──は?」
咄嗟に手を離し、瞬きの後に揺れている事に気が付く。しかしレイは足場を失くし、体が前に倒れていく。人が軽々と落ちそうなほど大きな亀裂に向けて倒れていく。手を繋いでいた彼女は既に人に揉まれてもう彼方へ。
そこで、レイは辺りが遅延している事に気が付く。
刹那に悪寒が走り、周囲に目を向けた。随分と遅く感じる。それでも、なんとか確認はできた。見える範囲では、彼女はいない。
──そして、当初の問題が牙を向く。
亀裂の底に落ちていくレイは、空に手を伸ばしていた。ミズキがこちらに飛んで来ているが、それでも、足りない。レイは叫んだ。
「逃げて──ッッッ!」
背筋を駆け巡る凍り付くような悪寒に険しく瞠った右目を底に向けて、レイは絶望を知る。
化物が、そこにはいた。
「なんっ──!」
それは、悍ましかった。死体を集約したような、それをぐちゃ混ぜにしたような混沌がそこにはあった。ずる剥けの皮膚が見え、剥き出しの巨大な歯は、口は、まるで生を冒涜し、嘲笑しているかのようにさえ思える。幾つもの瞳が外に向けられていて、それを動かすのはそれのあちこちから生えた人の手と思しきもの。それらは亀裂でできた壁を引っかき、爪を剥がされ、それでも空に向かって動いている。
──どっ、と、レイは盾を展開してその上に着地した。
ぶにゃりと気持ちの悪い感覚に、レイは顔をしかめる。しかし、それだけには収まらない。事態は最悪へと足を早める。
レイの体を、それらが掴む、握る、爪を立て、固定し、ざっと見るだけで幾十もの瞳がレイを向く。体のあちこちから血が垂れ、レイは「ひっ」とあられもない声を出してしまう。それは、恐怖を植え付けるにはこれ程ないと言った風にレイの心を蝕んでいき、盾すらも、その役割を果たさずに消えていく。締め上げられる手の群れの隙間に、数え切れないほどの口が見えた。
「ああぁぁあぁあああ」「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」「ただだだだだだ」「いだぁぁぁあああああ」「ぎゃははははは」「やめやめやめやめやめやめ」「ぎゃああああああああああ」「あはあはあはあはあはあはあはあは」「なななななななななななな」「なになになになににににににににににに」「おわふりゃおつからぇだたかかか」「ももももももももややややややややや」「ころころころころころころころころころころころ」「こわこわこわわわわわわわわわわわ」「いぎやはははははははははははははは」「くるしぬたずけられでぇえぇあえ」「来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな」「ぶしゅうぅぅうあうううう」「うぁぁぁああああああ」「いだだだだだだだだぃぃいいいいいい」「ゆるゆるゆるゆるゆるゆる許しゆるしユルし」「ごめみゃああああああああああああ」「みみみみミエミエ見え見えみえみえ」
狂気の渦が、レイを取り込もうと迫り来る。
「レイくん──っ!」
その声に、助けられた。
「っ。ミズキさん!?」
「レイくん! 今すぐ逃げるです!」
鳩尾に、重たい衝撃を喰らい、次の瞬間には『パシャン!』と弾けるような音がした。その衝撃にレイを縛っていた手の群れが千切れ、血を噴き、それを無視してレイへ──違う。入れ違いに亀裂の底へ向かって行くミズキが見えた。
「ミズキさん!」
彼女は空中で減速していき、勢いを殺せると即座に方向転換してレイの方へ、上へと飛び上がる。それは瞬間移動のようにさえ感じられ、隣を横切ったミズキを見上げるように空を見上げた。煌めく水飛沫が、跳ねていた。
「レイくん! 人が!」
亀裂を抜け、レイは全身を濡らして地上に飛び上がった。
次の瞬間、見えた光景にレイは目を瞠る。
空から──上から見た人々は、何か、怪物に襲われているように見えた。否、襲われている。毛に覆われた、人形の、犬かライオンのような化物に。
「レミちゃん……!」
体に金糸が巻き付き、レイは空中で風の音を聞きながら物凄い勢いでアスファルトへと近づいていく。しかし、ぶつかる事はなかった。直前で急停止し、下ろされる。しかし、代わりに髪に金色の光を帯びさせた彼女がレイを睨んでいた。異様に釣り上がった表情に、レイの顔が強張る。
彼女は悔しげに唇を噛み、震える吐息が怒気を孕んでいるように、レイには思えた。
「──いえ、なんでもないわ」
そう言って、彼女は振り返りレイに背を向け、言う。
「この契約を、約束を、破らないで」
──あの子を探すのに協力して。
──代わりに私が、あなたを守る。
脳裏を過る二つの言葉。それらを噛み締めて、レイは、背を向けて歩いて行く彼女に声をかける。──声に、ならなかった。
つと、思い出される記憶。
『ほんと、あなた達は……』
彼女は、微笑んで、そっと頬を撫でてくれた。
二人で、右と左、片方ずつ。その手が温かくて、ついつい笑ってしまう。
──レイはそっと、右頬に手を当てた。
ミズキはそれを隣で見ながら、鋭く目を細めた。
飛び交う怒号、悲鳴の中、レイはたしかに、微笑んでいた。
※※※
──街の光景が映るモニターを見つめながら、カエデはくつくつと抑えるような笑顔を湛えて、隣に立つトアに話しかける。
「昔の偉い人は言いました。『故きを温ね新しきを知る』と。まさにこの事じゃありませんか?」
「ふふ、そうね。あなたの言う通りだわん」
「トアさん、分かりますか? 彼らのお陰です。彼らが彼の化物を封じ込め、研究していてくれたお陰で私達はこうして、解放することができた。あとは、手綱を用意するだけですね」
「あらん? 手綱はもうあるじゃないのよん。さくらちゃんが、譲ってくれてっ」
「手綱の管理は、誰が?」
「今は……アオイちゃんと、ハダチくんじゃなかったかしらん?」
ふと思い出したように、カエデがトアの方へと振り向き尋ねる。
「……そう言えば、ハダチくんに付き纏っていたあの男の子は……?」
「ああ、あの子なら──」
──今頃、死んでるんじゃないかしらん?
[あとがき]
レイくんが飛び上がって亀裂から出たのはミズキさんの力です。水をぶしゃー!とぶつけてレイくんの体を持ち上げました。一応言っておきます。
次回は──と言うか、三月の終わりまで更新いけそうなのでやってみます。
なので次回は明日!明日もよろしく!
「はあっ──!」
襲い来るその『獣』を納刀したままの刀で壁に叩きつけた。
気絶したのを確認し、彼女はため息をつく。
「この通路も……」
「あの……」
「ああ、安心してね。大丈夫。お姉さんがなんとかしてみせるからっ」
「で、でも、その……。この、動物……犬、か、猫みたいな、のは……?」
「──これは、人を食べてしまう怪物。だから、倒していかないとダメなの。でも大丈夫。お姉さんがこんな風に全部やっつけてあげ」
「ねーねーっ! おねーちゃんたち、なぁにちてるのー?」
「ッ──!」
「とっちのおねーちゃんは、あのときいらいだねー」
「わ、私……?」
「──ナツミちゃん。今来た道を」
言いながら背後を振り返ると同時に、ぐちゅ、と音がした。
その音がした方──つまり、腹部へと目を向け、
「な、ぁっ!?」
「あっかーい」
「ひっ」
彼女の腹部に、手が捩じ込まれていた。女性の口元から血が溢れる。
その光景に子供らしい、後ろめたさなど何もない笑顔を湛え、少女は赤く染まっていく自分の腕を見る。それから、腹を貫く女性を避けるように体を傾け、その後ろにいたナツミに声をかける。
「ねーねー、おねーちゃん、このまえー、あれ、どーやったのー?」
「ごめんね──ッッ!」
白銀に煌めく剣閃が少女の首を捉えて、しかし彼女の腹の中で暴れる手は一向に抜ける気配は無い。それどころか、そこを抉って通ってナツミの方へ伸ばされる赤い手に、甘いお菓子を連想させた。
ぞっとした。
抜刀して、横薙ぎされた刀は、確かに振り抜かれていた。ただ、少女の首筋に一つの傷を残す事もできず、振り終わり、既に仕事を達成できずに終えた刀がその手から高い音を出して床に落ちる。
狭い通路で振られた刀は呆気なくその生を終わらせて、無邪気な暴虐を守護する対象へと向けられる事に何もすることができずに、だらりと力が抜けたようにその場に崩折れた。
「ぁ──」
どさっ、とナツミへと手を伸ばしていた少女は倒れていく彼女の死体に押し潰されて「ふぎゃっ」と苦しげな声を漏らす。
「いたいよぉ、おもたいよぉ、かえでたまぁ……」
死体の下で呻く少女を見下ろし、ナツミは、勝手に震えていた足に鞭を打って、涙を堪えながら走り出そうと。──尻餅をついてしまう。足がもつれ、体が言う事を聞いてくれない。目の前で、自分の知っている人が死ぬ感覚。それをする事ができる力。何も出来ない自分。感情に流されて、もみくちゃにされて、消えてしまいそうになって──、
彼女の背後に、一つの影が立った。
※※※
レイは人の隙間を縫って走っていた。
大通りに比べればまだ少ないものの、やはり人の数が計り知れないこの道も、通りづらい事この上なかった。しかし、皆少しずつ落ち着いてきているのか、当初ほどの混乱は無い。
「──これは、どこに?」
前を行く背の低い彼女の姿を見失わないように、手を引かれ、群衆を横切って行くレイは尋ねた。彼女は人を掻き分けながらも一応、律儀に答えてくれる。
「あなたに言っても、分からないでしょ、レミちゃん」
「むぅ、いじわるですね」
ほっぺたを膨らませ、ミズキは上から二人の誘導を行う、コンパスのような役割に当てられていた。空中にいるので、少なくとも目的地は見えるだろうと、手を引く彼女のそういう提案でだ。
「いじわるだろうがなんだろうが、言っても分かってもらえない事、言いたくないもの」
上を見上げ、「精霊さん、どのくらい外れてる?」と聞いた。
「まだあんまり離れてないです。まっすぐ行って、分かると思うです」
そう言ってから、ミズキは黙り込んだ。レイが見上げ、それに気が付くと今にも蕩けそうな愛らしい笑顔を向けてきて、レイも笑顔を返す。それから、ミズキは再び彼女に顔を向けて、「この先にナツミちゃんがいるんですか?」と聞いてみる。
「ええ、きっとそうよ。精霊さん」
その答えに答えるように、レイは足を強く踏みしめた。
──瞬間、大地が割れた。
「──は?」
咄嗟に手を離し、瞬きの後に揺れている事に気が付く。しかしレイは足場を失くし、体が前に倒れていく。人が軽々と落ちそうなほど大きな亀裂に向けて倒れていく。手を繋いでいた彼女は既に人に揉まれてもう彼方へ。
そこで、レイは辺りが遅延している事に気が付く。
刹那に悪寒が走り、周囲に目を向けた。随分と遅く感じる。それでも、なんとか確認はできた。見える範囲では、彼女はいない。
──そして、当初の問題が牙を向く。
亀裂の底に落ちていくレイは、空に手を伸ばしていた。ミズキがこちらに飛んで来ているが、それでも、足りない。レイは叫んだ。
「逃げて──ッッッ!」
背筋を駆け巡る凍り付くような悪寒に険しく瞠った右目を底に向けて、レイは絶望を知る。
化物が、そこにはいた。
「なんっ──!」
それは、悍ましかった。死体を集約したような、それをぐちゃ混ぜにしたような混沌がそこにはあった。ずる剥けの皮膚が見え、剥き出しの巨大な歯は、口は、まるで生を冒涜し、嘲笑しているかのようにさえ思える。幾つもの瞳が外に向けられていて、それを動かすのはそれのあちこちから生えた人の手と思しきもの。それらは亀裂でできた壁を引っかき、爪を剥がされ、それでも空に向かって動いている。
──どっ、と、レイは盾を展開してその上に着地した。
ぶにゃりと気持ちの悪い感覚に、レイは顔をしかめる。しかし、それだけには収まらない。事態は最悪へと足を早める。
レイの体を、それらが掴む、握る、爪を立て、固定し、ざっと見るだけで幾十もの瞳がレイを向く。体のあちこちから血が垂れ、レイは「ひっ」とあられもない声を出してしまう。それは、恐怖を植え付けるにはこれ程ないと言った風にレイの心を蝕んでいき、盾すらも、その役割を果たさずに消えていく。締め上げられる手の群れの隙間に、数え切れないほどの口が見えた。
「ああぁぁあぁあああ」「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」「ただだだだだだ」「いだぁぁぁあああああ」「ぎゃははははは」「やめやめやめやめやめやめ」「ぎゃああああああああああ」「あはあはあはあはあはあはあはあは」「なななななななななななな」「なになになになににににににににににに」「おわふりゃおつからぇだたかかか」「ももももももももややややややややや」「ころころころころころころころころころころころ」「こわこわこわわわわわわわわわわわ」「いぎやはははははははははははははは」「くるしぬたずけられでぇえぇあえ」「来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな」「ぶしゅうぅぅうあうううう」「うぁぁぁああああああ」「いだだだだだだだだぃぃいいいいいい」「ゆるゆるゆるゆるゆるゆる許しゆるしユルし」「ごめみゃああああああああああああ」「みみみみミエミエ見え見えみえみえ」
狂気の渦が、レイを取り込もうと迫り来る。
「レイくん──っ!」
その声に、助けられた。
「っ。ミズキさん!?」
「レイくん! 今すぐ逃げるです!」
鳩尾に、重たい衝撃を喰らい、次の瞬間には『パシャン!』と弾けるような音がした。その衝撃にレイを縛っていた手の群れが千切れ、血を噴き、それを無視してレイへ──違う。入れ違いに亀裂の底へ向かって行くミズキが見えた。
「ミズキさん!」
彼女は空中で減速していき、勢いを殺せると即座に方向転換してレイの方へ、上へと飛び上がる。それは瞬間移動のようにさえ感じられ、隣を横切ったミズキを見上げるように空を見上げた。煌めく水飛沫が、跳ねていた。
「レイくん! 人が!」
亀裂を抜け、レイは全身を濡らして地上に飛び上がった。
次の瞬間、見えた光景にレイは目を瞠る。
空から──上から見た人々は、何か、怪物に襲われているように見えた。否、襲われている。毛に覆われた、人形の、犬かライオンのような化物に。
「レミちゃん……!」
体に金糸が巻き付き、レイは空中で風の音を聞きながら物凄い勢いでアスファルトへと近づいていく。しかし、ぶつかる事はなかった。直前で急停止し、下ろされる。しかし、代わりに髪に金色の光を帯びさせた彼女がレイを睨んでいた。異様に釣り上がった表情に、レイの顔が強張る。
彼女は悔しげに唇を噛み、震える吐息が怒気を孕んでいるように、レイには思えた。
「──いえ、なんでもないわ」
そう言って、彼女は振り返りレイに背を向け、言う。
「この契約を、約束を、破らないで」
──あの子を探すのに協力して。
──代わりに私が、あなたを守る。
脳裏を過る二つの言葉。それらを噛み締めて、レイは、背を向けて歩いて行く彼女に声をかける。──声に、ならなかった。
つと、思い出される記憶。
『ほんと、あなた達は……』
彼女は、微笑んで、そっと頬を撫でてくれた。
二人で、右と左、片方ずつ。その手が温かくて、ついつい笑ってしまう。
──レイはそっと、右頬に手を当てた。
ミズキはそれを隣で見ながら、鋭く目を細めた。
飛び交う怒号、悲鳴の中、レイはたしかに、微笑んでいた。
※※※
──街の光景が映るモニターを見つめながら、カエデはくつくつと抑えるような笑顔を湛えて、隣に立つトアに話しかける。
「昔の偉い人は言いました。『故きを温ね新しきを知る』と。まさにこの事じゃありませんか?」
「ふふ、そうね。あなたの言う通りだわん」
「トアさん、分かりますか? 彼らのお陰です。彼らが彼の化物を封じ込め、研究していてくれたお陰で私達はこうして、解放することができた。あとは、手綱を用意するだけですね」
「あらん? 手綱はもうあるじゃないのよん。さくらちゃんが、譲ってくれてっ」
「手綱の管理は、誰が?」
「今は……アオイちゃんと、ハダチくんじゃなかったかしらん?」
ふと思い出したように、カエデがトアの方へと振り向き尋ねる。
「……そう言えば、ハダチくんに付き纏っていたあの男の子は……?」
「ああ、あの子なら──」
──今頃、死んでるんじゃないかしらん?
[あとがき]
レイくんが飛び上がって亀裂から出たのはミズキさんの力です。水をぶしゃー!とぶつけてレイくんの体を持ち上げました。一応言っておきます。
次回は──と言うか、三月の終わりまで更新いけそうなのでやってみます。
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